りーん、りーん、と風が吹く度に音が広がる。
「涼しげだな」
「いいじゃろ」
ゲゲ郎につれてこられたのは片田舎の山奥。高台の上にこじんまりとした神社。神社の境内に張り巡らされた回廊に吊り下げられた数々の風鈴。その下には願い事を書かれた短冊がくくりつけられていた。
「これからも美味しいご飯が食べられますように」
「○○くんと両思いになれますように」
「健康第一」
深刻さも様々な願い事が夏の青空の下、翻る。声高に鳴く蝉たち。もくもくとそびえ立つ入道雲。それから青々とした山々。その隙間を爽やかな風が通り過ぎる。その度になびいた短冊達が澄んだ音を響かせるのはいかにも幻想的な様相だった。
色鮮やかな短冊と美しく透き通ったガラス細工の風鈴。
「俺も何か願い事を書こうかな」
「おぉ、いいのぉ」
水木の提案にゲゲ郎はすぐに乗っていた。風鈴を売っている店先に水木とゲゲ郎は並んで佇む。シャツ姿の水木と着流し姿のゲゲ郎を店主は不思議そうに、しかし、黙って見上げていた。
「この水色の風鈴にしよう」
「ならばわしはこの朱色が美しい金魚の風鈴に」
「お前も書くのか?」
「いかんか?」
「構わねぇよ」
お代を出すのはいつだって水木だ。幽霊族であるゲゲ郎が人間界の金銭を持ち合わせないのはいつものことだった。水木は小さな黒い財布からお代を取り出すと、二つの風鈴を店主から受け取った。
「なら、願い事は吊すまで秘密だ」
「御意」
水木がいたずらを思いついたかのようにそう笑えば、ゲゲ郎が嫌に神妙そうに頷く。爽やかな風がまた吹き去り、今度はゲゲ郎の片目を隠している前髪を少しだけ巻き上げていた。
りーん、りりーん。
少しだけ離れたところで互いに願い事を書く。水木は何やら長々と書いていたようであったが、ゲゲ郎はサッサと書き終ってしまって暇そうにしていた。
「まだかの?」
「もうちょっと……」
覗き込もうとするゲゲ郎を水木がしっしと手で追い払う。ゲゲ郎はそれに素直に従い、自身の書いた風鈴に風を送って時を過ごしていた。金魚の風鈴が涼やかな音で鳴る。
「よし。書けたぞ」
「ならば。吊そう」
みっしりと吊された回廊の天井。その中から自分たちの風鈴が入るような空間を見つけるのはなかなか難儀なことだった。水木は、回廊の少し端、ゲゲ郎はその隣に自身の願い事を書いた風鈴をくくりつけた。
「へぇ」
「ほぉ」
そうして、互いの願い事を目にする。水木はゲゲ郎の願い事を見て一瞬、目を見開いていたがすぐににやりと笑った。
「家内安全 無病息災」
「ゲゲ郎と鬼太郎がいつまでも健康につつがなく暮らせますように。ついでにお袋も長生きしますように」
ゲゲ郎と水木はそれぞれそんなことを書いていた。
「ご母堂はついででよいのか?」
「後から思いついたんだから仕方ないだろ」
書く余白がまだあって良かった。そんな風に笑う水木を見ながら、ゲゲ郎はむっと口を引き結ぶ。急にどうしたと訊ねる水木にゲゲ郎がぼそぼそと耳打ちをしていた。
「水木が愛おしゅうて今すぐにでも口吸いをしとうなったが我慢した」
それでよかったじゃろ?
苦虫を噛みつぶしているような様相でそう言うゲゲ郎を見て、それから、まだこちらを見ている風鈴屋の店主を見て。水木はくいくいとその袖を引っ張った。
「宿に帰ったらゆっくり、な」
そう言う水木のちぎれた左耳が仄かに赤くなっていたのは、きっと夏の暑さのせいだけではないだろう。
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執筆鍛錬企画第四回
初公開日: 2025年08月03日
最終更新日: 2025年08月03日
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りっつんさんのイラストから書かせていただきました