言いたいけど言えない(選択式イチャイチャネタメーカー様より)
 伊地知は男であるが、何故か若様の嫁候補として屋敷入りした。これは伊地知だけではなく近辺の年頃の娘たち全員が召されているので、性別さえ気にしなければ可笑しなことではない。いや、この性別が大きな問題なのだ。
 伊地知の姉が本来なら嫁候補として屋敷を訪れるはずだったのだが、前日に恋仲の男を行方をくらませて弟の伊地知にお鉢が回って来た。
 いっそ姉は急病で死んだことにした方が失礼ではないのでは? と思ったのだが、屋敷に行くだけで一か月分は食べて暮らせるほどの報酬が約束されているとなれば行かないという選択肢はない。
 伊地知が屈強な筋肉質な男でなかったことが幸いして、どうにか取り繕うことができた。それでも他の娘たちと比べてしまうと身長は高いし、喉ぼとけは隠しようがない。首巻きでどうにか誤魔化しているが屋敷についてからは最低限の言葉しか発しないようにしなければならないだろう。
 若様のお屋敷は田舎者の伊地知が驚くらいに豪奢で、そして驚くぐらいの人間がいた。右を見ても左を見ても年頃の娘たちが瞳に闘志をたたえて意気込んでいる。そういえば若様はどんな方なのか伊地知は全く知らないでいた。
 五条家の若様で、ものすごいお金持ちだということは両親から聞かされているがそれくらいの前情報しかない。これだけの可愛らしい娘たちがいればひょろりと背だけが高い――しかも、男の伊地知など目にも入らないだろう。強張っていた身体の力も抜けてくる。はやくお目通りを果たして帰りたいものだと、帰り際に渡されるだろう報酬のことを考える。村に帰って皆でわけるのもいいが、こんな都にくることなど滅多にないので流行りの菓子など買って帰るのは無駄遣いだろうかと考えると楽しくなってくる。
 周囲とは異なる事情で今か今かと五条家の若君の登場を待っているとようやく現れたらしい。露台に人影が見えて、ざわざわと騒がしくなる。建物から外に張り出した台には白髪の大男が立っていいた。伊地知からは遠すぎて表情までは見えないが、きっとあれが若様なのだろうと思うくらいには人目を惹き付ける何かを持っている。
 ここから若様がお気に入りを見つけて選抜されていくのだろう。伊地知には関係の無い話だ。お金のある人はやることが大掛かりで、結婚する相手を気持ちとは別に決めないといけないなんて大変そうだなと他人事ながらに歳の変わらない若君のことを眺めていた。
 その瞬間、バチリと視線が交わった気がした。並べられた花たちを吟味するように視線を彷徨わせていた若君と目が合うなんて、そんなことはありえないはずだ。この場において伊地知は花とは程遠く、よくて雑草くらいだろう。興味を惹く何かがあったとは思えない。
 大丈夫、目が合ったと思ったのは錯覚でもしかしたら伊地知の前にいる娘のことが気になっただけに違いない。そう自分に言い聞かせているいうちに、我ながら自意識過剰すぎたと恥ずかしくなってくる。
 そうこうしているうちに若様とのお目通りは終了して、帰宅を促す声が十社から発せられる。嫁候補に選ばれた者は別途声をかけるとの通達に、周囲は自分こそはと期待に胸を膨らませて中々動き出そうとはしないが、伊地知はこれ幸いと踵を返してそそくさと立ち去ろうとする。
 門の手前で金の詰まった袋を受け取ったところで「待って」と制止の声がかかる。まさか男であることがバレてしまったか。謝れば許してくれるだろうかと顔を青褪めさせながら振り返る。
「待って、帰さない。お前は僕の嫁候補なんだから」
 そこには先程まで露台にいた若君が立っていた。
 白い髪は太陽の光を反射してきらきらと輝き、目は青空のように澄んでいる。言い訳か恩情を乞おうと思って口を開く前に、目の前の美しい男のことで頭がいっぱいになり言葉を失ってしまった。
「イジチ、伊地知キヨ? ここに来て僕に選ばれたってことはお嫁さんになるってことだってわかってるよね? それを承知で皆来てるんだから」
 それを嫌がって伊地知の姉は姿を消した。金に目が眩んでいたが、この屋敷に訪れた際に誓約書に血判も押している。辿り着いた当初は「もしかしたら……」と恐怖に身が竦んだが、集まっている娘たちの容貌に励まされ自分が選ばれるわけがないと勇気を出して「嫁候補」として屋敷に入ったのだ。
 肯定も否定もできないうちに伊地知は若様に腕を取られて、屋敷の奥へと連れて行かれることになったのだった。
 五条の若様は自分のことを「五条悟」と名乗った。好きに呼んでという言葉に伊地知は彼のことを「五条さま」と呼んでいる。嫁候補として伊地知の他にも誰か選ばれたのかもしれないが、姿を見たことはない。五条から「ここから出ないでね」と与えられた離れに伊地知は一人で過ごしている。食事は運ばれてくるので飢え死にはしないが、暇で仕方なく五条にそれとなくお願いしてみれば書物や機織り機などが用意された。嫁候補としてもっと何かを求められるのではないかと思っていたが、五条は日に数度現れては伊地知と他愛ない会話をして去って行く。会話といっても話し過ぎてしまっては伊地知が男であることが露見しては命も危ういので殆どが相槌ばかりだ。
 五条は何を思って伊地知を留め置いたのか。その上、五条は伊地知のことを愛しくて仕方ないというような目で見つめるのだから困ってしまう。触れ合いは手を握ったり程度のことだが、接触した皮膚から熱が湧き上がってくるようで伊地知を落ち着かなくさせる。
 なによりも五条が伊地知のことを女性だと勘違いしたままなのが居た堪れない。本来、五条の愛情を受け取るべきだったはずの人から掠め取っているような罪悪感が伊地知を苛む。
 どうして五条は伊地知を選んだのか。毛色の違う伊地知のことを面白そうだと思ったのかもしれないなぁと思って、確かに毛色は違うだろうが面白味もないただの男だ。
 毎日毎日、美しい人から大切なものを見る目で見られて、実際望めば与えられる優雅な生活を送っている。このままでは伊地知は堕落しきったダメ人間になってしまうだろう。
「珍しいね、伊地知から僕に話したいことがあるなんて」
 嬉しくてしょうがないという顔で声を弾ませる五条に胸が痛む。ずっと言いたいけど言えなかったことがあるのだと母屋に帰ろうとする五条を引き留めた。
「ずっと五条さまに黙っていたことがあって、決して騙そうとしたわけではなく早く言わないといけないとは思っていたんですがどうしても言い出せなくて」
「ゆっくりでいいよ、いくらでも僕は待つから。話して?」
 優しい声に励まされて、ごくりと口の中にたまった唾液を飲み込んでから意を決して口を開く。
「私は男なんです」
 五条の反応が怖くて伊地知は俯いたままぎゅっと唇を嚙みしめた。
 丸い黒髪の頭を見下ろして、五条はさてなんと返答してやろうかと考えを巡らせる。
 伊地知が本当は男であるのに、女と偽って屋敷に来たことなど当日のうちにわかっていた。本名が「伊地知キヨ」ではなく「伊地知潔高」であることもとっくの昔に調べている。
 偽っていることの罪悪感で五条に縛られてくれるのならばこちらから問い詰めようとは思っていなかった。五条の魂が伊地知の魂を求めた。その器が男だったことは五条にとっては大きな問題ではない。むしろ頑丈な方が有難いと思ったくらいだ。しかし、伊地知はどうだろう。
 目が合った瞬間に五条が伊地知を逃がすなと本能が叫んだので、手を打ったが伊地知は五条を置いて屋敷を去ろうとしていた。伊地知はもしかしたらただの器のことを気にするのかもしれない。
 そう思って五条は慎重に伊地知が怖がらないように距離を少しずつ埋めてた。初めは少し近付いただけで緊張していたのが、今では隣に座って手を握ったところで逃げられる様子はない。そうなると、伊地知がいるだけでいいと思っていたのが嘘のように「次」が欲しくなるというのが人間の性というもの。
「僕もずっと伊地知に言わないといけないことがあって」
「なんでしょうか」
 硬い表情で見上げる顔を両手で包んで逃げないように固定してから内緒話のように耳元に口を寄せる。
「伊地知が男だってずっと知ってたよ」
 驚いた顔をするのを間近で充分に堪能して、ずっと邪魔だと思っていた首巻きを奪い去る。喉ぼとけに舌を這わせて、カリっと甘噛みすると頭上から「ヒッ」と情けない声が聞こえて五条の中の熱を煽る。
「もうバレちゃったんだから、これからはいっぱい声を聞かせてね?」
 はくはくと口を開閉させる伊地知の息を奪うように五条は唇を重ねた。
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