「物産展の季節になってきましたねー」
「各地方の特産品を集めた催しデスネ」
「毎年春になるとやるんですよねー新聞の取材とかが入ったりして、賑わいます」
新聞を広げると、物産展の文字が目に飛び込む。興味を惹かれたへるん先生も新聞をのぞき込んできたので、一緒に新聞を広げて眺める。
物産展は毎年、春になるとそこかしこの大きなデパートなどで開催される。いつぞやか、森先生と足を運んだこともある。
出歩くのは好きだが、仕事柄、旅となると難しい。そんな私にはうってつけ。なにせ、遠くに足を運ばずとも旅をしている気分になれる。その上、地方にゆかりのある文豪も多いので、土産を買って帰ると喜ばれるのも嬉しい理由だ。
「オオ!島根がありマスね!嬉しいデス」
「へるん先生の代表作『怪談』が生まれた場所、そして、日本という土地を大きく知り、今後の人生を大きく変える事になる場所ですね」
「デース!『怪談』ばかりが注目されがちデスが、ワタシの目から見た当時の島根の情景を描いた著作も有名デス!もっとも、当時と今とでは違っているのデショウ……」
どこか懐かしむ、けれど少しだけ希釈した寂寥がへるん先生の右目に滲んでいた。
本当にこの人は『日本』に恋をしてこの土地にやってきたのだなと思わずには言われない。日本人が当たり前で、その内、忘れてしまう、『うつくしいもの』を拾って文字に残し、この国で骨を埋めたほどに。
へるん先生の『へるん先生から見た島根の情景』を書いた本も読んでみようと思う。図書館にもきっとあるだろう。彼がこの国に恋し、愛した様を見たら、より深く理解、もしくは違った面を発見できるだろうから。
「じゃあ、その島根を感じに、この物産展に行きませんか?次のお休みにでも。島根でのお話も聞かせてもらえると嬉しいです」
新聞をたたんで、ローテーブルの上に置くと、膝の上のカッパワニを撫でる。春の陽気が心地よいのだろう。ここ最近、温かいせいか、すよすよと眠っていることが多い。
「賛成デース!予定が合えば、他の人とも一緒に行きたいトコロですネ……コウ言うのは多いほど楽しいといいマス。何人か誘ってみようと思いマスが、かまいませんカ?」
「もちろん。っと、キミも行きたいのかい?」
目を覚まし、あくびと伸びをしたカッパワニは、私とへるん先生が楽しい話をしていたのが分かったらしい。膝の上で目を輝かせ、「連れていけ」と言わんばかりに膝の上で楽し気に跳ねる。
「ミドリのキミもノリノリですネ~」
へるん先生もカッパワニを優しく撫でてから、その場を後にする。
もちろん、見送る前に、彼に著作の名前を聞くのも忘れず。その後、カッパワニを放すのも面倒だからと図書館に直行し、お目当ての本を借りることができたのだった。
数日後の朝。
休日の朝。少しゆっくりしたいと、ベッドで二度寝をしようとすると、リズミカルに私の頬を叩くナニカ。弾力があって、ぷにっと、しっとり。そして、ちょと冷たいそれが私の頬を一定の間隔で優しく叩く。目を開けようとしたところ、タイミングよく、それがぺちこん!と当たった。幸い、目には入らなかったが、割と強い力だったので目頭をさする羽目になる。
「んあ…?あ~キミか……今日はお休みなのに、ちゃんと朝早くに起こしに来るなんて、珍しいね?…どうしたんだい?」
ついでに目をこすって、視界を明瞭にすると、見慣れた緑…カッパワニが期待に満ちた目で私を見上げていた。私が目覚めたことを確認すると、彼はベッドの端に置いていたらしい一枚の切り抜きをくわえて持ってきた。それを私の膝の上に落とし、小さな手で、たしったしっと叩く。
「あぁ、物産展の……うん、そうだね。今日はその日だね。それで起こしに?」
「そうだ」と自信満々なドヤ顔を披露するカッパワニに微笑みつつ、準備を整え、カッパワニを小脇に抱えて食堂に向かう。シジミの味噌汁を飲んでいると、向いにへるん先生が座ったので、物産展の待ち合わせ時刻を確認し、いったん別れる。
「あ。誰が来るのか聞いてなかった」
自室で着替えていた時に思い出したが、些末なことだと切り替えて準備を整える。自分の準備が終わるとベッドで待機しているカッパワニに春色リボン…桜柄のリボンを尻尾につけて、準備は完了。
「さ、おいでカッパワニ」
手を差し出すと、乗ってきたカッパワニ(尻尾に桜柄のリボン付き)を抱きかかえ、いざエントランスへ。そこに待っていたのは、ヘルン先生と意外な人だった。
「あれ?ハワード?ハワード、一緒に行くの?」
「誘われた。話、聞く。面白い。壺も。行く。決めた、です」
「面白そうに聞いてくれマシタので、誘ってみマシタ。彼もココに来て割と日が経ったとはいいマスガ、それ以外のコトはマダマダ分からないらしいデス。コレは好機デース!」
「なるほど」
てっきり、余裕派の三人だったり、逍遥先生や未明先生辺りかと思っていたのでハワードは意外だった。言動ゆえなのか、割と幼い印象もあるハワードだ。きっと、へるん先生の話を聞いて、物産展に足を運びたくなったのだろう。
もしかしたら、へるん先生がハワードを誘ったのは、前世の自分…『日本に来たばかりの自分』をそこに見たのかもしれない。期待を宿した眼差しを見たら、誘わずにはおれなかったのだろう。それが自分が恋した場所と同じであれば、なおさら。
「司書、物産展?甘い、ある?」
微笑みをこぼしっつ、エントランスを押し開け、図書館を出発。人通りが多くなり始めた通りを歩いているとハワードからの質問が飛んでくる。
その間も、あまり帝國図書館から出ないハワードがきょろきょろしながら歩くので、置いていっては大変と手をつなぐ。壺も触手を伸ばして絡みついた。離れたくないらしい。成人男性の、しかも、かなり背が高い人と歩いているので、恋人のようにも見えて目を引くのだろう。(家族には見えないと信じたい)通行人の数人振り向いたが、気にしない。
「甘いのもあると思うよ。和菓子もあるよ」
「和菓子…きれい。柔らかい。あんこ。甘い。好き。違う。嫌い」
地方の特産品の中にはもちろん、甘味も豊富だ。今回は和菓子も多い。春を連想させるものが多いので、楽しみだ。だが、海外文豪であるハワードからしたら、和菓子は割と好き嫌いが出るものらしい。
「わかりマス。ソノ気持ち…綺麗デ、繊細な和菓子は、ワタシも好きなのデスが、初めの頃ハ騙されマシタ……」
「騙されたって、何がです?」
「落雁デス。島根ハお茶が盛んデ、茶菓子が多かったデス。落雁ヲ目にする機会も、食べる機会もありマシタ。最初見た時ハ、綺麗デ繊細デ、模様が可愛くテ、玩具かと思ったのを覚えていマス。これが食べ物と立った時ハ驚きマシタ。……でも、アレ、水分持って行かれマス……お茶と飲むと知って、良さガ分かりマシタ」
苦笑いするへるん先生にハワードが何か納得した顔で、口を開いた。
「落雁。落雁、嫌い。おいしい、ちがう。嫌い」
「じゃあ、なんでハワードは落雁食べたの…?」
ハワードは『落雁』という言葉こそ、知らなかったようだが、食べたことはあるらしい。しかし、落雁が帝國図書館にいつもあるとは考えにくい。どちらかというと普段食べる和菓子としては少々特殊な部類だ。茶をたしなむ文豪もいるにはいるが、茶に招かれるくらいでなければ食べる機会もない。
「乱歩さん。勧めた。美味しい。間違いない」
「あぁ……うん。あとでそれはちゃんと言っておくよ」
疑問はすぐに解決。帝國図書館のいたずら王の仕業だったらしい。うんまぁ、若干そう推察はしてましたけどね?
普段アイスクリームとか、ジャンクなものが好きな人にいきなり落雁差し出すか、フツー?数日間絶食してた人にいきなりステーキを出して食わせるようなモンではないのだろうか……
「落雁はお抹茶と一緒に味わうからこそ、美味しいんだよね。私も単発で食べろと言われたら、少々苦しいなぁ。でも安心して。きっとハワードも気にいる和菓子もあるから」
「和菓子。おしい。食べる。楽しみ」
抱えられていた腕から、私の頭の上に移動した(させられた)カッパワニも楽しみだといわんばかりに尻尾を振っている。振るのは良いのだが、リボンを落とさないかが気がかりである。
「お、見えマシタ。目的地デス。ハワードサン、ここから人が多くなりマス。彼岸花、ハワードサンの手を離してはダメダメデース」
「へるん先生とも離れて迷子になるのは怖いので、先生とも手をつなぎますか?」
思いついた提案と共に、私はひらひらと空いている手をヘるん先生に振る。
「それがいいデス。デハ、ワタシは彼岸花と手を繋ぎまショウ。これで離れないデース」
「道幅は取ってますけどね」
すかさず握られた手に苦笑しつつ、目的地に向かうたび、増える人を縫うように進む。先導するへるん先生は、後ろの私達にも全く人にぶつからない道が見えているかの如く進んでいく。左目に宿った加護だろうか。もちろん、そんなことをしなくても手を放して、道幅の邪魔にならないように歩けばよいだけだが、両側を長身のへるん先生とハワードに挟まれた状態であれば、私にできる事は少ない。二人に挟まれ、頭の上に珍妙な緑の生き物を乗せ、歩いている私はさぞ、奇妙に映るのだろう。実際、何人か振り向いていたが気にはしない。
そうして歩くこと、数分、目的地のエントランスに到着。
「ここからは私が」と足を運んだことのある私が進み出て、案内をかって出る。
エントランスから、いつぞやかを彷彿を指せる素早さでもって、今回の物産展が開催されている場所へと到着。ハワードに至っては「魔法…?」と口走っていた。昔取ったキネヅカです、とだけ答えておいた。
まさかこんなところで役立つとは。森センセ、ありがとうございます。
「おお、懐かしいデ~ス。コレデス!食べたかった和菓子ありマシタ!」
開場してすぐということもあり、人がまばらな物産展。そのなか、迷いなく、一直線にヘルン先生が向かったのは、島根のブースだ。
「『若草』…?」
「エエ。その名の通り、若草色をした和菓子デス。確か……求肥にすり潰した若草色の粉をまぶした和菓子デス。ちょうどミドリのキミと同じ色デスネ」
相変わらず私の頭の上にいる(気に入ったらしい)カッパワニをつん、と指でつつき、へるん先生が笑う。カッパワニの方はというと、つつかれたことよりも若草に目をキラキラさせている。それはハワードも同じらしく、先ほどから並べられている若草にくぎ付けである。熱視線に気づいたお店の人に「試食をどうぞ」といわれるのに、さほど間がなかったのは言うまでもない。
三人と一匹分の試食を受け取り、楊枝の先に刺さっている若草をぱくり。ハワードにはのどに詰まらせないようによく噛んで食べるように言い含める。
柔らかい求肥とシャリシャリとした寒梅粉の食感が楽しい。味は甘さ控えめ。抹茶を邪魔しないように作られているのだろう。利一先生のためにお土産に買って帰ろうかと思う。
「『若草』か……」
食べ終わり、若草をはじめとした島根の和菓子を買い終わって、ふと口を開く。ちなみに、へるん先生は現在進行形で目の前のブースの漬物を吟味している最中だ。誰かのお土産だろう。
「彼岸花、なに、ある?気になること」
試食をねだるということを覚えたハワードが漬物の試食をもぐもぐと咀嚼し、問いかける。当然、壺も次の試食を寄越せと壺の淵をタコ足で叩いている。私はタコ足をなだめつつ、漬物を口に放り込んでから、楊枝を所定の場所に捨てる。
「あぁ、そうじゃなく。カッパワニに名前を付けてなかったなぁって。通称ばっかり多くて、呼ばれるのも困るんじゃないかと思ったから」
「若草、名前。付ける?」
「うん。若草って名前が似合うんじゃないかって。元々、島根の和菓子の『若草』もお殿様の詠んだ和歌から名付けられたっていうし。由緒ある名前だと思うよ。『名は体を表す』ともいうし、ぴったりだと思って」
頭の上から再度私の腕の中に移動したカッパワニは「次はアレが食べたい」と尻尾と手をばたつかせるが、そうは問屋が卸さない。次は私の頼まれ物を買いに行くのだから。
カッパワニ改め、若草を撫でていると、両手にいっぱいの買い物袋をさげて、へるん先生が戻ってきた。笑みが満開である。
「お待たせしまシタ!!京都の漬物ハどれも美味しいと聞いてマス。帰ってから食べ比べしたいデス!毎回のご飯も楽しくなるコト、間違いナシ!デス!」
「あぁ、だからそんなに多く買ったんですね……」
いくら何でも多すぎではないだろうか。両の手で合計六つは見える。私の心中が顔に出ていたのだろう「アァ、彼岸花。そんな顔しないでくだサイ。他の人にも頼まれていたノデ、多くなっただけデス」とへるん先生があたふたした様子で返した。慌てぶりには目をつむって、「私も同じように『頼まれ物』があったので、おんなじことになりますよ」と返して置いた。
安堵したへるん先生の表情からするに、若干疑わしいな、と思わないでもない。
「彼岸花、何、買う?」
「私が買うのはコレ。春の風物詩、桜餅~ 虚子さんに頼まれたんだよね。正岡一門で集まるから、その時に振舞いたいって頼まれたんだ」
へるん先生が漬物を買った場所から五つ、六つほど離れた場に桜餅を中心に和菓子を取り扱う店があった。季語を重要視する俳句は、こういうものから四季を感じ取ることも大事だ、と虚子さんが呟いていたのを思い出す。
「桜餅……?葉、食べる?違う?」
葉っぱが巻き付いている姿に興味をそそられたらしいハワードが桜餅をじいっと見つめる。彼の生まれたアメリカでは本来捨ててしまうような部位も食べることは珍しいのだろうか?その割に、食堂で出てくるエビフライをゴリゴリ尻尾まで食べつくしていた気がするが……
「ハワードは初めて?葉っぱは味付けがしてあるから、食べられるよ。はがして食べる人もいるみたいだけど、一緒に食べると甘じょっぱい味になって、口の中がちょうどよくなるんだよね」
「食べたい…葉、食べる、知らない。壺、気になる。言います」
「じゃぁ、会計を分けてもらって……っと。すみません、桜餅を五つお願いします。それとは会計別で四つ、お願いします」
「彼岸花、持つ。帰る、食べる。一緒」
透明のパックにいれた桜餅を買い物袋に入れて、受け取るとハワードとタコ足が腕と触手を伸ばす。楽しみで仕方ない、待ちきれないというように壺からはい出したタコ足は買い物袋の持ち手をぺちぺちと叩いている。このままだと到着前に食われかねない気がしたので、タコ壺に食べないようにと言い含めておく。
「名前決まったノデスネ!おめでとうございマス!エエト…若草?」
桜餅の他、頼まれ物と欲しいものをたんまり買って、帰り道。
へるん先生にカッパワニの名前が決まったことを伝える。名前の由来を話すと、へるん先生がことさら嬉しそうな顔をしたのは言うまでもない。徐々に図書館の皆にも、この呼び名が馴染んでいってくれればいいと思う。今まで個人個人で呼び名が違っていたのだから、これで少しはマシになるだろう。当のカッパワニとしても、『若草』というのが自分の名前という自覚があるのだろう。若草、という呼ぶと反応を返してくれる。
「あ。虚子さん!」
図書館に戻り、エントランスの扉を押し開けると、虚子さんが出迎えた。外で句作を行うつもりだったのか、見慣れた着物姿ではなく、動きやすそうな洋服姿だった。腰には碧さんと色違いのポーチを身に着けている辺り、(いわないが)かわいい。
「戻ったのか。おかえり。……すごい荷物だな」
「ええ。頼まれていた物も無事に購入できたので、渡しましょうか?」
「いや、食堂の冷蔵庫に入れておいてくれ。集まりはまだ数日先だからな。名前を書くのを忘れないようにな」
「分かりました。では、そうしときますね」
ペコリと頭を下げてハワードの手を引いて食堂に向かう。昼食に差し掛かる前だったので、へるん先生はさっそく漬物の封を切り、ほかほかの白ご飯によそい、早めの昼食を。私は茶を淹れて、昼食までのつなぎを。
「どう?初めての桜餅」
「おいしい、葉っぱ。同じ、美味しい」
お茶を飲んで喉を潤すハワードだが、その口の端にあんこを付けている。気づいていないので指摘しようとすると、壺から伸びてきたタコ足が瞬時に取り去った。優しさからというより、気に入った餡子を少しでも多く食べたい、という行為のように思えた。事実、それに気づいたハワードが壺を横目に物言いたげな目で眺めていたのだから。
「あれ?葉っぱ残ってる。壺の?」
「壺、葉っぱ、食べる、違う、言う」
「まぁ葉っぱだからねぇ……」
食べるのかと試しに壺に桜の葉っぱを近づける。タコ足は壺から足を延ばし、壺の中に引き込むが、すぐにペッと葉っぱを吐き出してしまう。「桜餅そのものを寄越せ」といわんばかりに壺の淵をトントン叩かれるというおまけつき。壺は葉っぱは桜餅と一緒に食べるものではない、と決めたらしい。
後日、桜餅を食べるハワードと壺に遭遇したのだが、壺は器用に葉っぱを剥がしてから、桜餅を壺の内部に引き込んでいた。
虚子さんと同じだ……と思わずにはおれなかった。
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『若草』という名前
初公開日: 2020年07月13日
最終更新日: 2020年07月27日
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本来なら春に書こうと思ってた話。帝國デパート春の物産展に行く、はわわさん(と壺)、へるる先生、僕のとこのお司書(彼岸花)、カッパワニ。タイトルの通り、カッパワニが『若草』という名前をもらうに至った経緯です。
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