「ばいばーい」
第6肢と第7肢をふりふりしながら、「彼女」は赤い大地から遠ざかっていく金属の塊を見送った。その光が見えなくなって、火星はいつもどおりの光景に戻った。
今まで感じたことがない感覚が、第1脳のあたりに湧き上がるのを「彼女」は感じた。
「彼女」はしばらくのあいだ、金属の塊が消えていった黒い宇宙の方を眺めていた。
彼ら――ニンゲンたちは、またここに来ると言った。なら、それを待とう。
そこで、「彼女」は気がついた。「待つ」ってどうすればいいんだろう。
この火星で発芽し明確な自意識を持つようになってから、「彼女」はなにかを「待」ったことがない。なぜなら、ここにいるのは「彼女」だけだったから。
とてもわくわくするのを感じた。なぜなら、「誰かを待つ」なんて、今まで一度もやったことがないことだったから。
第2脳が今までにない興奮状態になって、「彼女」は第15肢をばたばたと振り回した。しばらくして興奮状態が落ち着いたので、「彼女」はニンゲンたちが残していた巣を見てみることにした。「彼女」にとってはかなり狭い入口をなんとか抜けて、中の物に触れてみる。ニンゲンたちはここにあるものは自由に使ったり調べたりしていいと言っていた。そこで「彼女」は、ニンゲンたちが戻ってくるまでそれらを調べることにした。
それからしばらく経って、あの宇宙に浮かんだ青い星が近づいたり遠ざかったりを何度も繰り返した。「彼女」の行動に人間たちの巣を調べるという新しいルーティンが加わってからようやく、「彼女」は調べているものを見つけた。
「待つ」とはどうすればいいか、だ。
それがあったのはニンゲンたちが使っていた、デジタル形式の情報集積装置の中だった。人間用のデバイスだったが、もともと知能の高い「彼女」がその使い方を理解するまでにはそう時間はかからなかった。
さて、問題の「待つ」についてだが、情報集積装置を調べた結果「待つ」をやるには「釣り」という行為が必要だということがわかった。
この「釣り」もまた「彼女」の知らない行為だった。そしてまた調べていくと、この「釣り」という行為にはみっつの要素が必要だということがわかった。
すなわち「長い棒」「長い糸」「海」である。
「うーん、どうしよーかなー」
さて困ったぞ、と「彼女」と第20肢で