葱が嫌いであるらしい、と知ったのは一週間ほどの計画でレイシフトした先、野営中のことだった。みそをといた雑炊に葱を散らそうとしたら、コンロから少し離れて立ち、辺りに気を配っていたらしい青年は「あ、」と小さくつぶやきかけ、もにょもにょと口を動かした。それがまた、苦手なおかずが出された時の、でもプライドや申し訳なさや色々なものが混じって言い出せない子どもそのままみたいな顔だったから、ありゃまと目を丸めたものだった。
ごくごく最近カルデアなる場所に呼ばれた蛇の女(いずこかで何がしかの縁があったのだろう、もっぱら「おみぃさん」と呼ばれて、しっくりくるものですっかりその呼び名が自認にもなった)とは違って、青年は長くマスターと共に戦っているという。聖杯をいくつも頂戴し、果てはアサシンクラスの頂点とでも言うべき「冠位」の字(あざな)さえ持った、確かに戦闘となると頼もしいねえと拍手を送りたくなるような子のすることだったから、なんだかなおさらかわいく感じられたのだった。
子どもを甘やかし過ぎるのは母親のすることではないが、好き嫌いの一つふたつかわいいものだし、香味物など彩りばかりだ。おみぃは葱を小脇に寄せて、うーんと考えるふりをした。
「いや、やっぱり胡麻のほうが合うかねえ。どうだい、マスター?」
「そうですねー、今日はゴマの気分かな!」
「はーいよ。じゃあ、それ、パッパッと」
マスターは横目で一瞬青年の方を見たようで、やっぱりねとおみぃは内心うなずいたのだった。
青年こと岡田以蔵は、翌日街に買い出しに行こうかねとマスターらと分かれたとき、待っとーせ、と足音なく蛇のように追いかけてきた。二本差しというのに全然音が立たず、身ごなしも流れるようで感心した。
「どうしたんだい、マスターは置いといていいの」
「他のやつらに頼んだきに。買い出しやったら、荷物持ちがいるがやろう」
おなごにゃあ米やらみそやら重いきに、と付け足してくるのに、なかなか親切な性格でもあるらしいと理解した。
道連れはいた方が楽しいものだ。「ありがとう、じゃあ、お願いするさね」と笑うと、以蔵はほっとしたように見えた。
マスターも一緒だとまる一日は離れた街も、サーヴァントだけの脚力なら半分以下に短縮するものだ。二人は昼前には市をぶらつき、たまごと魚の干物を少し、それから三日分ほどの米を仕入れていた。近場の村から届いたらしいいい葉付きの大根があって、おみぃはかなり悩んだ。
「何じゃあ、買えばえいろう。マスターも大根は好きやぞ」
「けどねえ、大根買ったら酒かみりんもほしくないかい? ますます重いよ」
「えいえい、まるっと持つきに、余計なこと心配しな」
以蔵は侍らしくなく、大根とは違って萎びた親父に、そのまま「おう、おんちゃん、その太いの一本じゃ」と頼んでしまった。金はおみぃが持っていたから、ほれとうながされて慌てて支払った。
親父は毎度と笑って、「いい旦那じゃアないかい」と茶化してきた。以蔵はばあたれ、と呆れた顔をした。
「夫婦もんらぁ、こん人に失礼やぞ。母上みたいなものじゃ」
「ちょっとちょっと、岡田。何言ってるんだい、この子は」
見目の年回りではどう見ても「息子と母親」は無理がある。おみぃはどうも~と愛想笑いでごまかしつつ、以蔵の袂を引っ張って、そそくさその場を逃げ出した。
結局みりんも「買うちゃれ買うちゃれ」とそそのかされてうっかり一合ばかり買ってしまって、ほとんど全部を以蔵が背に負ったり腕に提げたりする帰り道になった。おみぃはちょっと反省した。
「なんだか悪いねえ、本当に全部持たせちゃってさ。重いだろ?」
「これっぱぁなんちゃーないわ。何ならおまんも背負っちゃろうか」
さすがによしとくれよと手を振ったが、たぶん必要になったら、以蔵はおみぃも、もしかして反対側にマスターも抱えて走ることもできるのだろう。カルデアにはもっと見上げるような体躯のサーヴァントらもいるが、彼もじゅうぶん剣客らしい、すぐれた体格をしていた。
全然自分の子などではないのだが、そしてどんな子だってかわいいには違いないのだが、この子の親はさぞかしこれがかわいく、立派で、自慢だったろうとしみじみ思った。そしてその感慨は、そのままぽろりと口からこぼれて出た。
「アンタはいい子だねえ。よく気が回るし、優しい子だよ」
以蔵は――なぜか急に、痺れたように歩を止めて、まじまじとおみぃを見た。飴色の目は数秒してうるりと水気を増し、震えながら唇がわずかに動いた。
「お母、」
音のない声だった。しかし蛇の耳には、はっきりとそう聞こえた。
何だいと答えてやる前に、以蔵はぶるりと頭を振った。一度閉じた目がまた開いた時には、子どもの顔はしていなかった。
「……わしゃあ早うに亡うなったきに、親不孝じゃ。よう荷物持ちもせざった」
ぽつりと、「長生きしたらしいが、誰ぞしゃんとめんどう見てくれよったかもさっぱりわからん」と言った。以蔵は一歩前に先んじて、早うもんてこうとおみぃをうながした。
後になってカルデアで、神気溢れんばかりの旧い蛇様がしゅるりとやってきて、雑炊を食わせろとおっしゃった。ちょうど食堂の当番だったから、連れの白いライダーの青年ともどもどうぞどうぞとふるまった。以蔵さんの言う通りだね、ナメクジもたまには当てになる、と彼らはにこにこ雑炊を堪能(青年の方は三回もお代わりした。いい食べっぷりだ)して、ご馳走様でしたと一緒にこんなことを言った。
「幼馴染みが「家(さと)の味がした」なんて言うもんで。うん、懐かしい味でした」
盆の下に手紙があって、なかなか達筆な字でこう書かれていた。
『母上様
雑炊 大根 美味しう御座いました
お気を煩ハして誠ニ申し訳なく候
以蔵』