「昔さぁ」
ダグラスが差し出したバナナラッシー(健全)を啜りながら、ふと思い出したように彼が口を開いた。
相棒のどこか夢見心地というか、時々みせる幼いような思い出話は意外とさらっと重量級なのを知っているので下腹に力を入れながらなんの気なしに口にしていたナンを飲み込み、うん、と先を促す。
気付いているのかいないのか、年下の相棒の口が動く。
時々唇がもにもにしているのは直前まで食べていたカレーの辛さからだ。
ダグラスがラッシーを差し出した理由でもある。
因みに水は逆効果なのだそうだ。辛い=痛みなので牛乳や蜂蜜などが推奨される。
閑話休題。
「ミラのつくってくれたカレーが好きでさ」
「あぁ」
ダグラスが追加で注文してやった温玉が届いた。
それをルーの中にぐりぐりと混ぜ込みながらキリルは思い出に頬を緩めている。
それをさらに眺めながらダグラスは先を目線で促す。
「おまえんちのカレーってどんなんだったんだ?」
「からくなかった」
「まぁこどもだしな」
それもそうかと頷くと、いやそれがさぁと話が続く。
「初めて外でカレー食った時にびっくりしたぐらい、アレカレーじゃなかったんだわ」
「は?」
「いや、カレーだったのかもしれないけど」
なぞなぞみたいな話にダグラスは眉をひそめる。
どうにも意味が拾えなかったからだ。
不機嫌というより疑問符でしかめられたダグラスの顔に、キリルも自分でいってて困惑を乗せる。
「アレなんだったんだろうなぁ」
美味かったんだよ。
すげーおいしかった。
幼子の表情でぽつりとつぶやいたクチに少々はマイルドになっただろうがそれでも刺激の強いカレーが運ばれる。
もぐもぐと動く唇の淵をちろりと赤い舌が撫でてルーをぬぐった。
「聞いてみればいいじゃないか」
「ん?」
「ミラにレシピ」
敢えてヴァレリーではなく「ミラ」と呼んで提案とすると、キリルはぱちぱちと大きな目を瞬かせた。意外そうな顔にむしろダグラスの方が驚いてしまう。
「どうした」
「あ、いやえっと。んー?」
「うん」
首をひねりながら、結局彼はカレーを完食してからどうにかこちらの話も飲みこめたらしい。
「なるほど」
奇妙なタイムラグに思わず吹き出し、自分もさっさと皿を片づける。
立ち上がり移動を促すと相棒もおとなしくそれについてきた。
「そっか。また食えるんだアレ」
「……」
そうして支払いの間も、オフィスに戻る間も色々思案していたらしい青年の今気づいたとばかりにこぼれた声には少し悲しげな響きが聞こえたきがした。
*
「あぁ……ルーを惜しんでその時その時手に入ったくず野菜を煮込んで作ったやつかぁ」
ヴァレリーがミラの顔で懐かしげに呟いた。
そわそわこそしていたが終業時間まではしっかり仕事をしてから件の人物に逢いに行き一息ついてからのことだ。
意外な話だなと思いながら差し出された注文品を飲みながら、たまたまあったカリフラワーのカレーピクルスを齧る。ピリ辛というよりも香りの強さが印象づいた。
「カレーじゃなかったの?やっぱり」
キリルは身を乗り出して首をかしげてる。責めているというわけではなく単純に正体が知りたいというニュアンスだ。
「いや、一応カレーのルーは入ってたよ。お肉が入ることも殆どなかったし、さっきも言った通りつとめ品の野菜をたっぷり使った上に、ルーの量半分も入れてなかったから辛さっていう意味じゃトンじゃってただろうけど」
間違いなくそれはカレースープとかそういう枠だなとダグラスは思ったがツッコむことではないしミラも嘘はいってないのでグラスを傾けることで黙る形をとった。
実際素直な相棒はほぅほぅと納得だけを見せている。
「久しぶりにつくろうか?」
だからなおさら、姉だった人の提案には目を輝かせたようだった。
こりゃぁ今夜はお邪魔かな。
少々モノ寂しさを想わないでもなかったが、ダグラスはそんな風に兄弟の空気に内心少々拗ねた。
提案したのは俺なのにとか、ウチのカレーのレシピ母さんに聞いてみるかとか頭の片隅にふわりと浮かんで消えていくものを飲み込みながらいると「ダグにもたべて貰いたいっておもったんだ」と唐突に声が現実へと引き戻しにくる。
「巡査?」
「ウチのカレー!てダグに知ってほしいなと思って」
くすくすとヴァレリーが笑う。純粋無垢すぎて暴走している弟がかわいくて仕方がない。そんな顔だ。もっとも彼は非常に意地悪なのだけど。
「じゃぁキリルも作れるようにならないとね」
「はひ?」
なんで?と傾げられた首をそっと手を伸ばしてまっすぐに直し、ダグラスの義兄候補はしっかりと頷いた。
「大丈夫。難しくないよ」
……今夜どころか、当分一緒に帰れない気がしてダグラスはため息を飲み込むようにしてとりあえずカレー味のピクルスを口に放り込んだ。
おしまい。
ぶらたもみながらなので時間かかっちゃいましたね;