灯森ほののお話は
「もう会えない」という台詞で始まり「そんな思い出が今でも心臓を刺すのだ」で終わります。
#こんなお話いかがですか #shindanmaker
https://shindanmaker.com/804548
shindanmaker.com
「もう、会えないよ」
ひどく真剣な面持ちで、目の前に座る姉はそう言った。
その目をにらむように見つめ返せば、姉は唇をきゅっと引き締めて、うつむいた。
どうにもできないことだ、と諦めた様子のそれに、無性に腹が立った。
ダンッ、と机を叩きつけて、感情のままに家から飛び出した。
後ろから姉や母の引き留めるような声が聞こえた気がしたが、そんなものに構っていられるほどの余裕なんてなかった。
走った。ただ、ひたすらに。走って、走って、どこか、遠くに行きたかった。
はぁ、はぁ、とあがる息に、額から垂れる汗。それに混じって、両方の目から涙が出てきていることには、もう気づいていた。
ああ、何が悪かったのだろう。
決して仲むつまじい家族ではなかったけれど、それなりに仲はよかったと思っていた。
心配性でちょっと口うるさい母に、強気ですぐ姉弟喧嘩になる姉、そしてそれをなだめる少し気の弱い父親。
なんてことない、どこにでもいるような普通の家族だと思っていた。
そして、それがずっと続くと思っていたんだ。
当たり前のように「おはよう」を言い合って、一緒に食卓を囲み「いただきます」と「ごちそうさま」を繰り返し、夜になれば「おやすみ」と声をかけて眠りにつく。
そんな何気ない日々が続くと思っていたんだ。
普通の、日々が、繰り返されると思って、いたんだ。
でも、そんな日々は、もう来ないらしい。
両親が離婚してしまえば、そんな日は、もう来ないのだ、と。
まさか、そんな日が来るとは思っていなかったのだ。
母は父を愛しているように見えていたし、父も母のことを愛しているように見えたのだ。
何度か喧嘩しているようなことはあったけれど、それでも次の日には元通りになっていたのに。
もう、元通りになることはないらしい。
何もできない自分が不甲斐なくて、苛立って、叫んでしまいたかった。
それなのに、口からもれるのは嗚咽だけで。
どうしようもないこの感情を、涙を流すことでしか発散できなかった。
いつの間にか、辺りは真っ暗になっていた。
涙はようやく枯れたらしく、もう出てはこなかったが、頭の中はまだぐるぐるといろんな気持ちが渦巻いていた。
ぼーっとしていたところに、肩をとんとん、と優しく叩かれた。
見上げれば、そこには姉が立っており、小さな声で「帰ろう?」と言われた。
こんな意地を張り続けたところで、結末は何一つとして変わらないのだ。
両親の離婚は決定事項だった。いや、事後報告だった。
だから、もう、どうすることもできないのだ。
差し出されたその手を握り、二人で歩き始める。
会話はなかった。
時折心配そうに向けてくる視線に、いつも通りにらむように返せば、姉はひどく優しげな表情で口元に笑みを浮かべる。
家につくと、母は真っ先にやって来て、どこに行っていたのか、怪我はしていないか、とお得意の心配性を遺憾なく発揮して、何ともないことが確認できてから、ようやく胸を撫で下ろした。
父は、そんな様子を少し離れたところから、見守っていた。
「……、た、ただいま」
勇気を振り絞って出した言葉に、父も、母も、姉も、「おかえり」を返してくれた。
もう、このあたたかさに触れることは、ないのだろう。
もう二度と、家族揃っての「おかえり」を聞くことはないのだろう。
そう思うと、また少し泣きそうになったが、ぐっと堪える。
「……離婚に関しては、言うこと、ないから」
そう、嘘をついて、自分の部屋へと逃げ込んだ。
懐かしい、夢を見た。
母と父と姉と、海に来たときの夢を。
海にはしゃぎまくる姉と一緒に泳ぎまくり、それに楽しそうに相手してくれる父と、砂浜から見守ってくれる母の姿。
キラキラと光る水面が、思い出をさらに美化させたような気がした。
目が覚めると、目尻が少し濡れていて、情けない気分になった。
あの日から、もう何十年も経っているというのに。
自分が親という立場になったからだろうか。
ふいにやって来るそんな思い出が今でも心臓を刺すのは。