オーガストが死んだと聞いた時、真っ先に浮かんだのはオーガストが話していた夢の話だった。
『――いつか何もかも忘れて、僕と、エイプリルと、ディセンバーと、家族みんなで平和に過ごしたいんだ。降る雪が陽だまりみたいに暖かくて、吹きつける風に花の匂いがいっぱい香ってて……そんな優しい世界で、家族みんなとただ笑って過ごせたらな、って』
そう嬉しそうに、文字通り夢のような話を俺に語ってくれた。だから……
(ああ……オーガストは、死んだ先できっとその夢を叶えたんでしょうね)
そう、素直に思えた。不思議なことに、あまり悲しくなかった。
俺も芯からこの組織に染まってしまっているのだろう。それを何とも思えない感性が、その証拠だ。それも仕方がないと、俺は誰に言うでもなく心の中で呟く。
だって、生まれた時からここしか知らないのだから——。
組織の構成員は、組織に買われたり拾われたり攫われたりして集められてきた者と、親が同じく構成員の者の2種類がいる。オーガストやジュライは前者、俺ノーベンバーは後者だ。
両親ともに組織の研究者だから、俺は生まれた時から組織の構成員になることが決められていた。
だから、俺にとって世界はここで、ここ以外で生きていくことなんて考えられなかった。
けれど、組織の外部から連れてこられた者たちは、やはり外部の世界を望むことが多い。それで脱走したりドジを踏む者が多かった。そして、そうした者は消えていき、生き残った者は組織の思想に染まっていくので、結局はその種類分けは大きくなるとあまり意味をなさない。
ただ……オーガストだけは、強かに組織で成り上がりながらも決してその夢を諦めてはないようだった。
オーガストが潜伏用に経営していたキャンディショップの様子を見ていれば、そんなこと手に取るように分かる。組織の仕事を成功させ評価された時よりも、キャンディショップで子供たちに囲まれている方がずっと楽しそうだったから。
『オーガストは、組織を抜けることを考えないのですか?』
俺が思わずそう尋ねてしまった時、オーガストはきょとんとした顔をして、それから可笑しそうに笑った。
『ノーベンバーは組織を抜けられる方法を知ってるの?』
『それは……知らないし、多分ないと思いますけど』
『でしょ? 僕、無駄なことは考えない主義だから』
あっけらかんとそう笑って、俺の方を見てにこにこと話を続けた。
『それに、僕一人で抜けても意味ないんだ。エイプリルもディセンバーも一緒じゃないと』
そう言って夜明けのような薄紫色の瞳を細め、オーガストは微笑んだ。エイプリルはオーガストと共に組織に来た者で、ディセンバーはオーガストがスカウトした元孤児だ。オーガストは二人を家族と呼んで、大層大切にしている。
組織に所属していると仲間を失うなんて日常茶飯事だから、お互いなるべく距離を置いてビジネスライクに付き合う者が多い中で、オーガストたちは随分異質だった。
そんな様子も、俺が組織を抜けないのか疑問に思う一端だった。
『オーガストは変わってますね』
『そんな僕と仲の良いノーベンバーも十分変わってると思うけど』
『誉め言葉じゃないことだけは分かります』
『はは、僕としてはありがたいけどね。ここでは友達は貴重だから』
そう言って人懐こく笑ってくれるオーガストはとても魅力的で、俺はそんなことをいって貰えることが純粋に嬉しかったと同時に、こうやって人を誑し込むから組織に重宝されるんだろうな、と冷静に分析していた。
『……ねえ、ノーベンバー。友達の君に、特別、僕の夢を教えてあげる』
『オーガストの夢、ですか?』
『そう。僕の夢はね――』
(……荒唐無稽な、夢のような夢の話。でも、何故でしょうか……オーガストなら、それをいつか実現してしまうんじゃないかって思ってたんです)
オーガストと共に任務に当たっていたディセンバーは姿をくらまし、生死不明と聞いた。同じく任務に当たっていたエイプリルは、任務失敗の原因追及の為に尋問にかけられたとの噂だ。
(現実は甘くないです。オーガストの大切な家族は散り散りになり、オーガスト自身も死んでしまったというのに……やっぱり俺は、オーガストが言っていた夢を思い出して妙に納得してしまうんです。オーガストなら、これも全部計算していたんじゃないかって)
もしもこれがオーガストの計画のうちなら……そのうちどこかで幸せに暮らすあの3人に会えるんじゃないかと、俺はこっそり期待した。それが友人の死を認めたくないただの現実逃避だったとしても……亡くなってもそう思わせてくれるオーガストの強かさに俺は心から感謝をして、青い薔薇を1輪、そっと捧げた。【終】
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