バレンタインの今日の魔道服は、主様の世界のファッションを真似たもの。ロノは野球帽に目玉焼きのイラストをプリントしたTシャツに、黄色基調のチェック模様の上着を羽織り水色のダメージジーンズ姿。バスティンは目深なバケットハットに、上下ゆったり抜け感のあるチェックの、濃淡あり全身チョコレート色コーデ。
「お前、帽子の下の髪、アホ毛までペターンってなってるwww」
なぜか今、俺は笑われている。バケットハットを俺の頭から取り去ったロノに。服にも髪型にも詳しくない俺は、だからなんだと思いながら聞き流している。
「そんなの、お前だって同じだろ?」
ロノの野球帽を取り去ると、彼の狐色のツンツン髪も見る影がなく、俺の髪とそう変わらない様相を呈していた。
「……返せよ」
笑いが止んだロノが真顔で野球帽を取り返して被り直す。
「…………」
舞踏会会場の警備の依頼執行中。何事もなさすぎてヒマだ。
だからといって、警備中にこの気分を来たすのはいただけない。我慢しなければ…。
(ヒマだなぁ…)
立ってるのがダルくなってきた。ヒマすぎて、脚元の砂に脚の先で落書きを始めた。
そんな折、目の端にとらえた、隣で立っているバスティンの上半身が一瞬ぐらついたのがわかった。見ると、軽く頭を振っている。
(…あー、まぁそうだよな…。なんにも起こらねぇし、ヒマだし…バスティンだもんな…)
バケットハットを深く被って隠れ気味の紅紫の両目が重そうに細められ揺れている。まるで帽子が重いと訴えているように頭がわずかに揺れている。
「…………」
無言でバケットハットをやつの両目が隠れるまで下げてやる。いつもなら近づいたらすぐ気づくくせに。(眠くて今のオレの気配を察せなかっただろ)
「…………………ぁっ…」
しばらく何の抵抗もなかった間があった。少し寝ていたらしい。俯いて自らの左手で目を擦るバスティンがやっとオレの手が自分に伸びていることに気づいた。
「だから…もう帽子はいいだろ、触るな…」
眠気が絡んだ気だるげな声でそう言うと、オレの手を掴んで自分の帽子から離した。そして、自分で帽子の角度を整える。眠そうに細めた両目と冷や汗が垣間見える。だいぶしんどそうだな…。ほら、また一瞬上半身が傾いて急いで姿勢を正している。
「おい、バスティンちょっと来い」
ロノがバスティンの腕を掴んでズカズカと歩き出した。
「な、おい…ロノ! どこへ行く…」
脚がもつれそうになりながらロノに引っ張られそちらの方へ歩く。
「ベリアンさん、すいません。ちょっとコイツ、限界みたいで…」
ロノの向かう先はベリアンのもとだった。
「…は!? なんだ、お前、ロノ‼︎ 何してるんだ、持ち場に戻るぞ…」
覇気がない抗議を無視したロノはベリアンから許可をもらうと、自分たちが乗ってきた馬車へ向かって歩いていく。
「…っと」
バタンッと馬車の扉まで閉めて、2人だけの空間になった。並んで座り、ロノは再びバスティンのバケットハットの前の方を目元を隠すほど降ろす。
外の喧騒が遠い2人きりの静かな空間。馬車の座席に座せられ、バケットハットで両目を隠され光が遮断されて気分が落ち着く。
「お前なぁ…自分の体調くらい気づけよなぁ」
呆れたような言い方だが、声のトーンをわざと落として話すロノ。
「…別に…体調…は…わるくない…」
目を覆う暗闇と、いつもよりトーンを落としたロノの胸に響く低い声が心地よくて抗いがたいバスティンは、それでも寝まいとロノの言葉に必死に返す。バスティン自身は気づいていないがすでにふわふわな口調になっている。抜け感のあるチョコレート色のコーデをしているから、いつにも増して華奢で拙く見える。
まるでチョコレート色のバケットハットのほうが大きいような錯覚を受け、目深に被せられてもがく小動物のようなバスティンに穏やかに語りかける。
「そんな眠そーな声で喋っておいて、まだ抵抗すんのかよ」
「…だ、だから…持ち場に…戻…」
バケットハットで両目を隠されたままのバスティンの言葉が途切れた。代わりに細い寝息が返ってきた。
(なに頑張ってんだよ…)
ふらつくバスティンの上半身をロノは自分の方へ寄せる。
「…んぅ……」
ロノの肩口でむにゃむにゃ言ったバスティンは寝返りを打つように、目元に光が入るのを拒絶するように顔を伏せて、左手が不意にロノの目玉焼きTシャツを掴んだ。なんだか子供か赤ちゃんのような寝返りだと思いながらロノはバスティンの背中にそっと腕を回した。
「…………」
上から見ていると、帽子しか見えない。顔が見たいとバケットハットを彼の頭から取り去ると、眩しいのが嫌なのか、結局顔をもっとロノの服にうずめてしまう。それなら、光を遮る角度でバケットハットをかざしながら、うずめられた顔をこちらに向かせるために彼の顎を3本指でクイッと動かした。
そんなことをしていたら、ロノに寄りかかっていたバスティンの体勢が崩れてロノの膝に倒れ込んだ。
「んん〜〜〜…」
まるで抗議するかのように細く低い唸り声を発したので起きたかと思ったが、顔をロノの腰あたりに押し付けるようにして、また寝入った。
「…………///」
…反則だ、かわいい。自身の下腹部にバスティンの健やかな寝息がかかってこそばゆい。これは、どうしたものか。とりあえず、バケットハットを脱いで時間が経ち、猫っ毛が戻ってきていて柔らかいバスティンの髪をそっと梳かす。安心して眠っている彼の横顔が見えた。
まるで猫が膝に乗ったまま寝てしまった状況に酷似していて、ロノは動けないと思った。しかし、この穏やかな寝顔を邪魔するような何かから守ってやりたいと思うし、いまだにロノのTシャツを掴んだまま離さないバスティンの手になぜかドキドキしてしまう。
「…ろの……すき……」
「!?」
寝言のもったりした口調で短いが衝撃的な言葉が2人きりの空気を震わせた。見ると、ロノの下腹部にうずめていたバスティンの顔の位置が少しずれて表情が窺える。幸せそうに微笑んでいる。頬もほんのり上気している。
「〜〜〜〜;」
初めての出来事にロノは1人で百面相してどうすればいいのか考えていると…。
「ろの…のごはん…すき…おかわり……」
幸せそうな顔でそう言うと今度はロノの膝に顔をうずめてバスティンは深い寝息を再開した。
「……………ごはん…」
どれくらいの時間が経っただろうか。ロノは動けない体勢のまま幸せを噛み締めていると、突然コンコン、と窓を軽くノックする音が聞こえてビクリと肩を跳ねさせた。見ると、ベリアンが心配そうな顔で馬車の窓の外に佇んでいるので窓を開ける。
「バスティンくんはどうですか? …あらあら、熟睡してますね」
お上品にクスクス微笑むベリアンに困った顔を向けてロノが応える。
「そうなんです。まぁーったく…。しんどそうに我慢してたんで、休ませてやろうと思ったらたっぷり寝やがって…」
「ロノくんはよくバスティンくんのことを見ていますね。手もつけられない最初の頃とはずいぶん成長しましたね」
愛しい我が子たちを眺めるような微笑を浮かべたベリアンにロノの野球帽越しに頭を撫でてもらう。バスティンのときとは違う意味で赤面したロノは腕を口元に当てがって視線を逸らす。
「もうあの頃のオレじゃないんで…」
「では、警備の方は順調なので、ロノくんは引き続きバスティンくんを見ていてくださいね」
馬車の中の2人に暖かい眼差しを向けたベリアンは警備の配置へ戻っていった。