七月一日のふみひらきのお題は「まっさら」。とりあえずそれに関連したことを書いてみようと思う。
十二時からは予定があるので、その間だけ集中して書くつもりではあるものの、最初に煙草を吸わないとやる気が出せないので、とりあえず喫煙をしてから始める。言うなれば、十一時四十分ごろ目安に開始、十二時前には終了という具合。どれだけの文字数が刻めるかはわからないし、あまり設定も固まってはいけないけれど、いつも通りアドリブというか流れにそってやる。頑張る。
タイトル案
・アイルビーファイン
・ゼロになるとき
・くじらの世界観
・花を見ていた
◇
一人が足りというものをしてみようと思う。
この日記のようなノートを見つけたのも一つの縁だと思うし、そこに合わせて筆記するためのペンが置かれていたのだから、これを使わないという手はない。
何かしら絵などかいてみようかな、と一瞬だけ頭に思い浮かんだ景色を描いてみようとはしたけれど、想像の一パーセントも満たないクオリティのものが出来上がってしまいそうだったから、絵は描いてやらない。
どうせなら文章でこれまでのことを、そしてこれからのことを語ってみた方が有意義だ。そうした方が自分には向いているんだろう。容易く文章が書けてしまうのだから、怠惰な私にとってはそれが唯一であり、それが一番なんだろう。何もやることがないというのであれば、こうして適当に文章を紡いでいる方が楽だ。何よりこの途方もない時間の流れを作業によって殺せるのであれば、私はそれを選択しよう。
だから、ペンを執る。そうして文章をこの日記に刻んで野郎ではないか。
◇
目の前にあったのは白い天井だった。白い天井を見てから初めて、私は目を覚ましたということに気が付いた。
白色の景色はどこか眩しく、目に障るような感覚を覚えた。目を閉じて暗闇を模倣すれば頭痛は少なからず収まってはくれる。身体に力が入る感覚はないが、思うように動かすことはできるようで、手を上げれば天井に向かって指先が伸びた。その感覚を少し変だな、と思ったけれど、私はそれができるだけでよかったじゃないか、と自分を落ち着けることにした。
それはそれとして違和感があった。どういう違和感なのかは理解できてはいないものの、それでも何かしら頭の片隅に違和感を覚えていた。抽象的な感覚なので言葉にはしようもないけれど、何かぼうっとするような感覚があった。その正体を探ることにして、私はぎょろりと周囲を見渡してみた。
それはどこか病棟の一室のような景色だった。
横になっている私の頭上には策のような白いパイプがあった。枕の位置のずれが発生しないように設置されているパイプ、そしてそのパイプの上部には誰かを呼ぶためらしいナースコールがあった。
それから横の方を見た。私は先ほど右手の方をあげてみたけれど、左手には何か点滴のようなものが刺さっていた。注射針は苦手なんだけどな、と
ぼんやり考えながら、それでも寝ている間に処置されたのであればそれでいいか、とも思えて、あまり針のことは考えないようにした。考えれば考えるほどに点滴の存在が過敏に感じ取れてしまいそうだから、すべてを無視しようと考えた。
点滴のそばには窓があった。白い景色の中に射す日光のような存在、というか空の景色があった。直接的な日射はそこにはなく、眩しいと感じるものはない。天井の白色が目に障るだけで、窓から通して見える青空については清々しい気持ちよさを感じられるほどだ。病棟の一室らしき場所であるはずなのに、不自由に自由さに囲まれているような、そんな変な歪さを覚えてしまう。でも、心地についてはそこまで悪いものでは無かった。
「──」
声を出そうとしてみた。それから左から右、私の足元の方まで眺めてみたけれど目ぼしいものはなにもない。強いて言うのであれば、食事をするときに使う簡易的なテーブルがベッドの上にあるくらいで、その上にはこれ見よがしとばかりにノートとペンが置かれている。寝相を邪魔するようなものでもないからどうでもいいな、と思いながら声を出そうとした。
出せなかった。
喉が枯れているのかはわからない、だが、すう、と息を引きずるような音だけが喉からは発せられた。舌は動いているのに、それでもどうしても発音、発生をすることができなかった。まあ、病棟にいるということは私の身に何かが起きたのかもしれない。だから、声が出せないくらいはしょうがないだろう、と思ったけれど、その瞬間に私の中にあった違和感の正体を理解した。
──私は、なんだろう?
なんだろう、誰だろう、とそう思った。
先ほどから意識は鮮明で、言葉をつらつらと心の中に並べることはできるけれど、それ以外の情報を自分の内側から見出すことができなかった。どうしても考えるたびにやってきていたのは、自分がどうしてこのような状況になっているのか、自分とは誰なのか、というそんな不確かでしかない実感でしかなく、私は違和感に気が付いてから更に頭痛を抱える。
どういうことだろう。私は誰だろう。すぐ先に思い出せそうな感覚があるのに、それでも何も思い出すことはできていない。異様に不気味さを覚えて、私は衝動のままにベッドから体を起こした。なるべく左手に刺さっている点滴へと気を使いながら。
起き上がって、最初に触れたものはノートだった。テーブルの上に置かれているそのノートに何かしらの情報があれば、この状況についてを理解することができるかもしれない。そんな希望を抱きながらそれを開きはしたものの、期待を裏切るようにそのノートは白紙だった。開いた意味はないな、と思いながら私はノートを静かに閉じた。
体は起こせるし、器用に指先も動かすことはできる。病棟にいるこの状況、何かしらのことが私にあったことは推察できるけれど、それでも何が起こったのか、その正体ははっきりしない。足についても動かせるようで、シーツがかけられている上からでも、私が思うように動かした足先の指の反応が見て取れる。
どうしようか、とは思いつつも、それでも人と話さなければいけない。内心では半分焦っている感情と、それを半分俯瞰で見つめている自分がいた。その冷静さに頼りながら、私は先ほど頭上で見かけた誰かを呼ぶためのナースコールのボタンを、つり下がっている紐からのスイッチを押した。
びー、びー、と喧しい音が遠くから聞こえてくる。それによって私がボタンを押したという確かな実感は湧いたはいいものの、それからしばらくしても誰かが来ることはなかった。というか、そんな音が私に届くのについてもどこか違和感があった。
病棟、というのであれば、ほかにも誰かがいるかもしれない。ナースや医者でなかったとしても、私以外にもこのような状況に陥っている患者、入院者のひとりくらいいてもおかしくはない。
でも、何も音は聞こえてこない。どれだけ耳を澄まして、遠くから聞こえてくるナースコールの音が耳に届くだけで、それ以外の音、声、喧騒さえも、何一つ聞こえてこない。
半分だった焦燥感が心の中で更に大きくなっていく。どれだけ冷静に受け止めようとしても止まらない焦燥感が頭を混乱に導いていく。今身体を動かさなければどうなってしまうだろう、状況がわからないためにより一層自分自身で行動しなければいけない切迫感を覚えた。
私は立ち上がることにした。左手に刺さっている点滴に気を使いながら、それに体重をかけるようにして、そうっと立ち上がって、それから行動を起こそうとした、が。
「──」
声は、出せない。出せないけれど、それでも、は、と息が漏れたことを自分で理解した。
点滴のそばにある景色、窓から通して見える青空の正体、その地面の行く先。
途方もないほどの青色、それは白と青の極端なコントラストで世界を描いており、あまりの青さに言葉を失ってしまう。それは綺麗だと言えるものかもしれないけれど、それにしては綺麗すぎるが故に、どうしたって非現実的な世界であることを考えてしまう。
──真っ青な海、空、まっさらな砂浜、白けた世界。
そんな景色を見て、私はどうすればいいか、より一層悩みとして抱えることになってしまった。