・追加分
2086年。
日本は、枯れていた。
2020年前後から続いた異常な猛暑は弱まることなく、ついには日本から四季を、そして日本という国の地表から国民の生活基盤を追いやるまでになった。
地上はどこまでも乾いた砂と、墓標のごとく林立するビルの廃墟が立ち並ぶ無人の荒野と化し、その都市機能は崩壊。混乱、略奪、災害……それらを経て、生き残った国民――もはや「国民」という言葉は意味を失っている――は、地下に逃れた。
地下の水資源は最初の数十年のうちに枯れ、情報敵的断絶によって人々は小規模の集落以上の社会集団を形成できず、その狭く限られた世界の中で、人々は生まれ、子を生み、死んでいった。
ここ以外にも集落はあるだろうが、今ではもう地上の世界を覚えている世代は生き残ってはいないだろう。この集落でもっとも若いアキラの世代は、この地下空間以外の世界を知らない。
だが、否、だからこそ、アキラは、老人や大人たちが当たり前に受け入れているこの集落での暮らしに、疑問を持っていた。この暮らしが、本当に正しいのか?
その漠然とした疑念に輪郭が与えられたときのことを、アキラは明確に覚えている。
父と母が、死んだときだからだ。
両親が死ぬ前、二人は多くの大人たちがそうであったように激しい咳と呼吸困難の症状を呈していた。両親が死ぬまでにアキラが聞いた言葉よりも、咳と喘鳴のほうが多かった。今でもアキラは、この「拝水」の時間の列の中から聞こえる苦しげに咳き込む声に心臓が軋む感覚を覚える。
死の床の中で、両親はアキラに言い残した。
水だ。
私たちを殺しているのは、水だ。
両親はそう言い残した。