やはり憧れで構わないから6
月瀬はまず彼の仕事について話してくれた。
それは、自分が人ではないと知っている真稀ですら、にわかに信じがたい話だった。
月瀬の所属する『国立自然対策研究所』とは、超自然的な事象……つまり現代科学では解明できない現象に対処することを目的として作られた施設で、『国立』の名の通り、国の行政機関の一つらしい。
彼曰く、霊や妖魔のような人ならざるものは一般的にはフィクションとされているが、国の中枢はその存在を認識していて、同じような行政機関は世界各国に存在している。
ただ、目的は同じでも、人ならざる存在は危険であるとして討滅を目的とする組織と、対話できるものもあるとして可能な限りの共生を目的とする組織があり、その対立は根深い。
国立自然対策研究所は共生派。しかし相手が必ずしも意思疎通が可能な存在ではない以上討滅が必要な場合もあり、鷹艶はそんな有事の際の実働部隊の長である。
そして鷹艶の部隊が動きやすいように上(国)と折り合いをつけ、他国や民間の組織(個人含む)と現場で揉めないように根回しや人員配置をするのが自分の主な仕事なのだと、月瀬は語った。
なお、過去に真稀の母を狙ったのは、討滅派の中でも過激派とされる地下組織で、無差別、それも一般人への被害もお構いなしに『狩り』をすることで、討滅派と共生派のどちらの組織からも問題視されていた。
国立自然対策研究所は、四年前に真稀の母の死により過激派の地下組織が日本で活動していることと、彼女の血を受け継ぐ真稀の存在を知り、保護するために月瀬が真稀の元へやって来たのだという。
アニメや漫画の設定のような荒唐無稽な話だ。真稀は自分の存在を棚に上げて、冗談ですよね、となかったことにしたくなった。
けれど……、母の死も、今日真稀が狙われたことも、真稀を狙ったローブの男がいたことも、全て現実なのだ。
「じゃあ、月瀬さんは四年前から、ずっと……」
彼は、真稀を守ってくれていたのか。
……国立自然対策研究所の一員として。
思わずこぼれた真稀の言葉に、月瀬はあまり浮かない顔で頷く。
「ずっと、と言っても、件の地下組織はあれから一切動きを見せず、ごく最近になって幹部の一人が入国したという情報を得るまでは、定期的に君の様子を伺うくらいしかしていなかったが」
過激派、と呼んではいるが彼らが攻撃するのは人間ではないため、犯罪組織にはあたらない。
そのため、こちらから仕掛けて組織を壊滅させることなどはできず、動きがあるのを待つしかなかった。
結果として囮のようになってしまったことを、月瀬は真摯に詫びてくれた。
そんなことは気にしていないと、真稀は穏やかに否定する。
月瀬のお陰で、こうして無事でいるのだから、文句などあろうはずもない。
ただ……、これまでのことが腑に落ちるのと同時に、真稀の心には深い落胆が広がっていた。
「(それは、そうだよな)」
真稀の事情を聞いても驚かないはずだ。
人ではない存在の保護、そして共生。それが……彼の仕事だったのだから。
これまでの彼の言動に、真稀に対する好感が何もなかったとは思わない。
月瀬本人からもそう聞いていたし、義務以上のものを与えてくれていたと感じている。
……だとしても、特別な感情は何もなかったという事実が、今は堪えた。
それを不満に思うことなど、それこそお門違いだと、真稀にもわかっている。
けれど、やはり理屈と感情はいつでも折り合えるものではなくて。
「(あんなによくしてもらって、それが仕事だったから悲しい、なんて思う資格は俺にはないのに)」
どれほど自戒しても、特別な感情を期待してしまっていたことを思い知らされた。
供給源になってくれるという申し出も、職務に忠実な彼の使命感からの言葉だろう。
本当に守りたかったのは、母だったんじゃないんですか
…などと聞くのはあまりにも自虐趣味が過ぎるだろうか。
とにかく、保護が主な目的だったのなら、もうあとは真稀が我儘を言わずに適当な同性の恋人でも作って見せればこれ以上月瀬を煩わせずに済む。
そっと正面に座る月瀬を見る。
上質な革張りのソファに姿勢良く座る彼は、落ち着いた光沢のある深いブルーのスーツを纏い、緩められたノットと先程自分をかばってくれた時に少し乱れた前髪が色気を加えていた。
かっこいいなあ、と改めて思う。
彼の一挙手一投足にそわそわしたり悩んだりしている自分とは全然違う、大人の人だ。
この先、討滅あるいは庇護されるべき狭間のものとしてしか生きていかれない自分にはあまりにも不相応で、どうして期待なんかできたのだろうと笑ってしまいそうにいなる。
幕を、引くべきなのだろう。
自分の気持ちに。