「アルム。ここまで、長かったな」
「クヴァル……クヴァルと一緒に歩んで来れて、本当によかった」
随分と長い間、クヴァルはベッドに横になっていた。
見知った顔が一つ、また一つと消えていき、二人が永遠を生きることになった経緯を知っている者は彼で最後だ。
アルムが握った手は、あの時とは比べ物にならないほど細くカラカラに乾いていた。
あれから、どれぐらいの年月が経ったのだろうか。
死ねない身体になった二人は、そこで時を止めた。
クヴァルたちは、順当に年月を重ねていった。
負傷や老いにより仲間が次々と戦場から離脱し、そうして消えていく。クヴァルは最後までアルムの隣に立っていた。
今でも、ユニティーオーダーをはじめ、他の勢力との小競り合いは続いている。
しかし、アルムの働きかけにより、リベリオンは多くの勢力を吸収して地上最大の勢力となっていた。
「アルム……そろそろ……お別れしなくちゃな」
予感していた別れの時。年長者のライデンやロイエが離脱したときから覚悟はしていたはずだ。
それでも、アルムは唇を噛んでその悲しみと戦っていた。
とめどなく溢れる涙が、動けないクヴァルの頬へと落ちる。彼は、震える手で己の頬に触れた。
「今でも俺は……一緒に永遠を過ごすと言えないでいる」
例え現実味の無い、慰めにしかならない言葉。それでもクヴァルはそれを口にできないと言った。
「それは、私とクヴァルが友達だからだ」
形だけの慰めなんて必要ない。それだけ、クヴァルが永遠と言う時間の怖さも、それを誰かに押し付ける責任の重さも理解しているからだ。
「君との別れを、悲しむ最期がきたな」
「ああ。クヴァルは、ちゃんと自分の言った事を全うしてくれた」
アルムは涙を止められないまま笑う。すごいやつだと、流石私の友達だと、クヴァルを誇らしく思うと彼に賛辞を贈った。
「ありがとう。私はリーベルと生きていく。クヴァルの事は忘れない」
「忘れてもいいんだ。悲しければすべて忘れてもいい。アルム。どうか笑っていて欲しい。後悔しないように……」
げほげほと咳き込み始めたクヴァルの背を、アルムはさすり続ける。そうして、落ち着いた頃にそっとリーベルがアルムへ声をかけた。
「アルム。そろそろ……」
「っ、私は……クヴァルと最後まで……」
ふるりと頭を振るリーベル。部屋の外には、アルムの声を待つ兵士たち。その向こうにいる地上の民衆がいる。
「それに、最後はクヴァルと二人きりで話をさせて欲しい」
「……あ……。そう、だな。気が利かずすまなかった」
淡々と告げるリーベルとは対象に、アルムの頬がさっと紅色に染まった。
「リーベル」
余計な事を言うな。そんな怒りを含んだ声でクヴァルが名前を呼ぶ。
そんな二人のやり取りが、少し前までの日常を彷彿とさせて、アルムはくしゃりと笑った。
「リーベル。クヴァルの隣に最後までいて欲しい」
「ああ。任された」
何も知らなかった幼子は、未来を選び取った力強い少年へと成長している。そんな頼もしい背中をしばらく見送って、リーベルはクヴァルへと視線を戻した。
「なあ、クヴァル。最後まで顔を見せないつもりか?」
「お前に見せる顔などない」
壁の方を向き、掛け布を頭まで被ったクヴァルの背へ、リーベルは淡々と声をかける。
相変わらずだなと思いながら、彼は懐から小箱を取り出した。
「なあクヴァル。こちらを向いて欲しい」
「……あまり、顔を見せたくないんだ」
普段の物言いとは違う雰囲気を感じ、リーベルは何故?と首を傾げる。
「俺は老いた。最期に見せる顔が、こんなボロボロでしわだらけの顔なんて……なんだか嫌だ」
「なんだ、そんな事か」
そんな事とはなんだと。反射的に振り向くと、そこには穏やかな顔をしたリーベルが静かに存在していた。
「……なんだそれは」
己の行動が駄々をこねる子供のように思えたクヴァルは、諦めて彼と向き合う事にした。そうして気付く。相手の手元にある小箱に。
「これか?」
そうしてリーベルが取り出したのは、一組のリングだった。
黄金色に光るそれは、彼の手によってクヴァルの指に嵌められる。
淡々とした相手の様子に、盛大なため息を吐いた。
「もう少し雰囲気はないのか?」
「生憎そんなものは持ち合わせてはいないからな」
ふっと笑って、少しだけ誇らしそうな瞳でそれを見つめる彼の姿は随分と前から変わらない。
「お前はずっとそうやって生きていくんだろうな」
「ああ。そうだな」
揺るぎない返答に、クヴァルはゆるりと目を細めた。眩しいほどの強さに、己の弱さを自覚させられる。それでも、いつの間にかその姿に恋焦がれていたのだ。
「アルムを……頼んだ。俺の大切な友達なんだ」
「知っている。頼まれなくともずっと一緒だ」
「絶対に後悔するな。アルムの選択を責めるな」
「ああ。後悔はしない」
その返事を聞いて、クヴァルは肩の力を抜いた。アルムは、リーベルと一緒なら永遠と言う時をなんとか過ごしていけるだろう。そう思った。
「俺の……事は……」
「ずっと覚えている」
間を置かずに返された言葉に、クヴァルは口元を緩ませた。
「絶対だぞ」
「ああ、絶対に」
「リーベル。準備は良いか?」
旅の準備を整えたアルムは、大きな石を置いたそこへ蹲るリーベルへ声をかけた。
彼はその声に応えて立ち上がる。
「また、世界を回ってここに帰ってくる。その時はまた花を贈ろう」
石の前に置かれた花は、一晩かけてようやく探し当てた物。
森も枯れ、砂漠が徐々に浸蝕している。
長い小競り合いは場所を移し、とうとうこの拠点を移動することになった。
「リーベル、行こう!」
「ああ、待ってくれ」
踵を返した彼の胸元には、黄金のリングが揺れていた。