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以下メモ
『呪術廻戦≡』時空。
美野はとある霊園を訪れていた。
虎杖悠二捜索のためである。
この霊園は特別な手続きをしないと入ることができない区画がある。
その区画には、多くの呪術界関係者が眠っていた。
呪術師家系であれば、各々の家のお墓に入るのが普通である。
非呪術師家系の場合、呪術師となるとおいそれと遺体を返すというわけにもいかず、こういった場所に眠ることがある。
ここに来たのは、本当にもう一縷の望みをかけて、だった。
釘崎女史が言うには、葬礼の類にはもう随分と出ていないというし、こういった場所に花を添えに来るとは思えなかった。
が、例えばここに眠る方たちの関係者をしらみつぶしに調べるとか、お墓参りに訪れた方に話を聞くとか、何か手掛かりがあれば、と思ったのである。
一般的な霊園と同様、『有名人の墓』というのもあるもので。
見るたびにあれはあの歴史上の人物だ、これは、等と思ったことはちょっと内緒である。
ふと、動く人影を見つける。
その人は、ある区画の掃除をしていた。
目を奪われたのは、まるでタイムスリップしてきたかのような格好をしていたからだ。
(あれ、なんていうんだったか……)
「そうだ、書生服」
確か、明治~大正にかけての流行スタイルだった、と聞いている。
軽く150年前の服装だ。今の時代にこの服を着ている人がいるのか、と目を瞬かせた。
声に出ていたらしく、その人は振り返った。
右目は黒い眼帯で覆われている。一瞬ぎょっとはしたが、呪力を感じるし、呪術師なんだろう。嫌なことではあるが、呪術師に怪我は付き物だ。
「こんにちは」
書生服の方は、柔和ににっこり笑うと、軽く頭を下げ挨拶をした。
京都のイントネーションだ。
「こんにちは。お墓参りですか?」
「ええ。お花とお水を替えに」
染めた金髪にピアス。書生服とはアンマッチなはずだが、妙に似合っている。
歳は、さほど変わらないだろうか。
「水桶やったらあちらにありますよ」
と、小屋を指差された。
「あの、失礼ですが呪術関係者でしょうか?」
「関係者、やなかったら不法侵入やないですか?」
くすくすと笑われてしまう。確かにそうだ。
「すみません、そうですよね」
「少し、祓えますよって。少々真似事を」
と、彼は八の字に眉を下げて言った。余り強くはないが、術式を持つ、ということなんだろうか。
「そうなんですね。私は補助監督をしております」
「へえ、じゃあ京都で」
「ええ。そちらの恰好は、お仕事で?」
「まあ、はい。そうですねえ。この格好が一番慣れてますさかいに」
呪術関係者には、時代にそぐわないような恰好をするものはちらほらいた。
例えば、神社仏閣関連のお家柄であれば、巫女服だったり、装束だったり、袈裟だったり。
この人もそういうことなんだろう。
では、私もこれで、と一旦その場を離れる。
一通り見て、あ、これも有名人だ、と半ば観光気分で周り、また戻ってくる。
書生服の彼はまだ、掃除をしていた。
「お帰りですか?」
「はい、そのつもりです。貴方はまだ、お掃除中だったんですね」
「ええ」
と言って、彼は周囲を見渡した。
同じように見渡すと、見渡す限り、やたら綺麗な気がした。
草一つない、水は澄んでいて、花もしゃんとしていて。
目新しい墓石だけでなく、無縁仏となってしまったであろう、いつの時代からか分からないようなものまで、すべて。
「もしかして、ここ全部貴方が?」
「さすがに、毎日ではおまへんけど、そうです」
このくらいしか、出来ることがないんで、と書生服の彼が笑った。
毎日ではない、は毎日すべてではないという意味だろう、この数は。
「あの、私、人を探しているんです」
「人?」
書生服の彼は目を瞬かせる。
「貴方は毎日のようにここに来ているようですし、ご存じかと思いまして」
「さして知り合いは多い方やおへんもんで。お役に立てるかどうか」
「釘崎野薔薇女史をご存じでしょうか?」
「さあ、知らんなあ」
「そうですか。では、虎杖悠二、は知っていますか?」
「知らへんね」
「五条悟、は知っていますか?」
「ここには眠っとらへんよ」
人探しちゃうんかったん? と書生服の彼は笑った。
「虎杖悠二が存命なのは、ご存じなのですね」
書生服の彼は、ぴたりと笑いをとめた。
「……堪忍」
目を瞬かせた瞬間、からんと水桶の落ちる音がする。
彼の姿は見えなくなった。
「えっ」
見渡してもどこにもいない。
美野は知らずのうちに詰めていた息を、はあ、と吐いた。
恐らく彼は、何かを隠している。
周辺を探したが、見当たらなかった。また別の日を狙うしかないか。
そう思い区画を後にする。
ふと思い立ち、立ち入り記録を入手した。
虎杖悠二の存命を知っている、ということは、釘崎女史なら彼の正体がわかるかもしれない。
数日後、中々捕まらなかった釘崎女史と通話ができた。
いくつかの情報共有後、書生服の青年について、聞いてみる。
「この間、霊園に行ってみました」
霊園、と言えば呪術関係者であればどこを差しているかわかるだろう。
『何? 虎杖だったら行かないわよ、あんなとこ』
「ええ、百も承知です。ただ、お参りしている方から繋がれないか、と思って」
『ああ、そう』いないと思うけど、と釘崎。
「釘崎さんのお知り合いにいませんか? 書生服を着ていて、恐らく京都弁を話していて」
『……金髪でピアスでアンタくらいの歳の男だったら知らないわよ』
「っ!? ご存じなんですね!? そうです、ちょうど釘崎さんのように黒い眼帯をしていて」
『アンタそれ二度と言うなよ』左右違うだろ、次言ったら呪う、と呪術師だと冗談にならないことを言う。
「やはりお知り合いですか? お名前や、連絡先、居場所とか、何でもいいんです!」
『知らない』
「は?」
『……つーか、アイツ生きてたのか。いや、生きてはないか、消滅してなかったのか』先輩たちが居なくなって見なくなったから。消えたのかと思った。と釘崎。
「先輩、というのは」
『乙骨夫妻』
釘崎女史が言う「乙骨夫妻」は恐らく、乙骨憂太・真希夫妻のことだ。
釘崎女史、虎杖悠二、乙骨夫妻の知り合いで、五条悟の墓の場所を知っている……?
五条悟の墓は、五条家及び乙骨家しか入れない場所に安置されているはず、だが。
「え、っと? 私とそう変わらない歳の青年だったのですが……子孫の方、ということでしょうか」
『アイツに子孫なんているわけないでしょ。真希さんが全部壊したんだから』
「はい?」
『"連絡"だって取りようがない。アイツは"人間"じゃないんだから』
「は」
乙骨真希が「全部壊した」。で、思い当たる節としたら、旧御三家の禪院家潰滅、だ。
人間じゃない、とは。
「……幽霊?」
『仮にも呪術関係者なら"呪霊"って言いなさいよ。というか、アイツに会ってそんなんも分からなかったんだったら、今命があることに感謝して、手を引きなさい。……アイツの生前の名は禪院直哉。あの日の禪院家を概念として背負った、特級呪霊よ』
美野は、照合しようとしていた霊園区画立ち入り記録を映し出していたデバイスを取り落とし、床でカラカラと音を立てるのを聞きながら、何も言えなかった。
最終巻から数年。
禪院家に幽霊が出る、という話を聞いて、乙骨と真希が訪れる。
直哉が現れるが、ようきたな、とか言って歓迎される。
お茶とお茶菓子が現れるが、「食うたらいかんで」と注意される。
お前が出したんだろと言うと、勝手に出てくんねん、と。
肝試しに来た人たちは、直哉は見えず、お茶とお茶菓子は見え、食べてしまうと飲み込まれるのだと。
そうでなくても、3~4級呪霊はうじゃうじゃいて、それにやられると飲み込まれるらしい。
流石に乙骨と真希の前にはこないけど、とお茶を飲みながら言う直哉。
真「お前を祓いに来たんだよ」
直「祓ってほしいのはやまやまなんやけど、真希ちゃんじゃあかん。多分、乙骨君でもあかんね、……ってか、そうなんや、おめでとう」
真「は?」
直「よう、リカちゃんが許したねえ」
乙「わっ、ダメだよリカちゃん」
リカが出てくる。
直「……そう、でっかい愛やなあ」さすがリカちゃんや、とお茶菓子を摘まむ。
乙「えと、おめでとう、っていうのは」
直「ん? 付き合うてるんやろ、真希ちゃんと乙骨君」
乙「はっ!? え、あ、えと……はい」
真「何馬鹿正直に答えてるんだよ」かなり強めに乙骨をしばく真希
直「うーん、あと生きてるのは……恵君はダメやし、虎杖君か、……野薔薇、って誰や。ああ、芻霊呪法の、釘崎家の子やな。2人なら大丈夫、か?」
真「おい」
直「ん?」
真「お前、何を見ている」
直「あ、堪忍。勝手にな、流れてくるんよ。ここは"禪院家"やから」
真「は?」
直「やから、"禪院家"。真希ちゃん、多分来たら恵君も。"禪院家"の一部として、記憶が流れてくんねん」
真希はとても嫌な顔をする。
乙「あ、だから僕たちが交際していることをご存じだったんですね」
直「知ってた、というか今知ったな」
乙「そっか、はは、何か恥ずかしいな」
直「……」
乙「どうかしましたか?」
直「いや、俺……一応君にも因縁、っちゅうか脅されたりしたんやけど」随分にこやかに話すやん? と直哉。
乙「え? ……ああ、渋谷で。記憶、あるんですね」
直「まあ、せやね。人間として生きて、ここで朽ちるまでの記憶と、呪霊としてここで生まれてからの記憶、どっちも」
真「その、私や憂太、恵じゃダメって言うのは何なんだ?」
直「俺のことを祓うだけやったら、多分行けるんちゃうかな。けど、それじゃあかんねん」
真「だから何が」
直「……多分、やけど"管理者"が移る」
乙「管理者?」
直「おん、ここの、"禪院家"の管理者が」
真「お前はいつまで次期当主のつもりなんだ? 禪院家は壊滅したし、事後処理が終わるまでの当主は恵だ」
直「あー、そっちやなくて」
なんて言ったらいいんやろな、見せるわけにも、と腕を組む直哉。
真「まどろっこしいな、祓われたくなかったらさっさと話せよ」
呪具を構える真希。
直「いや、祓って欲しいんやけど、ちゃんと祓って欲しいんよ。……2人には、ここがどう見えてる?」
乙「どう……すごく大きな家の、一室です。黒くて重そうな机の上に、お茶とお茶菓子が人数分。座布団もなんか、高そうな……」
真「もう見ることもないと思ってたくそみてえな家の、応接室。……なぜか、私が住んでた時と寸分たがわないような綺麗さで」
直「せやな。……ってか、真希ちゃんにもそう見えるんや。どういう作りなんやろ」
真「お前が作ってんじゃねえのかよ」
直「うーん、俺もいつの間にかここにおってん」
ゴーン、と鐘が鳴った。どこかに古時計があるらしい。
直「今日は、2回目」次3回目やな、と直哉。
乙「何が?」
直「俺が死ぬの」
真「あ?」
直「正確には、"あの日の禪院家"、やね。左目では2人と同じものが見えとる。眼帯の下、右目では、ずっと、"あの日の禪院家"が俺には見えとる」呪霊として起きてから、ずっと、と直哉。
直「これ、多分"禪院家"の血筋のモンが"管理者"を殺したら、入れ替わるだけなんちゃうかな、思うて。俺は呪霊やからまあええけど、真希ちゃんや乙骨君、恵君らがなるんは、かわいそうやろ」
リカちゃんやって、乙骨君がここから出られなくなるんは嫌よな? と直哉が問うと、リカが出てきて嫌だという意思表示をした。
乙「待ってください、僕もですか?」
直「婚族、の場合はどうなんやろ? でも、試してみよか、ってわけにもいかへんし、やめといたほうがええんとちゃうかな」
真「野薔薇や虎杖なら大丈夫、って保証は?」
直「正直、ない。俺もこれについてはようわかってへんねん。俺、禪院直哉という呪霊と、この"禪院家"に関する事象は、別物やと思うとる。やから、俺は祓えても、"禪院家"の事象はなくならへん、と思う。あと、地縛霊みたいなモンなのか、ここの敷地から、俺は出られへん」
やからずっと、あの日からずっと、繰り返してんねん、ずっと、ずっと、と直哉は言う。
乙「分かりました。貴方のことを信じます」
真「憂太」
乙「僕たちも正直、情報がありません。貴方を祓いたい、だけではなく、ここの事象を解消したい。協力してくれますか?」
直「おん、ええで。ちゃんと、俺も祓ってな」
真「縛り」
直「ん?」
真「ここから逃げねえ、人を殺さねえって縛り結べ」
直「真希ちゃんが縛らんでも、この場所に縛られてるさかい、俺はここからは動けへんよ。人を殺さない、に関しては、俺は殺してへん。この場所が殺してる分に関しては、制御できひん」
真「ッチ」
直「堪忍。4~3級呪霊、うじゃうじゃいる言うたけど、祓ってたこともあったんよ。けど、祓ってるうちに、2級、1級、特級ってどんどん強うなっていって、4や3を漂わせてる方が被害が少ない、ってわかったんや」どういう仕組みなんやろな、ほんまに、と直哉。
直「一つ聞きたいんやけど、2人はどうやってここまで来たん? 俺、外出られへんさかい、なんで肝試しやー、って来れるんか分からんくて」
乙「! そうか、封鎖すれば」
直「できそう?」
真「封鎖だけしても、無鉄砲な馬鹿は来るだろうよ。監視が必要だな」
乙「それも含めて、まずは持ち帰ろう。でも早急に、まずは封鎖しないと」
お邪魔しました、と乙骨は立ち上がる。真希は、それはどうなんだ? と訝し気だ。
乙「また来ます!」
直「来、たらあかんのちゃうかな」
真「誰かは分かんねえけど、必ず祓いに来る。首洗って待ってろ」
直「おん、ほなよろしゅう」
虎「久しぶり、って言っていいのかな」
伏「お久しぶりです」
釘「初めまして? ってなんで律儀に挨拶してんのよ」
直「こんにちは。なんや、勢揃いやね」
と言って伏黒を見た。
直「恵君はあかんって真希ちゃんと乙骨君に言うたんやけど……」
と困った顔をする。
伏「今日は、まだ祓いません」
直「そうなん?」
釘「ここの封鎖。お望み通りやったわよ」
虎「あと監視員の配置も。今日はその初日だから。護衛も兼ねて」
直「護衛がここに来たらあかんのちゃう?」
伏「建前です。話に来たんですよ、貴方と」
直「ええ……」まあ、ええけど、と応接室に案内する。
直「飲んだり食うたりしたらあかんで、虎杖君」
バシッと伏黒と釘崎が虎杖がお茶とお茶菓子に伸ばした手を叩く
虎「痛あ!? 冗談じゃん冗談」
伏「お前は数多の前例があるから、全然信用ならねえんだよ」
釘「拾い食いすんな、犬か?」
虎「拾い食いじゃねえって!」
直哉はそのやり取りを見て、クスクス笑っている。
釘「何笑ってんだよ、死に損ないが」
伏「釘崎」
直「死んではいるんやけどねえ」何回も、と言う直哉。
釘「それがなんだ? 真希さんは、お前みてえなクソ野郎に、クソ野郎しかいねえ家に愛想尽かしたからこうなってんだよ。どんだけ辛い思いした分かってんのかよ」
直哉は片眉を上げた。
直「分かる、なんて言うて欲しくないんやない? 真希ちゃんは」特に俺には。めちゃくちゃ嫌われとるし、と自嘲気味に笑ってお茶を飲んだ。
虎杖も釘崎も伏黒も、ほとんど生前の直哉とは面識がない。
が、色々ありすぎた記憶の奥底を引っ張り出して、真希が、真依が、五条が、加茂が言っていたことと照らし合わせても——虎杖は伏黒を殺そうと探していた彼の記憶も——雰囲気が違う、のではと思った。
特に、先に訪れている真希の様子を聞くと、その感覚は間違いではないと思う。
虎「アンタは飲んでもいいの、それ」
直「俺はもう、人間やないし」
伏「何が、あったんですか?」
直「それはこっちの台詞。色々あったんやね」
と目を細める。
直「ああ、知ってるんや、悟君が甚爾君殺したん」
伏黒が直哉を睨みつけるように目を細めた。
伏「知ってます。だったら何だと言うんです?」
直「あ、渋谷んとき会うとるんや。……え、どういうこと? 死んだよな。それは確かのはず。……俺みたいなモンになっとるとしたら、多分もっと被害っちゅうか、出とるはずやし……降霊術、とかかな」
身を乗り出して、伏黒を凝視する直哉に、虎杖と釘崎が構えるも、一人でぶつぶつと話しているだけの直哉。
釘「さっきから何の話よ」
直「ん? あー、こっちの話」
と伏黒を見て、前のめりになった姿勢を戻した。
伏「別に、いりませんよ気遣いなんて」
直「……んー、伏黒君のお父さん。で、俺の従兄弟の甚爾君ってお人が、まあちょっと悪いことをして、殺したのが悟君。あと、渋谷でなんか、恵君と会うとる……。これはよう分からへん。……え、恵君の目の前で自分で呪具頭に突き刺して死んどる……」
はあ、とため息をついて、頭を抱えた直哉。
直「規格外過ぎるやろ、いや、甚爾君らしいけど……」
伏黒がああ、と合点がいった声を出す。
伏「あれ、親父だったんですね」
虎「親父さんと会ってたの?」
伏「会ってはいたけど、今知った。呪霊討伐に参加したと思ったら、俺を襲ってきて、交戦中に名前聞かれて、そしたら急に」と呪具を頭に刺す仕草をする。
虎「ええ……」
直「『禪院じゃねえのか、よかったな』」
伏「ああ、そう。たしかそんなことを」
直哉は机に突っ伏した。
直「堪忍、甚爾君……。多分恵君は"禪院"や……」
釘「ここの"管理人"ってやつ?」
真希さんに聞いた、と釘崎。
直「おん、そやね。正直俺もよう分かってへんのやけど」
ボーン、と鐘が鳴った。
直「……これは流石に」
釘「何回目? アンタ死ぬの」
デリカシーのない聞き方に嗜めるように、「おい」という恵。と、呪霊に気を遣う恵が面白くて、いい、と手を振りながら笑う直哉。
直「今日は4回目。全部ってなるともう、分からへん」
伏「祓って欲しい、んですよね。なぜですか」
なぜ、と問われ、キョトンとする直哉。
直「なぜ、って……俺は呪霊やで」委ねてええん? と続ける。
釘「良いわけないでしょ、完膚なきまでに祓い切るわよ」
直「ならええ」
とお茶菓子をつまむ直哉。
虎「直哉さん? はさあ」
ゲホゲホとむせる直哉。
直「ちょお待ち、あかん。名前は呼んだらあかんよ」これとかそれとかお前とか言うとき、と虎杖に言う。
伏「虎杖……」
虎杖を横目に睨む伏黒。
虎「ええ!? 何、そういうルールだったの?」
言ってよ、と虎杖。
釘「ルールとかじゃないわよ、そういうもんでしょ」
直「あんなあ、名前っちゅうんは、いっちゃん最初の呪い(まじない)やねんで。俺という呪霊を、この世に輪郭付けるようなこと、したらあかん、って言うとるの」
虎「よくわかんないけど、そうなんだ」
直「高専はどないな教育して……ああ、そっか」
大変やったもんね、君らも。と小さな声で言った。
虎「で、えっと、アンタはさ」
直「ん?」
虎「怖いとか、無いの? 痛いとか、悲しいとか、寂しいとか」
直「……ん?」
これは、何を聞かれている? という顔で、伏黒と釘崎の顔を見る。伏黒と釘崎は「こいつは……」と呆れ顔だ。
釘「アンタらねえ、こいつは! 呪霊! 私たちが祓うべき敵! なのよ!」
伏「ちょっと待て、俺もか?」
直「こればっかりは、釘崎ちゃんに同意やねえ」
恵君もさっきから随分、気遣ってくれとるやろ、と直哉は笑った。
直「俺は、生前の記憶もある、生前の姿もまあほとんど保ってる。君らと対話もできる。それだけのバケモンや。人間とはちゃう」釘崎ちゃんと真希ちゃんを見習い。乙骨君もやけど、君ら優しすぎるわ、と直哉は言う。
虎「じゃあ、呪霊って、痛い? 呪霊でも死ぬのって怖えの?」
直「君は……聞き方変えたらええってモンちゃうで」
窘めたが、釘崎と伏黒の反応を見るに、こうなったらてこでも動かないんだろう。直哉ははあ、とため息をつき、目を伏せた。
直「痛いで。痛いし苦しい。……何度も、繰り返しとるあの日の痛みも苦しみも悔しさも虚しさもちゃあんと、味わっとるよ。死ぬのは、元より怖いと思ったことが無いな」普通やったら怖いんちゃう? と直哉はこともなげに言い、顔を上げる。
直「……いや、なんちゅう顔しとるん?」やから言うたのに、と続ける。
虎「いや、そっか。うん、ありがとう」
直「呪霊祓いにくくなった、言われても知らんで? 君ら術師なんやから、私情挟んだらあかん」
釘「って、なんでさっきから呪霊に諭されてんのよ……」
伏「虎杖の質問に答えたんだ。俺の質問にも答えてください」
直「はい?」
伏「なぜ祓われたいのか」
直「……釘崎ちゃん、この子らアホなん?」
釘「私は今、アンタも含めて全員殴りたい気分よ」
せやんなあ、と直哉は釘崎に同情する目を向ける。呪霊に同情されて、ムカつく釘崎。
直「祓われたい、ね。術師や。君らも俺も」
釘「はあ?」
直「術師の仕事は、呪霊を祓うこと。家がどうとか、子どもん頃どうやった、とか私情を挟まず、今ある戦力を使って、最大限の力を発揮して、呪霊を祓うことや。ちょっとムカつくからって、貴重な戦力の術師をぶん殴って再起不能にすんのは、職務怠慢やで」
釘「てめえ!」
釘崎は机に身を乗り出し、直哉の胸倉を掴んだ。
虎「釘崎!」
伏「釘崎、落ち着け。アンタも、不用意に煽るようなこと言うな」
直「分かってる。人は選んでるで? 真希ちゃんと乙骨君の前では、こないなこと言わんし」
とけらけら笑っている。
直「ここで俺だけ祓われんのは本意やないし。ここ、禪院家はなあんにも無い場所にしたいんよ。こんな忌み地やなく、古びた家も壊して、平成より昔の地図でしか分からんような場所に。なんやマンションでも建って、『昔って由緒正しき大きいおうちがあったんやー』くらいの場所でええ」
それには、今ここで俺だけ祓われるわけにはいかんのや、と直哉は言い、釘崎が胸倉を掴む腕をそっと押した。
直「真希ちゃんやって、正真正銘天与呪縛のフィジカルギフテットになったんや。この場所が何にもあらへん場所になれば……忘れるやろ。君らの本意やってそうなはずや。悪い条件やないやろ?」
釘崎はしぶしぶ手を放して、不遜な態度で座り直した。
ええ子やね、と直哉が言い、釘崎が拳を握りしめたので、伏黒がまた直哉を窘めた。
直「ちゅうか、真希ちゃんを揶揄するつもりで言うたんやないんよ。まあ、ちょっと……」
(自虐というか)、と皆まで口にしなかった。目を逸らした。
虎「えっ?」
そう、全部壊せばよかったのだ。真希がやる前に、甚爾君も、(俺も)。
甚爾は真希よりも上位のフィジカルギフテットだ。今際の際に蘭太が叫んでいたように、気まぐれでやらなかっただけ。
直哉だって、投射呪法の希代の遣い手だ。もっと若い時分で、父親に勝てたかは不明だが、他の人間を殺すなど、容易かっただろう。
真希が取った最終手段は、自分たちが取れなかった手段だ。
(ま、俺かて取りたかったわけでもあらへんし、甚爾君なんかもっと、どうでも良かったんやろな)
勝手に同列で語る自分自身が烏滸がましい、と内心自嘲した。
天与呪縛は自由だ。甚爾君も、真希ちゃんも。
家に、術師に縛られてるのは、今も昔も自分だけだ。
間、帰るまでなんか書く。
帰ることになる3人。
虎「じゃ、また」
直「また、やあらへん」そう何度も来ようとするな、と言う直哉。
3人が外を出て振り返る。
そこには中の綺麗さとは全く違う、今にも朽ち果てようとしている古びた、幾重もの残穢にべたべたと彩られている旧家だった。
以下、時系列飛び飛び。
伏黒が、直哉が影を操れることを看破する(直哉本人は気付いていない)。禪院家のこの空間は領域のようなものなのでは? と推測する。
十種らしき術式(?)を使用して、影の中にこの空間をしまうことはできないか、と画策する。もちろん誰もやったことは無いし、十種かどうかも分からないし、むちゃくちゃであるがやるしかない、と。十種の遣い方については、俺が教える、と伏黒が通うことになる。
十種の使い方を教えるということは、ただでさえ特級呪霊である彼の戦力を上げることに他ならない。上層部はとにかく反対した。当たり前だ。しかし、あの『禪院家』が今後、拡張していったら、拡張できず爆発したら、『管理者』が入れ替わったら、と訥々と説明する伏黒たち。おそらく、今あの場所があの程度で収まっているのは、『彼』が抑えているからに他ならない、と。
何故教えを請わなきゃならないんだ、と反発していた直哉だったが、彼の”本意”のためにも必要なことである、と説き伏せられる。
また、まさか、と思い使用した術式で、禪院家の主要な術式(構築術式や炳の皆が使っていた術式)を使用できることが判明する。
直「これ、”調伏”か……?」
右目の中の繰り返しで、最初の方こそ止められないか画策していたことが分かる。
その試行回数の中で、直哉がみんなを殺していたことも。
直「これ(構築銃式)使えること、真希ちゃんに知れたら、殺されるんちゃうかな……」
釘「いいじゃない、本望でしょ」
十種訓練期間は、伏黒と、その護衛としてかわるがわる色んな人物がやってくる。
直哉が生前あったことが無い、日車なども含めて。
直「おや、お久しゅう、日下部はん」
本当に本当に本当に嫌そうな顔をする日下部。
日下部「俺は、会いたくなかったんだけどな」
日車「知り合いなのか?」
日下部「知り合い、ってほどじゃない。会ったことがあるだけだ」
直「1回、2回任務でご一緒した、くらいやったっけ? なんやけったいなことに巻き込まれてもうて」
日下部「その『けったい』はお前なんだよ」
日車「……禪院直哉、とか言ったか? 貴様は」
直「ちょいちょいちょいちょい!!!!!」慌てて遮る
日下部「あ、すまん」
直「ちょお、日下部先生!? 教えといて!? 専門やろ!!!!」
日車「? 何か」
直「んえー……あー、このお人、術師歴浅いんねんな?」
日車「そうだな。死滅回遊の頃、術式が発現したばかりだ」
伏「えっと、日車さん。こちらから名前を付けて呼ぶ、というのは余りよろしくないです」
日車「……? こいつは、禪院」
日下部「ストップストップ! 名乗ってない」
日車「?」
日下部「こいつは、自身の名を名乗ってないんだ。だから、どっからどう見てもあの野郎だったたとしても、日車さんが名前を呼ぶと、日車さんが名付けたことになっちまうんだよ」
日車「よくわからないが、呪術的に良くないということなんだな?」
日下部「呑み込みが早くて助かるぜ。そういうことだ。名づけは呪い(まじない)の一種だからな」
直「まあ、日車はんの前に虎杖君が呼んでるさかい、もう手遅れやと思うけど」
日下部「虎杖……」
直「あ、でもフルネームで呼ばれたんは初めてやったな」
日下部「日車さん……!!!!」
伏「まあでも多分、この人に呪う気がさらさらないから、大丈夫だと思いますよ、多分」
直「楽観的やなあ、恵君。どうなるかなんて、分からんで? 俺」
日下部「正直俺は、お前が生きてようが死んでようが、ここがどうなろうが、俺の預かり知らぬところでやってくれるんなら、関係ない」
直「日下部はんらしいわ」クスクス笑う直哉
直「ほなら、どういう風の吹き回しで? ……まあでも、日下部はん、『1級最強』やもんね。俺なんか一捻りか」
日下部「お前それどこで……五条か? 冥さんか?」
直「悟君。『1級ですらお前なんかより強いやついるんだから、お前じゃ僕と戦うなんて無理』って、言うて教えてくれてん」
日下部「アイツ……ふざけんなよ。帰りたいマジで」
直「随分、俺のこと買い被りすぎてへん? 『1級最強』やんな?」
日下部「うるせーな、皮肉か? 『特級呪霊』がよ」
直「ん?」
日下部「あ?」
直「……そうなん?」
日下部「は?」
(もしかして俺、まずったか?)と伏黒の方を見る。と彼も驚いた顔をしていた。
伏「え、自覚ないのか? アンタ」
直「自覚……は、なんや、地縛霊みたいな感じかな、と」
伏「生前の記憶があり、人格も見た目もほとんどそのまま、意思疎通も問題なくできる……この時点でほぼほぼ特級でしょう」
直「や、『特級』って国家転覆可否が争点やなかったっけ? 呪術師も呪霊も、その辺は同じやんな?」
伏黒と日下部が互いに目を合わせる。日下部は目で(自覚無いんならそのままにしとけ)と送る、が。
伏「術式、幾つ使えるんですか?」
直「え? えーと、投射呪法やろ、十種モドキと、構築術式と、甚壱くんのと、蘭太君のと、扇叔父さんのと、長寿郎爺さんのと……」灯は、どうやったかな、と手のひらの中で小さく術式を展開し、指折り数えていく。
伏「もう、大丈夫です」
直「恵君が聞いたんやんか」
伏「反転は?」
直「使える」
伏「黒閃は?」
直「出たことあるよ」
伏「領域展開は?」
直「やったことある。こことは別やけど」ここも、恵君の見立てやと領域、って話やんな? と直哉
日下部「もういい、もう、お腹いっぱいだ」開放してくれ、帰りた過ぎる、と内心思う日下部
伏「もう一度聞きます、自覚無いんですか?」
直「……ええ」
ここまで列挙させられて、なおのこと訝し気な声を出す直哉。
日下部「なんでか知らんが、獅子の子眠ってんなら眠らせといてくれ」
直「眠ってへんよ。……億が一、俺が特級やったとして、やで?」
日下部「ああ」
直「やったら、何で懇切丁寧に十種の稽古を付けとるん? 今の術師はアホなん?」
日下部「俺も本当にそう思うんだよ」日下部は反対派だ。
伏「ここをどうにかしたい、のは利害が一致しているからです、続きやりますよ」
日下部(帰りたい……)
直「で、結局、何で日下部はんはこないなとこまで来てはるの」
日下部「自覚がないならそのままでいてくれ頼むから」
直「?」
日下部「俺は、宿儺との闘いには出張ってんだよ。教え子たちの命は掛かってるし、そもそも世界存亡の危機だったからな」怖かったし、帰りたかったさ、と日下部
直「ほお、意外と熱いんやね」
日下部「俺が、出張るくらい、ってことだよお前も」
直「は?」
日下部「五条がいなくなった今、そこにいる伏黒も含めて、東京高専の奴らは皆教え子だし、あいつらが命を掛けてお前と交渉してんだ」
直「えっ、戦う気あらへんで?」
日下部「無くても! その能力があるが行使していないだけ、と判断されているってことだよ」こんなやつほっとこうぜ、って言ったけど聞く耳持たねえあいつら、と日下部が愚痴る。
直「や、買い被り過ぎやて。両面宿儺と同じはホンマに買い被り過ぎや」
日下部「正面切ってお前と宿儺が闘ったとしてどうなるかは知らん。まあ宿儺が勝つか、とは思うが、その宿儺戦で、というか、それまでの過程で、呪術界は数多くの人材を失っているんだ。……お前も含めてな」
直「まあ、うん、せやねえ」
日下部「その状態の総力戦で、お前と戦うんだ。お前はあの時の宿儺と同じなんだよ」
直「言い過ぎやて」
日下部「少なくとも、呪術界での扱いは、そうってことだよ」有名人だな、お前、と日下部。
直「ええ……嫌やあ」
冥「おや、面白いことになっているね。余り関わりたくはないな」
直「冥さん? え、恵君、いくら積んだん?」
冥「心外だな。旧友のためであれば、多少のディスカウントはするよ」
直「誰が誰の?」
冥「私が、君の?」
直「首傾げて言わんで。あと、さっき関わりたくない言うたの聞こえてるで」
冥「おや怖い」
直「言うほど関わりなかったやろ、生前」
憂「姉さまに近づくな、汚れた呪霊が」
直「おっと、おったんや。小さくて気付かんかったわ。えーと」
冥「憂憂。自己紹介」
憂「憂憂。冥冥姉さまと一緒にフリーの術師をしています」
直「おおきに、俺は―……」
はっとして、冥冥を睨む直哉。
冥「おや、なんだい?」
直「今、俺に名乗らせようとした?」
冥「何を言うんだい? 可愛い弟に礼儀を教えようと自己紹介させただけだよ」
憂「冥冥姉さまを疑うのか?」
直「疑うっちゅうか、そうやん……。怖あ」
伊「こんにちは、初めまして」
直「は?」
伊「えっ」
直「いや、ここ呪霊おんで? 君、悟君とこの補助監督やろ? 悪いこと言わん。出て行き」
伏「伊地知さんは3級くらいまでなら祓えますよ」
直「いや、ギリやん……」
はあ、とため息をつき頭を抱える直哉。
直「ええか? いくら綺麗に見えても、こん中勝手にフラついたら知らんで? 物も勝手に触ったらあかん。恵君か俺の近くにおること、分かったか?」
伊地知と伏黒はぽかんとし、顔を見合わせた。
直「あん?」
伊「あの、大変お言葉なのですが、この空間で一番危険なのは……」
直哉が「あ」という顔をする。
直「俺か」
伏「貴方です」
伊「ええ、貴方ですね」
沈黙する2人と1呪霊。
直「分かった。縛り。俺は君らを傷付けへん。君らも俺を傷付けへん」
伊「縛らなくても私は貴方に触れることすらできないと思うのですが……」
直「? 触れられるやろ」
ほら、と伊地知の手を取った。握手の形だ。伊地知はそういうことではなく、という顔をしている。
伏「ありがとうございます。守ってくれるんですね、伊地知さんを」
直「あ?」
先ほど自身が発した言葉を思い出し、握手の握力が強くなる。
伊「痛い痛い! 縛りはどうしたんですか!?」
直「うるさい」
伏「照れてます?」
直「うるさいて」
パッと手を放す。伊地知は涙目で手を振った。
伊「幼馴染、なんですよね。五条さんの」
伊地知はいつの間にか持ち込んだ缶のプルタブを開けた。
直「え」
伊「おや、持ち込みは禁止でしたか?」
よもつへぐいはダメ、とは聞いておりましたが、と伊地知は言う。
直「いや、大丈夫、やと思うけど……」
伊地知を指さして伏黒を見る。伏黒は目を逸らした。
直「肝据わりすぎやろ」
伊「そうですか?」まあ、こうでもないと五条さんと一緒にお仕事なんてできないですから、と缶を煽った。
伏「伊地知さん、俺運転できませんよ」
伊「問題ありません。ノンアルコールです」
貴方もどうですか? と直哉に差し出すので、直哉はのけぞった。
直「いや、伊地知君……供物やでそれ」
伊「なるほど、そういう扱いになるのですね。……もしかして、これ献杯ですかね?」
直「そう思うんやったらやめときや」
といって、再度伏黒を見る。
直「……遠目からしか見たこと無かってんけど、こんなお人やったっけ?」
伏「例の戦いを経て、なんか、凄い肝の据わり方しちゃったみたいなんですよね」
伊「補助監督も相当数、被害を受けましたからね。これくらいでないとやっていけません」
直「それが、よう分からん呪霊に献杯?」
伊「お噂はかねがねお聞きしておりますよ、五条さんから」
はあ、とため息をつく直哉。
直「絶対碌な話やないやん」トン、と指先で机を叩くと、コツンと音がしてノンアルコールの缶ビールが現れた。伊地知が手にしているものと同じだ。
直「これは、俺やこの場所やなくて、悟君に」
伊「ええ、ありがとうございます」
直哉も缶ビールを開け、伊地知の持っている缶と合わせる。
伏(盃を交わすのもどうなんだ?)と思ったが、五条悟への愚痴で盛り上がっている大人2人(人間1人、呪霊1匹だが)に、何も言えなかった
東「どんな女がタイプだ?」
直「……何?」
東堂を指さして伏黒を見た。伏黒はそのまま虎杖を見る。
虎「俺かよ。……あー、なんか適当に答えてやってよ、多分勝手に満足するかがっかりしていなくなるから」
直「え、何? 怪異やん」
伏「本物の呪霊(怪異)に言われたらおしまいですよ」
直「で? なんやったっけ? タイプの女?」
そんなこと言われても、とうーんと腕組みして考え込む。
タイプ、というのは恋愛的な意味合いで、という意味だろう。
正直、この家では、恋愛など二の次三の次四の次だった。
術式の有無、呪力量、今まで産んだこどもの能力……そう、能力が第一だったのである。
恋愛や性愛と好き、という感情が結びついたことが無いのだ。
虎杖と伏黒はその様子を見て、意外に思っていた。
てっきりパッと、顔とか乳とか尻とか、具合がいいとか、そういうことを言うかと思ったからである。
正直、直哉もその手のことを言おうとした。言おうと口を開き、音を出そうとした瞬間だった。
東「なんだ? 男でもいいぞ」
途端、まるで投射呪法のフリーズを受けたかのように、直哉はびたっと止まった。口を開き、何も言わず閉じ、困惑したような顔から苦虫を潰したように顔を歪めると、東堂からふい、と目を逸らした。
のを、一連の流れとして、虎杖と伏黒は(もちろん東堂も)まじまじと見てしまった。
ほんの一瞬の間。
東「なんだ、恥ずかしからずとも良い。俺は理解があるぞ」
直「ちゃう」
虎「そうなんだ?」
直「ちゃう」
伏「やめてください」
直「何がや」
直哉は伏黒を睨みつける。伏黒は直哉に負けず劣らず苦虫を潰したような顔をしていた。
伏「どっちなんですか?」
直「ちゃう、ってか何が?」
伏「今さっき、脳裏に過ったのは、ってことです」
伏黒には直哉が考えた人がわかったらしい。というか、どっちかっていうことは
東「ほう、特定の誰か、何だな?」
虎「へえ……」
直「ちゃう!」
正直直哉の顔は、一ミリも恥ずかしがらず、赤くもならず、何ならずっと苦々しい顔をしているので、多分本当にそういうことじゃないんだろう、と、虎杖は思ったが、面白いのでそのまま追及することにする。
直「……そもそも、恵君は、聞きたいん? どっちかって」
伏「……聞きたく、無いです」
伏黒もさらに苦い顔をした。一応恋バナの体なのに、両者凄い顔だ。
東「なんだ、もったいぶらずに早く言え。俺は気が長い方ではない」
直「ちゃうんやって。東堂君のご期待に沿えるもんちゃうんよ」
東「ご期待とはなんだ。こういうのはフィーリングだ。今さっき思い浮かんだ人物の名を言え」
(これ、言わんと終わらん奴?)
(うん、終わらん奴)
アイコンタクトだけで会話した直哉と虎杖。
はあ、と大きなため息をつき、横を向いたまま、直哉は言った。
直「……じゃあ、悟君」
東「はあ」なんだ、引っ張った割につまらん、という反応をした。
虎「え……つまらないんだ、五条先生」めちゃめちゃ面白いだろ、と言う虎杖。
直「言うとくけど、そういう意味ちゃうで。……なんやねん、恵君その顔は」
げぇ、と言う顔を隠そうともしない伏黒
伏「なんでもありませんよ」
直「何、逆の方が良かった?」恵君のダメージ少ない方選んだつもりなんやけど、と直哉。
伏「いや、もうどっちも嫌です。思い浮かべないでくださいそもそも」
直「無茶言うなや」
東「選んだ、ということはもう1つ答えがあるんだな?」
直「あ」しまった、と言う顔
東「言え」
伏黒が嫌そうにぶんぶん顔を横に振る。
虎杖が無理だよ、伏黒。と伏黒を慰めている。
直「……甚爾君」
東「誰だ、それは?」
直「……俺の従兄弟で」
伏「俺の父です」
東堂に電撃が走った。
虎杖が、ああ、と思い出したように言う。
虎「悪いことして五条先生に殺されて、生き返って、伏黒の前で頭に呪具ぶっ刺して死んだ人?」
直「そうやし、その説明したのも俺やけど、あんまそういうこと息子の前で言うもんちゃうで」
伏「別に構いませんよ、俺は。ほとんど記憶ないし」
東「もう少し、詳しい話はないのか?」どこが好きとか、じゃないと判断できん、と東堂。
判断? 何を? と首を傾げるが、そうやねえ、と思案する。
直「小さいときな、いっちゃん最初に衝撃を受けたお人やってん」
東「ほう」
直「一目見た瞬間、なんや、雷落ちたかと思うて」
東「一目惚れ、というやつだな!」
直「ちゃう。……この家で、いやこの世でいっちゃん強うてかっこいいんは、甚爾君や、って思うて。でも、この家は、そうは評価せんかった。呪力も術式も無い。天与呪縛のフィジカルギフテットを、この家は、全く評価せんかったんよ」
東「ほう……」悲しそうに眉を下げる東堂。
直「せやから、俺、当主になろう、思うて。俺がこの家でいっちゃん強うなって、いっちゃん強い俺が、認めてる、俺なんかよりもっともっと強いお人を認めさせたろう、思うてん。けど、悟君が倒してしもうた。悟君も強くてかっこいいからな。一応、幼馴染やし、小さいときから鬼のように強うて、手も足も出んかった。甚爾君、倒されたって聞いて、悟君やって聞いて、納得したんよ。ああ、せやろなあ、って。……まあ、甚爾君だけやのうて、もう悟君もおらへん。この家やってあらへん。けど、ずっと、ずっと、俺が憧れて横に立ちたいんは、甚爾君やねん」
虎杖も、伏黒も、この答えに恋愛とか性愛とかが載っていないことは分かった。声色も口調も表情も、ずっと、幼い頃の彼なんだろう、と推察される幼いもので。純粋な強さへのあこがれで。文字通り強くてかっこいい従兄弟のお兄さんと幼馴染のお兄さんへの憧憬で。それから、慈愛の表情で。
ただちょっと、それが享年27歳(よりは若く見えるが、その顔は青年そのものである)の顔に声に乗るのはちょっと、倒錯的なものがあるのも事実で。
東堂の無駄に回る頭が、無い行間を読み、無い映像を生み出し、存在しない記憶を捏造する餌とは十分すぎるほど十分であることも分かってしまったし、分かってしまった自分たちを自己嫌悪した。東堂が拍手を送る。泣いている。
東「素晴らしい、素晴らしいぞ親友(マイフレンド)!」
どこから出て来たのか分からん10点満点の札。そして、
(あ、これでも親友(マイフレンド)なんだ)
大親友(ブラザー)認定されている自分の、東堂からの評価の高さに、身震いをする虎杖なのであった。
虎/日車「名前を呼びました」
伏/日下部「アイツの脅威を分からせてやりました」
伊「盃をかわしました」
東/虎/伏「恋バナをしました」
真「おいこら、遊びに行ってんじゃねえんだよ。アイツの前にお前ら一発殴ってやろうか????」
釘「馬鹿か? 馬鹿しかいねえのか???」
調伏の日。
帳は伊地知が降ろした。
右目の映像が再生される。
直「堪忍な、堪忍」
まず真希・真依を殺し、扇を殺す。
躯倶留隊を殺し、灯を殺し、炳を殺し、そして。
十種影法術を用いて、直哉自身を殺した。
霧散していく景色を、影で吸収していく。きれいな旧家が現れた。
それも、投射呪法で叩くと、パリンと音がして砕ける。これも影にしまうと、何年も放置された、あちこちに黒い染みのある、朽ちかけた薄暗い家、が現れた。
皆の目論見は成功したのである。直哉は自身の手足をキョロキョロと見て、ふっと息をついた。
庭の片隅で待っていた面々に声をかける。
直「終わったで」成功や、と笑ったが、誰も笑わなかった。
直「なんや、ようやく祓えるねんで? もっと喜びや」
で、誰が引導を渡してくれんの? というと、刀を持った真希が一歩前に出た。
直「やっぱ真希ちゃんか。ええよ。全部って言われたもんな、真依ちゃんに」
直哉も一歩、前に出る。
真「なんか、言い残すことはねえのかよ」
直「はっ、辞世の句詠む時間、くれはるん? ホンマ、お優しいこっちゃな」
そうやな、と思案し、ふっと微笑んだ。
生前、誰も見たことが無いような、憑き物の落ちた笑み。
直「真希ちゃん。俺を祓ったら、こんな家のこと、忘れえ。全部。全部やで。……真希ちゃんは、天与呪縛のフィジカルギフテットや。『忘れる』思うたら忘れられんねん。ほんとの話やで?」
伏黒は、伏黒自身のことを忘れていたらしい父親の話を思い出していた。
真希は微動だにせず聞いていた。
直「心配せんでも、全部、俺が持っていったるから」静かに目を閉じる。
真「言いたいことはそれだけか?」
直「ああ」
真「分かった」
何の温度も無い、返事だ。あの日の真希を思い出すな、と直哉は思った。
刀が置かれる音がして、直哉の身体が温かい何かに包まれる。
右の頭に、手がポンと置かれる感覚がして、滑るように下、眼帯の上に手が置かれたのが分かった。
瞬間、目をカッと開き、全力で投射呪法を回し、真希から距離を取る直哉。
直「は?」
真「なんだ、『抱いてやろう』かと思ったのに」
直「……いやいやいやいや!!!! ちゃうやん!!!! そういう流れや無かったやん!!!! 一思いに刺せ!!!!」
真「は? だって、その見た目で真依みてえなこと言うから、すげえムカついて」
直「それは堪忍! 無意識や無意識!!」ずーっと見ててんから、許してや! と直哉。
なんだ、これは。
見守っていた面々は、皆一様にぽかんと口を開けた。急に漫才が始まったからである。
真「なんだよ、従姉妹からの最後の熱い抱擁だろ、ゆっくり味わえよ」
直「そんな『キュッ』みたいな、『ギュッ』みたいな可愛いもんや無かったやん! ……待て待て乙骨君、しまい、色々。ちゃう、ちゃうて」
乙「……真希さんに、ギュッてされて、頭まで撫でられて、僕だってそんなことされたことないのに……」うらやましい、と半泣きの乙骨は抜き身の刀、リカちゃんを顕現している。
直「いや見てたあっ!? 今まさに超巨大なアナコンダが俺の身体に巻き付いて、骨を砕かんとしていた様子やってんけど!? 頭やって、リンゴを握り潰すんやなくて、指先の力で穴をあける奴、俺の頭蓋骨でやろうとしててんけど!?」ホンマにこんなことされたいん!? 乙骨君、マゾにもほどがあんで!? とわめく直哉。
真「ピーピーうっせえなあ。反転術式使えんだろうが」
直「使えたらええわけやない! 俺、言うたで!? 虎杖君に! 呪霊やって痛いし苦しいって!!!!」
虎「ええー、ここで俺?」
名前を出して欲しくないな、と見守っていた虎杖は思った。良く分からない流れ弾が来そうだし。あと、あのシリアスな質問・回答を、こんなにコミカルに回収されるとは思っていなくて、温度差で風邪を引きそうだ。
直哉に向って五寸釘が飛び、思わず避ける直哉。
直「おわっ!?」
釘「おい、どういう了見で避けてんだあ? 祓われてえんだろ? 真希さんじゃなくても、乙骨先輩でも、私でもいいだろうが!」皆まで言わないが、私も真希さんにギュッてされたい、と顔に書いてある。
直「ちょ、待って! 真希ちゃんはそれでええんか!?」
真「何が?」
直「無関心!」
伏「脱兎!」
伏黒が脱兎で直哉を隠し、運ぶ。
伏「釘崎落ち着け! 乙骨先輩も! 決めたでしょう、真希さんに託すって」仕切り直すぞ、と言い、脱兎をしまった。
直哉は呆然と立ち尽くした。真希が近づくとびくりと肩を震わせる。
直「呪具、持って。構え」
チッと舌打ちをして真希は呪具を持った。普通の戦闘なら逆である。
硬直状態が続く。真希が、呪具を一向に振るわないからだ。
直「……どないしたん?」
真「お前、まだ見えてるのか」
右目の惨状の話だ。
直「見えとるよ? ……ああ、そか」
投射呪法で真希から呪具を取り上げた。周りにいたみんなも、緊張感を高め、一触即発である。
真「てめ」
てめえ、返せと言う前に、直哉はギュッと呪具を抱きしめて目を瞑った。呪具が、というか、直哉の手のひらと胸のあたりがぽぅっと光る。光がやみ、直哉が目を開ける。
直「……ぷっ、あははっ!」
思わずと言った感じで噴き出す直哉。
真「は?」
直「いや、すまん。ホンマに出来てまうと思わんくて。いやあ、愛の力? って偉大やね」とんでもない子やわ、真依ちゃん、と言いながら笑い過ぎで流れた左目の涙をぬぐった。
真「なんだよ」
直「はい。これで、返したで、真依ちゃん」
真「は?」
直「これで、俺はもう構築術式は使えん。真依ちゃんは、ここにおるよ」と呪具を真希に押し付ける。
真希は呆然とそれを受け取った。
直「心残り、これやろ?」
真依も、閉じ込められたまま、祓われてしまうと。それを真希が心残りなんだと、そう解釈したのである。
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