このプレビュー見えるのいいですねぇ!!
 そりゃあ、心残りが無いって言えば嘘になるけど。
 湿っぽいのは嫌いだし、たぶん、あいつだって同じだろうし。
 なんだかモヤモヤはするけど、きっとこれで正解だと思うんだ。
「あんた、本当に言わなくて良かったの?」
 だってのに、母さんはこころなしか普段よりも穏やかな表情で、そんなふうに言ってくる。「何を」とまで言わないのは、きっと母さんなりの優しさのなのだろうけど、それがちょっとだけ鬱陶しくて、おれの声に少しだけトゲを生やさせた。
「……何がさ?」
「んー……言っていいの?」
「……言わないで。わかってるから」
 椅子の背もたれから背中をはがして、テーブルの上の皿に手を伸ばした。見慣れた我が家のダイニングには、普段の数倍の枚数の皿がいたるところに置かれている。
 押し入れから引っ張り出してきたちゃぶ台も、普段は半分も使っていない大きなダイニングテーブルも、はたまたテレビ台のすみっこも、ついほんの三十分前まで、たくさんの食べ物を載せるのに使われていた。
 いまはソースや油で汚れた空の皿が広がるばかり。手近な皿を何枚か重ねて、シンクで皿を洗っている母さんのところに持っていった。
「おれってさ、やっぱりわかりやすいのかな」
「うーん……母さんはあんたの母さんだからわかるけど、他の人はどうだろうねぇ」
「まあ、母さんにバレてたのは気付いてた」
 唐突に決まったあいつの引っ越し。おれがお別れ会を提案したのは、まあ、その、なんだ、正直なところ、半分以上下心だった。
 お別れぱーちーにかこつけて、告白なんてできたらいいな、なんて。
 ところがまあ、あいつときたら無邪気にガキみたいに(そりゃあ、おれたちはまだ小学生で、誰がどう見てもガキではあるけど)はしゃぐばかりで、先週のドラマみたいな「雰囲気」ってやつなんて、もうちっとも、これっぽっちもありはしなかったんだ。
 ……そんな感じだったから、なんだかバカらしくなっちゃって。
「おれ、あいつにはバレてるかもな、って思ってたんだ。だけど、今日のパーティーに誘ったときも普通だったし、はしゃいでる様子も普通だったし」
「そうだねぇ」
「……あそこまで普通にされるとさ、なんか一人だけ心臓バクバクさせてたおれがバカみたいで」
「バカってことはないと思うけど」
 喋りながらも、母さんの手は止まらない。水道水にぶつかった中性洗剤の泡が、弾けながら流されていく。白くピカピカになった皿が、一枚ずつ水切り籠に置かれていく。
「だから、後悔してないって言えば嘘になるけど、言わなくて良かったと思う」
「本当に?」
「あいつと一緒にはしゃいで、それが楽しかったのも嘘じゃないから。下手に告白とかして変な感じになるより、ずっと良かったと思う」
「……あらまぁ」
 きゅっと蛇口が捻られて、水が止まった。さっとタオルで手を拭った母さんが、そのまま左手を頬にあてた。
 母さんが、ちょっと感動した時のクセ。
「……なんだよ」
「いつの間にか成長したわねぇ」
「……何がさ」
「あやちゃんの話で「告白」なんて、昨日までのあんただったら絶対言わなかったわよ」
「だって、そりゃそうでしょ。失恋したようなもんだよ、これ」
「うーん……」
 今度はおとがいに指をあてて何やらうなり始めた母さんに背を向けて、ダイニングを見回した。皿やらコップやらは片づけられたけれど、まだ普段の我が家には余計なものがいくつか残っている。
「ちゃぶ台片付けるよ。廊下の収納だよね?」
「そうだけど、はいこれ」
 しまう前に拭いといて、と、固く絞った布巾を渡された。さして汚れてもいない――おれの友人たちはみんな行儀が良いのだ。おれを除いて――ちゃぶ台の表面をさっと撫でで、足を折りたたんでから小脇に抱えた。
 リビングを出て、短い廊下を進む。玄関脇の収納の扉に手をかけて、ふと違和感を覚えた。
 普段の我が家の玄関には、存在しなかったはずの色。だけど、見覚えのある色。やわらかい桜色の傘が、傘立ての中で濡れている。
 梅雨時だもの。何度も見たさ。考えるまでもなく、あいつの傘だ、ってわかった。
「……母さん!」
 ガタンと物が落ちる音がした。俺が、抱えていたちゃぶ台を手放したから。もうこんなものはどうでも良かった。
「バスの時間って何時だっけ!? あと何分!?」
「へ?」
「あいつの乗る夜行バスだよ!」
 テストの点はいっつもおれより高いくせに、どこか抜けているところがあるのがあいつだ。今日は夕方まで雨が降っていたはずだけど、パーティーが終わる頃には上がっていたから、傘を持って帰るなんて頭、残っていなかったに違いない。
「半に駅前出発って言ってたね」
「今何時!?」
「そうね大体ねー」
「そういうボケはいいから!」
「あらら……マジな感じ?」
「マジな感じ!」
「ふぅん……あと五秒で七分よ。残り時間二十分はあるわね」
「ちょっと行ってくる!」
 母さんと話している間にもう靴は履き終えていたし、ヘルメットだってばっちりだ。最後に、おれが普段使っている傘よりも、ひとまわり細い持ち手を握る。
「忘れ物?」
「忘れ物!」
 玄関の扉を勢いよく押し開けて、すぐそばに停めてある自転車に飛びついた。思いっきりスタンドを蹴り起こしてから、左手に握った傘をどうするべきか、何も考えていなかった自分に気付いた。
「落ち着きなさいな」
 声のする方に振り向けば、細いロープを手に持った母さんがにこにこと笑いながら立っている。半ばひったくるようにおれからあいつの傘を受け取ると、ささっと自転車のフレームに縛り付けていく。
「落ちないように、ぎゅっとね」
「……ありがと」
「ちゃんとライトは点けるんだよ。それと、せっかくだから最後に一言言ってきなさい」
「……うん!」
 頭に手をやって、ヘッドライトのスイッチを入れた。右足で前輪のライトも点けてから、ぎゅっと両手でハンドルを握る。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。寄り道すんじゃないよ!」
「ぜってーしねー!」
 まだちょっと湿っている地面を蹴って、夜の住宅街に走り出した。
 乗り慣れた自転車。走り慣れた道。はじめて運ぶ荷物。
 月明かりの下で、自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえた。
 高速バスのターミナルがある駅前までは、おれが住んでいる団地の坂を下りて、それから十分ほど自転車を漕げばすぐに着く。国道沿いをまっすぐ進むだけで、街灯もたくさんあるから何も問題はない。
 ……強いて言うなら、この時間に小学生がひとりで自転車をかっ飛ばしていれば、運が悪けりゃ補導されるかも、ってくらいだけど。
「青春無罪ってことで勘弁!」
 交番の前を通り過ぎる時にちらりと視線を投げてみたけれど、どうやら当直の人はなにやら本でも読んでいるようで、幸いにもおれには気付かなかったようだった。
 夜風を顔に受けながら、自転車を漕ぐ。程なくして駅が見えてきた。駅舎の壁にかけられた、大きな時計の分針が示しているのは……4の数字の少し手前。
「よ……っし」
 全力で足を動かしていたせいで、ちょっと息が上がっている。よっしゃー! と叫びたいくらいだったのに、おれの喉からはちょっとかすれた情けない音しか出てこなかった。
 自転車を漕ぐ。駅前をまっすぐ横に走っている一番大きな道路で、最後の信号に引っかかった。
 停止しているわずかな時間の間に、荒くなった息を整える。
 そして、駅前。高速バスターミナルの建物は、おれは一度も使ったことはないけど、何度も前を通ったから外観は覚えていたし、なによりそのすぐ目の前に大きなバスが停まっていたから、一切迷わずに済んだ。
 それよりも、もう、バスが停まっている。そして、人の列が続々と乗り込んでいく。もしかしたら、あいつはもう乗ってしまったかもしれない。
 ここまで来たのにそりゃないよな! 頼むからそこにいてくれ、と、そう願いながら自転車を停めて、縛り付けてあった傘を引きはがす。
 ……ところが。
「どうやって外すんだよ、これ!」
 なんてことしてくれたんだ母ちゃん! と、叫びたい気分。それを通り越して、あんまりも情けない展開に泣きそうになった。
「マジで!? 嘘だろ!? 外れてくれよオイ!?」
 それでも傘は外れません。それどころか、ロープが絡まってさらにひどいことになっている。
「~~!!!!」
 潰れたカエルのような音が聞こえた。おれの悲鳴だった。
「なんでこんなことになったんだ!」
「それはね!」
 叫んだ俺のうしろから、聞き慣れた声が聞こえた。あいつの声だった。
「作者が時間配分をミスって、正規のオチを書く時間が無くなったからだよ!」
 おれの青春は、儚く崩れ去った。
 ついでに今回のワンライも失敗です。
 本来書く予定だったオチはまた後日。ご視聴ありがとうございました。
(了)
我ながらひでーオチだな! 別の配信でリベンジします! 前回のワンライで失敗した分も含めて! ハートありがどう! s
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【ワンライ企画】ぎゅっと自転車に縛り付けて【傘】
初公開日: 2019年06月22日
最終更新日: 2019年06月22日
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いつもの見切り発車で参加します