灯森ほののお話は
「人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知った」で始まり「また会えますようにと願うほかないのだ」で終わります。
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人は本当に悲しいとき、涙が出ないのだと知りました。
悲しいことがあれば、人間は皆泣くと思っていました。
だって、そのように教わってきたから。
それなのに、目の前にいるその人は、涙を流しませんでした。
いや、流せなかったのかもしれません。
あまりにも、ショックが大きすぎて、泣くというよりも、その現実を受けとめきれていないような、そんな感じがしました。
いつもよりも、反応が鈍く、どこか心ここに在らず、というような感じでした。
大丈夫ですか、と尋ねれば、平気だよ、とまったく平気そうでない顔して言うのです。
「泣いては、どうですか」
そう言うと、その人は顔を歪めました。
「泣けるなら、泣きたかったよ。でもさ、涙が出てこないんだ。本当に悲しいのに。変だろ? まるで感情が欠けてるみたいだ」
苦笑いをしながら、そう静かに話してくれました。
「ならば、私とおそろいですね。私だって、感情なんてものはありません。知識として、感情がどういうものか、というのはありますが、『楽しい』も『悲しい』も私にはわかりませんから」
「それは、君がロボットだから、だろ? 残念ながら、私は人間だ。人間は、悲しいとき涙を流すもんなんだよ」
「でもそれは反応であって、感情ではないですよね?」
「は……?」
「涙が流れるのは、生理的な反応であって、感情ではないと前に仰っていたじゃないですか? 目に異物が入ったときに自然と涙が出てくることがあるが、それと一緒だ、と。それなら、悲しいから涙が出るのではなくて、涙が出るから悲しくなる、ということも考えられますね。まあ、どちらにしろ、本当に悲しいときに涙は出ないものなのかもしれませんが」
「私は、君にそんなことを言ったことがあったのか」
「ええ、ずいぶん前のことになりますが、たしかにそう仰いましたよ。正確には、十六年と四ヶ月と三日前のことになります」
「……そうか。私はそんなことを言っていたか」
しばらく外の景色を眺めた後、その人はまた口を開きました。
「それでも、悲しいときに涙が出ないんじゃ、冷たい人間なんだよ」
「体温はいつも通りだと思いますが……」
「そういうことじゃなくて、……心が、冷たい人間だということだ。妻も、息子も失ったというのに、涙ひとつ流さない父親じゃ、父親失格だろう」
「……本当に、そうでしょうか? 感情がない私から見ても、あなたたち家族はとても仲が良さそうに見えました。表に出ているところではわかりづらいですが、不器用ながらにあなたが彼らのことを愛していたのはわかりますよ」
「果たして、それは伝わっていただろうか……」
「伝わっていましたよ。あなたのことを、見つめる目が同じでしたから。あなたが彼らを愛しいと見つめる目と、彼らがあなたを愛しいと見つめる目は、同じでした」
「そ、……うか」
そう一言呟くと、その人は手で目を覆って、長く息を吐きました。
わずかながらに震えた呼吸音が、ようやくその人に涙を連れてきたのか、とわかりました。
私に感情なんてものはないけれど、どうか、この人がまた彼らに会えますように、と願うほかないのです。