リスヴァレッタは軍事国家だ。
それ故に市民(この場合国民に当たるのだが)の健康増進には随分と力を入れている。
その一つが「子供のころから鍛えよう」的なソレで、色々な国やらなにやらのイベント事も取り入れたりしている。ただし、国際スポーツ的なものへの参加は常に遠慮気味だ。
キリルがストリートで寝起きしていた時にはどこからか「うでをまえにあげてせのびのうんどー」などという謎の爽やかな指示が軽快なリズムに乗って聞こえてきたり、なんだか公園の前を通るとねむったくなるような音に併せて大人たちがまるで漫画の「動きが遅くなる術」にでもかけられたようにのろのろと体を動かしているのを見たこともある。
しかしそういうのは大半子どもは興味を持たずいるのがお約束だし、なにより正直つまらない。
……そもそもストリートのこどもは大人の多くいる場になどきては危ないとしか認識していない。
大概の子供が大人を信用できないでいるから、あそこにとどまるのだ。
キリルとミラの場合、正直かの老体との出逢いは奇跡だったといっていい。
とはいえド貧乏生活が貧乏生活になったばかりなキリルが体を動かしてどうこうというのは難しい。腹を減らしたくないというごくごく当然の欲求もあった。
それでも軍にいた老体の元にいれば体を動かせとはよくかけられた。
いわく筋肉は裏切らない。軍にいた男に言われてこれほど説得力のある言葉も少なくあるまい。
とはいえ金があるわけでもないし他の大人はまだ怖い印象がつよい。
子どもに混じって遊ぶには少々人生経験に難があり、どうも温度差がある。何より姉が人とのつながりを割と制限したがっていたのも大きいだろう。勿論これには事情があるのだが、当時の彼が知る由もない。
そんなわけでとピックアップされたのが国の健康推進事業の一環である施設だった。
*
久しぶりに来たな。
きたことあるんだ?
そんな会話をした彼らの肩には朝イチでつくったサンドイッチが詰められたバケットと水筒がそれぞれかかっている。念のためにとタオルと着替えもまた一緒にあるので、割と大荷物だ。
そんな大層なものを持って、だが旅行というわけではない。ここはキリルの相棒たるダグラスの持つ車で家から三〇分かからないところにある野外型、いわゆるフィールドアスレチック広場だ。
体幹の弱いキリルが体を鍛えたいといったので、揃った休みの日にこうして二人で訪れたのである。
普段ちゃんとジムやプールなどでやっているのだが、たまには別の景色がみたいというキリルの希望と、いかがわしい目から彼を護るのに胃を傷めて最近珈琲が薄めになったダグラスの意思が一致した結果である。もっともそんな形で弁当まで持参して入れば仲間内はデートだデートだと囃し立てるところだろうが。
――デートで結構。それに加えて仕事に役立つなら素晴らしいことだろう、とはダグラスの主張である。キリルはまだそこまで開き直れないがダグがいうならいいやと考えることを今日の結論とした。
「てかダグ、きたことあるんだ」
「ここ来たことないリスヴァレッタ市民はそういないんじゃないか?学校の遠足とかでもよくつかわれるし」
「そういや集団の子どもいたことあったなぁ」
子ども同士は基本的に保護者の存在などあってなきがごとしだ。
名も知らぬ相手同志でゲラゲラと笑えることも多い。キリルも子ども相手にまで警戒心が働くことはそうなかったし、自力ではいけぬこの施設に一緒にいた姉や養父の存在が背中を押したようなものだった。
「なぁ」
「うん?」
「競争しようか」
「なんの」
ここの施設は国が管理しているだけあってそれなりの難易度分けをして広く整備されている。
一本橋や雲梯、ジャングルジムに飛び石。本気でやれば大人もバテると評判の巨大設備な為宿泊施設やレストランもあるが、施設そのものは基本的には無料開放されている。
時々軍の人間がスカウトにきているとかいないとかいう噂もあったりするのは「軍事国家」であるこの都市において非常に信憑性のあるんだかないんだかわからないクセのある冗談だろう。
もっともキリルもダグラスも、お声がかかったところで笑顔でNOというだろうが。
「晩飯奢る、競争」
「よしもらった」
「即答かよ」
「当然だろう」
ダグラスは笑った。笑いながら早速荷物を置いて準備運動まで始める。
鼻歌混じりになにやら順番通りに背伸びから始める動きにキリルの記憶の琴線が微かに触れる。
それはどこかで聞いた音楽混じりの指示を再現したらこんな感じだろうなぁというそんな印象の動きだった。最もこれはキリルが運動をするようになったから「意味がわかるようになった」というのが大きいのだが。
「それ」
「うん?あぁラジオ体操?」
なんだかんだで覚えてるもんだなぁとぼやく相棒にふと思った。
――あの時あの音の方にいったら、あんたに逢えたのかな、なんて。
勿論今日の目的とは全く全然関係ないのだけれどもそんなほんのちょっと残念な気持ちが浮かぶ。
「準備運動しないと足攣ると思うんだが」
「そんなことねーだろ。多分」
とはいえ全くしないのも怖いので、相棒の真似をして初めてみたらじゃぁ最初からとダグラスは笑って見せたのでよろしく、と思わず頷いてしまった。
本日晴天、アスレチック日和だ。
おつきあいありがとうございましたー