自分に注目している人なんていない。人の視線や声なんて気にならない。そう自分に思い聞かせて、かろうじて覚えている家の周りの道を足早に歩く。
 いちばん怖いのは不意にクラスメイトから声をかけられることだったが、今は平日の昼だからその心配もないだろう。
 近くを通行人が通り過ぎるときにはさすがに動悸が激しくなったが、通行人は別段彼女に注意を払うこともなく歩いている。彼女に視線を向けることもない。
 家の周囲をぐるりと一周したところで、息継ぎをするように暗い路地に避難した。実に1年ぶりの外出。外の世界。
 暗い路地から見える、昼の太陽に照らされた世界は眩しくて……まだ自分が行くべき世界には見えなかった。けれど、少なくとも最初の一歩を踏み出すことはできたのだ。
 誰もいるはずがない路地の奥で、それでも左右を確認してパーカーのフードを脱ぐ。静かな路地のひんやりと冷たい空気の中に、パーカーの中にこもっていた熱が溶けていく。マスクを外すと、久しぶりに嗅ぐ土の匂いがした。少女はそのまま路地にしゃがみ込んで、しばらくの間、左右を路地の高い壁に挟まれた細い光の向こうに見える外の世界を眺めていた。
 まだ人通りの多い場所や長時間の外出は怖いけれど、こうして安全な場所に身を隠していれば、外の世界を眺めることはできる。ふと足元に視線をやると、壁の根本に生えている雑草の中に小さな赤い花を見つけた。そっと指先を伸ばして花びらに触れる。自室からでられなかった時期は、こうして父親以外のほかの存在に触れることすらなかった。
 不意に、胸の奥からざわめきがせり上がってきた。以前のような病的な拒否反応ではない。あまりに久しぶりだったので、少女はその感情が何なのか自分でもわからなかった。
 喜びと興奮だ。
 今になって、1年も自宅から出られなかった自分がこうして自分の意志で外の世界に足を踏み出せたことの喜びと興奮が湧き上がってきた。路地裏の静かな空気の中で、顔が熱い。熱くなった顔を両手でおおうと、手のひらも熱い。
 なぜだか、涙があふれそうになった。まるで頭の中で処理できなくなった喜びと興奮が、そのままあふれてきたようだった。
 路地裏の土の匂いに包まれながら、少女はあふれる涙もそのままに座り込んでいた。
 外に出ていた時間は30分もなかっただろうが、少女にとってはまさに大冒険だった。3時間も4時間も出歩いていた気分だ。
 そして彼女の父親にとっては、それはさらに長い時間だっただろう。
「た、ただいま……」
 ドアを開けると、父はすぐそこにいたので少女は思わず飛び上がりそうになった。彼女が外出してからずっとそうしていたのだろう、父は玄関に座り込んだままだった。
 少女の声に、父はがばっと跳ね起きて、その拍子にバランスを崩して後ろにひっくり返ってしまった。
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05:54
野崎抹茶ラテ
こんにちは
12:06
人形使い
こんにちは。執筆配信を見てくださりありがとうございます。
17:24
野崎抹茶ラテ
(*´σー`)エヘヘ。しっかり見てますよ
24:40
野崎抹茶ラテ
面白いですね!私はここで抜けますが、もっと書いていい作品にしてくださいね!楽しみにしています。
24:52
野崎抹茶ラテ
❤×5
25:05
人形使い
ありがとうございます!
25:05
野崎抹茶ラテ
ばいばいです!
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