『オーダースーツ』『レッド(赤)』『秘密』
ドレスシャツの小さなボタンを、ちまちまと一生懸命留めている相棒を眺めながら、殺し屋はふはりと笑った。
ふて腐れたようにむっと口を歪め、博士はまたボタンを留める作業に戻る。
「悪い。ほら、こう。な?」
するりとその大きな手に絡む白魚のような。と言うにはいくぶん骨ばった指。それでも白く綺麗に手入れのされた美しいそれに、博士はどきりと手を止めた。
「あんたの手はデカいからな。こんな細かい作業は苦手か?」
「うん。数字をはかるの得意なんだけど。細かい手作業はさっぱりなんだ」
丁寧に、それでも要領よく穴を潜っていく白蝶貝のボタンは部屋の明かりを鈍く反射し輝いている。
その様子を飽きもせず食い入るように見つめる瞳を伺いながら、殺し屋は彼のボタンを全て留め終えた。
「ありがとう楽!ついでに、小物の付け方も教えて欲しいんだけど」
慣れない洋装をベッドに散りばめ、シャツと下着姿の博士はにこりと微笑む。
(だろうと思った)
光沢のある黒いスーツに身を包み、きっちりとオールバックに髪をまとめ上げた殺し屋は、一つため息。
普段緩くウエーブのかかった髪は護衛によってまっ直ぐに整えられていた。まるで風呂上がりの子犬のようにどこか哀愁の漂う彼は、散らばる装飾品で整えれば得も言われぬ色男に仕上がるだろう。
その期待に胸を少しだけ高鳴らせ、殺し屋は散らばる中の一つを拾い上げた。
「ソックスガーター」
「歩行時などに靴下やストッキングがずり落ちるのを防ぐための留め具」
ほら、足伸ばせ。そんな言葉で朗々と流れる薀蓄を聞き流し、ベッド横のスツールに腰を下ろした殺し屋は伸ばされた足を膝に置いた。
向かいから飛んでくる好奇心を隠さぬ視線。
ふくらはぎの位置でベルトを調整し、留め具で博士が事前に履いていたソックスを挟む。ずり落ちず、だからと言って締めすぎていないことを確認し、反対側も同じようにセットした。
「知識として知ってはいたけど、使うのは初めてだなあ」
何度か足を動かして、機能を確かめる様子は新しい玩具を与えられた子供のようだ。
「ほら次。シャツな」
立て、と人差し指をくいと動かし指示すれば、博士は従順に立ち上がりスツールに座る殺し屋の前へと進む。
(これは、中々)
博士と知識人にしては鍛え抜かれた太ももに、下着が見えそうで見えない丈のドレスシャツからちらちら覗く赤い色。
「オーダースーツと一緒に特注か、それ?」
「シルクの下着って履き心地悪いと思わない?」
趣味が悪い。そう吐き捨てそうになった台詞は飲み込んで、殺し屋はそうだな。と肯定した。
今回の依頼人は道楽者で有名な上流階級の紳士だ。とある会の同行者を請け負った。一行の目的は、この会に潜入すること。お互いの利害が一致し、二人は今ここにいる。
左右の太ももにガーターを取り付けながら、殺し屋は事の経緯を思い出す。
とある会とは、世界中、銀河中の星間飛行船の発表会だった。
殺し屋と護衛の故郷に帰るために必要な物の一つ。その入手ルートを確保するために必要だった。
ぱちんぱちんとふとももにベルトを嵌めながら、殺し屋は今回の役割を確認する。
「あんたがお偉方にショーの内容を解説して、その間俺は中小企業の社長辺りを口説けばいいんだろう?」
「うん。出来れば、エンジン開発を手掛けている企業がいいな。私が伝えた事、覚えているかい?」
ベルトを嵌め終えたら、次は留め具をシャツへ。ぐっとシャツに触れるたび、ちらちらと覗く赤色がやけに煽情的に映る。
「それに興味を示してくれた人がいい。いくつかの企業があれば、反応した人数やその時の雰囲気も教えてもらえると嬉しいな」
「わかった」
ぱちん。最期の一つを留め終えて、殺し屋はスッと立ち上がる。
「後は自分で着れるだろ」
「全部着せてくれるんじゃないのかい?」
こてんと首を傾げる博士に、殺し屋は甘えるなとそれを一蹴した。
「おや、残念」
ちっとも残念そうにない口調で、博士はふふふと楽し気に笑う。殺し屋の珍しい姿にこちらも浮かれているようだった。
「ま、俺が付けたヤツは脱がせてやるから、終わったら楽しみにしてろよ」
するりと太もものガーターベルトを撫で上げれば、博士がきょとんと何度か瞬きをする。
そうして、そのひとみがゆるりと溶けた。
「そうか。それは楽しみにしているよ」