「うぇえ!?」
 目覚めた久森は今の自分の状況を確認して悲鳴を上げた。見知らぬ部屋のソファに座っているのだが、自分の脚には足枷がつけられている。一体どうしてこんな状況になっているのか皆目見当がつかない。先ほどまで自室で恋人と昼寝をしていたはずなのに。
 足枷から続く鎖は部屋の中心にある、床から天井に伸びる鉄柱へ繋がれていて久森の動きを制限したいようだ。自分の肩へと凭れる重みを退かし歩いてみると、行動範囲はそこまで狭くないとわかる。しかし、この部屋にある唯一の扉にはどう頑張っても届きそうにない。
 足枷を外そうと力いっぱい引っ張ってもビクともせず、久森はため息をつく。ソファの隣にある木目調の棚の中身を調べても、この状況を打開する術はなかった。むしろここに居てもいいですよ、と言わんばかりに菓子パン数個と水が数本、ティッシュとタオル、それにどういうわけかコンドームとローションが準備されていて、久森は頭を抱えた。他にも何かないかと奥を探ると、何か硬いものに指が触れた。引っ張りだして見るとカウンターのようだが、用途はさっぱりわからない。今の状況を変える道具ではないことは確かだが。
 知っていると思わないが、ソファへと横たわる矢後を揺すって起こす。彼の足首にも自分と同じように足枷がつけられていた。不機嫌そうに起き上がる矢後に状況を説明し、力のある彼に足枷を壊してもらおうと試みるが、驚くことに矢後の力でも壊れることはない。
 ふと久森は座っていたソファの下に一枚の紙が落ちていることに気づく。白紙のそれを拾い上げ裏返すと綺麗に揃った文字で「百回キスしないと出られない部屋(キスの場所は不問)」と書かれていた。突如身体を固まらせた久森を不審に思い、矢後が肩越しに手元を覗き込む。
「あ? なにこれ」
「僕にもわかりませんよ。でも、この紙が正しいなら、百回キスすればこの足枷が外れる、とか?」
「ふーん」
 興味がない、というように矢後がどさりとソファへと座った。くあ、と一つあくびをする恋人を見て、久森は再びため息をついた。
 ――キスの場所が不問なら、手の甲に百回、でもいいのかな。
 なんとかここから脱出を試みようと思案する久森の身体が揺れる。理解ができずに重力に任せ倒れ込むとぼふん、とソファへと身体が沈む。どうやら矢後に引っ張られたようだ。なんですか、と言いかけた言葉は全て言わせてもらえない。久森の唇は、矢後のそれで塞がれていたからだ。
「んぅ、ちょっと」
「百回、すりゃ出れんだろ、さっさとしよーぜ」
「でも……うむぅ!」
「あー数えんのめんどーだから久森が覚えとけ」
 口じゃなくてもいい、それを伝えようとも次々と降ってくる矢後からのキスの嵐に言葉を紡ぐことができない。頬を両手で包まれ、ちゅ、ちゅ、ちゅっと何度も柔らかいものが唇に触れると、ムードもロマンも全くない作業じみたその動きですら心地よくなってしまう自分の身体を憎く思う。
 どれくらいその行為を繰り返していただろうか。矢後の手のひらが頬から外れ、疲れた、と言葉のあとに猫のようにぺろりと久森の唇を舐める。
「次、久森からしろよ。俺ばっか働かすんじゃねーよ」
「いや、矢後さんが勝手にしたんでしょ」
 別に口じゃなくてよかったんですよ。それを言うのはすでに野暮だと感じた久森はその言葉をぐっと呑み込む。矢後の顎へ手を添え、ゆっくりと顔を近づけていくと矢後が目を瞑った。先ほどまで散々触れ合っていたそこへ唇を押しつけ、ふに、ふに、と回を重ねていく。
「っ、ん……なぁ、っん」
 しばらくして何か言いたそうな矢後に、顔を離す久森。あと何回? と続いた言葉に「あっ」と身体をぎくりと強ばらせた。
「は? 数えろっつったろ」
 拳を作り自分へと向ける矢後に、久森は慌てて引き出しの中身を思い出した。用途のよく分からなかったカウンター、あれは自分たちのキスを数えるものだったのではないか。矢後を宥め、引き出しから引っ張り出すと驚くことにカウンターは数字の五と四を示している。
「え、勝手にカウントされてる……? なんで」
「あーよくわかんねーけどあと半分?」
「いやその前に勝手にカウンターが動いてることを不思議に思ってくださいよ」
 試しにもう一度矢後へとキスをすると、一つ数字が進む。正直不可解ではあるし恐怖心すらあるが自分で数えなくていいのは便利だと、今は気にせず行為を続けることにした。
「っ、ひぅ!」
 触れて、離れを繰り返していると急ににゅるりと矢後に舌をねじ込まれ、驚きで身体を離す。その様子に矢後はくつくつ笑う。急になんですか、と怒れば矢後はただ一言「飽きた」と言って唇を合わせたあと、はむりと下唇を噛んだ。いたずらっ子のように笑う矢後を、久森は見つめることしかできない。
「なー、違うのもしよーぜ」
「違うのって、……んん!?」
 久森の丸っこい頭を矢後が片手で掴む。逃げるなというように。ちゅうっと唇を吸われ、舌で唇を割られる。矢後の熱い舌が口内へと侵入し好き勝手暴れるので頭がクラクラする。
「ん、ッ! や、ごさ……ふっ」
 ちろちろと自分の舌先で遊ぶ彼がかわいくて、自分も夢中で舌を絡めた。
 ーーこんなキス、コスパ悪いんじゃないかなぁ。
 そう思うが、矢後から与えられる快楽に久森の思考も溶けていく。息が苦しくなりトントンと胸を叩くと名残惜しそうに矢後の舌が出て行った。
「あはは、かわいー顔」
「むっ、矢後さんだって、ひどい顔してますよ」
 ソファへと腰掛け向かい合う二人の頬は上気し、恍惚とした瞳で見つめ合う。どちらともなく再び唇を合わせ、好物を食らうように貪り合った。
「ん、っはぁ……ひ、さもり……あと」
「……あ、あと五回ですね」
 必死になるうちに、カウンターは九と五を指していた。あと五回でこの状況から抜け出せるという安堵とともに久森の胸には落胆も生まれる。矢後とこうして無我夢中で求め合えるのも、あと五回なのだ。
「じゃ、早くしろ」
「……はい」
 ん、と目を瞑り自分の唇を待つ矢後の表情を見つめる。特に手入れもしていない、というのに触り心地のいい頬に手のひらで触れて感触を楽しんでいると早く、と片目を開いて催促されたのでキスをした。カウンターが進む。
 次は軽く口を開ける矢後に誘い込まれ、久森はそのまま舌を挿入した。ぴちゃぴちゃと音を立てながら自分の舌で矢後の舌を弄ぶ。ちゅるり、と吸って離すと透明な糸が二人を繋いで、途切れた。
「はあ、久森」
 お互いの顔の距離が近づき、ゼロになる。離れてしばらく見つめ合った後、矢後が久森の首へと腕を回し力強く抱きついた。
「矢後さん、あと二回だから」
「んーもうちょい、このまま」
「もー」
 そう言いながらも満更でもない久森は矢後の頭を子どもをあやすよう優しく叩く。ふわりと柔らかな髪に指を絡ませ遊んでいると、満足したのか矢後の腕から力が抜ける。再び見つめ合うと矢後の深い紺色の瞳に吸い込まれてしまいそうな錯覚に久森は陥った。その青が近づいてきて、はむ、はむと唇が啄まれた。必死に自分を求めてくる矢後の様子がかわいく、久森の中に愛おしさが募った。
「矢後さん、ラストです」
「ん」
 最初に矢後がしてくれたように、久森の手が矢後の頬を包んだ。頬を撫で、耳を撫で、頭を撫で、壊れ物を扱うように顔中をペタペタと触れてから顔を近づけ自分の唇で矢後の唇へとそっと触れた。
 二人は足下から、カチリ、という音が生まれるのを聞いた。久森が確認すると自分たちの脚から枷が外れている。これで自由に歩けると扉を確認しようと立ち上がる久森の身体がぐんと引っ張られた。見れば自分の服の裾を矢後が掴んでいる。
「矢後さん?」
「なぁ、俺我慢できねーんだけど」
「えっと」
「ゴムもローションもあるしさぁ、久森」
 ヤろうぜ、とふやけた顔で自分を誘う彼にドキリと鼓動が高鳴ったとき、久森の視界がぐにゃりと歪む。矢後の名前を呼ぼうとしても上手く声が出ない。周りの景色が目まぐるしく変わっていくのを感じながら久森の意識は薄れていった。
***
「……んん?」
 ゆっくりと目を開くと見知った自室の天井が目に入った。
 ――さっきのは、夢……それにしては感触とか、リアルだったような。
 突如、ぎゅうっと何かに潰されそうな感覚に驚くと、自分を抱き枕にしていた矢後がぱちりと目を開いてこちらを見ている。矢後さんも起きたんですね、と声をかければそのまま「つづき」と呟いて矢後は足先で器用に久森の足の甲をなぞ
った。ぞくぞくとしたくすぐったさが久森の身体を駆けた。
「つづきって」
「俺、我慢できねーって言った」
 まさかと思い矢後に何か夢を見たかと聞けば、少しぽやんとした様子で語る内容は久森が見て、感じていた「夢」と同じ。
 ――そんな偶然、あるのかな。本当にあれは夢?
 久森は少し思考を巡らせたが、「なあ、」とかわいく甘えてくる恋人からの誘いにそれは中断させられる。今は、矢後さんを満足させることが先かも知れない、と考えることをやめた自分自身に言い訳をして、久森は矢後の衣服に手をかけた。
おわったー!
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100回キスしないと出られない部屋の久矢
初公開日: 2020年05月06日
最終更新日: 2020年05月07日
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タイトル通り/男子高校生の久矢はまだリハビリ中です