毎回毎回、クロは俺の言うことを聞いてくれない。ヤダって言っても止めてって言っても、「イイってこと?」ってふざけた解釈をして行動に移してくる。
 隣で、呑気に俯せで寝ている姿を見ると何か仕返しをしてやりたいなって思うんだけど。正直、この行為に凄く慣れてるって訳じゃないから何が仕返しになるか分からないでいる。
 今日、一体何されたっけ。一緒に帰ってきて、クロが部屋までついてきた時点で何かされるんだろうなとは思っていた。それなりに覚悟したし、緊張もした。着替える時だって、クロは何か喋ってたけど何を言ってたか覚えてない。制服を自分で脱ぐのが、何か自分から準備してるみたいで凄くイヤだなって思ったのは覚えてる。
 結局シャツのボタンを外したところで後ろから抱きつかれて、身体を撫でられてキスされて。そこから先を思い出すのが嫌になったから、溜息をついて頭の中を一旦リセットした。
 下の階で、母さんの動く気配がする。おれたちが帰ってきた時にはいなかったけど……、いつ帰ってきたか心配になる。玄関の靴をみてクロが来ていることも分かっているだろうから、もしかしたら、一緒に夕飯食べてけばってなるかもしれない。こういうこと、してたってバレてないかなって不安になりながら食べるご飯はあんまりおいしくないからそれもヤダ。この人は、あんまりそういうの気にしないみたいだけど。
 あ、って。気付いて。掛布団を捲って自分の身体を確かめた。首を思い切り捻って腰の上あたりを確認して、やっぱりって呆れる。他にも無いか探したけれど、見える範囲ではここだけにしかついていない。
 思い切り吸われてできた鬱血のあと。いわゆるキスマーク。なんでこんなものつけるのって聞いたことあるけど、ただのマーキングって言われて思い切り枕で殴ったことがある。ただの、ってつけても全然カッコ良くない。こういうがあるから、家族との夕飯で後ろめたい思いをするんだ。もし、自分で確認できないところにつけられてたらって心配になるし。まあ、普段見えないところって言っても腰なんて部活の着替えで見られるような気もするんだけど。
 隣で、素っ裸で寝ている姿を見て、仕返しを思いついてしまった。部活の後にこういうことをすると、体力を使い果たしたかのようにクロはぐっすり眠っていることが多い。多分今日も。あんな動いていたんだから、きっとすぐには目を覚まさないだろう。
 ゆっくり、掛布団を捲る。あんまり見る事はない背中を見下ろす。ホクロとか、何かぶつけたような痣とかはあるけど、おれよりしっかり筋肉がついていて綺麗だなって素直に思う。
 おれの腰に付けられたキスマークと、同じ場所。そこに、顔を近付ける。クロの匂いに、ムズムズした気持ちになる。唇を押し当てて、吸ってみる。クロが起きる気配は、無い。
 離れて見ると、吸った場所は薄い細い楕円の形をしたピンク色の痕が残っていた。結構強く吸ったはずなんだけど……なんで、クロがつけたのとこんなに違うんだろうか。試しに、同じ場所をもう一回吸ってみる。さっきよりも強く、思い切り。皮膚が唇の間に入ってくるくらいに吸って、痛いかもって思って離れた。
「え……なんで」
 思わず声に出てしまうくらいに、残った痕の色は薄い。
 もしかして、場所かもしれない。多分おれの方が体格も良くないし皮膚も薄いのかもしれない。だから、クロの皮膚のもう少し薄そうなところで試したい。腰から、ちょっとだけ横にずれて脇腹あたり。そこを思い切り吸う。これ、吸ってる時の顔って必死過ぎる気がして全然ムード無いんだけど大丈夫なの。クロがおれに痕付けてる時の顔なんてしっかり見たことが無いけど、もしかして凄く変な顔してるんじゃないの。おれだったら、この顔絶対に見られたくない。
 どうでもいいことを考えながら残したキスマークは、今つけた中では一番濃い色になった。それでも、まだまだおれの身体についたやつよりは薄い。
 こわい。この人、どんな力でおれの身体吸ってんの。段々ムカついてきたから、何が何でも同じくらいの痕を残したい。クロが寝ているうちに。
 あと、強く痕を残せそうなところっていったら、内腿とか二の腕とか首とか。脚はちょっと嫌だし、二の腕は角度的に無理そう。じゃあ残ったのは、首か。
 寝ているのを確認して、首に顔を近付ける。汗の匂いと制汗剤の匂いと一緒に息を目一杯吸い込んで、肺の空気を全部吐いてから、口を首の横側に押し付けた。
「はい、ストップ」
 吸ってやろうと思ったのに、クロの身体が急にひっくり返って動きを止める。ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべるクロと目が合って、顔が熱くなるのを感じた。
「……いつから起きてたの」
「これ、されたとき」
 言って、腰のキスマークを指でつつく。
 ってことは最初から起きてたってことで。おれが悪戦苦闘しているのを、寝たふりをしながら面白がっていたということだ。
「ムカつく」
「うん、顔にそう書いてある」
「なんなの?! 悪趣味だよ」
「人が寝てる間にキスマーク残そうとしてる方が、よっぽど悪趣味なんじゃね?」
 一応、クロも下に母さんがいることに配慮してなのか小声で応戦してくる。両手を伸ばして引き寄せられて、反論するのをやめた。
「マーキングされんの、悪くないけども」
「別に……そういうんじゃないし」
「ふ。まあでも、首は無し。俺も一応、見えないとこで我慢してんだからさ」
「我慢ってなに」
「んー? そりゃあ、見えるとこにつけて悪い虫が寄ってこないようにはしたいけど。お前が困るだろうから見えないとこにしてんの」
「ていうか、何でこんな色になんの。おれ、全然つけらんないんだけど」
 抱きしめられながら言えば、クロはおれのことをベッドに押し付けて覆いかぶさってきた。今の今まで面白そうにしていた顔が、さっきの、してる時みたいな目になっていて息が止まる。
 つ、と肌を撫でられて、その指先を視線で追った。ムズムズした感覚が蘇ってきて、思わず足の指をぎゅっと握る。
「ここ、付ける」
 わざわざ宣言をしたのは胸元で、ちゃんを服を着たら見えない場所。そこだったら、っていう意味を込めて頷くと、クロは身を屈めて唇を当てた。
「っ、」
 痛いくらい吸われて、咄嗟にクロの頭を掴むのに。全然離れてくれない。名前を呼んだら、目が合って。ぞく、とお腹の奥が疼く。途端に、クロの感覚が蘇ってきて息が漏れる。これだけ密着しているから、自分の反応はきっとクロにまるわかりで、恥ずかしくて目を逸らした。
 そんなおれを見てまた楽しそうに笑ってから、唇は漸く離れていった。
「見て、研磨」
 唾液で濡れた場所が冷えていく感覚に、視線を自分の胸元に向ける。
 そこには、おれがつけたのとは全く違う色をしたキスマークが残っていて、指で撫でてみたら少し感覚が麻痺しているような感じがした。
「こんくらい強く吸わないと残んねえの」
 ふふん、と何故か自慢げに笑って、クロはおれの頭を撫でた。
「今度は、ちゃんと強く付けてな」
「……なんで」
「だって、こんな薄かったらすぐ消えちゃうだろー。研磨のキスマークは、長く残ってたら残ってるだけ良いので」
「なにそれ、変態」
「へーへー、変態で結構」
 笑いながら、クロはベッドの下に散らばった服を集めて身につけていく。仕返しの筈だったのに、クロにとってはご褒美になってしまったみたいでやっぱりムカついた。
いっこめおわり!
「もう絶対クロと旅行来ない。もったいない。時間もお金も」
 つい数時間前まで、綺麗にベッドメイクされていたシーツは皺だらけで、ところどころにシミが出来ている。バスタオルを敷いていたはずではあったけれど、そんなもの全く意味が無かった。
 その乱れたベッドの上で、研磨はぐったりを身を横たえている。口を開けば文句ばかりで、黒尾は苦笑するしかなかった。
「いやごめん。マジで俺が悪いです」
「その顔、絶対悪いって思ってないでしょ。笑ってんじゃん……」
「そうね。あんま思ってないかも」
「最っ低」
 起き上がる気力の無いその身体をソファから眺めながら、ルームサービスで届いたばかりの軽食を口にしている。どうやら浮かれているようで、謝罪の言葉を口にするものの反省はしていないらしい。
 食う? と聞かれて、黙って口を開ける。クラッカーにチーズを乗せて、それを食べさせてやると眉間に皺を寄せた。寝転がったままで咀嚼する姿は結構レアなんじゃないかと思う。研磨だって、この非日常のシチュエーションを楽しんでいるんじゃないか、と。黒尾はますます口元を緩めた。
「うまい?」
「なああむがおかった」
「なんて?」
「……生ハムがよかった」
「へいへい」
 皿をもってベッドに腰かける。フォークに絡めた生ハムの、オリーブオイルが垂れないよう口に近付けた。
 特に理由は無かった。ただ、休みが被っただけ。ただ、暑くも寒くもない気候に誘われただけ。ただ、ふたりきりになりたかっただけ。それだけで決めた旅行だった。行楽シーズンとはいえ、高い料金を払えばホテルも旅館もそれなりに部屋はとれてしまう。夜景が自慢だというホテルのセミスイートに空室が有ったので、研磨は黒尾に相談もなくその部屋をおさえていた。
 せっかくの観光地だし、早めにチェックインして散策しようと言っていたのに。部屋に入ってすぐ、大きなベッドにダイブしてしまったのが良くなかった。そのままなし崩しに事が始まってしまった。
 とはいえ、研磨だって抵抗はしなかった。開放的な気分であったし、勢いのまま抱かれるのも嫌いじゃない。一回くらいだったら、そのあと十分に時間は有るだろう。そう思って、黒尾に身を委ねてしまった。
 広く綺麗な部屋と開け放ったカーテンの向こうに広がる景色。真っ白なシーツに押し付けた研磨の白い肌。視覚的にも、気持ち的にも、黒尾の欲は一回で鎮まるわけもなく。快晴の空が夕焼け色に染まり、そして夜景に変わっていく間、研磨は黒尾に抱き潰されたというわけだ。
「もう外いけないじゃん」
「ごめん」
「ていうか、起きられないんだけど」
「ごめんなさい」
「懐石料理がオードブルになったの信じらんない」
「俺も」
 唐突な同意に、研磨は思わず吹き出した。反省の色が全くない黒尾に、怒ることすら億劫になる。
 恐らく、これが研磨の自宅でのことだったら黒尾の反応も違ったのだろう。ふたりで出かける予定が有るにも関わらず、欲に負けて何度も抱いてしまっていたとしたら。申し訳なさそうに謝り倒して、甲斐甲斐しく世話をするに違いない。それなのに今、裸で寝転がる研磨を放置して食事を始めている。鼻歌まで歌い出しそうな雰囲気だ。
「ねえ、何なの。別にこんなこと、いつでもできるじゃん」
「ん-……まあねえ」
「せっかく、ふたりきりなのに」
「うん」
「……ねえ、クロ。なんか変だよ」
 研磨が言うと、黒尾は黙って立ち上がった。皿をテーブルに置いて、窓の方に歩いて行く。研磨と同じく何も身につけていないその姿が、大きな窓ガラスに写っている。
「研磨、こっち」
「動けないって言ってるじゃん」
 低く呟くと、再びベッドに寄ってきた黒尾が研磨を抱き起した。そのまま窓の傍まで連れていき、立たせてやる。汚れの一つもない窓に手をつくのは憚られたけれど、そうしなければ身体を支えられそうになかったので仕方なく手をついた。
 それを後ろから抱きしめて、黒尾が耳元で囁いた。
「夜景、見える?」
 真っ暗な夜空と、キラキラと光る夜景。さすが、景色が売りというだけあって絶景だ。しかし、どうにも感動が薄い。
「ねえ、部屋の電気消さない? 部屋ん中反射してあんまり見えない」
「な。鏡みたいになってるな」
 その声が、どうにも最中の延長のような色を含んでいて。
 思わず研磨は振り返る。
「ねえ、もう無理だからね?」
「ん?」
「まさか、ここでするって言わないよね?」
「するって言ったら?」
「ま、って! 無理、だってば!」
 立ったままで身体を反転させられて、窓に押し付けられる。冷たさに身を震わせた研磨に、黒尾は笑いながら口付けた。
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初公開日: 2025年11月09日
最終更新日: 2025年11月09日
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何でもないSSをぼちぼち書こうかなーっていう🙌