女のくせに生意気だよな、なんてまるで少し前の
「男の人だったらなあ…」
「何かあっただろ」
「…天文部の活動で…」
「俺が」
「俺がそこにいたら、そこで笑ってたやつ全員を一人一人殴って、お前に頭を下げさせてたのに」
「そうだろ!」
「ヨレンタ、お前は本当にすごい人間だよ!」
「誰もお前に勝てるやつなんかいない!」
「何より!男とか女とか、そんなことで…」
「そいつらは、馬鹿だ…」
「ヨレンタは、ホントに…」
「ホントにすごいのに」
「え!?」
「な、泣いてる…?」
「泣いてねーし…」
「ヨレンタ」
「同じこと何度も言って馬鹿みたいだけど、ヨレンタはすごい」
「俺は男だけど、ヨレンタのこと女だから馬鹿だとか、女だから感情的なんだとか、女だから理数に弱いとか思ったことない…」
「ヨレンタは勉強ができるだけじゃない」
「親切で、俺みたいな馬鹿に何回でもおんなじこと教えてくれる忍耐強さがあって、諦めない強さがあって、それって、それって…それってかっけーよ」
「男だから知能が高くて、女だからそれが低いんだっていうのはただの思い込みで、最低だ」
 それに例え、終わりが見えなくとも。
 ヨレンタ。名前を呼ばれたことにも気づかず、ヨレンタは思う。
 きっと、このことだけじゃない。
 どれほどの年月が経っても、人間の愚かさの形は大きく変わることなくこの世界に在り続けるのだろう。
 ろうそくが蛍光灯になりもっと明るい空間で年齢を問わず無制限に勉強することが許される環境が増えて、ボタン一つで寒さも暑さも快適なものに調節できるようになった。小さな液晶を操作することができれば指先数多の情報に触れられるようになった。人々の生活はどんどん便利になって、教育の内容は充実していき、男女差別が糾弾されるようになった。
 それでも理屈の通らない常識で制限される自由というのは、まだあって。
 誰がどんな背景を以て掲げたかも分からない思想を盲信し、不完全な正義であるそれを、そうとも分からぬまま一方向にのみ振りかざし、罪なき人々の命が人によって奪われ、燃やされ、放置され腐り、そうやってこの星の大地に、空に、流れていく。あのときと同じように。
 産業は発展し、科学による真白の光で星の煌めきは弱くなり、人の偏見による真理の妨害も、性別が違うことによる差別も、きっとそれらと同じように、これからも。
 ───それでも。
「ヨ…ヨレンタ!」
 名前を呼ばれ、ハッと顔を上げる。彼女、いや彼は、あの日と違う姿で自分の名前の口をして、あの日と同じ光を目にして笑っていた。右手にチラシを持っている。
「ブ、ブラックホールの話、聞きに行かないか!?」
 今日も行くんでしょ? あの日の面影が遠く笑いかける。今日も行くんでしょう、あの井戸の中。性別を理由に研究会への参加を阻まれ、それでも諦めきれない探究心から無謀な行動をしていた自分を肯定してくれた人。初めて論文を出したとき、まるで自分のことのように手を叩いてくれた人。それが自分の名前を差し替えられて提出されたと知ったとき、自分以上に怒り、叫び、涙さえ流してくれた人。
 自分のええ、と答える声がどこかから吹いてくる風に乗ってまたどこかへ流れていく。
 ───それでもこの世界が美しいのは、きっと。
 ───きっと。
「ねえ」
「ん?」
「私、あなたに会えてよかった」
「…えっ!?
 どうしたんだよ突然!?」
「ごめんなさい。なんとなく思ったから」
「ま、まあ、俺も…俺も、まあ、そう…かも」
 …うん。誤魔化すように相槌を打った彼の視線が、ぎこちなく上を向く。
 ああ、神よ。神様。それもきっと、奇跡と呼んで違わないものなのではないでしょうか。
「このバデーニ教授ってやつの顔、なんか怖くね?」
「天文ではかなり名の知れた研究者だよ!」
「ふーん。知らねーけど…」
 他愛のない会話をしながら二人は歩いていく。群青のシルクを敷いたような滑らかな秋の夜空に、イチョウ色の細やかな星々がちかちかと瞬いていた。
地球は青く美しかった
では、そこで暮らす人間たちは?
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軌跡を目の当たりにするヨレンタの夢
初公開日: 2026年01月11日
最終更新日: 2026年04月07日
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