「どうせ画の中に潜るなら、一編、何かか書き上げてやるぜ!と意気込んだはいいが、この『動植綵絵』だっけか、虎とか龍とか強そうなのいねぇーじゃん。いるのは鶏ばっかりだしよ……こう、盛り上がるモン書けそうだと思ったのによぉ……」
「鶏とは言え、勇猛果敢なところもあると思うが?闘鶏も室町時代には大流行したというしな」
「そぉかあ?パッと見た感じだと、そんな強そうなのはいなかった気もするけどな」
直木三十五と吉川英治は、絵の具の香り漂うとある画の中を歩いていた。そこかしこに生えている南天の木が重そうに枝を垂れ、赤の実を揺らしている。
調査先:動植綵絵『南天雄鶏図』 直木三十五、吉川英治
「画の中なんだし、侵蝕者もいないんだろ?なら、仮に戦闘になってもそこまで俺たちに対しての侵蝕もないだろ?虎と戦っても侵蝕させるわけじゃないんだし、いい経験にもなると思うんだよな」
「まあ、日々の鍛錬の成果を見せるという意味ではいいかもしれないな」
うむうむと頷きながら先を進む二人。不意にチチ…と鳥の声が聞こえ、二人して空を
見上げる。
「モズ……か?」
「よくわからねぇけど、ここに南天以外のモンがいたとはな……しっかし、どこもかしこも南天だらけ……ホントにそれ以外の生き物がいんのか?」
本来なら、南天とモズ、そして何より軍鶏がいたのだが…直木はすっかり忘れている。吉川も突っ込まない。
とりあえず、先へと進むかと、二人はガサガサと南天の枝を揺らして、突き進む。
吉川は飛んでいるモズの行先を注視し、止まった枝、そしてその下へと視線を移した。
「っと、どうやらその様だ。あそこを見てみろ」
「なにがい…って、おぅわ!びびったーいきなり現れたように見えたぞ?」
「トサカが南天の実に同化していたからだろう。それにしても……うむ、立派な軍鶏だな。まるで武人のような気高さと雄々しさ、凛々しさを感じる」
モズが止まったの木の下には一羽の立派な軍鶏が佇んでいた。軍鶏は南天をついばむモズへと一度、鋭い目線を向けたのち、首を伸ばして大きく羽をはばたかせる。
大きさもさることながら、艶かな黒羽に筋肉質な足とそこに生える鋭い爪。元は闘鶏用の鳥だったこともあり、佇まいは刀を携えた武士(もののふ)のような雰囲気を纏っている。それが若冲の手腕によってより立体的…現実味を持って二人の前にいるのだ。
当然。
「あぁ、身が締まってうまそうだな。軍鶏鍋でエピソードを残した泉先生や谷崎先生だったら、面白そうに眺めるかもな」
という直木の発言も、まぁ、あり得るわけだ。だが、それ以上に。
「あの武士のような佇まい……かなりの手練れと見た!!!軍鶏殿!ぜひ我との手合わせ願いたい!!!」
と、軍鶏の前に飛び出し、三つ指をついて申し出る吉川も……きっとあり得るのだろう。
何が間違っているだの、おかしいだのと突っ込むのは無しにしよう。軌道修正係を連れっていかなかったこちらの落ち度だ。
そして、一度甲高く鳴き声を告げ、闘志を漲らせる軍鶏も軍鶏だ。お前は絵の中の存在なのだから、もっと大人しくしておけばいいだろう。何も戦わずとも。
「おお!軍鶏も乗り気だな!よっし、じゃぁ俺は審判係なーへへっ、その様子、俺が血沸き肉躍る戦闘描写にして、一編書き上げてやるからな!!」
「それはいい!よろしく頼む」「クォッケ!!!」
なんでここでそうなるのだ。そもそも鶏と人でどう戦うというのだ。
「始めッ!!」
追いついていないこちらの(主に頭の中の)事情などつゆ知らず、鋭く開始の声が響いた。
はばたいた軍鶏が、がっ!と鋭い爪を吉川の腕目掛けて繰り出した。
鶏に表情などないはずだが、その鶏は、その眼は確かに歓喜に震え、同時に不敵な色を宿していた。
「やるな!!!次はこちらの番だ!」
ひょう、と手刀を軍鶏に向かって繰り出す吉川。鶏に合わせた攻撃を繰り出しらしい。
彼も手練れであることは知っている。本気だが、それも鍛錬や手合わせのうちなのだろう。
人知れず、安堵のため息をついた。一応、『三ノ丸の秘蔵っ子』扱いをされているのだ、傷つけることがあってはならない。
だが、その心配はなくなった。
「あれ?森先生、ナビゲートはよかったんですか」
「問題ないだろう。『南天雄鶏図』の軍鶏は無事に満足して大人しく元の位置に戻るだろう。あの二人にはナビゲートは不要だと判断した……少し休む」
「? まぁいいですけど……いってらっしゃい」
よたよたと、若干不安の残る足取りで森は補修室へと足を運んだ。自分は頭で考えようとするからダメなのだろうか、という一つの疑問を抱いたまま。
ちなみに。『南天雄鶏図』から帰ってきた直木と吉川だが、吉川だけボロボロの姿だったので即、補修室行きとなった。しかし、その顔はいつになく晴れやかで、「良い勝負ができたぞ!」と屈託のない笑顔で語り、暫く彼の話す話題はそれだった。
また、直木は闘鶏をモチーフにした話を一編書き上げた。闘鶏で勝ち上がるため、己の軍鶏に飼い主が自ら、対戦相手の鶏の動きを模した動きで練習試合する、という話だった。…荒唐無稽さが受けたのか、一部には、好評だったという。