軽装、というものが政府から与えられると聞き、内心とても喜んだ。
すでに本丸に集っていた刀剣男士たちの多くは、それぞれ吟味したものをお披露目しているらしい。趣味嗜好もある程度融通が利くことから、皆こだわり抜いたものを用意したようだ。
それでも一応、主の好みは伺っておくべきかと思い、さりげなく尋ねてみたりしたものの、返ってきた答えはやはり自分の好きなものを選ぶべき、という模範解答だった。
主にそう言われてしまえば、流石に自分で考えるほかない。
ふむ、と白紙を前に思いつく言葉やデザインを書きつらねていく。
せっかくだからクラウドエアラインを全面的に推し進めたものや、鵜飼派の象徴でもある雲を取り入れるものなど、考えればそれなりにアイディアは浮かんできた。図案などにしたためずとも、口頭で伝えればデザイン画などはあちらがやってくれるらしい。そこから選ぶのもまた大変なんだけどね、と困り顔をのぞかせた加州清光は、しかし自身の選んだそれが可愛いと絶賛されたことがなにより嬉しかったらしい。
「ま、自分が気に入るものを選ぶのがいちばんだからね。主もそう言ってたでしょ?」
参考にならなかったらごめんね、という言葉は、しかし彼らしい優しさが滲んでいる。
ありがとうございます、と頭を下げれば、いーよいーよ、とひらひらと手を振ってくれた。
そうして図案を考えていれば、彼以外にも相談に乗ってくれる仲間はそれなりにいた。が、彼らも最後には口を揃えて、自分の気に入るものを、と結論づけてくる。
がんばれ、という言葉にはさすがに苦笑を返したものの、とりあえず期限までには希望をまとめ、政府にその旨を送り届けることができた。
それを元に何度か政府とやりとりを続け、ようやく軽装一式ができあがったとの一報がやってきたときは、喜びのあまり厨仕事を放り出してしまうほどだった。
行ってきたまえ、と苦笑を浮かべる歌仙兼定に礼を述べ、一目散に自室へと引き上げる。
軽装の入った桐箱をゆっくりと開ければ、そこには希望したものと一寸違わない色地のものに、たなびく雲と飛行機がうっすらと描かれたものが鎮座していた。帯は内番のスカーフと同色のもの。そして帯飾りには、やはりこだわり抜いた飛行機の意匠がイメージどおりに仕立てられている。
主に見せる前に一度袖を通しておくべきか、と思い立ち、そろりと支度を始める。
雲次はまだ部屋に帰ってきていないらしい。今日は非番のはずだが、どこかで空を見上げているのかもしれない。この夏は気候変化も激しいから、彼の予報はかなり役に立つのだろう。
そうして羽織っていたジャケットを脱ぎ、いそいそと着替えに勤しむ。
普段は洋装ばかりだから、軽装で和服姿を見せるのは初めてのことだ。そういう刀剣男士も少なくはないものの、やはり彼らも初めて軽装を主に見せたときはこんなに弾んだ心地でいたのだろうか。そう考えると、浮き足立つ自分がいても致し方ないと納得できる。
さらりとした着心地に一息ついて、鏡の前に立つ。ひとの姿を得て初めて着たとはいえ、着付けにはそれほど手間取ることはない。が、このままではどこか面白くない。
ふむ、とひとり顎に手を添える。
それからおもむろに、浮雲よろしい自身の髪に手を伸ばす。
祝装のとき、一様に着飾った面々がそれぞれ髪型にまで気を配っていたことを思い出す。そもそも癖毛であるこの髪をどうにかするのは、実はなかなか面倒なことだったりするのだが、主のためでもある。それに、どうせなら自分が一等気に入る姿を見せたい。
そうしてしばらく、ああでもないこうでもないという試行錯誤の時間が始まった。
鏡の前でそんな自問自答をくり返していると、いつの間にか忍び足で近寄ってきた雲次にまで気が向かなかったらしい。
その雲次はといえば、背後から忍び寄ってきたかと思うと、唐突にセット途中の髪を思いきりぐしゃぐしゃにかきまぜてきた。
「──雲次っ!」
咄嗟に声を上げたものの、ぱっと手を離した雲次はさほど悪びれた様子もない。
それどころかしてやったりといわんばかりの顔をしているものだから、素直に嘆息がこぼれ落ちた。
「……文句があれば、行動よりも言葉のほうがいいのですが」
少々棘のある言い方になったものの、相手は雲次だ。多少雑な対応になったとて、同派の彼ならばそれほど気負う必要もない。
やや険のある目をしてみせても、しかし雲次は謝罪の言葉ひとつ口にしない。いつもならごめんごめん、と軽口でも謝ってくるはずなのに、今日ばかりはそれすらなかった。
「だってずるいじゃないか。僕には祝装もないのに」
そう口を尖らせられると、流石に返す言葉もない。
しかしいくらいじけているとはいえ、八つ当たりはよろしくないだろう。
そう諭すべく言葉を紡ぎかけたところで、先に飛び出した雲次の言葉がそれを遮った。
「僕ももう少し顕現が早かったら、君と並べたかもしれない」
わずかに寂しさが滲んだそれに、雲次、と耐えきれずにその名前を呼ぶ。
仕方ない、と言ったところで、慰めにもならないことは目に見えていた。
しかしこればかりは順番であり、政府が認可を出さないことにはどうにもならない。
なにかちょうど良い言葉を探しあぐねていると、雲次は、その淡い影をすぐさま振り捨ててみせた。
「今年は君に譲ってあげる。でも来年は、主と花火でもさせてもらうからね」
仕方ないなぁ、と言わんばかりのそれに一瞬きょとんとして、それから薄く微笑み返す。
笑ったなぁ、と背中を小突かれたものの、痛みらしいものはほとんど感じなかった。
「約束しましょう。来年は、あなたの気に入るものを」
そう自然のようにこぼれ落ちた言葉に、どうして晴れやかなものを感じずにはいられなかった。