おはようございます。これから日課の「毎日フリーライティング」を始めます。どうぞよろしくお願いいたします。
おはようございます。
昨日、スティーブン・キング『書くことについて』を買いました。スティーブン・キングといえば、「シャイニング」、「IT」、「スタンド・バイ・ミー」、「グリーン・マイル」――映画を全く知らない人でもタイトルは知っているであろう名作の数々を書いた人だ。読むのには遅すぎるくらいだった。
まだ読んでいる途中なのに感想を書き始めたくなるくらい、金言がたくさんある。
文章は短いほうがいい。たくさん読み、たくさん書け。書きたいことを書け。なんでもいい。それが真実である限り。
はい、書きます! そうしてわたしは自分のPCに向かい、TxT Liveを立ち上げて、これを書いている。なんと愚直なことか。
『書くことについて』を読んでいると文章を書きたくなるし、文章を書いていると『書くことについて』を読みたくなる。不思議な本だ。これから何度も立ち返り、読む。そんな本になる気がする。
文章の書き方指南と、スティーブン・キング本人の話が一緒に載っているのが面白い。文章指南本はいくつか読んだのだけど、ここまで自分の話を多くしている本はあまり見たことがない。面白い本だ。全然内容は異なるけれど、わたしの大好きな自伝的小説『心臓を貫かれて』もこんな感じの書かれ方だ。文章指南コーナーはないのに、どこか似ている。
『書くことについて』を読んでいるうち、不思議とわたしが気に入る本の指南は短いいくつかのアドバイスによって構成されていることが多いことに気がついた―ーこの本でいうなら、文章は短いほうがいい。たくさん読み、たくさん書け。書きたいことを書け。なんでもいい。それが真実である限り。
わたしが影響を受けた本について書きたい。スティーブン・キングも『書くことについて』で紙面を割いている。かっこいいから、真似したい。
わたしは小説をあまり読まない。小説を書いているくせに。スティーブン・キングの教えにも反するかもしれない――たくさん読み、たくさん書け。 だけど、小説を書くのだから小説を読まなければならないということはないだろう。
しかも、全く読まないわけでもない。わたしはいつも数冊読み止しの本を持っている。少なくて3冊、多くて10冊ほど。その中の1,2冊は小説だから、「全く読んでいない」というわけでもないということが分かってもらえるだろうか。
冗長に言い訳を書きつけたが、要するに、この中のリストには小説が少ないということだ。
平易で、内容が「入ってくる」本が好きだ。なるべく薄いものがいい。長い物には長い理由がほしい。たとえば、町田康『告白』は非常に長い物語だが、あれは非常に長いこと自体が主人公の困難をよく示していると思う。だから、ああいう物語の長さは然るべき「長さ」だと思う。
学園ものだとよくあるが、連載しているうちにどんどん新しい登場人物が出てきて長くなるものは好きでない。さらに年度が上がり、下級生が登場して、他の学園が出てきて、そしてまた年度が上がり、下級生が登場して、他の学園が出てきて、年度が上がり、下級生が登場して、他の学園が出てきて、…… どこかでそのループは止めなければならない。どこかで終わることを意識されているなら、長いものも好きだ。
これまた長々と書きすぎた。結局、わたしの行動指針になっている本は2冊ある。
養老孟司『解剖学教室へようこそ』
阿部謹也『自分のなかに歴史をよむ』
養老孟司は、元々医者。阿部謹也は、西洋史の研究者だ。2冊とも小説ではない。だけど2つともわたしの根幹を作った大事な本だ。どちらも分かりやすくて、すぐ読める。文庫になっていて薄い。これを読んで「ふうん?」と思った人は、ぜひ読んでみてほしい。多分近くの図書館にも入っているだろう。どちらも有名な本だ。
『解剖学教室へようこそ』は、わたしが人生ではじめて「読みたい」と思って読んだ本だ。中1か中2のときにはじめて読んだ。国語の教科書の巻末「おすすめ本」コーナーに載っていた。当時、みんな大好きな血腥いものが御多分に漏れず大好きだったわたしは、「解剖学」というタイトルを見て色めき立った。かっこいい! そしてすぐに買って読んだ。
最初、ずっこけた。全然血の話をしないんだもの。でも、読んだあとはわたしの大切な一冊になっていた。身体は細胞の集まりであり、宇宙にも歴史にもことばにもつながる。こんな面白い本あるだろうか(反語)。絵も写真もこれだけいっぱい入っていて、漢字もなるべく開かれている。これは本当に「解剖」された本。
『自分のなかに歴史をよむ』は、わたしの知の第2の人生、大学時代に師から教えてもらった本だ。その師のさらに師にあたる人が書いた本で、ヨーロッパ中世の歴史を研究している自分がどのように学問の道に入ったのか、来歴を教えてくれる。
わたしは大学時代、都市地理学/人文地理学を専攻していた。研究していたフィールドは東京だ。都市研究こそ面白いと思っていた。正直言って、ヨーロッパ中世の歴史はほとんど興味がない。
でも、『自分のなかに歴史をよむ』は、すっと入ってくる。これは書き手の技。最後に「差別」の話で締めくくられるのも好きなところだ。わたしの根幹には「差別」があるから。
この本は師から「これを読むと勉強したくなる」と言われて頂いた。本当にそうだと思う。今もこの本は書き物をするPCから一番近いところに入れてある。
実は今、他にも多くの本を机の上に並べてこれを書いている。
『知的創造のヒント』、『ことばが劈かれるとき』、『悪文の構造』(これは2024年個人的ベスト!)、『文章読本』、『完本 文語文』、『文体の舵をとれ』。スティーブン・キング『書くことについて』を思い出して持ってきたので、文章指南本を多めに持ってきた。これらについて一々コメントを書いていたら日が暮れてしまうので、それはまたの機会に。
読みたい本がいっぱいある。本を読むと書きたくなるし、書いていると読みたくなる。わたしのこれを読んだ人が、自分も好きな本について書きたいなとか、自分もこれを読んでみようかな、なんて思ってくれるようになったらとても嬉しい。
「書きたい」「読みたい」と言っている人は多いが、それを行動に移す人は少ない。一緒にやろう。たくさん読み、たくさん書け。
今日はこれから『書くことについて』を読み、気が向いたら何かを書いて過ごしたいと思います。
『書くことについて』はさあー、前半が本人の「履歴書」になってるのが本当に面白いよ。文章の書き方は、その人の生きざまなんだ。わたしもその部分を書いてみたい。といっても、まだ書ける部分が少ないかも(!) 物語でいったらわたしの人生はまだ第1,2章なんじゃないか。そんな風に考えながら読むのが楽しい。
あ、そうそう、これは蛇足中の蛇足なんだけど。
文章指南本だと、『書くことについて』と並んで『文体の舵をとれ』がわたしは好きな本なんだけど、どちらも英語がベースになっている本なのね。で、英語って「話者は多いけど、人様に読んでいただけるところまで持っていくのはものすごく難しい」言語なんだろうな、と想像できた。
大学時代、わたしと友達は、よく英語の論文と格闘して「これを原語で読める文化圏の人間が憎いーーーーーーー!!!!!!」と言っていた(笑)。あるとき、同じように愚痴をこぼしながら勉強していたら、近くにいた先生が「逆にその方が(英語圏に生まれ育ってしまった方が)辛いこともあるんだよ」と話しかけて下さったことがあった。あのときは本当に意味が分からなかったが、こうして「文章」というレンズを被せると、ちょっと像が見えてくる気がする。
中途半端に身につけてしまったものの根底を叩き直し、ブラッシュアップさせるのは難しい。それよりも綺麗に勉強させていったほうが読みやすくなることがある――先生がわたしたちに言ったのはそういう意味じゃないのかもしれないけど、今の拙い理解だとそうなる。いつか答え合わせできるかな? 自分のゼミ生でもないのにああやって教えてくれた先生、優しかったな。
今日はこれで終わり! たくさん書いて、楽しかった。
アーカイブをご覧になっている方々、リアルタイムでご覧いただいた方々、本当にありがとうございます。いつも楽しくやらせてもらってます。
ほとんど毎日やってますので、ぜひまた遊びに来てください。
みなさんの今日の一日が、楽しいものになりますように!
お疲れ様でした。