莇は目覚めて最初にスマホに入った通知を見て笑う。
「志太のやつ、また誕生日の5分前にLIME送ってやんの」
幼馴染の志太は「ダチの大事な日だから一番に祝いたくて……」と言っていつもフライングする。それを朝見て笑うのが、ここ数年の日課だ。
「あっざみー! 起きてるー?!」
扉の向こうから、聞き慣れた元気な声が響く。
「朝から元気だな」
それでも、この声を聞くと不思議と目がスッキリ冴えてくる。
「起きてる」と言い返しながら扉を開けてやると、散歩前の犬みたいな勢いで飛びついてきたのは、同じルーキーズの九門だった。
「莇、おめでと!」
「ああ、ありがとな」
「ねえねえ、左京さんもいないし……今年はオレが一番?」
「そうだな……今日なら、一番だな。ホントの一番は志太。また日付変わる5分前に送って来てたから」
「ちぇー! また負けちゃった!」
よく分からないことで張り合っている九門と志太。知らないところでいつの間にか仲良くなっていたこの2人は、案の定かなり気が合うらしい。そう思って小さく笑っていると、九門がこちらを真剣な顔で見つめてきた。
「莇。これからもいっぱい遊んで、お芝居して……楽しい時間を一緒に作ろうね!」
「ああ……当たり前だ」
「えへへ」
そう言って軽くグータッチをして、一緒に談話室へと向かう。目が合った団員たちから、お祝いの言葉と共に誕生日プレゼントをもらう。
「莇、おめでと。アンタにメンズアクセあげる。普段着に合うやつ選んだから似合うと思う。試しにつけてみて」
「幸さん、サンキュ……うん、確かにいい感じ。ちょっとつけてみる……どう?」
「似合う。やっぱオレの見立てと莇の素材がいいね」
「俺のアザミンへの誕プレはバズリップ! つやつや唇になって皆のことドキドキさせちゃお!」
「皆って誰だよ……でもサンキュ、一成さん。これ、手に入れるの結構大変だったろ? 使わせてもらうわ」
「莇、誕生日おめでとう。これ、ヘアメイク担当から試供品を大量にもらったんだが……莇の方が上手く使えるだろ?」
「! すげー、めっちゃいいベースメイクの試供品じゃん。ありがたく使わせてもらうな、天馬さん」
夏組からの怒涛のお祝い攻撃の次は、早朝ランニングから帰ってきた丞とガイだ。
「泉田、誕生日おめでとう。今度開催される日本代表のチケットを取ってあるんだ。泉田も一緒に行くだろ」
「マジ? めっちゃ行きたい。サンキュ、丞さん。丞さんと行けるの、結構楽しみ」
「泉田、おめでとう。俺とはまた釣りのために海や川を巡ろう。まだ見ぬ大物を目指してな」」
「ガイさん、サンキュ。俺もガイさんとの釣り好きだから、また一緒に行かせてくれ」
「ふふ、丞もガイも莇とデートなんてずるい」
「あ、あ、東さん! ヘンなこと言うんじゃねえよ!」
3人の後ろから現れた東の言葉に、莇は顔を真っ赤にして抗議する。が、東はどこ吹く風でマイペースに話を続ける。
「でも、2人とのお出かけは今日じゃないんでしょ? じゃあ、莇は今日はエステ体験なんてどう? 莇のためにプレミアムコースを予約しておいたよ」
「エステ体験……?」
「うん。もちろん、ボクも一緒に行くから怖くないよ。莇の肌も身体も、たまには贅沢しなきゃ」
そう言われ、莇はなんとなく東の圧に負けて頷く。朝食を食べ終えると、早速丞の運転で東の予約してくれた店へ出かけた。そして半日後——
「…………もう二度と行かねえ!」
寮に帰ってきた莇は、開口一番顔を真っ赤にしながらそう宣言した。エステ体験がよっぽど彼の羞恥心に触ったらしい。全身つやつやピカピカになった莇の後ろでは東が「おやおや」と楽しそうに微笑み、丞が気の毒そうに莇を見守る。そんな莇に近づく影が一つ。
「おやおや、どうしたのかな。そんなに顔を真っ赤にして」
「げ、千景さん……!」
よりにもよって一番会いたくない人間の登場に思わず顔を顰める莇。「げ、とはひどいな」といつものように笑った千景は、「莇、誕生日おめでとう」と言いながら何かを持って近付いてくる。
「な、なんだよ……! またハレンチなものだったら承知しねえからな!」
色々な恥ずかしさも相まって警戒心高めな莇に、千景はふふっと微笑んでからそっと持っていた物を手渡した。
「莇、これ出張土産のアザミのポストカード。これでお父さんに手紙でも書いてあげたら」
「は……?」
予想外のプレゼントに驚く莇。そんな莇に、千景はいつもより柔らかな眼差しを贈って、「じゃ、俺はこれで」と音もなくいなくなった。
後ろでは事の成り行きを見守っていた東が「へえ……素敵なポストカードだね」と感心し、「そうですね。卯木は土産のセンスがいい」と丞が頷いた。
「親父に手紙……」
そんな発想今までになかった莇だが、たまにはそういうのもいいかもしれない。そう思ってしまうくらいには、千景の眼差しは温かかった。その手紙に書きたいことは——もちろん決まっている。
「っし! 今日のバースデーインステライブは、メイク講座にすんぞ!」
そう声高らかに宣言する莇。幸いなことに、この寮ではモデルに事欠かない。
「アザミ、今年もワタシの顔好きにするネ! 今日のためにコンディション整えてきたヨ~」
「サンキュ、シトロンさん。やっぱシトロンさんじゃなきゃできないメイク結構あるからな」
「莇おめ。インステにメイク載せんなら、俺がモデルやってやるけど? いつでもどーぞ」
「万里さんがモデルならなんでもイケる。そうだ、この試供品試してみていい?」
「俺も莇くんの好きにメイクしてくれていいんだけど……配信は、しない方向でお願いしたいな」
「紬さんはメイク映えすげーから載せたいのに……まあでも、確かに楽しくてやりすぎちまうんだよな」
「ねえ、莇……つけ睫毛で俺の目の大きさ3倍くらいになってない?」
「そんなことねえよ。至さん元々睫毛長いから2倍くらい」
「でも倍じゃん……なんか、瞬きする度に風起こせそう」
夕食前まで続いた莇のメイクタイムを見ながら、真澄がこっそり近寄ってきて莇に尋ねる。
「メンズメイク俺でもできる?」
「? 多分。真澄さん器用だし、すぐ覚えられるんじゃね?」
「……今度教えて。アイツの前ではいつもかっこよくいたいから」
「アイツって……カントク? ホント、真澄さんはブレねえな」
けれど、そんなモチベーションでメイクに興味を持ってもらえるのは嬉しい莇。我知らず微笑んでいた莇を少し離れたところで眺めながら、椋は「はあ」とため息をつく。
「今の真澄くんの発言はかなりのキュンポイントだと思うんだけど……莇くんがキュンとする瞬間って、どんな時なんだろう? ……莇くんと恋バナがしたいな!」
とはいえ、まだまだその夢は遠そうであった。夕食は臣を中心に莇の好物で揃えたが、ししとう串を始め莇の好物は酒のアテになるものが多く、自然と食卓には高級な酒が並んでいく。
「おい、なんで未成年の誕生日に酒が並んでるんだよ。酒宴には参加しねーからな!」
実家でも寮でも酒宴で酔っ払いに絡まれる莇は予めそう宣言した。が、それを隣で聞いていた左京がふっと鼻で笑う。
「酒宴には参加したくないって言うが……ガキのお前には分からないだろうな」
「クソ左京みたいなジジイと一緒にすんな!」
「誰がジジイだ、クソガキ! 歳取ってもその口減らねえな!」
相変わらずの喧嘩が勃発しそうになるのを、「まあまあ」と臣が割って入る。
「莇もあと数年すればお酒が飲めるようになるから、その時には改めて参加してくれな」
そう言って笑いかけた臣は、そのまま目を細めて莇を見る。その母親のような温かい眼差しに、莇は照れて視線を外した。
「もう数年で、か……莇もどんどん大人になっていくな。でも、悩みは抱えずにいつ甘えてくれても構わないからな」
「臣さん……あざっす」
照れくさくて顔は見れなかったが、その気持ちは素直に嬉しい莇だった。誕生日会に呼ばれて到着したケンも目を潤ませながら頷く。
「成長とともに着実に夢に近づいていくあざみ……おれもファン一号としてすげー誇らしいな」
「ケンさん……ケンさんがいてくれたから、俺もここまでこれたよ。ほんと、ありがとな」
「あざみぃ!!」
「ほら、さっさと食うぞ」
お互いに見つめ合う莇とケンを促して、全員が食卓に着く。賑やかな食卓はそのまま酒宴へと流れるようにシフトし、拒否したはずの莇はそのまま食卓の中心で周りが酔っていくのを見守るハメになってしまった。けれど、それが悪い気がしないから不思議だ。
「莇のお陰で客演先でも肌を褒められるようになった。今後も出来る限りはケアを頑張る」
「十座さん、酔ってるだろ。ま、でもその言葉は忘れんなよ。今日もちゃんとケアしてから寝るんだぞ」
「莇は本当に面倒見がいい。九門も莇にすげー助けられてる。莇はメイクも出来て面倒見もよくて、まるでメイクの母さんだ」
「なんだそりゃ」
十座の変な例えに笑った莇の隣に、太一がやって来る。
「なに、太一さんも酔っぱらったの?」
「違う違う、まだ一滴も飲んでないッスよ。酔う前に、あーちゃんにちゃんとお返し言いたくてさ」
「お返し?」
首を傾げる莇に、太一はうんうんと頷いて、改まるように莇の正面で告げた。
「俺っち、あーちゃんとランウェイ歩けて楽しかったッス。またいつか歩こうね、絶対!」
「! ……ああ、絶対」
それがどんな機会になるのか、どんなタイミングになるのか分からないが、莇と太一は確かな約束を交わした。そのまま酒宴の渦に飲み込まれていったみんなを一瞥してから、莇は中庭で志太に電話を掛ける。
「……今日もフライング祝い、サンキュ。……え? ああ、もう俺の誕生日祝いっつーか、ただの飲み会になった。……ああマジで、いつもと全然変わんねー」
笑いながら、今日貰ったものや、あった出来事を志太と話していく。
「そうそう、ちょっと前まではこういうの気恥ずかしかったけどさ。今は……皆からの祝いの言葉も贈り物も全部があったかくて、素直に嬉しいって思うんだよな」
そう言うと、電話越しの志太が我が事のように嬉しそうに笑って言った。
『莇。世界はそれを、愛と呼ぶんだぜー』
「なんだそれ。歌の題名じゃん」
そう言って笑ったけれど、あながち間違いでもないと、莇も小さく頷いた。【終】