※こんな時ですが病気ネタなのでご了承ください
「かえれ」
「やだ!」
さして厚い訳ではない扉越しに、そんな押し問答が続いている。
お互い主張は譲らない。それなりの言い分があるからなおさらだ。
「だから。差し入れは助かる。手すりに引っかけてそのまま帰れ」
「だって心配じゃねぇか」
「このくらいなら本当に一晩寝てれば治るよ。これでも三十路で一人暮らし暦はそれなりだ。自分の体調くらい読める」
「急変するかもしんねーだろ」
「それこそお前どうしていいのかわかんないだろうが」
大丈夫だから。なだめすかせる声に覇気はなく、どこか哀願するような響きするすらある。
そもそもこんなことをやっている間にふとんに入ってがっつり寝て、ベッドのすぐそばに置いた水分をとり、それで汗をかいてはタオルと着替えを2回も繰り返せば回復するくらいの体力はある。
幸い、単なる追跡調査中に被った水のせいで体が冷えただけなのだから。
老人と生活していた経験のある相棒にとっては単なる風邪も何が起こるかわからない文字通り万病の素という認識が強いのは容易に想像ができた。それは決して慎重になり過ぎているとはいわない。人間なんて案外丈夫だったり逆に思ってもみないことで調子を崩すなど割とよくあることなのだ。
「……だぐのばか」
「馬鹿で結構。今日に限っていえばな」
別にうつるというわけでもないだろうが落ち着かない様子でじっと見られるのも落ち着かない。
調子の悪さに限り、できれば人がいない方が気が楽な性質なのだ。
いい加減、他の部屋の人間がすわ痴情のもつれかと好奇心を向けられるのも勘弁願いたいところであるし。
「……スポドリとリンゴ。あと桃缶あるけど、缶きりある?」
「多分」
ちょっとだけその声が笑うように震えた。
それで十分なんだとわかってほしいんだが。
「駄目だろそれ」
「開けたことがあるから多分まぁ大丈夫だろう」
「あと、あんぱん」
「うん」
さすがに今日食べる気にはなれないが回復したらいただこう。
「カップスープの素も買ってきたし」
「うん」
……ケトルにスイッチ入れるのも面倒だな。
「一応解熱剤と冷却シート。つかって」
「ありがとう巡査」
解熱剤はこれ以上上がるようなら意識するがまぁ多分大丈夫だろう。
きしりと音がした、多分ドアに彼がよりかかっているのだろう。
「うぅオレもお届けしたい」
「だーめ」
また振出しかと顔をしかめるが元来頭のよい子だ。繰り返すような真似はしない。
「じゃぁ電話していい?」
「寝かせろよ」
「モーニングコールだよ」
「ふぅん?」
起きれるの?いつもギリギリだと情けないこといってなかった?
いってやれば「皮肉いえるくらいならちゃんと明日起きれるな」と反撃された。
「起きて、体温測って。平気そうならなんもいわねーけどまだ高いようだったら公用車で乗り付けるから病院いくぞ」
あぁ寝てれば治るにひっかかってたのかこいつと今更気づく。遅いが。
「職場恋愛推奨のトラヴィスなら笑顔でGoサイン出すだろうなソレ」
「覚悟しとけ」
しっかり治せよ、いーな!そういってとん、とドアがひとつ叩かれる。
「うん」
そう返しながら冷たい鉄の扉にキスをしてみる。
なるほど味気ない。
じゃぁなという声と遠ざかる足音。そういうのを聴きながら、随分時間を経てから扉を開ける。
がさりと立つ袋の音。
彼の気配は当然、名残以外はどこにもない。
「……だからくるなっていったろ」
情けない文句がぽろりと湿気を帯びた愁いになって融けていった。
おつきあいありがとうございました。