そう言ってジュリオはソファから立ち上がろうとしたが、それをアンナが無言のまま肩を掴んで抑える形で制止した。何事かと見上げても、アンナは考えの読めない――正確にはご機嫌である事だけわかる――笑顔を浮かべるだけだ。出鼻を挫かれる形となった事でジュリオは少々不服そうではあったものの、大人しく座り直す。
「何だよ、何かやり残したことでもあったか?」
「ええ。飛び切り大事な奴よ」
アンナは自信満々にそう言ってのけると、両手をジュリオの前に差し出した。何かを渡すのではなく、何かを受け取れるよう器状にされたそれを見て、ジュリオはははん、とアンナの意図を察知する。だが、直後にアンナの口から飛び出たのは、想定と少し違う言葉だった。
「Dolcetto e scherzetto!」
「・・・は?」
「Dolcetto e scherzettoよジュリオ!さあ、大人しくお菓子をよこしなさい!」
「お、おう・・・」
本人なりに悪魔のつもりらしい「がおー!」のポーズと共に、アンナがお菓子を強請って来た。そこは想定通りなのだが、文句が何かおかしい。イタリアの「Trick or Treat」は直訳まんまの「Dolcetto o scherzetto」の筈だ。——一文字だけ、違う。
(ま、いいか・・・)
アンナの事だから、どっちもやってみたくなったとかそんな事だろう。そうジュリオは思う事にして、一応子供達に配る予定だった菓子の箱から、一つ飴を取り出した。それを見た途端、アンナはそれだけ?と言いたげな顔をする。
「アンナ用の菓子は全部冷蔵庫の中だよ。帰って来てから食おうな」
「そうなの?ここ数日部屋中が甘い匂いしてたのに、その原因がどっかに行っちゃったのかと思ったわ」
「ケーキに足が生える訳ねえだろ。心配しなくても、俺が作る菓子は全部アンナの為のもんだよ」
ジュリオの迷いのない言葉に、アンナは満足そうに笑った。他の誰かに渡される可能性を心配したのだろう。そのいじらしさも嫉妬深さも、ジュリオにとっては可愛いだけだ。
さて、Treatはこれで済んだ。後はTrickを受けるだけだ。
「で?悪戯は何をするつもりなんです?」
「うーん、そうね。飴だったらこのくらいがいいかしら」
飴だったらこのくらい?凡そ悪戯される前に聞くものではない台詞に、ジュリオは首を傾げる。もしかして、上げたものの質が悪いと悪戯のハードさが増すとか、そう言う奴だったのだろうか。そう思ったジュリオが身構えようとするよりも先に、アンナが動いた。
手袋をつけたままのアンナの両手が、ジュリオの頬を挟む。その事に驚く時間も、当然ながら逃げる隙も与えて貰えないまま、唇に思いきり口付けられた。何が起こっているのか分からず硬直する事数秒、アンナはジュリオの唇をぺろりと舐めてから、唇を離した。
「は、え・・・は!?」
「はい、これが飴の分ね」
「いやいやいやいや、意味わかりませんって。何ですか飴の分って」
混乱の余り、ジュリオの口調が執事時代のものへと戻ってしまっているのだが、それを気にしている余裕は当然ながらジュリオに無い。アンナの方も今は上機嫌だからか許す事にしたようで、ニコニコと楽しそうに笑っているだけだ。
「Dolcetto e scherzettoって言ったでしょう?ジュリオが頑張ってお菓子作った分、私も頑張って悪戯するから。楽しみにしててね♪」
言うだけ言って、アンナはさっさと玄関の方へと一人歩いて行った。後には状況を整理しきれないジュリオだけが残される。フリーズする事10数秒、ジュリオは盛大な溜息を一つついて、ぽつりと呟いた。
「あれ、サキュバスかなんかだろ・・・!」
ジュリオの叫びに応えるように、置きっぱなしになっていたアンナのスマホがメッセージ受信を告げる。画面の一番上には、A組女子とのグループで急遽開催された衣装のモチーフ当てクイズ大会に於いて、主催の芦戸が打ち込んだ「正解!」の文字が表示されていた。
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正直バキボキに眠いです(
スキンシップ書けるかな~
とりま40まではやろうかな
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「スキンシップに慣れたい・・・?」
怪訝そうな顔と共に、ジュリオが直前のアンナの言葉をオウム返しする。対するアンナはこくこくとそれを首肯した。丸い大きな瞳は期待に爛々と輝いている。ジュリオはこの目に弱い。そしてアンナはそれを知っている。
(また狡い手を覚えてこの子は・・・)
そうは思うが、アンナの要望は至極当然のものだ。アンナは長く個性のせいで、他人と触れ合う事が出来なかった。それこそ、ここ数年で真面に触れ合ったのはジュリオただ一人だけだ。——え?ゴリーニファミリー?あんな下衆共は当然論外だ。
そんな彼女だが、今は晴れて個性も無くなり、誰とでも自由に触れ合える身となった。だが可能になる事と出来るようになる事は同じようで違う。身体構造上泳げても泳ぐ事が出来ない人間がいるように、アンナも触れ合えるようになったからと言って、気安く触れられる訳ではないのだ。
まあそういう訳だから、一番触れ合って長い自分を使って何とか慣れようと考えたのだろう、と言う点には納得がいく。彼女の願いは何でも叶えてやりたいし、拒む理由も特にない。——彼女が女の子で、自分が男でさえなければ。
ちょっと早いですが、まあまあ切りがいいので一旦終わります!
続きは明日!
明日はコジマに行く予定が無くなったので、通常通り21時から配信出来たらいいなと思います。
それではこれまで。お疲れ様でした~!