影山飛雄の月バリ表紙デビューは二〇一三年二月号でのことだった。一月に開催された春高特集で活躍した選手一六人(うち、男子は半分)が真ん中にでかでかと配置されて、その中の一人に佐久早や星海、木兎と共に選ばれたのだ。色めき立つ烏野高校排球部の中で日向は「俺も載りたい!」と叫び、その後中心の一六人の周りに小さくたくさんの選手が載っているうちに自分を見つけて今度は悲鳴に近い歓声を上げた。さんざん周りから「よかったな」と言われた後「今度は俺も真ん中に載りたい」とこぶしを握って、実際に二年後その目標を叶えるのだがそれはまた別の話だ。
 稲荷崎戦か鴎台戦のものなのか、セカンドユニに身を包んで額にひとすじ汗を垂らした影山の写真はなかなかいい位置に配置されていた。周りがどんなに騒いでも本人の方は写真と同じ涼しい表情を浮かべていたのだけれど。
 その顔が今度はもっと大きくでかでかと表紙に載ったのはその年の末、十二月に発売された二〇一四年一月号だ。春高直前、注目選手特集号。つまりは活躍が期待される選手を載せたのだ。
「東西セッター対決に大注目だって」
「去年の春高を賑わせたイケメンセッター二人を大特集♥ってすごいねこれ」
「イケメン!? 影山クンが!?」
「確かに色々突っ込みたいけどそれ言うと僻みにならない?」
「うるせえ新入生女子五人に告白され野郎!」
「日向それむしろすごいツッキー誉めてない?」
 うるさい山口、という幼馴染の声に謝りながら、山口は雑誌の表紙と目の前の影山をとっくりと見比べた。同じ男だし普段はまるで意識することはないけれど、整った顔だ。ツッキーは負けてないけど。影山は校内ではすでに有名人だし、県内の試合では彼が会場を歩いているとさわさわとざわめく気配がそこかしこにする。でもたぶん、もはやそういう次元の話じゃないんだろうなあ、としみじみと思った。去年の春高後のバレンタイン、同じクラスや同じ学年の女子だけでなく影山曰くの「話したことも見たこともない」という女生徒からチョコレートをもらって困惑していたけれど(月島曰くの「王様の言い分が正しいかどうかはヒフティヒフティってとこでしょ」という言葉には山口も頷いてしまったけれど)、アンダーカテゴリでも日本代表として活躍しているわけだから、その影響はすなわちジャパンに広がっていると考えるべきなのだろう。
「影山ジャパン……」
「山口日向みたいなこと言わないで」
「月島お前はいちいちもう」
 ゴメンツッキー! と謝りながら山口は、いつかの宮兄弟のように女性ファンから黄色い歓声を浴びる影山を想像していいなあ、と目尻を下げた。別にめちゃくちゃにモテたいってわけじゃない、でもちょっと、うらやましい。宮城県予選じゃ「影山くーん」なんて声が飛んでいたし、この前だって夕方の情報番組の可愛い女性アシスタントの取材を受けていたし。春高だって町野アナに話聞かれるんだろうな、いやそもそももしかしたら縁下さんだって前回ベスト八校のキャプテンとしてインタビューされるんじゃ?
 そんな妄想を繰り広げる健全な男子である山口は、同期で話し合った結果満場一致で次期主将になることが内定している。翌年度春高三年連続出場の宮城の強豪烏野のキャプテンとして町野アナの取材を受けることになるのは彼なのだが、それもまた別の話だ。
 さて一二月半ばごろの月バリ一月号発売日から約半月後、すなわち一年ぶりに足を踏み入れた春高の地で月島は周りからの視線の温度が去年とはまるで違うのを感じていた。烏野の黒ずくめのジャージを目にした人々が顔を見合わせ声を潜めて何事かささやきあう気配がする。どこか胸がすく思いなのが半分、面倒なのが半分、といった気分だ。もう誰も烏野を墜ちた強豪とは侮らない。侮ってくれない。一年前人一倍悔しい想いで去っただろうこの地を踏んで何やら神妙な顔をしている日向のこともだ。入部当初よりずいぶん伸びたといえどまだ一七〇にも届かない身長の彼をもう侮る者も、それゆえに彼の跳躍に殊更に驚く者もいないだろう。もう日向が“跳べる”ことを皆知っているのだから。侮られるのは腹が立つものだが、戦術面においては有利な要素でもある。以前烏野が打倒白鳥沢を掲げて牛島対策を徹底したように、名を上げた烏野は他校から当然研究されている。ある時「もうちょい日向を舐めくさってくれたほうがよかったのに」と言って日向と喧嘩になっていた影山と意見を一致させてしまった月島は鼻白んで「うわヤダ王様と意見合っちゃった」と言わずにはいられなかった。大きいのと小さいのとがそれぞれ言い返してきてちょっとした騒ぎになり、公共の場だったので後ろで山口が無言で凄みのある笑顔を浮かべていることに気づいて三人とも途端に黙った。彼は最近すっかり次期キャプテンの凄みが出てきたと巷(すなわち日向と影山と月島と谷地の間)でもっぱらの噂である。
 とはいえやはり、影山飛雄がひときわ注目の的であることは間違いない。どこか見覚えのあるジャージを着た男子生徒二人組がすれ違いざまに畏怖に近いまなざしを投げていったし、私服の女子の群れがさきほどからきゃあきゃあと騒いではこちらを見て声をかける機会を伺っているようだ。極めつけにカシャ、と携帯のシャッター音が聞こえて月島は眉をひそめる。隠し撮りですかそうですか。最近校内でも頻発している事態なのだが、被写体である影山の方はさっぱり気にする様子がない。さすがイケメンセッター様、と呆れ半分同情半分でため息をついた月島は、影山に話しかけるチャンスを狙う女子軍団の一人が「ねえあの一番背ぇ高くて眼鏡かけてる人もかっこよくない?」と言っていることを知らないが、それもまた別の話だ。
 男子が、女子が、そして人の群れに紛れている取材陣が、影山飛雄に注目する中でやがて一人の人物が歩み寄った。その人影にいち早く気づいた月島は瞠目する。
「あの、か、影山選手!」
「はい」
 背中から声をかけられた影山がはい、と折り目正しく返事をしたのは反射だろう。いくらコート上の王様として中学時代から宮城では有名だったとはいえこの一年で注目度は比べ物にならないぐらい飛躍したはずだが、影山本人は驚くほど気にした様子がないし取材にもたじろがない。目の前に立っているのが華奢な女子高生などではなく影山よりもいかつい男子であることにも月島と違ってまったく動じてないようだった。
「うわ、あの、……うわあ、ほんとに、影山選手ですよね」
「……? はい、そう……だと思いますけど」
「ヒイッ」
 ジャージに身を包んで恐らく同じ高校生と思しき男子は極度の緊張状態にあるのか半信半疑の口調で、つられて影山まで謎の返事をしている。そうだと思いますってなんだ。ていうかヒイッって言わなかったかあの人。彼のジャージの胸(たくましい胸筋を蓄えているのが伺える)に何らかの高校名が縫い取られているようなのだが、月島のいる位置から角度的に良く見えなかった。向き合って対峙してなお、影山が丁寧な口調を崩さないのはたとえ高校生と仮定しても年下及び同級生だとは限らないからだろう。刺繍の文字は読み取れないが彼が手にしているものが何かはわかった月島はひっそり呻いた。うわあ。
「ふぁ、ファンです! あの、去年の春高で見て!」
 後ろで「ファン!」と日向が小さく叫ぶ声がした。いいなあ、という感情がすっかり滲み出している。
「もはや古参ファン」と言ったのは山口だろう。頭を抱えて振り返ると山口と日向の後ろから谷地が何事かと顔をのぞかせている。ありがとうございます、とやはり特に動じた様子のない影山の声が聞こえて月島が向き直ると、影山ファン(古参)の彼は胸に抱えたそれをぶるぶると震える手で差し出すところだった。
「あの、よ、よかったら、サイン、下さい!」
 影山がでかでかと表紙に載った、月バリ一月号だ。
「サイン?」
 鸚鵡返しのように言ったのは影山だ。サイン? と胸の内で言ったのは月島だ。サイン? 影山の書けるサインなんて、二つ上の先輩が置き土産のように伝授していったあのハートがつけられた気が狂ったとしか思えないサインしかない。日向は純粋に羨ましがっていたし、山口は絶対面白がっていたし、縁下は嫌だったら嫌って言えよと何度も念を押していたが影山は気にした様子もなかった。そもそもあいつは、あれがハートだということにも気づいていないんじゃないだろうか。こういうのは体で覚えるんだ、と菅原に言われて何度も何度もノートに書かされていた意外に従順な影山の姿を思い出して考える。
 影山がどういうつもりで聞き返したのかは定かではないが、必死にこくこくと頷いたファン男子はそこで「あっ」と短く声を上げた。
「そうだ、ペン、持ってきたはずなのに……」
 そう言うとぱたぱたと全身を叩いて慌てだす。彼には気の毒だがこれで面白すぎる事態を回避できたのではと月島が胸を撫で下ろしていると、今度は可愛らしく高い「あっ」という声がした。谷地だ。
「あの、このペンよかったら……」
 月島は額に手を当てて天を仰いだ。彼女の親切さは間違いなく美点だが、だがしかし。礼を言って受け取った影山は「じゃあ」と言ってファンに向かって手を差し出した。雑誌を受け取るつもりなのだろう。というか書くつもりなのかよ。あのサインを! こみ上げてくる笑いを必死にこらえて唇を震わす月島の前で、ところが今度は影山が「あっ」と声を上げた。純粋な驚きに満ちた声だ。何かを確かめるように目の前の男子に顔を寄せ、言う。
「鼻血出てます!」
「えっ」
「あっ」
「ほんとだ!」
 最後の日向の叫びを皮切りにその場は騒然とした。谷地は大慌てだし、山口は救急箱を探そうとするし、鼻血を出した本人は右の鼻の穴から滴る血を押さえてうつむきかえって悪化させていた。もしかしたら一番冷静だったのは、目の前で突然鼻血を出された影山だったかもしれない。影山はまたじっとファンの目を見つめて、言った。
「ティッシュいりますか」
 彼は凶暴な生態に似合わずいつも清潔なハンカチとティッシュを常備しているのである。呆然としたままの顔でファンの青年は反射のようにポケットティッシュを受け取ると、ぎょっとする月島の前で無事だったはずの左の鼻の穴からつう、と鮮血を滴り落とした。
「一生大事にしまっておきます……」
「いや使ってくださいよ」
 バレー以外は打てども響かないタイプの影山にしては的確なツッコミを入れたにもかかわらず、青年ははっと顔を上げて素手で鼻を押さえるとじりじりと後退る。
「すみません、使えません!」
「あっ……」
 すみませーん!とまた絶叫しながら青年はそのまま駆け去っていく。サインをされずじまいの雑誌と使いかけのポケットティッシュを大事に抱えて。上げかけた手を所在なさそうに下ろした影山は、少し困った様子で一番近くにいた月島に視線を投げてきた。そんな目をされてもどうしようもないので、月島はただ肩をすくめる。
 一部始終は周囲の人間も見ていたはずだが、少しの沈黙の後ざわめきは一瞬で戻った。わいわいと騒いでいた女子たちは影山に声をかけるのをあきらめたようだ。そりゃそうだろうな、と月島は思う。なにがそりゃそうなのかよくわかんないけど。やや遠巻きにしていた日向たちが近づいてきて、釈然としない様子だった影山も落ち着いた風だ。青年が消えていった方を見やって、谷地は「だいじょうぶかなあ」と漏らした。
「ジャージ着てたね。これから試合なのかな。支障ないといいけど」
 心配そうに言う谷地とも、それに同意する山口とも、「両穴から出てたもんな」と続ける日向とも違う意味で月島は「確かに心配だね」と言った。なんというか彼の将来が。
 結局使われなかったペンを谷地に返しながら首をかしげている影山に、月島は珍しく純度百パーセントのいたわりの気持ちで声をかけた。
「……君も気をつけなよ」
「もう顔面レシーブはしねえよ」
「鼻血の話じゃないよ」
「じゃあ何の話だよ」
 色々、とだけ月島は答えた。それ以外に言いようがなかった。
 果たして月島が危惧した通り、古参ファン男子は色々と拗らせて生涯影山飛雄を追いかける人生を送ることになるのだが、それもまたやはり別の話なのである。
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ななし@79bc25
いつも拝読させていただいております。執筆頑張ってください!
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一城
ななしさんありがとうございます! わ~すごく嬉しいです頑張ります!
90:10
ななし@ac78ee
こんばんは。リクエストさせていただいた者です。一城さんのお話が大好きなのでとても嬉しいです。ありがとうございます。完成とても楽しみにしております。
107:50
一城
わーリクエストして下さった方!楽しいリクエストありがとうございます、なんだかせっかく頂いたお題からずれてしまっているような気がしてならないのですが、楽しく書かせてもらっています。大好きだなんて言って貰えて嬉しいです…! 完成までがんばります。
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月バリで特集される影山くん
初公開日: 2020年05月05日
最終更新日: 2020年05月06日
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リクエスト消化「高校時代に月バリの春高注目選手みたいな特集で取材されたり会場とかで憧れのまなざしを向けられたりする影山くん」