「鬼丸はその餅菓子か好きか」
「何?」
「いつもそれを食べているだろう?」
三日月の穏やかな声に鬼丸は眉を顰める。
「どれでもいい。気にしたことなどない」
三日月のペースに乗せられ、こうして縁側の茶飲みに付き合う羽目になっている鬼丸は機嫌が良くなかった。
いつもいつもどうにか躱そうとするのだが、どうにも三日月のマイペースに勝てた試しがない。
今日もそうして負け越した鬼丸は、仕方がないので熱い茶をすすりながら菓子器に手を伸ばす。手に取ったものは確かに餅菓子で、そういえばこの前もこれを取った気がすると思い出した。
「わかるぞ、餅はうまいものなあ。俺はつい目移りしてしまうんだが」
「話聞いてたか?」
「聞いていたとも。他には目もくれずにその菓子が好きだということだろう?」
「そんなことは言っていない」
「この時期は水羊羹が食べたくなるなあ」
「……あんたな…」
頭を抱える鬼丸を尻目に三日月はどら焼きを頬張る。
その幸せそうな顔をじっとり眺めながら鬼丸は続ける。
「そもそも同じものを食べたからって好きとは限らんだろうが。目の前にあるから取っただけだ」
「ふむ、まあそういう事もあるが。好きなら好きで良いとじじいは思うんだがな」
「だから別に好きじゃない」
ぐだくだとしょうもない話を繰り返していると後ろから声がかかる。
「良いものを食べていますね、お二人とも」
「おお数珠丸か。お前も一杯どうだ?」
「ええ、是非」
そう言いながら鬼丸の隣に座るので、鬼丸は両隣を挟まれなんとなく居心地が悪かった。
「数珠丸は何が良い?」
「ではこの信玄餅を」
のんびりしたやりとりにはぁとため息を大きくついて、鬼丸は餅菓子を食べるでもなく手の中で転がす。
「如何しました?食べないのですか?」
「さっき変な事を言われたから食べる気が失せた」
「はっはっは」
「笑うな」
鬼丸はぶつぶつと文句を言いながらひと口に頬張る。口の中に広がる甘味を茶で流し込みながら、また今日も流されてしまったとひとりはがみした。
明くる日、鬼丸は部屋の窓から繁る樹木を眺めていた。
この本丸へ来てからぼんやりといつも眺めているが、未だにこれが何の木なのか鬼丸は知らなかった。ただ二階の自室まで届くほどの木々の、爽やかな風が鼻をくすぐるので、それをいっぱいに吸い込んでは微睡むのが日課だった。
「鬼丸さーん」
開け放したままの襖から顔を覗かせて、乱が鬼丸に声をかける。
「ごめん起こしちゃった?」
「いや、起きていた」
ゆっくりと振り返りながら答えると、乱は嬉しそうに部屋に足を踏み入れた。
「ふふ。鬼丸さん、いつもそこから外を眺めてるよね」
「そうか?」
「うん。ボクよく洗濯干すのにあそこのあたりにいるから、鬼丸さんのこと見えてたんだよ」
「そうか」
見られていたと思うと鬼丸は少し気恥ずかしい心地がしたが、特段何も言わずにただ頷いた。
「百日紅好きなんだね」
「サルスベリ?」
「この木の名前だよ。夏になると綺麗な花が咲くんだー」
「……」
はじめて名前を知った木をちらりと見やるが、木々は素知らぬ顔で揺れている。
「変な名前だな」
「もうまたそんなこと言って。鬼丸さんだって好きなくせに」
「おれが?」
「だっていつも見てるじゃない。好きなんでしょ?」
「別に好きじゃない」
「えーそうかなー?」
乱はにこにことしながらつんつんと鬼丸の腕をつつく。
「ねえ鬼丸さん、花が咲いたらこの部屋に来てお花見してもいい?」
「わざわざここでか」
「サルスベリってとってもいい香りなんだよ!鬼丸さんも気にいると思うな」
「……」
鬼丸は自分の殺風景な部屋を見渡す。
この寒々しい部屋にも夏の日差しが届き、乱の笑い声と花の香りで満たされる想像は、悪くないと感じた。
「好きなものは何度も繰り返して食べたりするから、そう思われたんじゃないのか」
「そういうものか」
「ああ、ハマるとな…」
酒を煽りながら言葉を咀嚼する。
今までの皆の言葉を総合して考えると成る程、確かに一理あると思われた。
(好きなものは繰り返す…)
鬼丸は手の中の杯を眺め、おやと首を傾げる。
この酒は鬼丸が用意したもので、今日この頃までに何本か空けては買い足してを繰り返している。
酒のつまみは大典太が用意したもので、買ってきたものや手作りまで様々だが、時折鬼丸も手伝って厨房に立つことがある。
いつも大典太の部屋に上がり込んでは飲みはじめ、だいたいいつも大典太が一気に酒を飲むので鬼丸が怒り、それを大典太が対して悪びれた様子もなく首を竦めるのが常だった。
そこに確かに悪い感情はなく。
酒盛りは大抵鬼丸から誘ってばかりで。
それは確かにどこか心地よいものがあって。
それは。
それはまるで。
(おれが好きみたいじゃないか)
「……おい、どうした。顔が赤いぞ」
「……なんでもない…用事を思い出した…」
「大丈夫か、あんた」
「あ、ああ。平気だ」