灯森ほののお話は
「名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった」で始まり「何か言いたかったけれど、言葉がうまく出なかった」で終わります。
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名前も知らないその人に、ひと目で惹かれてしまった。
夕方の駅前、ミルクティー色のゆるく巻かれた長い髪が印象的なその人は、降り始めた雨を見上げながら、どこか悲しそうな瞳をしていた。
人々が足早に行き交う中、その人だけはそこに立ったまま、動く様子はなかった。
だれかを待っているのだろうか、それとも傘がないだけだろうか。
心の内がわからないのが、ひどくもどかしかった。
だって、本当に美しいと思ったんだ。
思わず、足を止めてしまうくらいには。
それなのに、その後どうすればいいのかがわからなかった。
目を奪われたみたいにその人から目線をそらすことができなかった。
折りたたみ傘を片手に、その人の方へとそっと近づく。
一言、たった一言声に出して、渡すことができたら。
そう思うのに、緊張で鼓動が速くなり、手が震え出す。
「……ぁ、……あの」
勇気を出して振り絞った声は、雨音や周りの喧騒によってかき消され、その人の耳にも届いていないようだった。
途端に顔が熱くなり、恥ずかしさで消えてしまいたくなった。
何か言いたかったけれど、言葉がうまく出ないまま、逃げるようにその場を離れた。
家に着くまで、傘は閉じたまま行儀よく右手に収まっていた。