ドアベルの音で振り向く。
戸口に立つ彼は、バーのカウンター席に腰かけるフランキーの横に座った。
「よう、兄弟」
「遅くなったか?」
「いや、おれもついさっき来たところだ」
バーはしっとりと落ち着いた雰囲気で、少し暗めの照明に情緒を感じる。
レコードが奏でる小刻みに弾んだジャズの合い間に、フランキーのウイスキーグラスの氷が軽い音を立てた。
彼はフランキーの親友である。
いつ知り合ったのかとか、どこでどうやって知り合ったのかなんて、とっくの昔に忘れてしまった。
そんなもの覚えていたって野暮なだけである。
ただ、彼とは魂が共鳴した感覚があり、あっという間に打ち解けた。
それからは飲みながら互いの近況を話す仲だ。
彼は男のフランキーから見ても男前で、いつだってかっこよく決まってる。
派手な恰好こそしてないものの、動きひとつとっても華があるから、周りの女たちは誰しも彼にメロメロ。
フランキーもいろんな輩から『アニキ』と慕われているが、またタイプの違う人気者なのだ。
「それで最近はどうよ」
「どう、っていうと?」
「とぼけんじゃねェ。家族だよ、か・ぞ・く」
そんな彼のハートを射止めた女性は、素朴な人だ。
素朴で、純粋で、可愛らしい。
『守ってあげたくなる』の代名詞のような可憐な女性である。
昔から彼と会ったときの話題はだいたい彼女だったのだが、ここ数年――5年ほどは違う話題がトレンドだ。
「5歳になった」
彼が、フランキーの皿に乗ったピーナツを一粒つまんだ。
フランキーは目をまん丸くして、いつもよりグッと明るい声を出す。
「へぇ! そいつァめでたい。5歳っていうと……アー、5歳だな!」
「ああ、その5歳だ」
カウンターの向こうで、マスターが冷蔵庫からライムを取り出した。
半分にカットして絞ると、甘さも感じる酸っぱい香りがふわりと辺りに漂う。
「おれはパパだが、お前は『おじさん』だな、フランキー」
「冗談じゃねェ。『アニキ』と呼ばせる」
「変なことを教えないでくれよ」
「そりゃおれが変態ってことか? よせやい、この褒め上手!」
「……まあ見ろ。おれの自慢だ」
フランキーが彼の背中をバシッと叩くと、彼は厚めの唇ではにかんで、懐から写真を取り出した。
けっこうなぶ厚い束である。
砂場で遊んでいたり、ご飯を食べていたり、原っぱで寝転んでいたり、虫を捕まえていたり、泣いたり、笑ったり。
日常の幸せなワンシーンがこれでもかというほど目に飛び込んでくる。
「おお……チビだったのに、デカくなったな。目元がお前に似てきた。鼻すじは嫁ちゃんだ。へえ、絵だって上手いじゃないの。こいつァ将来画家になるな」
「また適当なこと言いやがる」
「でもお前もそう思ったろ?」
「おれは別になんだっていい。こいつが健康で楽しく生きてくれりゃあ」
とつぜん親みたいなことを言いだした彼は、まさしく親だとフランキーは思った。
彼はシェイカーを振るマスターを、どこかぼんやりと見つめている。
そして呼吸をひとつはさんで、明日の遠足が楽しみなガキみたいな声色で言うのだ。
「あわよくば、人を愛し、愛される人間になってほしい」
「お前みたいに、か?」
どこかおちょくったようなフランキーの返しに、彼は愛想笑いで返した。
とはいえフランキーからしたら、彼のように愛にあふれた男を他に知らない。
一本のスジの通った、背すじのピンと伸びた人間だ。
だから何も心配はいらないだろう。
彼の背中を見て育つなら、チビも確実に『いい男』になる。
マスターが彼の目の前にカクテルグラスを置いた。
酒は淡い黄色のはずだが、暖色光と混じって白く見え、グラスに刺さったライムが不思議な存在感を出している。
フランキーはそれを見て、一言「愛だねェ」と呟いた。
マスターが、低く深みのある声で告げる。
「お待たせしました。ギムレットです」