特務司書たる存在に、欠かせない行事がある。
言い間違えた。行きたくもない行事がある。特務司書が一堂に会する、慰労会と銘打ったパーティである。
同期だの知り合いだのと、久方ぶりに歓談でき、知見を広めるにはいい機会である。
だが、相手が参加してないとなると壁の花と化し、料理に酒をつまむしかない行事になり果てる。
原則、特務司書は参加となっているが、各図書館の仕事の様子や人員により、不参加、という司書たちも少なくない。
そして、私、彼岸花は、というと……
「んあぁああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!おっわん、ねえええええええ!!!」
本日の夕刻からパーティーだというのに、司書室にて叫びをあげていた。
「ちくしょお!本館の仕事、ここぞとばかりにまわしてきやがってええ!!!まわすんなら、もっと早くにまわしてこいっつーーの!!!」
支給の万年筆で紙面をひっかき、ブルーブラックのインクが辿ってきた道を表している。
「追加だとよ」
「ちぃ、こちとら参加表明してるとこに遅れていくとかマジ勘弁なんですけど!」
追加の書類を持ってきた菊池寛に対して嫌な顔を隠そうともせず、彼岸花は怒り散らす。ただ、彼女にとってはちょいちょいキレながら仕事をするのはよくあることなので、菊池は気にもとめない。
「まあまあ、この一山片付けたら、上がっていいって言ってたぜ」
「……それは嬉しいな」
至極、抑揚のない、それこそ、無機質な声で彼岸花は吐き出す。菊池が「相当お怒りだな」と思うのは当然だ。元々、約束を守ることを大事に思っている彼岸花だ。それが邪魔されているのだ。いくら効率的に、そして文豪たちに手伝ってもらっているにしても、限度がある。
「ここんとこ、書類整理に追われて、クリーニングに出してた服、取り行けてないんだけど!!!ホントなら昨日取りに行ってたのにね!!!よれっよれのそれっぽい服で行くよ!」
「誰かに取りに行ってもらうとかはできないのか?」
書類を分け、カテゴリー別に分ける菊池が口を開いた。
「うん、もう時間切れ。書類整理に追われて、時間見逃してた。頼めばよかったけど、こればっかりは自分の責任だからね……」
文豪たちにも服を借りてみようかとも思ったらしいが、さすがに成人男性が大半を占める図書館では、サイズが合わない上に、着馴れていなければ会場では浮くだろう。だからあきらめた、と彼岸花は言う。
「こんな時さーシンデレラ…灰かぶりに出てくる魔法使いでもいたらいいのに。一瞬にして、服を出してくれる存在がいたらいいのに……」
はぁ…と重く、彼岸花がため息をついた時だった。
「彼岸花、困る?服、ない?」
「あ、ハワード、うん、そんなとこ」
開け放していた司書室のドアからひょっこりとハワードが壺を抱え、こちらをのぞき込んでいた。
「今から司書は慰労会…あぁ、平たく言うとパーティーだな。それに行くんだが、着てく服がないんだと」
「時間も間に合わないから、適当な服を着て行こうっていってたの。なに、別にお偉いさんのタイクツな話聞いて、適当にお酒とご飯食べて帰ればいいだけだから」
トントンと書類をそろえ、彼岸花は菊池に手渡す。「カン、ごめんけどこれを本館に」という。見送る間もなく次の書類を手に取り、内容を確認する。
チラチラと時計を確認しながら。
「だめ。彼岸花。彼岸花、今、顔、困る、寂しい、悲しい」
「あぁーまぁね。ちゃんとした場所なのに、ちゃんとした格好でいけないのは、心苦しいというか、浮くというか……その場のルールに沿えない自分が嫌なんだけどね。でももう、服がないから、どうしようもないよ……」
「服、ある。用意、ここ。できる。彼岸花、悲しい、寂しい、ない」
「で、できる!?え!?作るってこと??」
単語をつなぎ合わせ話すハワードなので、いまいち伝わってるか不安になる。その上彼が「ここ」といって指し示した『ここ』は……彼の抱える青い壺だったのだから。
「彼岸花、壺、出す、足、手、出す。握る」
ハワードが壺を軽くトントン、と叩くと、見慣れたタコ足が二、三本にゅにゅ、と出てくる。これを握ってくれ、ということらしい。壺の中(にいるであろう)タコには別の恐怖や嫌悪といったものを抱いていない。むしろ、不思議でかわいい存在と思っているので、抵抗なく、その手を握ってやる。握手のように握るとタコ足はひたひたと手の甲を触ったり、手首に軽く足を巻き付け、何かを探っているようだった。
十秒ほどだろう。手の甲や指などを調べていたタコ足は大人しく壺に引っ込んだ。
「これでいいの?」
「次、彼岸花、服、壺、言う。詳しく。服、靴、他も」
どうやら、壺に向けて、欲しい服を言えということらしい。壺に向かって言葉を言うなど、旗から見たら狂ったかと心配されても仕方ないのだろうが、今はうだうだ言っている場合ではない。それにそもそも、この壺の中には『何か』がいるのだから。問題はない。
「ええっと、壺さん、壺さん。フォーマルドレスが欲しいです。色は黒。裾は長めで、露出は少なめでお願いします。靴は幅が広めのヒール。ただし、ヒールはあまり高くない、三センチくらいの物でお願いします。同じようなデザインのカバンとショールがあると嬉しいです。お願いします」
一通りの希望を伝えて、そっと、壺かな離れる。ハワードは嬉しそうに「少し、待つ。服、ある」というので、その笑顔を前にしては何も言えず、残りの書類を片付けておくことにした。
「彼岸花、彼岸花、服、用意、ここ」
上がっていい、といわれた所まで仕事を片付け、最終確認と片付けをしていると司書室にハワードが駆け足でやってきた。それはもう嬉しそうな顔で。飼い主に遊んでもらう子犬を想起させる表情で。
「え?服できたの?」
「出す。今、出す」
私は文豪ではなく、子犬を転生させたのだろうか、と思ってしまったが、当の本人はそれに気づかず、ハワードはおもむろに、壺に手を突っ込み、中を探る。小さな壺だが、異次元に接続しているのかハワードの腕が肘より上まで入り込んでいる。
壺の中のタコ足に食われやしないかと心配になったが、ハワードは何のことはなく、一度腕を壺から引き抜いた。
今度は壺をひっくり返して、底を掌で数回叩いてからブンブンと上下に振る。割と激しめに。中のタコ足が酔わないか心配になるくらいだったが、本人は気にせず一回中を覗き込んでから再度、底を叩く。
「んんっ、壺。用意。服、靴。他。できる、ます」
できる、と本人が言っている以上、こちらから手を出すことは憚られる。とりあえず見守ることに徹する。仮にできない場合でも。まぁ、何とかすればよい。
そう重いってじい、と壺を見つめていると、再度ハワードが壺に手を突っ込んだ。
「ある、ます。壺、服。服、出す」
今度は肩近くまで壺に腕を突っ込むハワード。何か手ごたえがあったのだろう。ぱぁ、っと彼の表情が華やいだ。
そして一気に壺から腕を引き抜いた。
「彼岸花、服。コレ。着る。行く。似合う。悲しい、寂しい、ない」
ずろろろお~とハワードの腕と共に引きずり出されたのは……漆黒のパーティードレスだ。私が先にリクエストした通り、裾が長めの、露出少なめの上品なデザインだ。わぁと感嘆の声を上げる。魔法の如く現れたパーティードレスは、タコをモチーフにしているのか、裾の形状や、光の加減で吸盤に似た丸い銀色の模様がドレスに浮き上がるようになっている。オーダーメイドで作るとなると、相当な金がかかりそうな代物だ。
「彼岸花、靴、バッグ、ある」
ハワードに言われて彼に視線をやると、今度はタコ足自ら、ヒールの付いた靴を床に置き、パーティー用の小さなカバンを片付いた机の上においてくれた。その様子はハイブランドの販売員を想起させる、丁寧な動きだった。
もちろん、それらの靴やカバンにも、ドレスにあしらわれたのと同じ模様が浮かんでいる。人間万事塞翁が馬、禍を転じて福と為すとはこのことだろう。
「着替える、彼岸花。時間、ない」
「あ、ああ、うん!着替えてくるね!っと、ハワードに壺さん、ありがとう。お礼は業務用アイス1kgで手を打とう!フレーバー、考えといてね」
慌てて司書室をかけ出して一度自室に戻る。ハワードと壺が用意してくれたドレスや靴は驚くことにサイズがぴったりだった。もしかしたら、壺から出たタコ足を握ってくれ、といわれたのは、このためだったのかもしれないと、化粧を施し、髪を結いつつ、思った。
そして、私は無事、特務司書が集まるパーティーへと出席できたのだった。
「ってことが、あったんだよ~やーホント助かった助かった」
騒動から一週間後。薫風香る、五月の空の元、朔さんの詩を思い出しつつ、司書室にいた、たくぼっさんに先の騒動を伝える。
あの後、約束通り、私はハワードを業務スーパーに連れて行き、アイスを選ばせた。2種類のどデカいアイスを抱え、スプーンを突っ込んで幸せそうに食べるハワードと壺の姿を見れたので、自ずとこちらも幸せになった。アイスだけでは飽きるだろうと思ったので、ボーナスとしてビスケットやマシュマロもつけたのが、彼らを喜ばせたのは言うまでもない。
「噂には聞いてたけど、ホントすごいんだな!なんでも望み通りのもんを出してくれるとか、魔法じゃねぇか!」
「そうそう。私も魔法使いだなーって思ったよ。ハワードは魔法使いなんだろうな」
「よっし、俺もちょっくら行ってくる!!」
はは、と笑いながら先の業務で酷使した万年筆のインクを補充する。カートリッジ式ではあるが、手を汚さないように気を付けつつ、入れ替えながら話していると、啄木はすぐさま司書室を飛び出していった。
かち、と万年筆にカートリッジがはまる。同時に私はたくぼっさんに重要なことを伝え忘れているのに気付いた。万年筆のキャップも締めず、慌てて椅子から立ち上がると、彼の姿とおそらく、彼の目的であるハワードの姿を探す。
廊下を曲がる、啄木の姿を見つけると、私は大声で彼に伝えていた。
「たくぼっさん!!!!壺に対価なしでお願いごとするとSAN値削られるどころか、深淵に引きずり込まれ………」
「ぎゃぁあああああああ!!!!」
廊下の先、談話室にて、その叫び声は聞こえていた。
「遅かったね…」
駆け付けると、壺からはみ出した無数のタコ足によって、たくぼっさんが首から上を壺内部に引きずり込まれようとしているところだった。ハワードは、いつもと変わらない表情で見つめ、助けようともしない。そして、運の悪いことに談話室にはハワード以外の文豪たちはいない。知真理、完全にたくぼっさんは孤立無援である。
「あーもう」
何を願ったのかは大方見当がついているが、さすがにこのまま壺に引きずり込まれるのを見ているわけにもいかない。行方不明の文豪が出たら、問題になってしまう。そもそも、壺に取り込まれたと、信じてくれるだろう。
じたばたと藻搔きまくるたくぼっさんの両足をため息をつきながら掴んで、壺とは正反対の方向に引っ張る。たくぼっさんはタコ壺の口近くに両手をついて何とか首から上を抜こうとする。
そのかいあってか、渾身の力を込めて引っ張ると、ぬぽん!と勢いよくタコ壺からたくぼっさんが抜け出る。壺からはにゅろりとタコ足がはみ出、タコ壺の口の周りを叩いていたが、あきらめたのか、やがて大人しく壺に戻っていった。
「な、なななな、なんだよあれええええ!!!」
救出されたたくぼっさんは大声を上げる。その顔にタコの吸盤の跡を付けた顔で。
「あーー神のような、そうじゃない、ような?とりあえず『こっち側』の存在ではないモノ……かな」
「はぁ!!!?じゃあ、お、お前……あんな得体のしれないモンに服出してくれって、言ったのか?」
「対価を払えば、もしくはちゃんと払ってくれるとアレが確定したなら、望む通りを出してくれるよ。大方、たくぼっさん、『借金返せるだけの金が欲しい』とか言ったんじゃない?」
「う……!」
図星らしい。予想はついていたが。
「そりゃのぞむなら、アレはお金も出してくれるだろうけど……それ相応の対価が必要だからね。身の丈以上のことを望めば、それなりのもので補うのは普通でしょう」
ため息をつきながら、ハワードと壺のほうに近づき、「驚かせてごめんなさい」と謝罪を述べる。
「じゃぁ案で俺は体ごとで、お前は業務用アイス2個でいいんだよ!!!」
「そりゃあ、壺の中の物は『全てを見ているから』だろうね。もちろん、金を返せそうにないたくぼっさんのことを知ってたんだろうねぇ」
「え…………」
一瞬、背筋が寒くなる発言をされた啄木は、壺からはみ出した足を戯れる彼岸花に一種、不気味ささえ抱いたというが……本人は気づいていない。