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(仮)直哉京都高専設定と同じ設定。
ここにどうやって入れるんだ、となったので分けました。
どうやって終わらせようか分からなくなったので途中まで。
IF設定
・夏油離反無し生存東京高専教師
・灰原生存東京高専付き呪術師
・甚爾生存東京高専教師
・直哉特級相当呪術師京都高専教師
注意
・性被害匂わせあり
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「合格。お受け取りします」
ここは、呪術高専東京校の職員室兼補助監督室。涼やかな京言葉が響いた。
彼、禪院直哉は生徒から受け取った任務完了報告書を処理しようと、パソコンを開く。
その報告書の主、禪院真依はその姿を見て思わずふっと笑ってしまった。
彼の服装は、大正時代の流行服である書生スタイルだ。金に染めた髪からいくつものピアスを覗かせ、右目を黒い眼帯で隠し、カタカタとパソコンのキーボードを弾いている直哉は、すべてがちぐはぐで、なんだか少しおかしかったのだ。
「……なんですの?」
「いえ、すみません。……『直哉先生』がパソコンいじってるの、ちょっとおかしくて」
直哉は左目でつい、と真依を見る。そう、と小さく呟いて、またパソコンに向き直った。
あの家——禪院家——では、絶対にあり得ない光景である。
禪院直哉は呪術高専京都校の教師である。
数年前。特級呪術師である五条悟、同じく特級呪術師の夏油傑、紆余曲折ありその五条悟による身柄預かりとなっている天与呪縛の伏黒甚爾。彼らが東京校の教師として赴任することになったのだ。
この決定に、総監部は元より、京都校、御三家その他旧家等々、ありとあらゆる方面から反発があった。呪術界のパワーバランスが崩れ、多大な戦力が東京校に集中してしまうからである。
その時白羽の矢が立った——正確には五条悟が独断で勝手に立てた——のが、禪院直哉であった。彼の等級は特別一級だ。彼1人ではバランスなど到底取れない、と反発は収まるどころか強まった。しかし、ことの発端である五条悟が無理やり黙らせたのだ。
「こいつは特級だよ。御三家のくだらないしきたりさえ無ければね。六眼を持つ僕よりこいつの能力が分かる奴がいるなら、連れて来なよ」
禪院直哉に対する五条悟の評は、今でも過大評価である、という意見が大半だ。それは、当の本人である禪院直哉でさえも。
何なら特別一級という肩書きさえ、御三家のコネだろう、と言って憚らない者もいる。
ただ、六眼を爛々と煌めかせた五条に、恐れをなし黙ったに過ぎないのだ。それから、禪院直哉がバランサーとしての役目を果たせない場合、五条家と禪院家の両方の失脚を望めるかもしれない、という思惑も蔓延り、一応表向きの反発は収まったのであった。
禪院直哉の傍若無人ぶりは、五条悟に勝るとも劣らない、というのが彼を知る人たちの共通認識である。御三家の一角である禪院家の次期当主候補ともなれば、悪名だろうがなんだろうが知名度は高い。御三家のみならず、古くから伝統を継ぐ旧家で、彼の振る舞いを知らぬものはいなかった。
しかし、それが彼の一面に過ぎない、ということを知るものもまた、いなかったのだ。それは彼を京都校教師に任命した五条も例外では無かった。
禪院家から外に出たことが無い彼は、常に『禪院家次期当主候補』として振舞っていたからである。
京都校に赴任した日、彼は庵歌姫に丁寧な京言葉で「お初にお目にかかります」と挨拶をした。歌姫を「庵先生」と呼び、恭しく頭を下げた。
御三家ほどではないものの、彼女の生家である庵家も、旧家である。歌姫は、昔からの馴染みで五条悟と禪院直哉を——五条悟に関しては高専時代の私怨も多分に含まれているが——有り体に言えば嫌っていた。
そんな彼が、歌姫を教師としての先輩と慕う姿を見せたので、それはもう驚いたのだ。
と、真依は歌姫本人から聞いたことがある。
それはその次の年に入学した真依にとってもそうであった。
先日まで、禪院家の家風に則り、大人しくしていた——真希と比べて、ではあるが——真依に、煽るような笑みで下品な言葉を投げかけていた直哉が、『先生』として『新入生』に対する初対面の挨拶を寄越してきたのである。
そもそも直哉が京都校の教師をやっていることなど知らなかった真依は、彼の姿を認めた瞬間、それはもう、多大に動揺してしまった。高専は、あの忌まわしき家から、ひいてはそれを体現する彼から逃れられる安全地帯のはずだったからである。
『直哉先生』とのファーストインプレッションこそ最悪であったものの、そこは真依もまた、『禪院の女』であった。
ものの1〜2ヶ月で『先生』としての彼にすっかり慣れてしまった真依は、今では『直哉先生』をいかに揶揄い煽るかに優秀な頭を使っている。真依の揶揄いに戸惑い、煽りをやんわりといなす、『禪院家』では絶対に見られない彼の姿を、毎日の楽しみにしているのであった。
それを見た西宮に、「『何があっても真依の味方をする』って思った私の決意を返せ」と怒られたのもどこ吹く風だ。
どこ吹く風過ぎて、当時の真依たち1年と、西宮たち2年を焚き付けて調子に乗り、『直哉先生』を煽り散らかした結果、真依をはじめとする京都高専生は、五条悟が特級クラスと評する彼の能力の一端を、その身で体感することとなってしまったのだが。
しかし、この一面——先生——がイコール彼ではないことも分かっている。『禪院家次期当主候補』としての彼が嘘なわけでも居なくなったわけでもないのは、真依が極々たまに嫌々ながらに生家に帰れば自明だった。
真依が物思いにふけていると、ガラリと音を立てて職員室の扉が開いた。扉を開けた主である禪院真希と目が合う。
「真依、来てたのか」
真希が真依に駆け寄るように、職員室へ入って来た。その後ろを怠そうに欠伸をしながら、のそのそと甚爾が通り、直哉の隣の椅子に乱暴に腰掛ける。
「こんにちは。伏黒先生、真希さん」
直哉の『先生』としての挨拶に、真希は片眉を上げると、小さく「ちわっス」と返す。
真依ほど『先生』の彼を見る機会のない真希は、未だに慣れないらしい。いつもこの世のものではないものを見るような目で、直哉『先生』を見ている。
「テメエら何でここに居んだ?」
「関東で任務やったんですよ。電車の時間までまだあるさかい、ここで待たせてもらお思いまして」
私は付き添いです、と言うと、直哉はまたパソコンのキーボードを叩き始めた。
「で、仕事か?」
「ここでやるか、帰ってからやるかの違いです」
東京に来たならいくらでも遊びようがあんだろ、と言う甚爾に、真希が無言で報告書を突き付けた。真希と甚爾も同じく任務終わりだったらしい。
甚爾は報告書を受け取ると、一瞥もくれず、机の中から適当な判を掴む。そして、バンっと音を立てながら、乱雑に捺した。
「おらよ」
「ちょ、ちょっと待ったってください、伏黒先生。見ました?」
隣で行われたあまりにも雑な事務処理に、直哉は思わず静止の声を上げた。
甚爾は「あ?」と不機嫌な声を上げる。
「あ? やないですよ。それに、入力は?」
直哉は自身が操作していたパソコン画面を指さした。甚爾は一応画面を覗き込み、「何だそれ?」と言った。完全に初見の反応だ。
「え? 真希さん、いつもそれどうしてはります?」
直哉は、それ、と真希の持つ——本来ならこの時点で生徒に返却されるはずのない——報告書を指差す。
「どうって、補助監督に渡してるけど」
「ええ……」
そんなはずはない、と思った直哉は職員室を見渡した。奥の島で談笑していた五条と夏油の2人と目が合う。
「僕はちゃんとやってるよ!」
「ちゃんと指導したってください」
「言ったとこで聞かねえもん」
伊地知に任せた方が早いし、と軽々しく言うと、五条は長い足を投げ出してくるくると椅子で回る。
「そこまで酷いのは甚爾くらいだけど、そんなに丁寧に書く人もうちにはいないかな?」
強いて言えば七海くらい? と夏油が顎に手を当てて笑った。
「ええ……」
伊地知君、大変やん、とどこかでくしゃみをしているだろう彼のことを思い、直哉は呟いた。その様子を見て、真依はクスクスと笑いを溢す。
「ずっと『そう』だったらいいのに」
「……言ったでしょう、家(うち)に『禪院先生』はおらへんよ」
そんなことは真依だって十二分に分かっている。改めて直哉本人から告げられて、真依は、ムッとした表情を隠せなかった。
「でもよ、お前。少しでもその片鱗を家(うち)で見せらんねえのかよ」
『禪院家次期当主様』が悪いお手本になってっから、あんなことが罷り通ってんじゃねえのか? と真希は眉を吊り上げた。
「あんなこと?」
いつの間にか同じ島まで来ていた夏油が、直哉の向かいに座った。
その隣、甚爾の向かいの席に五条も座る。
「くだんねえ下品な言葉を投げかけてきたり、無遠慮に汚ねえ手で触ってきたり」
その時の様子を思い出したのか、真希は虫けらを見るような目線を直哉に向けた。
直哉は息を吸い、そして軽く息を吐くように呟いた。
「『三歩後ろを歩かれへん女は背中刺されて死んだらええ』」
相変わらずキーボードを叩きながら似合わない軽やかさで吐かれた言葉に、夏油は思わず直哉を睨む。
嫌悪感をグッと滲ませた目線に気付き、直哉はふっと微笑むように小さく笑った。
「何をいまさら。夏油先生やって分かってはるでしょう」
「分かってるけど」
一般家庭で生まれ育った夏油にとって、いわゆる『御三家の闇』というものはいつまでたっても慣れなかった。
その中でも一等黒い禪院家の闇。その一端を初めて見たとき、思わず胸の内を隣の親友に吐露してしまった記憶が戻ってくる。五条は、「慣れなくていい」と吐き捨てるように言った。そう、ちょうど今のように、舌を出し顔を嫌そうに歪めた表情で。
「で、他には? それだけなん?」
目線1つ動かさず、直哉はそう言い放った。
真希の訴えなどまるで意に介していない。
少なからず傷ついたのだ、と。これはおかしいことなのだ、と。そういった気持ちを滲ませながら言った言葉を、彼は全く何とも思っていないのだ。
そう感じた真希は、職員室の温度が下がった気さえした。
「……は?」
怒りに震え、絞り出した真希の声に、ようやっと直哉は顔を上げ、振り向いた。
「それがいっちゃん酷いことやったんか、って」
「テメエ、何言わせてえんだよ」
真希は拳を握りしめた。怒りでワナワナと震えるそれを抑え、真依を守るように一歩前へ出た。
目の前の禪院を体現する男に、数々の禪院の男の姿が重なる。
こうやって知らないフリをして、わざとらしく質問し、女が被害を口にするのを楽しむ輩もいるのだ。
直哉は力を込め震える真希の拳を見て、慌てたようにパッと両手を挙げた。
「ちゃう。ちゃいます。……その、それ以上のことはされていないんですね?」
禪院の男から気遣わしげな『先生』の声がする。
真希は改めて直哉の顔を見た。心配を覗かせている左目に見つめられ、思わずぐっと息が詰まる。
そんな真希の様子を見て、今まで黙って成り行きを見守っていた真依が口を開いた。
「ええ、まあ……、その、触られたって言うのが、一番嫌だったこと、です」
ね、と真依は優しく真希の拳に触れた。ゆっくりと拳をほどくと、真希もああ、と頷いた。
「そ、うなんや……」
直哉は驚いたように、小さく声を詰まらせると、目を丸くしてパチパチと瞬かせた。
予想していた反応——『先生』が安心するか、『禪院家次期当主候補』が煽るか——のどちらとも異なるそれに、真希は、「は?」と訝し気な声を漏らした。
ふと、視界に入った人物——直哉の隣に座っていた甚爾——の顔を見る。彼もまた、直哉と同じように目を丸くして瞬かせていた。
さすが従兄弟だ。同じ表情をしていると似ているな、などと、真希の思考が飛んでいく。
「は?」
真希の口から、改めて訝し気な声がまろびでた。その声に弾かれたように、直哉と甚爾はくるりと椅子を回転させた。さっきまで向き合っていた真希と真依からは、彼らの背中しか見えなくなった。
代わりに向かいに座っている五条と夏油は、彼ら2人の表情をまじまじと見ることとなった。
直哉と甚爾は顔を見合わせる。
直哉が眉を僅かに上げ、左目を僅かに見開き、目線だけで問うた。甚爾もまた、同じような目線を返す。
一瞬だけ目線を下に向けると、直哉は再び目だけで問う。甚爾はほんの僅かに首を横に振った。
逡巡するように直哉の目線が空中を彷徨う。三度、合わされたとき、甚爾はほんの僅かに首を竦めた。
直哉はため息を吐く。そして、甚爾の机の上から、真希の報告書を手に取った。
「……そういや、どんな案件やったん?」
「ああ、これは」
「いやいやいやいや!!!!」
「ちょっと待って、無理だよそれは」
あからさまに話題を逸らした2人に、五条と夏油は思わず机の向こうから身を乗り出した。
「ええ、何が」
「何がってそりゃ」
と言いながら、五条は直哉を見て、それから甚爾を見た。どちらとも目線は合わなかった。
シン、と職員室が静まり返る。
その一瞬を許さぬとでも言うように、職員室の扉がガラッと音を立てた。
「五条先生ー!」
底抜けに明るい声が、五条を呼んだ。学び舎に響く青春の声は、残念ながら今の職員室の空気には合わなかった。
バッと音を立てるように、真希と真依、五条と夏油は顔を上げる。四対の瞳に見つめられた虎杖は、びくっと肩を震わせた。
「あ……お取り込み中? でしたか?」
虎杖の後ろから、なんだなんだと釘崎と伏黒が顔を覗かせた。
そして、虎杖を見ている四対の瞳に、先刻まで見つめられていたであろう2人——甚爾と直哉——の全くもってらしくない姿に、顔を見合わせて首を傾げるのであった。
*****
「や、でもあの……あんまり聞くべきことじゃない、のかな、これは」
東京校1年生の乱入で、幾分か冷静になった夏油が、言い辛そうに言葉を濁す。
意味の分からないまま巻き込まれた1年3人組は、真希、真依と共に傍のソファへと腰掛けていた。ローテーブルを挟んだ二対のソファで、休憩用兼簡易的な応接用のものだ。
一応、真希と真依から、話の流れについて簡単に説明があった。
禪院家内で平然と行われている下卑たそれが、どうしてこの空気に繋がるのかは、1年3人には検討もつかなかった。
釘崎に至っては、先ほど真希から内容を聞かされたとき、直哉を真っ先に睨み上げた。が、曖昧に微笑み返されてしまい、肩透かしを食らっている。
「あー、まあ、うん」
いつもの歯に衣着せぬ発言が嘘のように、直哉は言葉を濁した。
「少なくともガキの前で話す内容じゃねえな」
そう言うと甚爾は、横目で恵を見た。特に実の息子には、ということなんだろう。
五条もそれにつられて恵を見た。そして、はた、と思い当たったように言った。
「……もしかして、この間禪院家に恵を連れてった時、甚爾も着いて来たのって、そういうこと?」
どういうことだ、と恵は思った。
自分の預かり知らぬところでよくない算段が行われていることだけは分かり、眉間の皺をより深くする。
「さあな」
甚爾は、真面目に取り合うつもりがないのか、適当に返事をして、直哉を見た。
「あ、そういえばお前、大丈夫だったのか? あの後」
「あの後?」
「コイツに吹っ飛ばされただろ」
甚爾は五条を親指でくいっと指し示した。
恵がソファを囲んだ面々に、「俺が禪院家を訪れた時です。禪院先生が煽って、五条先生が吹っ飛ばして」と補足をする。
「え、何で知……」
口元を手で覆い、思わずと言った様子で直哉が言葉を溢す。
その様子1つで、その場にいた全員が、甚爾の「大丈夫だったのか」が、「五条に吹っ飛ばされて怪我をしたこと」を指していないことに気付いてしまった。
甚爾が、自身の口元についた傷を人差し指でトントンと軽く叩いた。
直哉がそれに呼応するように、人差し指で眼帯をした右目をトントンと軽く叩く。
甚爾はその仕草を見て、ゆっくりと頷いた。
はあ、と大きく嘆息すると、直哉は机に突っ伏すように項垂れる。
「……知りたなかった、最悪の答え合わせや」
「おい、どう言う意味……いや、どこまでなら聞いていい?」
真希は思わず直哉の背中に問いかけた。
要領を得ないことばかりツラツラ並べられ、一瞬苛立ちを隠せなかったからだ。
しかし、それではあの男たちと同じだ、と語気を弱めた。
直哉は顔を上げ、甚爾と目を合わせる。甚爾はみんなに分かるように、大きく肩をすくめた。
「まあ、なんや。怪我したり、風邪引いたりとかで、な?」
「はあ?」
真希と真依の嫌悪感を露わにする声が、2つ重なる。
「弱ってたら勝てる思うとんのかな」
俺と甚爾君に? アホやない? と直哉が吐き捨てる。彼の口調や表情は、『先生』のものではなくすっかり『禪院家次期当主候補』のそれだ。
「嗜虐趣味だろ」
「滅多なこと言わんといて」
話の発端である真希と真依が受けた下卑た行為。
それから、先ほどの甚爾と直哉のやりとり。
途中参加の1年生3人組も、さすがに何の話をしているのか分かってしまった。
3人とも苦虫を噛み潰したような顔になる。
「つーか、さすがにハッタリのつもりだったんだか。お前今幾つだっけ」
「27。七海一級術師や灰原一級術師と同い年やで」
「てっきり幼児趣味なのかと」
「それこそ何言うとんの。甚爾君出てったの幾つんときやったっけ?」
「あー? 20とかそこら?」
「やろ? 関係あらへんよ、歳」
いつまでやるつもりなんやろな、と吐き捨てるように言うと、直哉はまたパソコンのキーボードを叩き始めた。
彼にとって、もうこの会話は終わりらしい。
ただ、甚爾は違ったようだ。こじ開けられた記憶をふと口にする。
「お前、俺の部屋にぶち込まれたことあったろ、夜」
「ああ、あったあった」
直哉はパソコンの画面を指でなぞりながら、そぞろに返事をする。
「あれ、そうだぜ」
「は?」
パソコンの画面を滑っていた指の動きがピタリと止まった。直哉は、再び甚爾に向き直る。
「……はぁ? ……てこと?」
直哉と甚爾の間で、交互に指差すように、人差し指が素早く揺れ動く。
「ってことだな」
「は、え、そないなことしたって、従兄弟同士仲良うおねんねするだけに決まっとるやろ。ガキやったやん、甚爾君やって」
「奴さんらにとってはそうじゃねえんだろ」
テメエがグースカ寝てる間も、ずっと気配があったぜ、と甚爾が馬鹿にするように笑った。
ヒッ、と音にならない音が直哉の喉から漏れ出る。
「うわあ、キショイキショイ! お前らと同じ思考回路なわけあらへんやろ! どっちが猿やねんホンマ、ドブカスがいてこましたろかな」
直哉は自分自身を抱きしめるようにすると、鳥肌を抑えるために、自身の両腕を摩った。
「こないだも当てこすられたぜ」
「やたら言われんなあ、とは思うとったけど、そういうことやったんや……ホンマにキショイ、アイツらの中では『あった』ことになってんねやろ?」
「多分な」
「あかんホンマ、今度言われたら手ぇ出てまうかもしれん」
「おー、殴っとけ殴っとけ俺の分もな」
目眩を治めるかのように、目元を抑える直哉と、カラカラ笑っている甚爾。ソファに座ってローテーブルを囲っている面々は、2人を見た後、恵を見つめた。
これ以上ないほどの深い皺を眉間に湛えながら、恵は口を開く。
「……五条悟じゃなく、お前が殴んなくていいのか、みたいなことを言われているのは見ました。言ってる奴が意味深にニヤついてたのは……そういう意味だったんですね」
「あ?」
甚爾は恵の声を聞き、ソファを振り返る。
「……あ、ガキどもいんの忘れてたわ」
直哉もハッとして振り返り、何度か瞬きをして、『先生』の顔に戻った。
「あー……忘れといてください、今の話」
「無理よ/だろ」
真希と真依が声を揃えて食い気味に否定した。
「ねえ、悟。これって五条家は」
「あるわけないでしょ」
加茂家もないよ、と五条は夏油の考えをバッサリと切り捨てた。
そうそうあってたまるか、こんなこと、という気持ちも多分に篭っている。
「や、でも言うほど酷い目にはあってへんよ? 大体ぶん殴って終いやし」
なあ、甚爾君? と直哉が問うと、ああ、と甚爾も事も無げに頷いた。
「そういう問題じゃないだろ/わよ/でしょ」
同じソファに座っていた釘崎と真希と真依が思わず一斉に立ち上がった。
女性陣のあまりの勢いに、直哉と甚爾が引いている。珍しい光景だが、揶揄できるものはここにはいなかった。
「ねえ、真希さんの話を聞く限り、禪院家って男尊女卑クソ野郎の巣窟なんでしょ!? なんでその……先生たちの方が、そういう目にあってんの」
釘崎は勢いよく言葉を叩きつけていたが、途中で失速するように言葉を濁し、目線を彷徨わせた。
内容が内容でもあるし、真希や真依の身に遭ったことを矮小化したくなかったからだ。彼らに比べたら、なんてこと、釘崎は思いたくなかったし言いたくなかったのだ。
釘崎は隣に立つ真希の顔をおずおずと伺った。真希は釘崎の頭をポンポンと撫でる。分かっている、とでも言うように。
「女は産めるからだろ」
簡単な話だ、と興味無さそうに甚爾が言った。
「そやねえ。どこに誰のお手付きがいるか分からへんし。それこそ当主やら炳やらの女に知らんと手ぇ出したらどうなるか分からんしな」
「その『炳の筆頭』様が何でそんな目に遭ってんだよ、本末転倒だろ」
真希が直哉を顎でしゃくるように指し示しながら言う。苛立ちはその先の直哉ではなく、禪院家の所業に向いている。
それが伝わったからなのか、それとも職員室という場所がそうさせる――『先生』としての彼を出させる――のか、直哉は真希の態度を咎めなかった。
そして、本当に何でもないことのように言った。
「や、俺に茶々入れてくんのは兄さん方なんよ。やから、その辺はあんまし関係ないねん」
ホンマ、面倒くさいやっちゃな、と直哉は呆れたように手のひらを上に向ける。
その軽さに反比例するかのように、職員室の空気はピシリ、と固まった。
その固まった空気を動かしたのは、甚爾だった。
「……テメエ、それ、甚壱が俺に、っつってんのと同じだぞ」
「はあ? キショいこと言わんといて。想像してもう、た……」
甚爾の言葉に直哉はうげ、と顔を顰めた。想像を追い出すようにパッパッと手を払うが、その手がピタリと止まる。やがて、目をパチパチと瞬かせて、周囲を見渡した。
「もしかしてこれがいっちゃんキショい?」
兄さん方って実の兄、やんな、俺の。いや当たり前やけど、と直哉は思いついた言葉をそのまま口にするようにするすると続ける。
誰からともなく、いつの間にか止めていた息をはあ、と吐き出した。
直哉だけが戸惑ったように、「えっ」と声を上げる。
「え、分かんない分かんない。ずっと分かんない。なんで甚爾先生も直哉先生もそんな、平気そうな感じなの!?」
ずっと黙って聞いていた虎杖が、頭を抱えながら混乱したように声を上げた。