平穏に生きたい久森くん
それを知って別れを切り出す矢後さん
理由を聞くと自分が一ヶ月前に答えたインタビュー記事を見せられる。そこには久森くんの将来の夢として、平穏に生きたいと書かれている
久森くん、「自分にどれだけ影響力あると思ってるんですか」と矢後さんに矢後さんと一緒にいるのは、もう僕の平穏の一部なんですよと答えて終わり
「別れるか」
恋人の部屋で、僕は目の前が真っ暗になった。
お風呂にも入り終わり、寝る前に食堂でテレビを見ていると珍しく矢後さんからチャットが入った。
「部屋に来い」とだけの五文字には色気もかわいげもないけれど、夜に恋人から部屋に呼び出されたことに正直僕は期待をしていた。それなのに、彼から発せられた言葉は全く予想もしていなかったもので、掠れる声で理由を聞くのが精一杯だった。
「理由なんてねーよ。俺が別れたいと思っただけだ」
なぜだかバツが悪そうに僕から顔を反らす彼。少し様子がおかしいことから、別れたいという言葉は本心じゃないのだろう、と思う。……矢後さんのことだから、気ままな理由でも納得はできてしまうのだけど。
「僕は……嫌です」
歪む視界に震える声。ひどい顔をしている自覚も、みっともないお願いをしている自覚もある。
矢後さんには矢後さんの生きたいように生きて欲しい。そう思っているのに、僕は自分のわがままでこの人を縛り付けようとしている。そんな自分に、少しだけ嫌悪感が募って思わず俯いた。
お互い何も言わず静寂が続く。それはおそらく数分だったと思うけど、僕にはとても長く感じた。
ふと矢後さんの背後にある一冊の雑誌が目に入る。ジャンク以外の本があるなんて、と見つめるとそれは僕が――正確には認可代表五校だが――数ヶ月前に取材を受けた雑誌だ。
あのとき、取材中の矢後さんはほぼ寝ていて、風雲児へのインタビューは僕が答えていた。もしかして矢後さんはこれを読んで別れたいだなんて言いだしたのか? 僕は彼に別れを切り出されるようなことを答えただろうか? 確かめるため手を伸ばして雑誌を取る。雑誌を取るときに矢後さんへ近づいても、特に嫌がられなかったので少しだけ安心した。
表紙には大きく「街を守るヒーローへ独占インタビュー!」だなんて書かれている。ぱらぱらとページを捲っていると、キラキラした御鷹くんの笑顔が僕の目に入った。ここが白星の記事ってことはこの数ページ後だろうな、と進めると見知った顔が目につく。紛れもなく僕だ。
「……しょーらいの、夢」
「はい?」
ずっと黙っていた矢後さんの場違いな言葉に顔を上げる。視線が絡むも再び反らされてしまった。将来の、夢?
そういえば、インタビューで夢を聞かれたような覚えがある。「平穏に生きれればそれでいい」という言葉が載っていた。いつも言っている、僕の願いだ。それが別れる理由、なんだろうか。
「あの、この記事が別れたい本当の理由ですか?」
矢後さんはなにも答えない。口を固く結んで床を見つめていた。再び部屋は水を打ったようにしんとなる。
納得ができない。そもそも僕から「平穏な生活」を遠ざけたのは誰か。目の前にいる矢後勇成という男だ。矢後さんに出会わなければヒーローになることもなかったし、学校で副長として担ぎ上げられることもなかったはずだ。それを今更、自分と別れれば僕が平穏になれるとでも思っているのだろうか。だんだんと腹が立ってきた僕は、矢後さんの頬に両手を添えると無理矢理僕の方へ顔を向けさせた。
「なに」
「自分勝手なのも、いい加減にしてください」
「はあ? 平和に生きてえんなら――」
「だから! 勝手に不穏な世界に引きずり込んで勝手に突き放さないでください!」
身体が熱くて目が潤む。今までずっと無表情だった矢後さんの顔に驚きが滲んでいる。落ち着くために、必死で呼吸を整えて、彼から手を離した。
「平穏に生きたいです。でももう僕の『平穏』には矢後さんも含まれてるんですよ。あなたが居なくなったら、もう平穏じゃないんです、だから別れるなんて言わないで」
逃がさないとてでも言うように、自分の腕に抱き込む。矢後さんは何も言わない。振り払われないということは、きっと彼も僕を嫌ってはいないはずと腕に力を込める。
「僕は別れたくないです、嫌です。矢後さんと一緒にいたいです」
「……」
「みっともなくても、女々しくても、別れるのは嫌です」
「……わーったから。ガキかよ」
ぽんぽんと、子どもをあやすように頭を叩かれる。ゆっくり彼を解放して顔を伺えば、相変わらず無表情だけど少しだけ頬が赤い気がする。
「お前が俺のことすげえ好きなのはわかった」
「うっ、それは、そうですけど……矢後さんも、でしょ」
「……さあ?」
そうは言いつつも、軽く僕の唇へ自分のそれを重ねてくるんだから好きっていってるようなもんじゃないか。出かかった言葉をぐっと呑み込む。
「んん……あの、恥ずかしいんですけど改めて言いますね。僕の将来の夢」
矢後さんとヒーローとして肩を並べて、矢後さんと並んでご飯を食べて、矢後さんといろんな話をして、遊んで、矢後さんとずっと一緒にいて、矢後さんの隣で過ごすことです。
僕にとっては半ばプロポーズくらいの勢いな夢の話を聞いて、彼はただ鼻で笑うのだった。でもそれも「平穏な生活」の一部なのだと、これからも続く生活を想像して僕は笑った。
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将来の夢
初公開日: 2020年08月08日
最終更新日: 2020年08月08日
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ひさやごワンライ お題:将来の夢