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以下メモ
※時系列要精査
※直哉逆行・ループ
4〜6歳の術式を自覚した時 or 10歳前後の甚爾を見たときに逆行・ループしていることを思い出す。
記憶を引き継いでいたとしても、ループ周回によって、そもそも呪力量も違えば術式も違うこともあるので、良くて1級の中の上振れ(十分すごいのだが本人はあっち側へ行きたいため満足していない)。
呪力量・術式ともに、初回(本誌時空)は上振れを引いたのだということを、何回目かのループで悟ることになる。
このままでは、まず真希が禪院家を滅ぼそうとするときに勝ち、27歳よりも歳を重ねた自分に行くことがそもそもできないため、いじめなんかに現を抜かしている場合ではないと、何回目かのループで真希真依をいじめたりしなくなる(男尊女卑の考えが全くなくなったわけではない、雑魚に構っている時間が惜しいだけなので、他の人たちがいじめたりするのを止めたりはしない)
呪霊となっているときの自我は無い。記憶は朧気にある。
あるループ周回で、呪力量も最低、術式も無く、かといって天与呪縛でもないことがあった。
禪院家は呪術界に限らず名家で名前が知られているため、名家の御曹司ということで誘拐されてしまった。しかし、何の能力も持たないことから、誰も助けに来ず、都合がいいということで、禪院家では行方不明のままとされたことがあった。
「まあ、この俺は猿同然やしな」と思い抵抗もせずにいたら、業を煮やした誘拐犯に、適当な場所に捨てられた。どうにかこうにか生き延びていたら、初回の時系列で覚醒した真希が執念で探しに来て殺された。
このことから、直哉が真希をいじめたからとか、因縁があるからとかが理由では無く、真希は「禪院家」を滅ぼそうとしているのだ、と直哉は理解する。
またある時のループ周回。このときの直哉も呪力をほとんど持たず、術式も発現せず、天与呪縛でもなかった。10歳のころ、甚爾を見かけ、ループ周回であることを思い出す。
とともに、以前のループ周回でも禪院家が言うところの「猿」同然だった時、気付いたきっかけが甚爾を見たことであることに気付く。
恐らく、術式が刻まれていれば、術式を自覚したもきに、そうでなければ甚爾を見かけることが、ループ周回を思い出す起点になっているんだろう、と直哉は推測する。
今回のループ周回の直哉自身のことを、直哉は(ほぼ)猿、雑魚などと称するが、あくまで今回の直哉のことを客観的に評価しているだけなので、直哉本人にとっては自虐ではない。が、それは周囲には伝わらないので強烈な自虐や自己否定だと思われてしまう。
また、直哉本人が元々めちゃくちゃにメンタルが強いとか、バトルジャンキーというわけでは無いため、この異常なまでの自身の客観視は、本当にメンタルが壊れないようにするための、無意識下での防御反応である。しかし、このことに直哉自身は気付いていない。
半ばゲームのような感覚となっており、
「今回の周回、なんや時間の無駄やな……せや、自害したらどないなんやろ」
と自分の命への扱いがだいぶ軽くなった直哉が自害しようとする。10歳のなんの能力も持たない子どもができることなどたかが知れており、お世話役や躯倶留隊に止められて未遂に終わる。
直哉本人は、「はよ周回まわして、SSRガシャ引きたいだけなのに、止められてうざいなあ」みたいな感覚。蘭太に本気で怒られ、甚壱に泣かれても、直哉本人あっけらかんとしているし、何なら「うわ、甚壱くんの泣き顔ブスやなー」ってケラケラ笑っている。「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」という家風のため、気を病んでいると思われており、また自害など起こさぬように半ば幽閉されている。
禪院家にいる限り、自害は無理だな、と直哉は気付く。当主たる父へ高専に行くと申し出る。単純に家を離れることができるし、なんなら「このほぼ猿の能力で任務に着いたら流石に死ぬんとちゃう?」と思っている。
直毘人は、稽古や勉学などは誰よりも精を出して頑張るものの、どこかいつも(この周回では)無気力で死にたがりの直哉が、何かにやる気を出したなら、ということで、当主パワーで東京呪専へねじ込む。
(……あれ、そういえばこの時期、悟君がおるんちゃう?)
1年生へ途中入学し、同級生となる2人へ挨拶する。
(七海とか言うやつ、脱サラして戻ってきた、確か1級の。灰原とかいうやつは知らんなあ)
七海からも灰原からも「禪院」と呼ばれ、顔を顰める直哉。聞けば2人とも非呪術師の家系出身らしい。
「あー、下の名前でええよ。あんまり『禪院』って呼ばれたないねん」
禪院家にいたころは当たり前だが名字で呼ばれることはなかったので、『禪院』と呼ばれて反応できる自信がなかった。
それから、度重なるループ周回で、真希が『禪院』を滅ぼそうとしていること、今の直哉ではあの真希には敵わないこと(認めたくはないが、まあ事実だ)から、せめて『禪院』ではなくいれたら、という悪あがきでもあった。
「分かった。これからよろしく、直哉!」
「よろしくお願いします、直哉さん」
「よろしゅうな、七海君、灰原君」
今のループ周回の直哉は七海や灰原より弱いので、五条は歯牙にもかけなかった。
つい癖で直哉が「悟君」と呼んだとき、「あぁ゛?」と凄まれたので、それ以降「五条さん」と呼んでいる(ちなみに凄んだ五条は隣にいた夏油にゲンコツされていた)
2年生ズも「禪院」と呼ぶので、七海・灰原と同じように説明して下の名前で呼んでもらうようにする。
「あー? 誰だっけこいつ?」
「直哉だよ。……というか君は、御三家のご子息同士、面識があるんじゃないの?」
「あー、前に悟く……五条さんと会うたの、ほんの小さい頃なんで、無理もないです。碌すっぽ外にも出てへんし」
10歳の頃、ループ周回に気付いて自害を試みてから、幽閉されていたので御三家の会合などにも参加していなかった。
「……?」
硝子にいぶかしがられるが、直哉は気付かない。
七海と灰原から、直哉への印象。
体術や座学、帳などの授業に関しては、思いのほか勤勉である。
特に体術は、筋がある(今までの積み重ね、初回の術式との相性、自害のための鍛錬)。
育ちは良いが排他的で、協調性はない。
御三家は免除されているとのことなので、何のために高専に来たのか分からない。
1年ズも2年ズも皆任務に出ていて、誰もいないタイミングがあった。
「もしかして、今、うってつけのタイミングやない?」
自害のタイミングは今では? と思い、最近は鳴りを潜めていた自害をいそいそと早速実行する。
(ダサいと思うてた懐刀が、こんなところで役に立つなんてなあ)
刃が首筋に深めの赤い筋を1つ付け、赤い雫が滴ったところで、運悪く(良く)七海と灰原が帰ってくる。
「ただいま! 直……」
「あ」
「何をやっているんですか、貴方!」
七海の怒号と、灰原のタックルが同時に降って来て、無情にも懐刀が吹っ飛ばされて行った。
「やって、俺、生きててもしゃあないんやもん」
なんで皆して邪魔しはるんやろ、と独り言をあっけらかんと呟く直哉。絶句する七海と灰原。
「あーあ、家ではずぅっと見張りがおったから、死ぬんも無理やなーと思うてここまで来たんに。同級の2人に止められて? 先輩方は特級2人に反転術式。今の俺には無理やんね。勝ち目無いわあ」
ケラケラと笑う直哉。
「『禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず』……だっけ?」
声のしたドアの方向を見ると、いつの間にか帰って来ていた五条がいた。隣には夏油も硝子もいる。
「なんだい、それ」
「禪院家の家訓? みたいな、キッショいやつ」
夏油の疑問に五条が吐き捨てた。
(そういえば、ごっつい術式持っとる割に、傑君も非呪術師家系なんやっけ)
現実逃避に考える直哉。
「ねえ、直哉。家では見張りがーとか言ってたけど、嘘でしょ。いいとこ幽閉じゃない?」
「……幽閉?」
七海が聞き返す。
「うん。外出てないんじゃなくて、出られなかったんでしょ、違う?」
「あー。禪院なら有り得そうだなあ。『当主の息子がまともな呪力も術式もない、なんて外聞が悪い―』とか言ってさ」
「ちょっと悟」
「ええよ、悟君の言う通りやし」
勢いで悟君と呼んでしまったが、お咎めが無かった。首を傾げる直哉。動かないで、と灰原が言う。「硝子さん」
と灰原が眉を下げた。
みんなの会話の間にも、灰原はずっと直哉の傷跡を押さえて止血していた。
「はいはい」と硝子が近寄り、反転術式で治す。
直哉は、
「こんなん大事(だいじ)ないし、放っといたらええのに」
と言い、七海と灰原に怒られた。
「お前、術式あるよ。眠ってるだけ」
と五条が言う。
(この歳で眠ってるだけ? そんなわけあらへんやろ)
と思うが、五条が怖いので何も言わずに居る直哉。
(まあどちらにせよ、ここでは自害は無理やね。監視がきつうなるか、家に送り返されるかのどっちかや)と思ったので、それ以降は大人しくなる。
このループ周回の直哉は力が無いため、介入することなく悲劇はそのまま進んで行く。
五条は史実通り甚爾を殺し「あっち側」へ行ってしまう。
甚爾の最後は、初回の頃からなんとなく小耳に挟んでいたので、ショックはさほど大きく無かった。
死ぬことは知っていたし、五条が殺すことも知っていた。ただ、自分が今回も「あっち側」の近くにいることすら許されない人間だっただけで。
七海と灰原が向かった任務で、灰原が命を落としてしまう。
(ああ、灰原君のこと知らんかったの、こういうことやったんや)
最悪の呪詛師、夏油傑の誕生。
(名前聞いた時から思うとったけど、やっぱりそうなんや)
これから起こるであろう、百鬼夜行で、京都側の人間として駆り出されていたのと、最悪の呪詛師として名前は知れ渡っていたので流石に知っていた。
(あんさんは「あっち側」立てるんと違うの? アホやなあ)
伊地知が入学し、『禪院さん』と呼ばれ、名字はやめろ、というやりとりを久しぶりにした。
久しぶりに、七海と硝子と五条の笑う顔を見た、気がした。
と、思っていたのも束の間、禪院家から呼び出され、途中退学することになった。再び幽閉されていた部屋へ逆戻りだ。
どうやら自害を試みたことは、禪院家に伝わっていたらしい。
色々あって呼び戻すタイミングを逸しており、それが今日だったということだ。
10年ほど経ったある日、急に五条がやってくる。
「直哉くん借りまーす。っつか、貰いまーす」
とずけずけと上がって幽閉されていた部屋へやってくる。
禪院家に対する五条家からの、こんな狼藉が許されてたまるか、と言う反応も禪院家からあったが、厄介払いできるから、とのことで思いのほかすんなり外に出ることができた。
「五条の坊主が勝手にやった」「五条家当主の狼藉の証」となるなら好都合らしい。
今の猿同然の自分が、五条にスカウト(誘拐)されるとは思っておらず、びっくりする直哉。
「まだ出てないんだ? おっそいね」
「は?」
「術式」
(こいつまだ言うてんのか)と憧れの人ながら思う。
直哉を呼び戻したのは、補助監督兼特別講師みたいな立ち位置で動いて欲しいから、らしい。
帳くらいなら降ろせるし、座学や体術くらいなら教えられるとは思う、が。
「高専も卒業しとらん、教員免許やってもちろんない。そんな人間が講師なんてしてええん?」
「七海だって持ってないよ、教員免許」
「七海君は高専卒業しとるやん。……ってか、七海君おるんやね」
「数年前に脱サラして戻ってきたんだよね」
「伊地知、覚えてる? 1個下の」
補助監督室で五条に紹介された。伊地知は眼鏡の奥でこれでもかと目を開き、口をぽかんと開けた。
「直哉、さん……?」
どいつもこいつも『禪院』と呼ぶな、と言ったこと律儀に覚えとるんや、と思って笑った瞬間、伊地知の目からぶわわっと音が出そうなくらいの涙が溢れ出てきた。
「ええ……そんな泣くような思い出ないやろ。1ヵ月か2ヶ月か、そんなもんやない?」
「さ、3ヵ月です」
「おん、さよか」
泣いている伊地知にドン引きする直哉。
「伊地知君、元々ブスなんに余計ブスなんで?」
と軽口を叩いたのに、
「直哉さんだ……!」みたいな反応をされて余計にドン引きする。
五条はそれを見てニヤニヤと笑っている。
「おや、ここにいたんですね」
「七海君」
「お久しぶりです、直哉さん」
七海はここに直哉がいることに驚いていないところを見ると、五条から事前に話がいっていたようだ。
ただし、あからさまにほっとしたような笑みを浮かべてこちらを見る七海に、直哉はゲッという顔を隠しもしなかった。
「……何ですか、その顔は」
「やって、伊地知君も七海君も、揃いも揃って反応がキッショいから」
はあ、とため息をつき、七海がサングラスを押し上げた。
「約10年ぶりの再会ですよ。心配だの安心だのくらい、させてください」
「キッ……」
どうにか頭文字だけ留めた直哉の悲鳴に、とうとう五条が笑い声を上げた。
「ただい……え、何この地獄絵図」
任務を終えた猪野と新田が、補助監督室を訪れた。
大泣きしている伊地知、爆笑している五条と呆れたように睨む七海、ドン引きしている知らん人。猪野と新田から見た補助監督室の現状だ。
「ああ、おかえりー」
「おかえりなさい。猪野君。新田さん」
笑い過ぎて涙を拭きながら(目隠しの上から? とは思ったが)五条が挨拶をする。
七海も2人の姿を見て、挨拶を返した。
「この方は?」
猪野が直哉を手のひらで示した。
ああ、と五条が言い、七海の肩を組む。
「こちら、脱サラ呪術師の七海建人君でーす」
「いや存じてるッス」
新田が即座に突っ込む。七海が五条の腕の中で眉を顰めた。
次いで、右腕で直哉の肩を組む。
「そしてこちらが、脱獄呪術師の直哉君でーす」
「だっ……」
猪野が絶句した。得意げな顔の五条を見て、それが言いたかっただけですか、と独り言を呟く七海。
直哉が五条の手をパッと軽く払うと、五条は大人しく手をどけた。
そして、今度は直哉が五条の肩を組む。
「え?」
「こちらが『誘拐犯』の五条悟君ですぅ。なんや急に誘拐されて出てきたさかい、なーんも分からんし、術式も無いから呪術師でもあらへんけど、よろしゅう」
七海が顔を背けて噴き出した。肩を震わせて笑っている。
「ちょっ、人聞きが悪いよ!」
「事実を言うただけやわ。どないすんの? 五条家当主があないに白昼堂々禪院家の敷居またいで。言い訳できひんで」御前試合の再来とかいややで、俺、と吐き捨てる。
「禪院? 御前試合?」
猪野は混乱したように繰り返した。
「ご、五条さん、いったい何したんですか?」
泣きやんだ伊地知が今度は真っ青な顔で問う。
「え? 禪院家行ってー無断で押し入ってー、幽閉されている部屋からコイツを連れて帰ってきた」
「改めて。禪院家当主直毘人の息子、禪院直哉言います。どうぞ、よろしゅう」
伊地知、猪野、新田の喉から、三者三様の声にならない声が鳴った。七海が大きくため息をついた。
猪野、新田が去った後。
「まあ、『御前試合』は冗談やけど」
直哉が言うと、冗談でなくては困ります、と七海が続けた。
「禪院家にとって、俺の価値なんかこれっぽちもあらへん。五条悟に殺されようが、その辺で野垂れ死のうが知ったこっちゃないやろ」
誰が殺すかよ、と五条が嫌そうな顔をする。
「ただ1つ、利用価値があるとすれば、現当主直毘人の息子って点やね。……まあ大勢いるうちの1人やし、本当になんとも、人間やとも思うてへんから、そこまで頭が回る奴がおらへんかもね」
「うーん」
五条が顎に手を当てて唸った。
「直哉が生きているのは僕のおかげだし、幽閉されていたのは僕のせいかも」
「は?」
「いやあ、言っちゃったんだよね。直毘人に。『アイツ術式持ってるよ』って」
相伝の、とは言わなかったと思うんだけど。一縷の望みにかけてんのかね、とやれやれといったポーズで大仰に手を広げ、五条が言う。
「え、なん……おお嘘つきやん」
「嘘じゃないんだってば!」
「ずっと言ってますよね。それこそ10年前から」
七海が続ける。
「まあ、でもそうか。俺なんて躯倶留隊が関の山、己で死ぬんなら勝手に死んだらええのに、懇切丁寧に阻止されて、とうとうここまで生き長らえてしまったんは、そういうことなんやろね」
「素直に了承しかねる言葉ばかり並んでいますが……まあそうなのでしょう」
「……ということは、五条さんが大事な禪院家の息子さんを誘拐してきた、って構図は残ったままなのでは?」
あ、という顔をする3人。
「伊地知ぃ」
「伊地知君は悪くないですよ」
「伊地知君は悪うないで」
「つか、良かったのかよ」
「なん?」
「禪院家だ、って紹介。猪野と新田にしてただろ」
「ん? ……え、悟君、もしかして、気ぃ遣ってはる?」
「おい、お前ら僕を何だと思ってんの」
五条の声に七海と伊地知を見ると、「気遣えたんだ」とありありと顔に書いてあった。
別に何も、と七海がしれっと答える。
「あれだよ、うちの2年にもいるから。『禪院』っていうとキレる奴が」
「ああ……。そういえばここにおるんやったね、真希ちゃん」
まずは1年ズに会うことになる。
1年ズがじゃれ合いをしているところに、五条が直哉と七海を連れていく。
「かわいいかわいい1年ズー、ちょっと集合ー」
変な呼び方で五条が呼ぶと、嬉しそうに返事をしてかけてくる虎杖と、だるそうにやってくる釘崎、伏黒。
「何ー? 五条先生! あれ、ナナミンもいる!」
「下らないことだったら承知しないわよ! 七海さん、おはよう!」
「おはようございます、七海さん」
「ねえ、野薔薇と恵ひどくない!?」
1年ズ3人がかけてきて、七海の後ろにいる直哉に気づいた。この人は? という顔を五条と七海に向ける。
七海が直哉を見ると、下を向いて震えていた。
「直哉さん?」
「……な、七海君。ナナミンって呼ばれてるん?」
気遣ってのぞき込もうとした瞬間、震える笑い声で言われて七海は動きを止めた。
デコピンでもくれてやろうかと思った瞬間、虎杖が口を開いた。
「ナオヤ、さん? って言うの? じゃあナオヤンだ!」
「お前、どんな人なのかも知らないのに勇者過ぎるだろ」
「馬鹿?」
「ちょお誰? この子の飼い主! 悟君? そこで息できへんくらいわろてるナナミン君? ちゃんとしつけといてくれへん?」
「まあまあ、紹介するよ。向かって右から、1年の伏黒恵。虎杖悠二。釘崎野薔薇。んで、こっちが、脱獄」
「もうええて。どうも、禪院直哉言います。七海君とは……あー、」
「同級生です、高専時代の」
「……って、言ってええんやろか」
「何か問題でも?」
「まあ、そういうわけで。さ……五条、先生? のお手伝いみたな立ち位置らしいから、どうぞよろしゅう」
「よろしく、ナオヤン!」
「直哉さん、でいいわよね? よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、直哉さん」
目を瞬かせる直哉。
「なんや、真希ちゃんのしつけ、えらい行き届いとるなあ」
「驚くところ、そこ?」
「ん? ……ああ、『宿儺の器』とか?」
(甚爾君の息子、とか)
初めのころのループ周回でこそ、伏黒恵をこの目で見て、色々な思いがこみ上げたものだったが、それも何度かのループで慣れてきてしまった。
伏黒恵に会うときはいつも、甚爾はこの世にいないのだ。
宿儺の器、と口に出した瞬間、1年3人の、とりわけ伏黒と釘崎の纏う空気がピリつくものに変わった。
随分と同級生に愛されているようだ。
「で? 怖がって欲しいん?」
「えっ」
虎杖が目を丸くした。
「そりゃ知っとるよ? 虎杖君、有名人やし。悟君が匿っとるのも知っとる。……あ」
「ん?」
「待って、あと誰やったっけ、乙骨君? もしかして俺、その枠? うわあ、嫌やあ」
「直哉は別に秘匿死刑になってないだろ。勝手に死のうとしただけで」
話に付いていけない1年ズが顔を見合わせる。
「なんか、ナオヤン変な人だね」
「君に言われたないわあ、けったいな呼び方しよって」
「死のうとした、って何?」
「そんままの意味やで。見る?」
黒のタートルネックで隠した首元をおろそうとして、七海に止められた。
「この人の悪癖です。……いいですよ、見せなくて。教育に悪い」
「冗談や冗談! ……ちゅうわけで、虎杖君に恵君、野薔薇ちゃんね」
「えっ、何で俺だけ名字なの!」
「野薔薇ちゃんキモ」
「うっさいなあ! 虎杖君、恵君、釘崎ちゃんやね、はいもう決定!」
「まあ、野薔薇ちゃんよりマシか、許す」
「ねえ、何で名字なの!」
「ああ、もううっさいうっさい! 少しは恵君を見習え!」
「え、何か秒で懐いてない?」
補助監督業。
窓とのやり取り、事務作業、報告書作成諸々……。
「なあ、伊地知君。俺がこんなんやると思う?」
「さあ、3ヶ月しかご一緒できなかったので、存じ上げませんね」
「……ほお、言うやん。あんな大泣きしはったくせに」
「お疲れ様です。報告書を上げに来ました」
「七海さん、お疲れ様です!」
「どうですか? 補助監督業は」
「どうもこうもあらへん。なんで俺がこんなことせなあかんねん」
「おや、できるでしょう。貴方なら」
「煽てても無駄やで」
「煽てているわけではなく。得意かどうかは知りませんが、『できる』でしょう、つつがなく。……まあ、対人の折衝は、伊地知君に任せた方が良いかもしれませんが」
「あん? その高いんだか低いんだかよう分からん評価はなんやねん」
「……暴力団関係者に紛れている窓への交渉は、彼が適任かもしれませんね」
伊地知に言う七海。苦笑いする伊地知。
「随分とお喋りやんか、七海君」
「私はもとより寡黙ではありませんよ」
「分からんお人やなあ」
「すみません、京都弁の機微はちょっと。デンマーク語なら分かるのですが」
「分かっとるやないか。……で、何? 『できる』って」
「学生時代、あなたの報告書を読んだことがあります。綺麗で読みやすい字、端的にまとまった内容。補助監督をやる上で申し分ないかと」
「煽てても無駄やって言うとるやろ」
何や字て。平安か。今時手書きなわけあらへんやろ。とブツブツ言う直哉。
まあまあ、とお茶を出してくれる伊地知。
いただきます、と七海が受け取り、直哉も無言で受け取った。茶碗を持ちながら、紙束を伊地知に突き出す。
「ん」
「え?」
「ここに置いたったら濡れてまうやろ」
突き出された書類をパラパラとめくる伊地知。頼んだ仕事が全部できている。
「えっ、やってくれたんですか?」
「はぁ? 伊地知君がやれ言うたんやろ? そんなんならもうやらへんよ」
「嘘嘘、嘘です! ありがとうございます!」
バタバタと片付けに行く伊地知背中に、「お菓子を買って来ました。それを置いたら休憩にしましょう」と声を掛け、ふっと微笑む七海。
補助監督業として、やくざの窓と相対した伊地知。
(人目のあるところ、と思って指定したけど失敗だったかなあ)
カフェを指定したけれど、相手がナイフや銃をちらつかせて来た。似つかわしくないカフェミュージックと、楽しそうなお喋りが耳に入って来て、内心ため息をつく伊地知。
これでも高専卒。自分1人ならどうにかなるとは思うが、他の一般人を巻き込むわけにはいかないし、仮に一般人を守れたとしても事件にしてしまってはいけない。
(これなら相手の事務所に行った方が良かったかもしれない。……仕方がない、相手の言い分を呑むしかないか)
何を譲歩し、どう穏便に切り抜けようか、と思案していると、ふっと隣に影が差した。
「腹減ったー。伊地知君、これ経費で落ちんの?」
「な、直哉さん?」
「あん? 誰だてめぇ」
こちらを無視し、伊地知と会話する直哉にキレるやくざの窓。
こんなことで威嚇してくるということは、しょうもない小物やな、と思う直哉。
「君らこそなんなの。名乗るのはまず目下からやで。マナー知らん?」
「ああ?」
(さようなら、穏便)
「てめえ、いい加減にしねえと」
「それはこっちの台詞や。ええよ? 別に。チャカでもドスでも、そのだっさい得物、振り回せばええやん。できんのやったらな」
机の下で得物を取り出す気配と音がした。伊地知は身構えたが、直哉はふんぞり返ったままだ。
「打てるもんなら打ってみい。刺せるもんなら刺してみい。ああ、呪力はちゃあんと込めるんよ? じゃなきゃ……”化けて”出てまうさかい」
化けて出るという直哉の言葉に、やくざがピクリと反応した。当たり前と言えば当たり前だ。呪霊被害を解決して欲しくて、この場を設けているのだから。
「安心しい、俺が化けて出ても、こっちにはぎょうさん呪術師がおる。いつか誰かが祓ってくれるやろ。それがいつになるかは、……君ら次第やなあ。頭と体がくっついてる間やとええな? 君らは痛いんも死ぬんも1回。俺は人間と呪霊で、2回? ははっ、半分やね。ならええかあ、なあ?」
「お話、しようや?」
と凄む直哉を前に、当初のこちら側の要求を、やくざ側がほぼ呑む形で打ち合わせは終了した。
高専に帰った後、伊地知は訥々と直哉を説教する。
「あれじゃどっちがやくざか分かりませんよ」
「あん? こぉんなに育ちの良い男を捕まえて何言うてんの? 禪院家当主の息子やで?」
「育ちの良い人は足をテーブルに乗っけたりしませんよ」
「ぐちぐちぐちぐちうっさいなあ。丸ぅく収まったんやからええやん」
「あれが丸に見えるんですか? 直哉さん、目が悪いんですね」
「あぁ?」
任務を終えた猪野が、補助監督室の扉を開けた。
「ここ最近、ずっとタイミング悪いかも、俺」
「猪野君。お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「はい、全然大したことなかったんで、大丈夫っす! ……珍しいですね、伊地知さんが怒ってるの。なんかあったんスか?」
「なぁんもあらへんよ! 伊地知君にカフェでばったり会うたから、経費で落としたろ思うたら怒ってん」
「それを怒っているわけがないでしょう! 分かっていて仰っていますよね?」
「おお怖」
大仰な仕草で直哉が自身を抱きしめ腕をさすった。伊地知は大きなため息をつき、猪野に向き直した。
「……○×組の窓から、接触があったんです。一般人が多くいるところで、ナイフや銃をちらつかせて。まあ端的に言うと脅されたのですが」
「えっ、大丈夫だったんすか!?」
「それ自体は大したことなかったのですが。偶然通り掛かった直哉さんが、啖呵を切りまして」
「……はい?」
「啖呵やない。ちょぉっとお喋りしただけやんか」
「『やれるもんならやってみろ。やるなら呪力を込めろ、でなければ呪霊として化けて出てやる。お前らの出方次第で、お前たちの死は人間の1回、俺は人間と呪霊の2回だ』という趣旨のことを言い出しまして」
「は、はあ? 直哉さん、呪力で防ぐとかできましたっけ?」
「でけへんよ。俺、呪力ほとんどあらへんもん」
「いや、それって」
「ええ。相手方の頭に血が上って、ナイフでも銃でも振り回していたら、直哉さんの啖呵の通りになっていましたね」
「あちらさん、見るからにそんなタマやなかったで?」
「どうなるかなんて分からないでしょう!」
「なってないんやからええやん」
「ご自身の命を大切にしてください、と言っているんです!」
「なあ、伊地知君。誰に向かって指図しとるん? 俺は、『禪院』やで。……これで話は終いや
猪野君、ほなまた、と軽く手を振って、本当に何でもないように出ていく直哉。
はあ、と力なくため息をつく伊地知。
「……すみません、猪野君。大変お見苦しいところを」
「や、全然。気にしないでください、ほんとに。……昔からああなんですか?」
「正直、私は良く知らないんです。彼と先輩後輩として過ごせたのは、3ヵ月ほどだったので」
「あれ? 七海さんと同級生なんじゃ」
「本当に急でした。禪院家の使者を名乗るものが来て、そのまま。……次に会ったのは、猪野君が彼と初めて会った日です」
「あ、あれそうだったんすか!?」
「ええ。七海さんから色々聞いてはいましたけど、ここまでとは……」
猪野と伏黒の任務に、補助監督として着いていくことになる直哉。
面倒くさいなあ、と思うのと同時に、このレベルの呪霊にこの盤石な布陣、恐らく直哉自身の身を案じられているのだろう、とも推測でき、イラつきもした。
「君らならなぁんの心配もあらへんやろ。俺いらんのちゃう?」
何のやる気も無さそうな直哉に、顔を顰める伏黒と猪野。
「帳は頼みますよ」
「へいへい、伊地知君ほどや無いから、期待せんといてな」
と言いながら、つつがなく帳を降ろしていく。
だる、と思いながら待っている直哉。後ろから急に襲撃される。
「動くな」
首を絞められ、冷たいものが当てられた。
直哉自身が幾度となく肌に当てたものだったので、それがナイフだとすぐに分かった。
直哉はゆるゆると手を上げる。
「俺をネタに揺すっても、禪院家からはびた一文降りひんで」
低い声、鍛え上げられた肉体、直哉よりは低いが高い身長。背後にいる敵を振り返らずに分析する。
(やけど、女やな)
「何が目的なん?」
「帳を上げろ。でなければ殺す」
(殺せばええやん、あほくさ)
「なんやったっけ、こん山の、土着信仰? とも言えへん雑魚呪霊。もしかして君、それの信者?」
「神聖な山に入るな、部外者が」
「会話してくれる? 知能無いん? 神聖な山ねえ。なら、君が下りた方がええんとちゃう? 女なんやし」
首を絞める力が増し、刃が食い込む前に、捻り上げて抜け出した。
さすがに直哉も構えて相対する。ようやく襲撃者の顔を見て、やはり女であることを確認した。
「山の神さんって女嫌いやなかったっけ? 神聖な山とやらに穢れ持ち込んだらあかんで」
「あのお方は違う!」
「あのお方ぁ? どないな風に見えてんねん、目も耳も頭も悪いんか? 言うたやろ、神なんて口が裂けても言えへん、雑魚呪霊やって。こないなんに2級呪術師が来るなんて、贅沢やで? 俺でも祓えそうやわ」
そう言ってから、いや、さすがに無理か。と独り言のように言った。
「…るさい、うるさいうるさい!!!!!」
叫んで、めちゃくちゃに突っ込んでくる敵。わざと腕で刃を受け、捕らえる。
「ヒステリックな女は嫌われんで?」
直哉自身の方へ引いたと同時に膝蹴りをくらわす。ぐっ、と唸って敵は後ろに飛びずさり、距離を取った。
「弁えや。3歩後ろを歩かれへん女は、背中を刺されて死んだらええ」
瞬時に距離を詰め、手に持ったナイフを蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたナイフを思わず目で追う敵。
「あかんやん、よそ見したら。先生に教わらなかったん?」
思い切りグーで頬を殴り、敵を吹き飛ばした。見下ろすと意識があり、にやりと笑いながら直哉の傷跡を見る。直哉は思い切り背中を踏み抜いた。今度こそ意識を飛ばす敵。
「……あー、毒やったんや、これ」
ナイフをつまむように拾い上げる。直哉の血以外に何かが塗られているのが見えた。
ナイフを放り投げると、はあ、とため息をつき、頭をがしがしと掻く。
忍ばせていた自身のナイフを手に取り、何のためらいもなく腕の傷跡にナイフを突き刺した。
何の問題も無く、呪霊を祓い終え、帰ってくる猪野と伏黒。
直哉の足の下で伸びている敵を見て、それから直哉自身を見て、2人は瞠目した。
「(大あくび)終わった?」
「な、だ、大丈夫っすか!?」
「大したことあらへん雑魚やったわ。こういうのどないしたらええんやろ。伊地知君に聞いとくんやったな」
「直哉さん、腕」
「ん? ああ、心配あらへんよ。毒やってん」
と自分で手に持ったナイフをひらひらと振る直哉。伏黒が敵を見ると、確かに切傷は無い。毒を出すために、自分で切った、ということらしい。
「せやけど、失敗したなあ。君ら包帯とか持ってへん? こんままやと車ん中汚してまうし」
と直哉が言うので、そこじゃないだろと思う猪野と伏黒。
「持ってないっすねえ」
「せやろなあ。クリーニングとかで落ちるんやろか」
そうじゃないだろ、が口をついて出そうになったところで、敵が直哉の足の下で呻いた。
「誰が喋ってええって言うた?」
再度踏み抜いて失神させる直哉。
「……猪野さん、伊地知さんに連絡しますね」
「おう、よろしく頼むわ」
伊地知さんと七海さんが頭抱えてたやつ、これかあ、と改めて思う猪野。
伊地知は、携帯に「伏黒恵」の文字が表示されて、驚いた。
あの現場は猪野と伏黒だったらなんの憂いも無いレベルだったはず。
もしや、見誤ったか? と慌てて出る。
「どうしました? 伏黒君」
「伊地知さん。迎えと応急処置キットをお願いできますか?」
瞬時に補助監督と待機呪術師リストに目を通す伊地知。
「伏黒君。貴方は今安全なところにいますか?」
「はい。呪霊は祓いました。俺と猪野さんは無傷です」
「……ん?」
じゃあなぜ電話が来たのだろう、と伊地知の動きが止まる。
「直哉さんが負傷しました。俺たちの任務中に襲撃されたようです。襲撃者自体は直哉さんがぶちのめして捕獲したんですが、その」
「怪我を?」
「はい。毒を受けたとかで。多分、敵から受けた傷は大したことないんですけど。直哉さんが自分で付けただろう傷が結構深手で」
「は?」
「そのまま帰ろうとしているので、俺と猪野さんで止めてます」
「今すぐ向かいます少々お待ちいただけますか?」
「すみません、よろしくお願いします」
伊地知が電話を切って顔を上げると、七海と目が合った。
たまたま居合わせたのだが、緊急事態かと思い、聞き耳を立てていたのだ。
「……私も行きます」
「お願いします」
伊地知が七海を伴ってやってくる。
「伊地知さん、七海さん、お疲れ様です」
「七海さん!? あー、すみませんわざわざ」
七海が来ると思っておらず、驚く猪野。
「謝る必要はありません。猪野君は悪くありませんから」
まるで椅子かのように敵の上に腰を下ろした直哉が、伊地知と七海を見た。
「1級呪術師殿が来るような案件ちゃうやろ」
別に伊地知君だけで良かったのに、と言いながら立ち上がり、足で敵を踏みつけた。
「手が空いていたから来ただけです。それに、伊地知君だけだったらそっちは誰が運転するんですか」
「包帯さえ巻いたら行けるんとちゃう?」
「猪野君と伏黒君を危険に晒すつもりですか。ただでさえ運転荒いのに」
はあ、とため息をつき、直哉をどかした。すっかり伸びている敵を縛り上げる七海。
伊地知が無遠慮に直哉の腕を引っ張った。
「痛った! ちょお、優しくしてえやあ、怪我人やで?」
「ご自身で付けたとお聞きしましたけど」
「しゃあないやん。毒食らってんねんもん」
「こんなに深く刺す必要ないでしょう。そもそも避けられたのでは?」
テキパキと包帯を巻いていく伊地知。
「買い被り過ぎやで。捕まえんのに都合が良かっただけや」
「やっぱりわざとじゃないですか!」
「いったあ!!!!」
消毒をぐりっと押し付ける伊地知。痛がる直哉。
伊地知の車に襲撃者を載せ、元々乗ってきた車を七海が運転し、直哉と伏黒と猪野も乗ることに。
直哉は伊地知の車に乗ろうとしたが、伊地知が結界術で縛り上げていくため、大丈夫だと言う。
直哉が助手席に乗り、猪野と伏黒は後部座席に乗った。
直哉がぶすくれており、猪野と伏黒は気まずいな、と思う。
「1級呪術師殿を運転手としてこき使えるなんて光栄やわ」
恐縮した猪野と伏黒の空気を感じ取り、七海が続けた。
「その言い方やめてください。彼らが気にする」
「硬いこと言いなや、つまんな」
「そもそも貴方がヘマをしなければ、私はここにいないんですよ」
「ああ? 誰が何やって?」
「態度だけは特級の貴方が、毒を塗られた刃を腕で受ける判断をしたことと、必要以上に深く傷を開いたことです。ヘマでなければなんだと言うんですか」
「あんま調子乗んなや。……まあ、ヘマはヘマやけど」
え、と言う顔を猪野と伏黒がしたのを、ルームミラー越しに見た。
「なんや、言いたいことあんなら言うてみい」
「いや、なんでもございません」
「……ヘマだって、認めるんですね」
「伏黒!?」
「あー……たまにあるんよ。なんや、呪力があること前提の教育やったからなんかな。俺には無いんやから、ヘマはヘマや。ムカつくけど」
教育、という言い方はしたが、直哉の場合は今までのループ周回の影響が大きかった。
どうしても呪力があり、生得術式がある前提で身体が動いてしまうことがある。
「ああ、なるほど、そういう……」
伏黒が1人納得した。猪野が伏黒の顔を見て「?」という顔をした。
「たまに直哉さんや七海さんと体術の実技を行うことがあるんですが」
「七海さんと!? いいなあ!」
「直哉さんの体術、違和感があることがあって。そうか、そういうことだったんですね」
呪力を前提としているのに、呪力が無い。そのせいで想定した動作が来ないことがあり、違和感に繋がっていたのだ、と理解した伏黒。
「はっ、さすが2級呪術師殿。生意気言わはるわ」
「あ、いえ、そんなつもりは」
七海が運転しながら横目で直哉を見た。左手を直哉のおでこ辺りに伸ばす。途中でバシッと音がするほど強く、直哉が弾いた。
「キッショいことすんなって何遍言ったら分かんねん、脳みそついてないんかカス」
「テメェ……」
七海に対して手が出たことと、強い物言いに、猪野が諫めようとするが、七海が片手で制した。
「自覚あるんじゃないですか。まだ悪態をつく元気はありそうですね。いつからですか?」
「うっさいわタコ。知らんわ」
「それ、どっちです? 毒と傷」
「さあ、知らん。傷なんやないの?」
毒やったらほんまにアホやん、俺、と言い、直哉が目を閉じた。
「具合悪いんスか? 直哉さん」
怒りを収めて、七海に問いかける猪野。
「発熱しているようですね。学生の頃も似たようなことがあったので、そういう体質なのでしょう」
言わんでええ、とだるそうに手をシッシと振る直哉。
体質というか、普通の人間は深手を追ったらただじゃすまないだけなのだが、反論をするのもだるく再度目を閉じた。
「先、高専帰って硝子さんのとこ行きますか?」
「はい、できれば。伏黒君もそれでいいですか? 少し遅くなってしまい申し訳ありませんが」
「はい、大丈夫です、もちろん」
目を瞑っていた直哉がバッと勢いを付けて起き上がった。
「いったぁ……」
腕を抑え、頭を下げる。熱があるため、頭痛もあるらしい。
「急に動くからでしょう。何ですか?」
「や、待って、硝子ちゃんおるん?」
「五条先生から聞いてないですか?」
「聞い……てはおったんやけど、会うてないねん、まだ」
「まあ、硝子さん忙しいっスからね」
「え、嫌やあ、俺。今度にせえへん?」
「やっぱり”ほんまにアホ”なんじゃないですか? 貴方の怪我を治しに行くんです」
「やっぱりって何や。……はあ、気が重いわ」
身体も重くなってきた気ぃするわ、直哉はとシートに沈んだ。
怪我をしていない方の腕で目元を覆う。
「そっちは気のせいじゃありませんよ。発熱しているんだから」
「ああもううっさいな。怪我人病人を一睡もさせんと話しかけんのがデンマーク式のお気遣いなん? 申し訳ないけどここは日本やで」
「勝手にベラベラと喋っているのは貴方でしょう。静かにしてください、気が散ります」
チッと盛大に舌打ちして、直哉は黙った。
しばらく静寂が車の中を支配する。静かな寝息が聞こえてきて、七海は助手席を横目で見た。
「……寝ましたね。うるさかったでしょう。疲れたでしょうから2人も寝てて構いませんよ」
「いや! 七海さんに運転させて寝るわけには!」
「と、猪野君が言うと、伏黒君が寝れませんよ」
「俺も別に、眠くないので」
「あの……七海さんと伊地知さんが頭を抱える理由、ちょっと分かりました」
猪野が言うと、七海がため息をついた。
「伊地知君に連絡してくれて、ありがとうございます。猪野君、伏黒君」
「……さん、直哉さん」
「ん……」
七海に起こされ、着いたんか、と直哉は大きな伸びをした。
幾分かふらつく頭と体を無理やり起こし、車から降りると、すでに硝子がいた。
ゲッという顔をする直哉。
「久しぶりぃー、直哉。随分とご挨拶な顔だけど」
「お久ぶりですー、硝子ちゃん。ほなちゃちゃっとパパッと治してくれへん?」
「それが治してもらう態度?」
「ほな、ええです」
「はあ……何で自ら傷つける奴をわざわざ治療しなくちゃいけないのかね」
といいながら、硝子は手招きをする。
直哉が近づくと、包帯の上から遠慮なく力の限り腕を掴んだ。
「痛っっっ……!!!! 硝子ちゃん、力強いて!!!! 傷口広がる!!!!」
「どうせ後で私が治すんだからいいんだよ」
「家入さん。すみませんがよろしくお願いします」
伊地知は襲撃者をしかるべきところに連れていく。”まず”は警察だろう。
「私は彼らを送ってきます。……ああ、その人熱出てるので、よろしくお願いします」
「言わんでええ言うとるやろ」
「直哉、帰れると思うなよ」
「それが医者の発言か!?」
伊地知と七海が帰ってくる。
「お帰りー、七海」
「お帰りなさい」
「ただいま。伊地知君も帰っていましたか」
「腕は治したよ。熱はどうにかするほどでもないから、点滴して今は寝てる」
「今日は入院ですかね?」
「だね。まあ長くても2~3日でしょ」
こんなことに貴重な病床割いてらんないから、と硝子が言い、伊地知が苦笑した。
「明日になったら本人が勝手に出て行くと思いますが」
「いいんじゃない? そんだけ元気なら」
「元気じゃなくても出て行くから言っているんですよ」
やれやれ、という感じで七海がサングラスを押し上げる。
「……それ、七海が言う?」
「少し、その、ブーメランのような」
硝子と伊地知に言われ、サングラスを押し上げる手が止まる七海。
「アンタらの代はしょうもないねー。……まあ、アンタらだけじゃないか」
硝子のぼやきに何も言えなくなる七海と伊地知。
真希ちゃんに殴られ、その母親に刺される。
呪霊となって彷徨い、屠られる。
またある時は、誘拐犯に暴行され、放逐された場所で真希ちゃんが現れて。
またある時は、懲罰部屋で。
またある時は、事故に見せかけて訓練中に。
またある時は……。
ループ周回の死の瞬間をぐるぐると夢で見せられて、うなされて起きる直哉。
はっ、はっと短く息をし、呼吸を整えているところに、他人の呪力を感じ、身構えた。
「あ、起きた」
点滴を変えようとしている硝子で、ほっと息を吐く。なんや、硝子ちゃんか、と言おうとして、喉が張り付き咳が出ただけだった。
「水?」
あったかなーと備え付けの冷蔵庫を漁り出す硝子。あ、酒しかねーとカラカラと笑う。点滴してるから大丈夫だよ、とあっけらかんと笑われるが、喉を抑えながら睨みつけると、これでいっか、と適当なコップに水道水を注いで渡された。
飲み干して、やっと張り付いた喉が剥がれる感覚がある。
「……こないな時、普通起こすんちゃう?」
「第一声がそれ?」
水あげなきゃ良かったな、と言いながら硝子は空のコップを受け取った。
「で、何見てたの?」
「さあ、忘れてしもたわ」
硝子がおでこを触ろうとするので、避ける。
「体温測りたいんだけど」
夜だし上がってるでしょ、と硝子が言う。
「体温計でも何でも寄越せばええやろ。なんで揃いも揃ってデコで測ろうとすんねん」
「揃いも?」
「七海君」
「ウケる。ガキじゃん、直哉」
硝子が「見たかったなー」と言って笑った。体温計を投げて寄こす。
音が鳴った体温計を見ずに硝子に渡した。
「……39.8℃。よくそんな元気でいられんね」
マジでガキ? と硝子が言うので返事もせず起こしていた上体を倒した直哉。
「学生のときもあったね。熱出して魘されるとこまで一緒」
「……ここはデンマークやないで」
「デンマーク? 七海がどうかしたの」
「病人を静かに寝させろって意味や」
「意味分かんねー」
硝子の気配が少し遠くなった。カチャカチャと背後で音がする。何か他の作業をしているらしい。
一旦出ていって、しばらくして戻って来た硝子が椅子に座った気配がした。
「アンタ、私のこと嫌いでしょ?」
「休ませてくれるんやなかったん?」
「どーせ寝れないでしょ」
ほら、と言うので渋々状態を起こすと、香ばしい香りが広がった。コーヒーだ。硝子も同じようにマグカップを持っている。
「コーヒーなんか飲んでええの、夜やで」
「ガキじゃん」
アンタのはノンカフェインだよ、安心しなと硝子が言う。
断る理由もないので、受け取る。
マグカップの温かさにホッとした。ということは、まだ熱が上がるな、と顔を顰めた。
「嫌い?」
「ガキ扱いやめえや。いくつや思うとんねん」
硝子ちゃんの1個下やで、忘れた? と悪態をついて、直哉はコーヒーを一口飲んだ。
「コーヒーじゃなくて、私」
硝子も同じようにコーヒーを飲んだ。
騙されてくれなかったか、と直哉は思う。
「……女に施し受けんの、ダルいやんか」
「男尊女卑ヤバ」
そういえば禪院だったね、アンタと硝子は笑った。
「あと、もったいない」
こちらも直哉の本心だった。
どうせ死ねば巡る身だ。怪我をしたことも、熱を出したことも、死んだことも。
全部なかったことになるのだ。
死にたいわけではない。怪我が痛くないわけでも。熱が辛くないわけでも。
ただ、自分ごととして捉えることが難しくなっていた。
ループを抜けたいのか? 抜けたいということは、本当の意味で死にたいという意味か?
天寿を全うしたら、ループを抜けるという確証もないのに?
じゃあ「あっち側」に行けずに今ここで抜けたら満足なのか?
「あっち側」に行くまで、ループを続けたいのか?
……答えは出ていない。
突如、ヒヤリとしたものがおでこに当たった。思わず身震いする。
「うーん、まだ上がりそうだね」
「……話聞いてへんかった?」
「え? 聞いてた聞いてた。直哉が男尊女卑カス野郎だから私のこと嫌いって話でしょ?」
「そう理解した上でようデコ触ろう思うたな」
「私が嫌なら替わる?」
「誰に」
「七海か伊地知」
別に重病人でもないから私じゃなくても良いし。呼べばすぐ来るよ、とスマホを手に取る硝子。
「呼ばんでええ」
「じゃあ、伏黒か猪野?」
伏黒は学生だし、猪野にすっかー、とスマホを耳に当てようとする硝子を慌てて制した。
「は? 何その2人、来るわけ無いやろ」
「来るよ。責任感じてるんじゃない?」
帳が一切ぶれなかった。
帳を張るのにも神経を遣うだろう、自分たちのためにそちらに神経を使ったために、判断を誤ったんじゃないか、そういう思考回路らしい。
直哉は頭を抱えた。
「そんなこと一言も言うてへんで」
「言うてへんくても、そう受け取ったんでしょ」
本当にそう受け取ったんだろうことは、2〜3日の入院なのに猪野と伏黒が訪れたことで分かった。
伏黒は虎杖と釘崎も連れて来たのでだいぶうるさかったが。
- 伏黒には警戒される。「そんな警戒せんでも、取って食うたりせんよ? まあでも、次期当主は君かもしれへんね、恵くん?」めちゃくちゃ警戒される
- 真希とばったり会ってしまう「お前、ぜんいんの……」と怒りを向けられるので、「いとこに向ける顔やないんやない? ”ぜんいん”さん?」と答えると、ぱっと罰の悪そうに顔を逸らされれ、「……悪い」と小さい声で言われて拍子抜けする
- 「え、真希ちゃん、謝ったん今」「はあ?」「悪い、言うたやんね?」「言ったけど、何だよ」「ええ、拾い食いでもしはった? あかんよ? ママに教わってない?」「てめえ……」「それとも『女は3歩後ろ』っていう教え、やっと”猿”相手でもできるようになったん?」「この野郎!」真希が本気で殴りかかる。頬をかすめたが、ギリギリ最低限の動きでかわす。
- おっこつが瞠目する。「どした? ゆうた」「正直、彼、真希さんの攻撃が避けられるようには見えないし、呪力もほとんどない。補助監督……だよね?」
- 直哉は避けながら、投射じゅほうが使えたときのことを思い出していた、(やっぱりまだ真希ちゃんは真希ちゃんやね。遅い。攻撃が一辺倒)と、無意識に24fpsの動きを夢想する
- 目にも止まらぬ速さで動き、真希に触れてフリーズさせ、いつの間にか振り回していた得物を取り上げた。蹴り飛ばすとかではなく、すっと手に取るように
- 「てめえ、返……」真希が声を荒げようとして違和感に気づく。そんな芸当可能なのか? 動きを止められた感覚。まるでなおびとの術式のような……
- 直哉も同様に目を見開き動きを止めていた。得物を取り落とし、からからと音が鳴った。想像した通りの動きが、トレースしたかのように……まるで
- 「投射じゅほう」急にした声にバッと振り返ると、五条がにやりと笑っていた。眼鏡を押し上げた七海を片手で制している。止めに入ろうとした七海を制した形で見守っていたらしい。
- 「投射じゅほうって、なおびとの」真希が言う。「直哉はぜんいんけ当主なおびとの実の息子なんだ。あってもおかしくないんじゃない? おめでとうーなおやくーん」
- 直哉は混乱していた。急に湧き出るように増していく呪力量。銃式。この世こそがSSRだったってことか? でも発現が遅すぎる。今から「あちら側」を目指すのか? 1~2年で? 今まで捨てだと思って他人事のようにふるまっていたつけが回ってきた? この術式は”ぜんいんけ”の証だ。だって当主なおびとと同じなんだから。真希がせん滅する”ぜんいんけ”の。この世でアレに抗えなければ、あと何回、ループすればいいんだろう。この術式を引くまでに何回ループしたっけ。えーと、頭、回らへん。
- 七「直哉さん!」いつの間にか横に来ていた七海に呼びかけられ、はっとする直哉。はっ、はっと息を短くつき、過呼吸となっていた。「大丈夫です。ゆっくり息を吐いて」内心だっさ、女々しいやん俺、と思いながら息を整えていく
- 五「ええ……。術式無いから死ぬしかないーってメソメソしてたのに、あってもそうなの? あったんだから良かったじゃん」意味わかんない、と五条が言い、その場にいる全員が五条を睨む「なんで僕が責められるの!? 事実じゃん!」「貴方にデリカシーや気遣いってものは……無いですよね自明で愚問でした」
- 真「そういう問題じゃねえんだよ、あの家は。……直哉、安心しろ。家には言わないでおいてやる」「はっ、貸し1つ、って言いたいんか? 悪いけど、こんくらいであの家で良きに計らえー言われても無理やで? 猿が雑魚になっただけや」「あぁ? 元気じゃねえか」
- もうええ、大丈夫、と七海を片手で制する。「なんやえらいかっこ悪いとこ見せてしもうたわ。堪忍ね。……せや、猿が雑魚になっただけや。なんも変わらへん」次(の周回)いこ、次の気持ちで発する直哉。真希の眉間の皺が深くなる。
- 真「お前、また死ぬつもりか?」おっこつ、パンダ、いぬまきがびっくりする。直「また?」真「覚えてねえのかよ。ガキの頃」直「んん?」幽閉されていた部屋でのことを思い出す。真っ青になってしがみつき、泣きそうになりながら止める幼い女の子。泣きながらかけていく女の子。真希と上手く結びつかないが、他に該当しそうなやつは確かにいない。
- 直「あ」真「あ、ってなあ」直「あれやんな、泣きべそかきながら『だれかあ!』って叫んでた。あれ真希ちゃんやったんや」真「それは真依だよ」直「じゃあ真っ青な顔でしがみついて泣いてたのが真希ちゃんやったんや」真「……チッ。泣くだろ、ガキん時に目の前で喉かき切られたら」
- パンダが「ひえっ」と悲鳴を上げ、いぬまきも小さく「……しゃけ」と言った
- 七海がはあ、とため息をつき、サングラスを上に上げた「貴方、私たちの目の前でやったことと同じことを年端も行かない子どもの前でやったんですか」おっこつが「ええっ」と驚きの声を上げる
- 直「人聞きの悪いお人や。自分らも真希ちゃん真依ちゃんも、勝手に部屋入ってきただけやんか。別に目の前でやったわけとちゃうで?」七「結果的に同じことです」
- 五条が音もなく直哉に近づき、無遠慮に袖を捲る。「ちょお、何?」傷だらけの腕。「……ま、そうだよな。ぜんいんに反転術式ができるやつはいねえ」「ほんまに悟くんってデリカシーないんやね。悟くんやなかったら許されへんよ?」「悟でも許すなよ」
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