そういえば、朝から天気悪かったなって。聞こえる雨粒の音で、思い出した。目覚めたばかりの頭はまだしっかり回ってくれなくて、今自分がどこにいたっけ、って。ほんの一瞬だけ、混乱する。少し腕を動かしたら、ごく近い距離に人の皮膚が触れた。これが誰かなんて、それは考えなくたって分かる。大きく深呼吸したら、もう充分すぎるくらいに知ったにおいがしてくらくらした。
 遮光カーテンのせいで外の明るさは分からないけれど。多分、まだ早い時間なんだろう。時計を見てないから分かんないけど。外から聞こえてくる声はきっと近所の小学生とかだと思う。家の前の道を駆けていく声。水の跳ねる音。雨ってだけで、そんな楽しく過ごせるのってお得だと思う。何の得かって、人生の。楽しいことはいっぱいあった方が良いでしょ。
 そう考えたら、おれは小さい頃から損してきたのかもしれない。ゲーム以外でもそれなりに楽しいこともあった気がするけど、あまり思い出せない。今、他に考えることがないから考えてみるけど、何か……いつの時代のどんな場面を思い出しても、この人がいるなって。横を見て思った。
 まあ、バレーもそうなんだけど。家の壁にくっついていたトカゲを捕まえようとしてしっぽがちぎれた時とか。父さんのパンツの柄が変だったりとか。おれが調理実習で作ったクッキーが粉々になってたとか。なんか、そんなことで一緒に笑ってた覚えはあるけど、今になって思ったら一体なにが楽しかったのか分からない。ていうか、その程度しか思い出せないからやっぱりおれは損してきてたのかもしれないなって。思うんだけど。
 
 仰向けだった身体を、横に向けた。今、記憶の中にいた姿よりも随分おっきくなったけどちゃんとクロがそこにいることになんか安心する。そりゃ、いるのが当たり前だけど。さっきまで、してたんだから。
 正直、セックスは楽しいと思う。自分でも知らなかった身体の感覚を知っていくのは面白いし、それを見たクロがおれの知らない顔をするのも面白い。気持ちいいとか、そういうのは置いといて楽しい、って感じる。クロがどう思っているかは知らないけど。
 この楽しいも、時間が経ったら『何が面白かったんだ』になってしまうんだろうか。できたら、ずっとこのままお得でいたい。
 そういえば、おれたちはそういう話をしたことがないかもしれない。して、そのまま寝たり。解散したり。初めてした時ですら、お互いに感想とか言ったことがないかもしれない。
 そう思ったら、どうしても気になってしまって聞かずにはいられなくなる。目の前の、日焼けしてない肌に顔を近付けて、思い切り噛みついてみた。
「っ、て! え、なに、」
「おはよ」
 まだ眠いのか、目は半分も開いてない。まぬけな顔でおれの噛みついた肩を手で擦って目視する。薄暗い部屋の中でも分かるくらいに意外とくっきり残った痕に満足して、思わず笑ってしまった。
「噛んだ? 何で?」
「聞きたいことがあって」
「嚙みつくって、人間の起こし方じゃないのよ。てか、めちゃくちゃ歯並びよくない?」
「何その感想」
「いや、見ろって。このお手本みたいな歯形」
 普通、こういうのって怒るんじゃないかと思う。それなのにクロは何か少し嬉しそうにしているから。たまに、この人変だなって思うことがある。クロがこんな変なヤツだって、きっとおれしか知らない。
「セックスどう思ってんの」
「え……なんなの、聞きたいことってそれ?」
「そう」
 さっきまで、あんな散々しておいてなんでちょっと照れてんの。じ、って見てたら、クロはおれから視線を外した。
「どう、って。なんて答えりゃいいの」
「なんでも」
「なんでそんなこと聞きたくなった?」
「聞いたことなかったから」
「研磨は?」
「おれ? 楽しいとは思ってる」
「あ、そう……」
 クロのその残念そうな声に口元が、勝手に笑ってしまう。不満なんだろうなって。きっと、気持ちいいとかそういう系のことを言って欲しいんだろうなって。分かるんだけど、楽しい気持ちが勝つんだから仕方ない。
「クロは?」
 やっと、クロがこっちを見た。何て答えるんだろう。この反応からして、おれと同じ『楽しい』は無いと思う。普通に『気持ちいい』かな。それとも『ヤバい』とか語彙力消失系かな。
「何でそんなワクワクした顔してんの」
「クロの答え、期待してる」
「ハードル上げんの止めてもらえます?」
 クロは、うんと伸びをしてから、大きく息を吐いた。そして、布団の中でおれの手にクロの手が触れる。指を絡めて、ぎゅっと握られて。正面から、目を覗き込まれた。
「言っていいの?」
「え、うん。なんで、駄目なこというつもり?」
「いや……えっと」
 繋いだ手が、汗をかいている。今更なんとも思わないけど、それを感じたらこっちまで緊張してくる。
 え、なに。『本当は気持ち良くない』とか? それとも『実はそんな好きじゃない』とか? でも、最中のクロのあの感じからしてそれはないと思う。
 もう何も予想ができなくて、早く言って欲しくてぎゅう、と繋いだ手に力を込めた。
「引くなよ」
「わかんない」
「まあ……どうかって言われて一番思うのは、」
「思うのは」
「しあわせ、かも」
 一瞬、頭が真っ白になった。全く予想してなかった言葉が出てきて、多分びっくりしたんだと思う。自分のことで、多分もなにもないんだけど。
 絶句って、こういうことを言うんだろう。本当になにも言えなくなってしまって固まったら、クロが焦ったみたいに起き上がった。
「おいおいおい、引くなって言ったでしょーが!」
「え……っと、」
「……研磨?」
 クロも、固まったあと。急にベッドから降りようとしたから、思い切り腕を引っ張ってそれを止める。
「まて、電気!」
「つけなくていい!」
「離せって、今のお前の顔みたい! 明るいとこで!」
「ちょっと! やだって!」
 おれだって、一応男だしそれなりに力はあるはずなんだけど、この大男を止めることができない。分かってる。クロの方が力があるってこと。
 おれの両脇から背中に腕を回したクロに、雑に抱えられる。そのままドアの方まで引きずられて、結局部屋を明るくされてしまった。
 顔を隠したいのに、クロが離してくれないせいでそれが叶わない。
「うわ……」
「うわって、なに」
 今、自分の顔が熱い。赤くなってるって、自覚がある。逃げるのを諦めて、さっき噛みついた痕の残る肩に額を置いた。
 そしたら、クロがぎゅうって強く抱きしめてくるから。
「めちゃくちゃ幸せなんですけど」
「なに言ってんの」
「研磨のそんな顔、見れると思ってなかった」
「そんな顔って……」
「ちゅうしていい?」
 いつも、そんな確認しないくせに。改めて言われたら余計に恥ずかしくなるし、顔が熱くなりすぎて頭がふわふわする。ベッドに押し返されて、押し倒されて。こんな明るいところでこの体勢って、もう自分の顔が丸見えになってて、やだ。
 耐えられなくて目を強く閉じたら、ふ、って笑う音がして瞼の向こうが暗くなった。
おしまい!!
有難うございました♡
 
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黒研書きます
初公開日: 2025年06月20日
最終更新日: 2025年06月20日
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コメント
仕事しながらなので離席しながらになるかもですが…
事後
何でもないSSをぼちぼち書こうかなーっていう🙌
津森。
青手癖
青手。四大癖書。
津森。
エクおと モブ少年とヴィルギリウスの話
教会の孤児がある夜に不思議な少年と出会う話。
石田