コトコトという穏やかな音とともに、根菜の煮えるいい出汁の匂いがする。
臣は汁を味見しながら味噌を入れるタイミングを計っていると、ガチャ、と談話室の扉が開いた。
「……やっぱり、今日の食事当番は臣さんだったんすね」
「ああ、十座。おかえり」
キッチンから十座にそう言うと、十座は少し照れたように目尻を下げて「ただいまっす」と言った。傍から見たら殆ど変わらないように見える表情も、臣からすると子供のように分かりやすい。
「あ、臣クン! 今日の夕飯なんスかー?! 俺っち稽古でお腹ペコペコッス!」
「この匂い……出汁か。てことは今日は和食か。ししとうとささみの炒め物ってある?」
続いて秋組の最年少組である太一と莇が並んで入ってきた。2人とも汗をかいているようだ。
「ああ、あるぞ。今日の夕飯は豚汁と秋組みんなの好きな物詰め合わせだ」
「やったあ! てことは、俺っちの好きなホットドッグがあるってこと?」
「豚汁なのに? さすがに合わなさすぎじゃね?」
臣の言葉にはしゃぐ太一に、莇が苦笑する。だが、臣は持ってきたバスケットを太一に差し出した。
「はは、あるぞ。ホットドッグは善さんからの差し入れだ。ちょっと小さいサイズのがいっぱいあるから、食べれるだけ食べてくれ」
「善さんのホットドッグ! それ、めっちゃウマいヤツじゃないッスかあ!」
「さすが善さんと臣さん。手厚すぎんだろ」
目を輝かせる太一と苦笑する莇の隣で、十座が「善さんの差し入れ……」と呟いた。その顔を見て、臣がくすりと笑う。
「十座にはちゃんと善さん特製のガトーショコラ預かって来てるぞ。それに、食後はみたらし団子も作るから、良かったら食べてくれ」
「! うっす!」
「もー、相変わらず二人は十座さんに甘すぎッス」
「まあ、十座さんに限った話じゃないけどな」
そう言って三人が笑ってると、秋組残りの三人も喋りながら談話室にやってきた。
「だーかーら! さっきの殺陣の最後の締めは地で終わる方がカッコいいだろ!」
「いや、地だと客席からの見栄えが悪いし次のハケが遅れるって話になったろ。天で終わる方がいい」
「摂津の言う通りだ、狛田。どっちも試して天で落ち着いただろう」
「さっきはそう思ったけど! やっぱ役の心情考えたら地で受け止めてからのもう一展開ある方がもがいてる感伝わるっすよ、左京さん!」
「那智、うるせえぞ。お前のワガママで決まった議論ひっくり返すなよ」
声を荒げた那智に対抗するように臣も声を張ってキッチンから那智を注意する。その声に弾かれたようにキッチンに視線を向けた那智は、ムッと唇を尖らせた。
「臣! うるせえ、ワガママじゃねえよ! 役者としてのキョージュってヤツだ!」
「矜持だ、バカ那智」
「うるせえ、バカ臣!」
2人の間でバチっと火花が散る。普段から血の気の多い那智はともかく、普段は穏やかな笑顔しか浮かべない臣がこんな風に荒っぽく話すのは那智だけで、それを目の当たりにする度に秋組のメンバーは二人が元暴走族のWヘッドということを思い出す。
「おいおい、こんなところで場外乱闘始めんなよ。つか、今日の当番臣だったっけか?」
万里の質問に、臣が頬をかく。
「あーいや……カントクが手伝いに行った劇団でのトラブルで帰りが遅くなるって連絡来て、丁度空いてた俺が代わりに来たんだよ。善さんも暇だったって言って色々差し入れ持たせてくれたし……」
「あーマジだ。全体LIMEに連絡来てたわ。わり、大学のLIMEで通知埋もれてた。当番交代、サンキュな臣」
「いや、大丈夫だ。明日も来る予定だったしな」
「いつも悪いな、伏見。皆木も今脚本の執筆に入ってるから、正直助かる」
柔らかく笑った左京に、臣は首を振って笑い返す。
「いえいえ、俺は料理作るくらいしか役に立たないので」
しかし、その言葉を即座に太一と十座が否定する
「そんなことないッスよ! 臣クンの料理はめーっちゃくちゃ力になってるッス!! 今日だってアクションの集中稽古でめちゃくちゃ疲れたけど、臣クンの料理の匂い嗅いだだけで元気になったッスから!」
「っす! 臣さんの甘味、最高っす!」
「そーだろー! 臣の料理は世界一だからな!!」
「なんでそこでお前が胸張んだよ、那智」
臣が褒められて嬉しそうな那智に、呆れる臣。しかし、2人の気安い空気に周りもほっとする。先程まで一触即発だった空気は微塵も感じられない。こういうところが2人ならではだと思う秋組メンバーであった。
「……もうすぐ食事もできるから、善さん差し入れのホットドッグとガトーショコラ食べて待っててくれ」
「「「「あざっす」」」」
声を揃えて礼を言い、バスケットの中に山のように入っている包装されたホットドッグに手を伸ばす秋組メンバー。那智がそんなみんなに満面の笑顔で声をかける。
「遠慮せず食えよ。善さんの飯は最高だからな!」
「だからなんで那智がそんな自慢げなんだよ」
「だって俺は秋組兼Gentianaのパフォーマーだからな!」
「料理一ミリも関係ねえだろ」
「臣がカメラマン兼Gentianaのコック見習いだろ」
「それもお前に関係ねえ」
那智と臣がくだらない言い争いをしているのを小さく笑いながら眺めていた左京が、臣に話を振る。
「そういや、伏見。この前善さんと飲んだ時に聞いたんだが、お前Gentiana辞めるのか?」
話を振られた臣が途端に気まずそうな顔をする。
「あ、いや……辞めるっていうか、ちょっと本格的にカメラの勉強もしてみようかと思ってて……善さんに相談したら、Gentianaは手伝いくらいでもいいからやりたいことやれって……それで、撮影事務所の面接受けてみようかと思ってるんです」
「へえ……臣のカメラの腕前なら受かんじゃね? 一成も公演のフライヤー撮影の度に臣の腕褒めちぎってるしな」
「俺も。臣さんの写真、好きっす」
「俺っちもー! 俺っちのこと、めちゃモテな感じで撮ってくれるッスもんね」
「どんな感じだよ。でもま、確かに臣さんの撮影技術ってすごいよな。メイクの良さもすげー引き出してくれるし」
「だろだろ! 臣のカメラはめっちゃいいんだよ!! 」
「だからなんで那智が胸張んだよ」
「本当に狛田は伏見が自慢だな」
那智の態度に呆れる臣に、左京がふふっと笑う。那智は更に胸を張って告げた。
「だって臣のカメラの腕を発掘したのは、この俺だからな!!」
「それはまあ……そうだけど」
高校時代、ロクにカメラも触ったことのない臣に無理やり写真を撮らせた那智の言葉に、臣は苦笑するしかない。那智がしつこく自分の写真を撮らせるので習慣になり、それをSNSに投稿したのがきっかけで綴の目に臣の撮った那智の写真が留まり、臣とMANKAIカンパニーの縁ができたから、那智の秋組加入に繋がったのだと思うと、世の中何がどう転ぶか分からないものだ。しかも、その秋組が2人が高校卒業後揃って世話になっているショーレストランGentianaのオーナー・栗生善が昔所属していた劇団だと聞けば……世間は広いようで案外狭い。
「……そういやさっきの話なんすけど、俺もあの殺陣最後に地で締めるのもいいと思うっす」
「んだよいきなり話戻しやがって。大根は黙ってホットドッグ食っとけ」
「あぁ?!」
「あぁん!?」
十座の提案に万里が顔を顰めていつものように喧嘩に発展しそうになる。ところを、那智が十座に飛びついて肩を組んだせいでその空気が一気に霧散する。
「だろだろ! さすが十座! 俺の弟!!」
「っ!? 那智さん、苦しいっす」
「おい那智! 十座締め上げるな!」
顔を顰めた十座を見て臣が慌てる。そんなドタバタした仲間たちを笑いながら、太一と莇は顔を合わせる。
「あはは、でもホント、那智サンと十座サンってよく似てるッス!」
「ホント。最初見た時マジの兄弟かと思った。顔立ちだけなら九門よりよく似てる」
「お陰で九チャンも那智サンにめちゃくちゃ懐いてるッスもんねー」
太一と莇の会話に、那智も胸を張って笑った。
「おう! 十座も九門も俺の兄弟みてえなもんだ。つか、秋組全員俺の兄弟な!」
「クソ左京もかよ」
「左京さんは兄貴」
「こんな騒がしい弟はごめんだ」
那智に兄貴と言われ左京が苦笑を返す。が、その笑顔は嬉しそうで、そんな仲の良い秋組をキッチンから眺めていた臣の口元にも柔らかい笑みが浮かぶ。那智の夢だった役者。今、その役者仲間たちと心から打ち解けることができている。それが我が事のように嬉しい。
(良かったな、那智)
そう思っていると、那智と目が合った。那智はキッチンにいる臣にずかずかと歩み寄り、黙って手を差し出す。臣が不思議に思いながらその手を握ると、那智はぐいっと臣を引っ張った。
「こっちに来いよ、臣。お前の居場所だろ」
パチ、とまどろみもなく目が覚める。目の前にある見慣れた天井に不思議な違和感を覚えた。
(今、俺はキッチンに居て……)
臣は自分の手を見た。那智に引っ張られた感触がまだ残っているような気がする。
(那智……)
秋組に、那智が入ってる夢だった。臣自身はMANKAIカンパニーと縁はあるものの、役者としてではなくカメラマン兼料理当番として関わっていた。
「すごいな……全然違和感ないじゃないか、那智」
呟いて、見つめた手で視界を覆う。涙が一筋、目尻から頬に零れていった。
「きっと……那智が生きてたら、ああなっただろうな」
夢は鮮やかな可能性の一片になって臣の心に突き刺さった。きっとこの欠片は抜けないだろう。それでいいと、臣は思う。
(お前が引っ張り上げてくれた俺の居場所で、この痛みごと板の上に立つよ。それでいいんだろ、那智)
急速に消えていく夢の感触と引き換えに、臣はゆっくりと現実へ気持ちをシフトさせる。
「臣クーン! おはようッス!」
いつもはねぼすけ気味な太一が、この日だけはいつも臣より早く起きて元気な挨拶をしてくれる。
「おはよう、太一。今日も元気だな」
「もちろんッス! だって、今日は臣クンに一番にこれ言わなきゃ……お誕生日おめでとう!!」
生きているからこそ、刻まれる1日が始まる。臣はにっこりと笑って礼を言った。
「ああ、ありがとう」【終】
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【那智生存if日常】俺の居場所【臣BD2025】 ★
初公開日: 2025年11月15日
最終更新日: 2025年11月02日
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