やはり憧れで構わないから3
 全ては話せないけれど、鷹艶ならその葛藤も含めて聞いてくれそうな気がした。
 話してみよう、そう口を開きかけた時、背後から「神導ー」と声がかかる。
 鷹艶は「ちょっと待ってて」と真稀に言うと、黒いダブルジップのロングパーカーを翻し、声の主のもとへと駆けていく。
「呼んだか?」
「おう。鷹艶、この後メシ食いに行かね?」
「あー悪い。俺バイトだから」
「バイト? 何やってんの」
「色々だよ。世界平和のために闘ったり罵ったり殴ったり殴ったり殴ったり…」
「なんだそれストリートファイターでもやってんのか」
 そうと力強く頷いた鷹艶がキレのあるシャドーボクシングをすると、「まじか」「なんだその動き」と笑い声がはじけて、場の空気が明るくなる。
 唐突な編入生だったが、わずか数日でこの馴染み方である。
 話している相手を真稀は知らないが、他の講義で一緒の仲間だろうか。
 彼は平均より小柄なせいか、他の学生と並ぶと兄弟がじゃれあっているようで微笑ましかった。
「(でも、アルバイトかあ……。ちょっとやってみたいな)」
 お金は、生きていくために必要なものだ。
 衣食住の『食』に関しては、お金のかからない別のもので補っていけるかもしれないが、『衣』と『住』はおろそかにできない。
 今はまだ母の遺してくれた金があるが、生涯にわたって安定した職に就けない可能性が高い以上、温存できるに越したことはない。
 自分はどんな働き方ならできるのか、それを知りたいという気持ちもある。
 数日後にはあのアパートも引き払ってしまうので、今後月瀬の部屋を出ることになったときに、保険となるような知見があると心強いと思った。
 ……月瀬の部屋を出たら、まず『食』を何とかしないといけないのだが。
 結局そこなんだよなあ、とため息をついていると、鷹艶はさっさと話を切り上げ真稀の方へと戻ってきた。
「悪い、話の途中で」
「あっ、いえ、全然いいんですけど、鷹艶さんはアルバイトしてるんですね。なにか俺でもできそうなの知ってますか?」
「なんだ真稀、バイトしたいの? あーそうだな、俺もコネだけはたくさん持ってるけど、……トレジャーハンターの助手とかどう?」
 それは特殊技能とかいるやつではないだろうか。
 何をすればいいのか想像もつかない。
 一体どこから出てきた求人なのだろうか。
 相変わらず謎の多い人だなと返答に困りながら、ひとまずトレジャーハンターの件はやんわり断っておくことにした。
「えっと……あまり、特定の人と長い時間マンツーマンになるのはちょっと……ひ、人見知りなので」
 特に人見知りではないが、他の職種でもマンツーマンだと相手の人が精気に飢えた真稀に襲われる可能性があるので、一応条件を付け加えておく。
「駄目か。じゃあ事務仕事はどうだ? 小間使いをするだけの簡単なお仕事とか。三食おやつ夜食に鑑賞専用だけど美少女付き。どう?」
「『小間使い』という仕事内容のファジィさと、三食から夜食まで含まれている時間帯のブラックさがちょっと気になるような……」
 またしても飛び出した不穏な仕事に、申し訳なく思いつつもツッコミを入れると、鷹艶は気にした様子もなく、楽しそうに笑った。
「意外に現実的だな。危機回避能力に優れているのは大変結構」
 子供にするように偉い偉いと頭を撫でられて、苦笑する。
 よほど頼りなく見えるのか、真稀を試すための冗談だったようだ。
「今すぐという話じゃないですけど……またお話聞かせてもらっていいですか?」
「もちろん真稀にならいつでも持てる良物件をご紹介するとも。あ、じゃあこれ俺の番号。何か困ったことがあったときは、いつでも連絡くれていいからな。ヤクザの愛人に手を出しちゃったときとか。俺がボコボコにしてきてやるから」
 相手のご稼業はともかく、その場合手を出した方が悪いような気がするのだが、何故被害者がボコボコにされるのか。
 真稀よりも小柄で細身な鷹艶は、本人の言動ほどには武闘派には見えないけれど、瞳はやたらと真摯で、とりあえず本気であることは確かのようだ。
「そ、そんな困ったことになる予定は今のところないですが……頼りにしてますね」
 結局相談もできなかったし、今のやり取りで何かが解決したわけではないが、少しだけ心が軽くなるのを感じた。
 鷹艶は、言ったことを絶対に守ってくれるだろう。
 彼の言葉には、何故かそんな確信を抱かせる力強さがある。
「よしっ、んじゃ、なんか美味いもんでも食いにいくか!」
 元気に宣言された言葉に、真稀は目を丸くした。
「えっ、アルバイトは?」
 アルバイトがあるからという理由で、彼らの誘いを断っていたのではなかったか。
 思わず聞くと、何故か鷹艶も同じように目を丸くした。
「あれ? 本当だ」
「え? 忘れて……?」
「……腹が減っては戦はできぬっていうだろ」
「は、はあ」
 あーもう無理。腹減って死ぬ。と空腹を訴え始めた鷹艶だが、昼休みはつい先ほどだ。
 不思議な人だな、と真稀は内心首を傾げながらも、「飲み物だけで良ければ付き合いますよ」と机の上を片付け始めた。
 鷹艶の二度目の昼食(?)に付き合った後、その後の授業を取っていなかった真稀は帰途についた。
 大学の最寄り駅付近は、商業ビルや飲食店などが立ち並び、いつの時間帯も人で賑わっている。
 真稀はまっすぐ改札には向かわず、駅ビルの中に入っている本屋に立ち寄った。
 月瀬に毎日食事を作るにあたって、圧倒的にレパートリーが足りない。
 もっと知識を増やし、技術を磨かなくては。
 そのための指南書となる料理の本のコーナーを探す途中、真稀はコミックやライトノベルが並ぶ一角でふと足を止めた。
 タイトルや帯に書かれた『転生』や『異世界』という文字が妙に目につく。
 
 同じようなテーマの作品がたくさん売られているので、そんなに面白いのだろうかと過去に何冊か読んだことはあった。
 ずっと同じ内容の自分の夢ももしかして、などと思ってみたこともあるが、どちらの世界の『まさき』も状況を覆すような異能力を持っていない上に生きていくことがやっとの状態だ。
 異世界で活躍するキャラクターを見ていると、自分の境遇が哀れに思えてきて、その馬鹿馬鹿しい想像は封印した。
 フィクションは、やはりフィクションなのだ。
 寝ぼけている時は、あれから『魔王』の管理する世界はどうなったのだろうなどと考えてしまうが、自分の夢なのだから別に考える必要もないわけで。
「(考えるなら、献立のことでも考えよう)」
 真稀は何も手に取らず料理本のある方へと歩き出した。
 もうすっかり暗くなった道に、吐く息が白い。
 きんと冷きった夜の外気を顔に受け、まだまだ寒いなと首をすくめた。
 目的地までそう距離があるわけではないが、腕にかかる重みは中々ずっしりとしていて、ちょっと買いすぎたかなと反省する。
 真稀のアパートの部屋に置いてあった冷蔵庫は小さかったため買い置きも作り置きもできなかったが、月瀬のマンションのものは大きいのでつい食材を買いすぎてしまう。
 もちろん無駄にしないようにきちんと使って食べきる算段はしながら買い物をしている。だが、キッチンの広さや器具の充実具合に浮かれている自覚はあった。
 この生活に慣れたら駄目だと思うそばからこの体たらくかと戒める声が聞こえないわけではない。
「(甘えるのは良くないけど、家事の腕を振るうのは悪いことではない、はず)」
 月瀬が控えめに口角を上げて「美味い」と言ってくれると、真稀は自分の存在を肯定できる。
「(ファミレス程度でいいけど、厨房の仕事とかしたいな…でもあれも割と閉ざされた空間にマンツーマンとかだよな…)」
 先ほどの鷹艶とのアルバイトの話を思い浮かべながら歩いていると、マンションのエントランス前に月瀬の姿勢のいい後ろ姿が見えた。
 真稀は目がいいのでそれなりに距離があってもそれが誰だかきちんと認識できる。
 まだ六時前で、随分早いなと思いつつ、少しだけ歩速を上げようとした瞬間、月瀬が誰かと話しているということに気付き緊急停止する。
 親しげに月瀬の肩を軽く叩くその朗らかな笑顔は、先程アルバイトに向かうと言って別れた鷹艶だった。
「(え……どう……して……?)」
 鼓動が大きく音を立てる。
 偶然?例えば鷹艶もこのマンションに住んでいるとか?あるいは月瀬と今日話していたアルバイトの関係で知り合いとか?
 …それにしてもタイミングが出来すぎているような気がする。
 なにより、鷹艶の楽しそうな様子と、月瀬はほぼ後ろを向いているので表情はわからないが、それでも雰囲気からして親しい間柄のように見えることが、真稀を混乱させていた。
 一歩後ずさると、鷹艶と目が合ってしまい。
 反射的に回れ右をして反対方向に歩き出す。
 どうして逃げ出してしまったのか、自分でもわからなかった。
 鷹艶は、何か言いかけていたように見えた。
 一体、何を
「真稀ッ!」
 月瀬の、
 鋭い声が思いの外近くでしたのと、ドンッ、という鈍く大きい音は同時だった。
 強く腕を引かれ、倒れこむとまた近くで音がして、至近のアスファルトに穴が空いた。
 散らばる食材と眼前の月瀬を呆然と見上げる。
 全てが唐突すぎて、思考が麻痺していた。
「鷹艶!まだか!」
 頭上の月瀬が焦れたように吠えると、すぐに遠くから「とったど〜」という気の抜けた声が聞こえてきた。
 ズルズルと何かを引きずる音が近づいてきて、月瀬は一つ息を吐くと起き上がり、真稀のことも助け起こす。
「ったく襲撃すんならもう少し時と場所を考えろっつーのよ、なあ?」
 鷹艶の面倒臭そうな言葉と共にどさ、と放り出されたのは、ローブのようなコートのフードを目深に被った男だった。
 完全に意識を失っているようで、ぐったりと横たわっている。
 それを一瞥した月瀬はそこから真稀を遠ざけるように少し前に出ると、周囲を確認して鷹艶に指示を出す。
「さっさと車を回せ。目撃者が増えると厄介だ」
「一応隠形ってるけど俺そういうの苦手だから尻尾出てるかもなー。多分すぐ来るからちょい待ち」
 呑気な言葉に月瀬が忌々しげにため息をつくと、振り返って立ち尽くしている真稀の服の汚れを丁寧に払ってくれる。
「大丈夫か真稀、怪我はないか?」
「あ、はい。だ、大丈夫です」
「ごめんな、びっくりしただろ。…だからこうなる前に話しとこうって言ったんだよ。一足遅かったけど」
 ひょいと月瀬の後ろから鷹艶が申し訳なさそうに謝罪してくるが、あまりに自然体すぎてどういう反応をしたらいいのかわからない。
「あの…今のは…」
「とりあえず、戻るか。鷹艶、後のことは頼んだぞ」
「アイヨー。荷物は拾っとくからご安心を。…今度はちゃんと話しとけよ、つっきー」
 鷹艶は月瀬にぐいと拳を押し付けると、不意に真剣な瞳で真稀を捉える。
「真稀、俺がお前に言ったことは全部本気だからな」
 なんかあれば連絡しろ、と小さく耳打ちして、捕らえた男を引きずりつつ散らばった野菜を拾い集め始めた。
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初公開日: 2025年09月19日
最終更新日: 2025年09月19日
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