今、ぼくの胸の中で跳ねた心臓。その心臓は弟のものでもある。ぼくらはひとつの心臓を、ふたりで使っている。だから――。
その先になにがあるのかは、わかっていた。
「どちらが、死ぬ?」
乾いた赤い風の向こうから、乾いた弟の声がまた問いかけてきた。
そうだ。
ひとつの心臓を共有しているぼくたちは、どちらかしか生き残れない。
それが、ぼくたちの運命。この歩みの先に必ず待ち受けている、決して避けられない別れ。
「ぼくは……死にたくない」
考えるより先に、口が動いていた。その言葉を言ってしまっていた。
その言葉を言ってしまってから、体じゅうの血がざあっと冷たくなった。だって、それはつまり、弟が――。
言葉を継ごうと息を吸った。なにを言おうとしていたのかは自分でもわからない。でも、もうそこの言葉は永久にぼくの喉奥から出てくる機会を失った。
「では、ぼくが殺される」
その言葉はなぜか、残酷なくらいはっきりと聞こえた。
塔の上から、弟の体が赤い空に舞った。
その姿が一瞬、神さまが住む天上の世界と人間が住む地上の世界との間を飛ぶ、輝くくらい真っ白な鳥に見えた。
でもそんなものは都合のいい幻覚で、弟の体は落ちていく。乾いた赤い砂の地面めがけて落ちていく。
悲鳴に似た細い息を食いしばった歯の間から吐き出しながら、ぼくは赤い砂を蹴立てて走った。
弟は落ちる。
ぼくは走る。
弟は落ちる。
ぼくは走る。走る。心臓が破けそうなくらい胸の中で跳ね回っている。足の裏が痛い。
弟は落ちる。
ぼくは赤い砂の上に身を投げる。両手を伸ばす。腕が折れたっていいから、この腕の中に弟が落ちてくるのを1秒のあいだに何回も何回も何回も何回も祈った。
弟はもう、地面に身を投げだしたぼくと同じ目の高さにいた。時間が奇妙に引き伸ばされた感覚だった。舞い上がる砂の一粒一粒がはっきり見えた。
地面に向かって落ちていく弟のなびく黒髪。弟の顔はその向こうに隠されて、見えない。
引き伸ばされた時間の中、弟が落ちていく。
ぼくの腕の中に――。
「では、ぼくが殺される」
もう一度、その声がはっきりと聞こえた。
ぼくの腕の中に落ちる寸前、弟の姿が消えた。
ぼくの腕の中に落ちるはずだった弟の体は、白い羽根になって爆ぜた。
目の前でなにが起こったのか、ぼくには理解できなかった。
弟が消えた。
弟がいなくなった。
ぼくの腕の中に落ちてくるはずだった弟は、最初からいなかったかのように、消えた。
あとには、たくさんの白い羽根が舞うだけ。
弟が落ちてくるはずだったぼくの手のひらの上に、羽根が一枚、ふわりと乗った。
なんの重さも感じない。
乾いた赤い風が吹いて、白い羽根を吹き散らしていく。
吹き散らされていく白い羽根を、ぼくはなにも考えられないまま目で追った。
赤い空に舞い上がる白い羽根はまぶしく輝いて、まるで天使の羽みたいに見えた。
でも――。
赤い空からは、天使は降りてこない。
(本文続き)
教団の長の証である最大の偽翼を背負った異貌の人物だ。