涼しいのは好きだ。
雪が降るほどの寒さは、もっと好き。
そんなチョッパーだから、夏島の夏は蒸し風呂よりも地獄そのもの。
ふわふわした自慢の毛皮は脱げないから、しょうがないことなのだ。
現在、サニー号は夏真っ盛りの夏島に停泊している。
ルフィは真っ先に駆け出して行ってしまったし、他のクルーたちもそれぞれが思い思いの活動に励んでいた。
チョッパーとロビンは、暑さを避けてアクアリウムバーで読書中だ。
専門が違うから全く違う本を読んでいるのに、一人じゃないというだけでページをめくる手がいつもよりも早くなる。
知的な音だけが響く空間がたまらなく居心地よかった。
そこにウソップがやってきた。
彼はチョッパーを見止め、目が合うなり言う。
「おいチョッパー、今日はサンジがグルグルするってよ」
「そうなのか? えー、じゃあおれは今から口呼吸だ」
夏島だからな、これもしょうがないことである。
サンジは二年前のナミのことがあって、特に敏感なのだ。
ちょっとだけ肩を落としたチョッパーに、ロビンが問う。
「サンジがグルグルって、なあに?」
「んー、ほら、あれだよ。サンジみたいにグルグルで、緑で、嫌なにおいがして、虫をとるやつ」
「蚊取り線香な」
「そうそれ」
ロビンは初め怪訝な顔をしてチョッパーの説明を聞いていたが、ウソップの合いの手でピンときたらしい。
フフっと笑いをもらし「そう。なるほど、グルグルね」と小さく言った。
「おれ、鼻が利くからあのにおいダメだ~……」
あの線香も、ただでさえ苦手な夏に拍車をかける要因のひとつだ。
サンジはいつも美味しそうないいにおいがするのに、蒸し暑い夏島ではそうはいかない。
でも医者としては、病気予防としての虫よけは賛成。
だから少し複雑な気分になってしまう。
顔をしかめるチョッパーの隣に、ウソップが腰かける。
ニコニコ笑顔でポケットに手を忍ばせ。
「そんなお前のために良~いアイデアを思いついたんだ。これ見ろよ」
ウソップが取り出したのは、蚊取り線香。
今のチョッパーにとって敵ともいえる存在だ。
「うわ、グルグルだ!」
チョッパーは思わず飛びあがってウソップを睨んだが、彼は表情を崩すことなくチョッパーに線香を突き付ける。
「まあ嗅いでみろって!」
「ん……あれ? あのにおいがしない……?」
その線香はいつもとどこか様子が違って、色が薄いし、不快なにおいがしない。
むしろ良い香りだ。
すっきり爽やかなその匂いは、どこかで嗅いだことのあるにおい。
ああ、わかった。このにおいは。
「みかん?」
「ご明察!」
「作ったのか!? スゲー、ウソップ!」
ナミからみかんの葉っぱを数枚もらい、線香に混ぜ込んだらしい。
ウソップが「だろ!?」と、もともと高い鼻をもっと高くして得意げな顔になった。
「お前があんまり可哀そうだったからよ。今日はいつものじゃなくて、みかんの方を焚いてもらおうぜ」
「おおお……! ありがとう、ウソップ!」
こういうところである。
チョッパーはウソップの『こういうところ』を尊敬していて、大好きなのだ。
「そういうことなら私のお花も使っていいわよ。香りの強いのがあったはず」
「おう、あとで使わせてもらうぜ。ありがとよロビン」
ロビンも大好きだ!
チョッパーは、涼しいのが好きだ。
雪が降るほどの寒さはもっと好き。
夏島の夏とあのグルグルは苦手だけど、今日からちょっとだけ好きになれるような気がした。