「・・・」
「ジュ、ジュリオ?私は気にしてないから、そろそろ顔を上げて頂戴?」
目的のカフェについてすぐ、ジュリオはメニュー表を見るよりも先に机に突っ伏してしまった。勿論仕事の疲れなどではない。さっき吐いた言葉があまりに下品だったのを、今更ながら反省しているのだ。
「良家のお嬢様の前でしていい言葉じゃねぇだろ」だの「もっと言い方あっただろ馬鹿か俺は」だの小さく呟くジュリオを前に、注文を取りに来た店員は困ったような笑みを浮かべていた。とりあえず、アンナは自身がどちらを食べようか迷っていたケーキを二種類と、いつもジュリオと共に飲んでいる銘柄の紅茶を注文した。ジュリオはあまり好き嫌いが無く、アンナが食べたそうなものを頼んでシェアするのが常である為だ。
そこまでは良かったのだが、ケーキを待っている間は一人落ち込んでいるジュリオとの間に気まずい静寂が流れていた。いつもならお互いに黙っていても居心地がいいのに、ジュリオがらしくなく本気で落ち込んでいるので却って気まずい。結局それに耐えかねて、アンナが声をかけた所で冒頭に戻る。
声に反応したジュリオがのそりと身体を起こす。彼女達は狂犬、と捨て台詞を吐いていたが、その様はまるで捨て犬だ。何となく可愛く思えて、アンナが小さく噴き出す。するとジュリオの表情は少し不機嫌なものに変わった。
「何だよ」
「いえ、あの子達の言う事、一単語はあってたなって。貴方、凄く犬っぽいわ。あっ、勿論馬鹿にしてるんじゃないのよ。可愛いって事」
「一単語だけならほぼ合ってないようなもんじゃねーか。つーか、男に可愛いって言うな」
どうやら今ので拗ねてしまったらしく、ジュリオがふいとそっぽを向く。その子供っぽい仕草も可愛くて、抑えようとしてもにやけてしまうのは仕方のない事だろう。
「それにしても、ジュリオが他人にああやって言い返すなんて珍しいわね」
「蒸し返すなよ、折角反省終わらせたのに・・・。汚え言葉使って悪かった」
「まあ、ああいう言葉遣いは良くないけれど・・・でも、嬉しかったわ。ジュリオが私の事庇って、言い返してくれたの」
アンナが感謝を述べると、ジュリオは数秒だけ考えるような仕草を見せてから、アンナの方へと視線を戻した。機嫌を直してくれただろうか、と表情を窺うアンナの瞳を真っ直ぐに見つめ、ジュリオが口を開く。
「当たり前だろ。命よりも大事な女の子を侮辱されたんだから」
「ほぁ!?」
ジュリオが普段あまり口にしない、イタリア男子らしい口説き文句のようなものに、アンナの口から変な悲鳴が漏れた。当然ながら顔は真っ赤で、突然の事に慌てふためいている。一方、そんな大層な事を言った自覚のないジュリオはきょとんとそんなアンナの様子を見ていた。——自分の命<アンナは、ジュリオ・ガンディーニにとっての常識である。
「もーっ、普段は好きすらも恥ずかしがって言わない癖に、どうしてそういう恥ずかしい台詞はスラスラ言えるのよ!」
「は!?いや、俺別に何もおかしな事言ってねえだろ!」
「そういう自覚のない所も狡いわ!」
言いながら、アンナがぷっくりと頬を膨らませてそっぽを向いた。今度はアンナがすっかり拗ねてしまったようで、ジュリオは困ったように指で頬を掻いた。するとそこで天の助け。ケーキセットが到着したのである。
「ほらアンナ、ケーキ来たぞ。どっち食うんだ」
「・・・チーズケーキ」
「わかった。俺チョコの方食うから、半分こな」
ジュリオが手慣れた様子でケーキをアンナの前に置き、ティーポットから紅茶をそれぞれのカップに注ぐ。当たり前のように半分こ、と言ってくれた事に少しだけ機嫌を直したアンナは、フォークをチーズケーキに指して口の中へ入れた。その瞬間、ぱあっと周囲に花が咲いたように嬉しそうな表情になる。
「美味いか?」
「ええ!タルトがサクサクだしスポンジもふわふわで、でも甘ったるくなくてチーズの味が濃厚なの」
「良かったな。それだったら、帰りに幾つか買って帰るか」
「うん!あ、その時はさっきの話の続きするから」
忘れてくれてなかったか、とジュリオは苦笑した。どうも、ジュリオは自分のしている事がどんなに女の子をときめかせるのか自覚していない所がある。今回はああいう、ジュリオが絶対靡きそうにない迷惑な人間だったからまだ良かったが、そうでない真面な人だったらと思うと不安でたまらない。
狂犬の毒牙にかかるのは、この世にたった一人。飼い主である自分だけでいい。だから、しっかりと躾をしなければ。間違っても他の人には噛みつかないように。他の人に視線を向けない様に。そう決心して、アンナはジュリオの方に手を伸ばし、チョコケーキにフォークを突き刺した。
とりま今日は終わりです~!
短い時間でしたがありがとうございました!
予告通り明日は行いませんので、そこのとこ宜しくお願い致しますm(__)m
それでは~!