「いただきます」
水木は決まってそうやって丁寧に手を合わす。それをわしも習って手を合わせる。いただきます。そう小さく呟くと、食材に隠れている一つ一つの魂達がこちらに小さく会釈していた。
味噌汁、おむすび、からあげ、たくあん、熱いお茶。傍らにはいつものタバコ。
がぶりとおむすびにかぶりつけば中から鮭が顔を覗かせる。
「今日は帰りが早くなりそうだから」
がぶがぶとおむすびに齧り付く水木を見ながらわしはうんうんと小さく頷く。
「では少し豪勢に夕飯を作ろうかの?」
「ありがとう」
朝飯は二人で作るようにしているが、夕飯は大抵わしが作るようにしている。水木の帰りが遅いときはどうしても質素な食事になりがちだが、一緒に食べれるならば話は別だ。少し妖怪どもに食材を分けて貰って美味い酒でも見繕って少し豪華な夕食にしようと思った。
「おむすび握るの上手くなったな」
「そうじゃろ」
初めておむすびというものを作ったときはその形があまりにもいびつになってしまって水木に笑われた。妻と暮らしていた日々で何度か妻が握りを握ってくれたがそれがあまりにも簡単そうにやっていたものだから簡単なものだと思い込んでいた。何度かやるうちに一定の大きさで握れるようになったのはほぼ毎日こうやって水木と握り飯を握っていたからだろう。その月日を考えるとこの穏やかな生活がどれくらい長く続いているのかを感じる。
「豪華な食事じゃ無くても、俺はこういう握り飯も好きだな」
ぽつりと言われた言葉と、また感慨深そうにがぶりとかぶり付いた水木の大口を見ながら、わしはぼんやりと夕飯の献立を考えていた。そうだ。どこかで良い肉でも調達して肉じゃがでも作ってやろう。具沢山の味噌汁を飲みながらわしは水木を見ながらそう思っていた。今日の味噌汁は水木が作ったのでゴロゴロと野菜の入った男らしい料理となっていた。水木の作る料理はどこか荒々しい。
ふっと水木が腕時計を見る。
「そろそろ出勤の時間か?」
まだゆっくりと話をしていたかったが、水木は出勤しなくてはならない。
「いや、そろそろ鬼太郎が起きる頃かな? と思って」
「まだ大丈夫じゃろ」
隣の部屋ですやすやと寝ている鬼太郎を覗く。いつも水木が出勤するころにむっくりと起き出す鬼太郎はまだ夢の中のようだ。水木がたくあんをつつく。その様子はどこか残念そうだ。もしかしたら可愛い鬼太郎が起きてから出勤したいのかもしれない。だが、ずずっと味噌汁をすすればいつの間にやら水木の前にあった食事が綺麗に片付いていた。食事を終えて歯でも磨けば水木は出勤しなければならない。
「今週の週末は鬼太郎を連れてどこか出かけよう。デパートなんてどうだ?」
「よいのう。くりぃむそぉだが飲みたいのぉ」
「お前、クリームソーダなんか知ってるのか?」
「昔、妻と飲んだあれを鬼太郎にも飲ましてやりたいのじゃ」
「まだ鬼太郎には早いだろ」
ごちそうさまでした、水木がそうやって両手を合わせると、机の上にバラバラと散っていた小さな魂達がぺこりと小さくお辞儀していた。わしも綺麗に食べ終わった皿を前に手を合わせる。ごちそうさま。そう呟くと魂達がニッコリと笑っていた。今日も命をいただいた。
朝の光がまぶしい。特に水木の白いシャツにその光が当たるとわしは目をすがめたくなるような感覚を覚えていた。なんと穏やかな日常。それがきっとこれからもずっと続いていくのかと思うと、ほっと胸の辺りが温かくなるのだった。
「週末が楽しみじゃ」
本当は週末だけでなく、こういうちょっとした朝の交流も楽しいのだけれど。
「そうだな」
頷く水木の笑顔がまぶしいから。今日もきっと良い一日になると確信出来ていた。
カット
Latest / 47:19
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
第五回執筆鍛錬企画
初公開日: 2025年08月21日
最終更新日: 2025年08月16日
ブックマーク
スキ!
コメント