「あ、やべ」
するんと指に輪っかがハマった。慌ててぬこうと引っ張るがビクともしない。どうすっかなこれ。
左手の薬指の根元に収まったリングは誂えたかのように鈍い銀色の光を放つ。単なるキーホルダーの金具のくせに何故こんなにも存在感を放つのか。と言うかこの世界だと色事にだけ鼻の聞く奴らからどんな冷やかしを受けるかわからん。仕方ない。
「母さん。突き指したんだけど湿布ある?」
「あらヤダ。変なとこ怪我したわね」
左手を抑えて頼むと母が薬箱から湿布を持ってきてくれた。それで薬指全体をグルグルと囲む。キーケースはまた新しく買おう。今度は輪っかのないやつが良いな。
「なんっだよあいつ!!誰からだよ、なんで俺に話さねえんだよ」
廊下まで響く大声にビビって立ち止まる。綾人の声だ。一緒に居た中田が今日も元気だなぁと呑気に笑う。またお兄さんになんかあったのかねと言われて急いで扉を開いた。
「なんかあったのか?」
おはようと掛けられる声を掻き分けて教室の一角に近付く。いつもの四人がそこにいた。中心にいる綾人は腕を組んで苛立たしげに貧乏揺すりしている。
「こないだまでお兄さん突き指してたでしょ。ようやく治ったんだけど。その、ね」
東條が口篭る。数日前に会ったあの人のことを思い出す。その左手の薬指は痛々しく包帯が巻かれていた。ただの突き指だから心配ないとは言ってたけど綾人からは突き指にしては長いと言われていたから心配で心配で堪らなかった。治ったのなら良かったけど、また何か怪我でもしたんだろうか。
「兄ちゃんも隅におけんわな。まっさか抜けんくなった指輪隠すために怪我した振りしとったとか」
「は?」
指輪?指輪がなんだって?
だってあの人の怪我した場所は左手で、薬指で。
そんな場所につける指輪なんて。
「お兄さんってモテるもんね。ほらこないだも下まつげの長い格好良い人と一緒にいたし。あの人に貰ったんじゃない?それかちょっとおっちょこちょいなお兄さんか、それとも眼鏡の人かな」
あぁ、そうだ。最近あの人と会う時によく一緒にいる綾人の知らないあの人の友達。薄幸そうな人と一緒にいる男前な人や、人懐こい人と一緒に居る理知的な人や、美人な人と一緒に居る親しみの持てる人とは違う、あの人が築いた新しい人間関係。
まさかあの三人の誰かがあの人を射止めたのか。俺の方が先に出会ってたのに。出遅れた事実が受け止められなくて頭が真っ白になる。気付いたら保健室のベッドの中で学校も終わってた。
「も~なんで外しちゃったのさ」
「外すに決まってんじゃねぇか。キーケースのリングなんざ長々付けててどうすんだよ。これのせいで合コン行けなかったんだぞ
「ならなんで湿布まで外すんだよ。永久に隠しとけや」
「仕方ねぇだろ。かぶれたんだから」
「しっかし見事に残ったよなぁ、付け根に後がくっきりじゃん」
「ほんといつ消えんだかな」
真山御殿でリングが抜けた記念の打ち上げをする。病院から浮腫むからと言う理由で禁酒させられていたのだ。久しぶりの酒に舌鼓を打つ。
「つうか本当に綺麗に跡ついたよな。指輪と見分けがつかねぇってか」
「リング自体も指輪よりも指輪っぽいよね。この部品だけで幾らするんだろ」
「プラチナだから結構いくかも。でも量産品だし見る人が見ればわかるよ」
「これだから金持ちはよぉ」
真山が免許更新の記念だかなんだかで四人揃いのキーケースをくれたのは良いが。どんな手品か知らんが古賀が解体したそれを組み合わせて家に持って帰り、洗濯前にポケットに手を入れたらすっぽりと残りの部品がハマった時はどうしようかと思った。
お陰でBLフラグは勝手に折れてくれたが代わりにいつも合コンに誘ってくれていた友人達とは疎遠になってしまった。何故彼らは突き指の偽装を外している時に限って声を掛けてくるのか。指輪ではないし誤解だと何度説明しようとしても邪魔してくれやがった世界は絶対に許さん。
しかもようやくリングが取れたと思ったら、今度は長らく使っていた湿布やテープがかぶれて使用することが出来なくなってしまった。覆いの無くなった薬指の根元には綺麗にリングの痕が残っている。お陰でややこしい噂話が尾鰭や背びれを増やして広がっている。誰が男に振られただ。せめて女性と別れたことにしてくれよ。付き合ってもないけど。
「まぁもう少ししたらきっと運命の人も現れるよ。そしたらちゃんと報告してね」
「真山、良い機会だからっていっぱい色んなやつに声掛けてるもんな。早く好きな人が見つかるといいな」
「ーー水元くん?」
「あー、俺は知らん」
なるほど最近のフラグの多さは眼鏡の腐男子のせいか。持つべきものは口の軽い友人だな。
保険医の先生の送りを断って帰路に着く。ぼんやりと今日の出来事が浮かんでは消える。俺は見てない。だから本当に本当の話かはわからねぇ。でも綾人があの人のことを見落とすことなんてねぇし、だから指輪の跡はきっと本当の話で。
じわっと滲む涙を拭う。前に見た三人とあの人は仲が良さそうだった。知り合ったのは最近のはずなのに長い付き合いのある幼馴染みたいに親しげだった。きっと敵わない。もっとずっと前に再会したのに俺なんか挨拶するだけで精一杯なのに。
「そんなにすったら目を痛めるよ」
「え?ーーあ、なんで?」
ほらこっちと腕を引かれる。な、なんであの人が俺の腕を掴んでんだろう。酷く焦ってる様子のあの人が滲んで良く見えない。もう一度目をすろうとすると怒られた。本当に何があったんだ?
「君は本当に毎回毎回イリュージョニストなのも体外にしな。いやまぁ本人がやってんなら砂嵐で自分の目を傷付けたりなんてしないだろうけど」
砂嵐?そんなのあったっけ?そう思う俺の頭をあの人が乱暴に撫でる。サラサラと砂が落ちた。訳も分からずに全身を叩かれて、その度に砂埃が舞い上がる。えっと……。
「びっくりしたよ。知ってるやつが砂嵐の中から現れるんだから。おかげで酔いは覚めたけど」
「す、すみません」
なんか知らないけど知らない内にあの人に迷惑を掛けたみたいだ。悲しいからか目に入った砂埃を認識したからかどちらか分からないけどポロリと涙が零れる。恥ずかしくて目線を下げたら彼の左手が目に入った。ひゅっと息を飲む。
「う、うぅ……」
「ちょっ、手ぇ離して欲しいんだけど」
「嫌です」
悔しさに泣きながら彼の左手を握りしめる。そんなことしたって薬指の付け根の痕が消えるわけでも、彼が他の人のものになった事実も無くなる訳でもないのに。駄々っ子みたいに縋り付いて俺のだって印を付けるみたいに口付けを落とした。
「あっれ?指の痕が消えてんじゃん!?いつ?いつ消えたの?僕知らないんだけど!?」
あれから数週間が過ぎた。そろそろ良いだろうと晒した指先にわぁわぁと騒ぐ腐男子から距離をとる。通りすがりの滝本達が良かったなと声を掛けてくるのに引き攣った笑顔で対応していく。
恐ろしいことが起きた。リング脱着記念の飲み会から途中離脱したその日、イリュージョニストなフラグ小僧を砂嵐から救ったと思ったら指に着いたリングの痕が消された。俺の左手の薬指には傷ひとつ痣ひとつない。凡庸な男の手だ。でもただひとつ。
「あー、クソ。本当にクソ。真山先生やっぱお酒追加ね。事後処理代も貰わなきゃ割に合わん」
「えー、謝ったじゃん」
根元に残った唇の感触だけが消せないままだ。
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ななし@6f0ef4
こんばんは
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向き
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旗主ワンドロライ「指輪」
初公開日: 2025年11月24日
最終更新日: 2025年11月24日
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