季節は進み、雪こそ降らないものの深夜は氷点下を割ることもある季節になってきた。ここ数日の昼間は小春日和で暖かかったものの、相変わらず夜の冷え込みは厳しい。
どんなに公園のベンチで寝ることに慣れているオレでもそろそろ野宿は厳しい季節。おまけに時間は人もまばらになってきた22時過ぎ。こんな日に限ってオレは賭場ですっちまって、懐はすっからかん。しょうがねえ、幻太郎の家行くか。
「お」あれ幻太郎じゃねぇか?幻太郎の家に向かう道中、いつもの袴に外套を羽織った姿で、ぼんやりと道を行く幻太郎が見えた。幻太郎いつもすごい枚数の服着てるけど、それでも寒いんかな。
「げーんたろっ」
後ろから幻太郎の細い肩を軽くたたく。
「ひゃうっっ」
「なんだよ変な声出して」
「帝統あなたねぇ……また今日もすったんですね」
「おう!…ということで、今晩泊めてくださぁぁぁいい!!!」
「はいはい。まあ大きな野良猫ですこと。麻呂は今からスーパーへ行くので、荷物持ちで付いてくるのなら考えて進ぜよう。」
「おう!!任せとけ!!!ってかよ、こんな時間にスーパー行くのか?もう22時過ぎだぜ?」
「最近のスーパーは夜遅くまでやっている所もあるんですよ。わっちは雪解けのごときご尊顔の姫なので、人の多い時間帯は避けて買い物したのでありんす~」
ふーんそういうもんなのか。ま、オレはギャンブルができて飯が食えてたまに風呂に入れて、凍死しない寝床があれば十分だけどな。
スーパーへ行く道中、お稲荷さんの小さな祠に差し掛かった。ギャンブルのためならなんだってやるオレは、この祠を気まぐれに拝んだり、すごく勝った日は賽銭を入れたりもしている祠だ。
「おや、帝統、桜が咲いていますよ」
「おいおい、つくならもうちょっとマシな嘘をつけよ。もう冬だぜ?ってうぉおお、ほんとだ!!」
都心にも関わらず、ここの祠には桜の大木が植わっていて、地元ではちょっとした桜の名所になっていたりもする。これから真冬に向かう季節だというのに、大木の一枝にはすでに何輪か花が咲いていた。
「ねぇ帝統、知っています?木々って、基本的に秋ごろには休眠に入ってるんですって。でも最近ほら、冬とは思えないほど小春日和が続いて、暖かかったでしょう?そうすると、木が春だと勘違いして、休眠から覚めて花を咲かせてしまうこともあるんだそうです」
「へえーやっぱり幻太郎物知りだな」
「実は小生、木の精霊なので」
「えっマジかよ。人間の食事してていいのか?」
「嘘ですよ」
幻太郎はスーパーで10㎏の米をはじめ、牛乳やら醤油やら重たいものばっかり、袋いっぱいの食料を買い、オレに持たせた。荷物持ちというのは本当だったらしい。オレは肩に10㎏の米を担ぎ、右手で支える。左手にはスーパーの袋を下げ、来た道を帰っていく。いやまあ帰るのはオレの家じゃないんだけど。
さすがのオレでも米10㎏はしんどくて、途中で休憩を申し出た。タバコで一服しようとすると、幻太郎はタバコ吸うんですか?と嫌そうな顔をしながらオレと距離をとる。いつも幻太郎の家で吸ってるじゃんか、と思ったが今日の宿がなくなるのは惜しいので何も言わないでおいた。
そのまま幻太郎は先に歩き出してしまうので、タバコの煙が届かない距離を保ちながら追いかける。そのまま稲荷の祠に差し掛かったとき、ふと先ほど見た桜を見上げると、花がない。
「ありっっ???道間違えたか?」
幻太郎と一緒に帰ってきたんだし、道を間違えない程度には幻太郎の家の近所のことは知っている…はずだ。何度 目を瞬いても花は咲いておらず、葉のない冬の枝があるだけ。
「え、幻太郎、ここ桜咲いてたよな」
あれ、幻太郎?
周囲を見回すが、幻太郎の姿が見えない。
はぁ??え、どういうことだよ。幻太郎の名を呼んでみるも反応なし。
カサカサっと音がして、肩に乗っかっていた米の重みがなくなり、足元を見れば大量の落ち葉。
は??なんだよこの落ち葉。どうなってんだ?もともと生気に溢れている人間じゃないとはいえ、まさか幻太郎 本当に木の精霊だったのか?嘘だろ?外では生活感のない顔してるくせに、カップ麺が段ボール単位でストックしてあるとか、トイレットペーパーは特売日に買うとか、家ん中あちこち床に物が散乱してるとか、幻太郎おまえめちゃめちゃ‘生きてる’人間じゃねえか
なんで消えるんだよ
慌てて幻太郎の家に向かって、玄関横にある植木鉢の底から合鍵を取り出す。これは幻太郎がオレに合鍵を渡したときに、オレが賭けのテーブルに乗せてしまわないように、このシステムにしたものだ。
その合鍵で玄関を開けて、もつれる舌をどうにか動かして幻太郎の名を叫ぶ。
「なんですか帝統」
仕事部屋からひょっこりと幻太郎が顔を出す。
「まあこんな深夜に。ご近所迷惑になりますから静かに」
「あぁぁ幻太郎がいる…」
目をぱちくりさせている幻太郎には構わず、そのまま幻太郎が生きていることを、存在していることを確かめるようにきつく抱きしめた。
「幻太郎ひでぇじゃねぇか!オレを置いて先に帰っちまうなんてよ!なんだよあの落ち葉!買った米はどこ行ったんだよ!」
「は?何を言っているのです?小生は今日はずっと家に籠って原稿を進めておりましたよ」
幻太郎はまるで話が分からない。という顔で帝統を見つめた。
「え…?おいおい、どうせまたいつもの嘘なんだろ?」
「いえ、これは本当です。先ほども出版社の担当者と電話をしておりました。なんでしたら通話履歴見ますか?」
オレは訳がわからなくて、さきほど起きた出来事を幻太郎に話す。話を聞いた幻太郎は、一言
「猫も狐に化かされるんですね…」
とだけ呟いて、いいネタにさせていただきます。とぬかした。
「それで、帝統、今日の宿はどうするんです?」
その晩オレが飯と寝床の代わりに皿洗い、風呂掃除、トイレ掃除にそのほか諸々の家事をさせられたことは言うまでもない。
ありがとうございました。