何をしよう、反射、抜けるような青
いやに暑い夏、抜けるような青、快晴無風。入道雲が象徴的な夏の日。
何をしよう、何をしようにも暑すぎる。窓からさす容赦ない日差しは、カーテンで遮っても主張が強いまま。
春先に喜んでいた窓辺の席も、夏ではこのざまで。
ホームルーム終わりのこの教室に残っているのも、先生に呼ばれたあいつのせいで。
一目散に教室から人がいなくなる夏休み前、最後の登校日。冷房の効く教室にいても、帰り道を想像すると汗が止まらなくなる。
「もう帰ろうかなぁ……」
「へぇ、俺を置いてこうって?」
「げ」
反射的に声のしたほうを見る。後ろの扉にもたれながら、こちらを見る待ち人。
「げってなんだよお前、アイス食いに行くって言ってたのはお前だろ」
「そうだけど、先生に呼び出しくらってこんなに待つなんて思わなかったんだもん」
ひとり孤独に教室で30分。思ったよりも待った。
「へーへー悪かったって。好きなの選べよ。ただし、レギュラーダブルまでな」
「割とご機嫌?お言葉に甘えちゃお!ほら、はやく行こ!ローエン!」
「本当に調子いいやつ」
二人並んで歩く、飛行機雲、手を伸ばして
二人で並んで歩く帰り道。ブロック塀の影で、ほんの少し息をつく。見上げれば、広い空に大きな入道雲。夏の空。
「夏、だねぇ……」
眩しさに目が眩む。肌を焼く陽射しも、頬を撫でる湿った空気も、耳に響く蝉の声も。構成するもの全てが夏の象徴だ。
「こうも暑いと夏休みが始まる前にバテちゃうね」
困った顔をしながら汗を拭く彼を見る。いつも涼しげで笑顔を浮かべている彼も王子だなんて言われてるだけで普通の人の子で。なんなら、暑さにやられた子犬みたい。……犬をこんな時間に散歩させたら肉球焼けちゃう。しまわなきゃだ。
「ね、少し先のコンビニに行って、アイスと冷たい飲み物かって、向こうの公園の日陰で休憩しよ」
まっすぐまえ。進行方向を指さして、帰り道じゃなくて寄り道の提案。すこし、ぽかんとして、その後に「いいね、そうしようか」の色よい返事。
そうと決まったら、のんびり歩くよりは少しだけ気持ちみたいに足取りはかるくはやく。
コンビニ入って、涼しい風が通り抜けていく。汗で逆に冷えちゃいそう。夏の室温差すごいんだよな、なんでちょっとした困り事。まぁ、そんなのはアイスケースの前でおさらばですが。好きなアイスを眺めてどれを食べるか悩む。ソフトクリームにしようかな、食べやすいし。せっかくだから限定のメロン!去年美味しかったから今年もきっとそれは美味しいはず!イルーガは賢くクーリッシュ(パック状のバニラのやつ?)にしていた。アイスを選び終わったら、飲み物を選んでお会計をして、また熱された大地へ。溶ける前にと、出て早々にアイスを開けてひとくち。つめたくて、あまくて、でも一時しのぎで。夏のアイスは、蜃気楼が見せる砂漠のオアシスのような儚いものだとおもう。壮大すぎかも。
二人揃ってアイスを食べながら、黙々と歩を進めては、少しだけ涼やかな公園へ。緑と日陰があるだけで特段なにかある訳でもない。この暑さでブランコも熱されている。遊具で遊ぶ子供もいない。おうちに居る方が安全だものね。木陰のベンチ。触ってみる。意外と熱はこもってなかった。ここは日中でもそうそう日が当たらないいい場所らしい。
ベンチに座って、少し溶け掛けのアイスを食べる。ほんの少し歩いただけでも、アイスは容赦なく溶けていく。溶けた液体は手を伝っていく。勿体ないうえにベタつくから困るな。全部が面倒で、手に伝ったアイスを舐めた。お行儀が悪い。隣の彼は少しぎょっとしてた。ごめんね、アイス食べ終わったら手を洗うから。手に持つコーンも減っていく。風が吹いて、ほんの少し温度が下がったきがする。
上を見てみる。木陰の間、木々のゆらめきの奥の空。一線の白線。入道雲から伸びる飛行機雲。素敵な空の模様。いい夏の体験をしている。嗚呼でも、このままだと夏の暑さに溶かされてしまう。アイスを食べ終わって、公園の水道で手を洗う。押しては一定時間で水が止まるそれは、少し不便で困った私を見かねて、彼が手を伸ばして代わりにボタンを抑えててくれた。生ぬるい水が、校庭の外の水場と同じだねなんて笑い合う。さて、水分補給もそこそこに涼しいお家に帰ろうか。夏の寄り道も程々にだね。
逸る気持ち、大きな伸びをして、海も空も青
夏休み最後の登校日。夏の予定に、逸る気持ちを抑えて帰りの支度をする。ホームルームでは、夏休みで浮かれすぎるなよといった耳にタコができる夏の常套句を今年も聞く。ホームルームも終わって教室から人が疎らに出ていく。座っているのももう終わり。ぐーっと大きな伸びをして、まっすぐ家へ帰るために鞄を肩にかけた。昇降口、下駄箱の前に二つの影。
「あ、やっときた」「そっちのクラス先生、話長いね」
双子が待っていた。
「ここで待ってたの?暑いから連絡入れてくれればよかったのに」
「そういって、確認せずここにきたのは誰?」
「……私だね」
目の前で、確認すれば数分前に連絡が入っていた。暑い中、待たせていた二人に謝って靴を履き替える。あ、上履き持ち帰んないと。
「そういえば、今日はどうしたの?」
上履きを鞄にしまって、二人に聞く。
「お兄ちゃんが急に海行きたいって言い出して」
「蛍も賛成してただろ」
「この暑くて、陽射しが強いのに……?」
信じられない二人の発言。
「こんなに夏!だから行っておこうよ、意外と悪くないよきっと」
「それにどうせ、引きこもってばかりでしょ?私たちとも夏の思い出作るの忘れないでね」
ね、って言いながら誘ってくる空とひきこもりがちな私に非難の視線を向ける蛍。
「……ごめんって、海行こう」
そう伝えれば、顔を見合わせて嬉しそうな二人。そうと決まれば、駅へ。電車を乗り継いで、車窓から反射の眩しい水面が見え始めた頃。
「空、蛍!海が綺麗だよ」
海も空も青。人が思い描く夏、海。そんな姿に声をあげてしまう。二人はそんな私を「いちばんはしゃいでるね」と笑っていた。
そうだよ、ふたりと見る景色だからだよ。言わないけどね!
「もう、海に着いたら水かけるからね」
「それ、後悔するのそっちだよ」
「二体一は卑怯だよ!」
「私たちは双子だからね」
そう笑い合って、海までの道が楽しみになる。濡れてもきっと、すぐに乾くだろう。
裸足のままで、潮風が頬を撫でる、真っ白な
靴を脱いで、素足のままで。水に触れた。
冷たいのかぬるいのか暑いのか、照りつける陽のせいか何もわからなくなる。
さらさらと砂は足元を崩していく。夏、だなぁ……
一線、光る水面、水平線。きらきらとした反射が眩しい。
ぬるい潮風が頬を撫でる。潮のベタつきが気持ち悪い。
「水着に着替えてからって言ったでしょ!」
浜辺から蛍の声が聞こえる。
「海も暑いよ!」
「これだけ陽が強ければね」
膝まで海に踏み入れた私を呆れながらも、一緒に海まで入ってきてくれる蛍。
「ほら、はやく着替えよ?」
真っ白な腕がまっすぐ伸びて、私の手を掴む。
「うん、そうする。あとで、かき氷食べよ!」
「また、食べ物ばっかり。パイモンとお兄ちゃんもいっしょだからね」
「みんなで食べたほうがいろんな味楽しめるもんね!」
「もう!」
水に濡れた足に、浜辺の砂がついてじゃりじゃりとする。
それは、海の足跡。夏の思い出。
砂浜に足跡、きれいな貝殻、寄せては返す
濡れる、濡れる、濡れる。つま先からくるぶし、足首へ。冷える。冷える?
そのままもう少し、深い所へ行こうとしたところで、止められた。
「おい、あんま深いとこいくな」
鋭い声。渋々、砂地を踏みしめて、ローエンの本へ。ローエンの足元を見る。きらきらとしてるなぁなんて思いながら、波の跡と濡れた砂浜、砂浜に足跡。私の居た証。あ、綺麗な貝殻。寄せては返す波の後を辿りながら、それを拾い上げる。
「ね、ローエン、今度は湖に連れてってよ。この綺麗な貝殻をあげるからね」
ローエンは呆れたように、どうすっかななんて表情をしている。別にクレーちゃんへのお土産にするとか、いらねぇって突っ返せばいいのに。
悩んだ末に、貝殻を受け取ってくれる。律儀な人。
「湖でもどこでも連れてってやるけど、遠くに行くなよ」
「え〜行かないよ。ローエンの所に戻ってきてあげる!」
太陽はローエンの背にあって眩しい。逆光、ローエンはどんな表情をしてたんだっけな。
足首を濡らす、空の色、振り返らずに
冷たい水が足首を濡らす。上を見ればピラミダがそびえる。岩場で、寒いのに海に足を入れている私は、側から見れば頭のおかしい女だろう。
空の色は薄暗く、相も変わらず、すこし暗い気持ちになる。今日もきっと彼は安全のために巡回をしているだろう。心配はずっとしているけれど、それが報われることはない。私が勝手にしているだけだし。足を海で遊ばせて、岩場に座って果てしない海を眺める。水面に映るピラミダが揺れる。水辺で歌を歌って人を魅了するセイレーンという生き物がいるらしい。お話で聞いたことしかないけれど。私もそんな力があれば、繋ぎ止めて置けるのかな。……きっと、そんな力より、彼の信念のほうがきっと強い。永遠にきっと叶わない。その信念を貫く彼が好きで、自分を大切にしない彼が嫌で、でもそれは彼の一面のひとつで。永遠に彼を嫌いになれずに、ずっと好きなだけなのだろうな。
そろそろ陽が落ちる。濡れた足で水跡を残す。その足跡を振り返らず。振り返っても私がいただけ。帰って、美味しいスープを飲もう。冷えた体を温めよう。明日、彼に会えば、彼を好きな私のまま。
優しい波の音、穏やかに過ぎていく、月明かりを映す
静かに波が寄せては返す音。少し急に岩肌に当たる波の音。夜の砂浜の静かで優しい波の音。
夜のような、暗い霧に包まれているここは、いつも時間がわかりにくい。
でも今は確かに夜。手元の懐中時計は規則正しく音を鳴らして、私に正しい時間を教えてくれている。
……それにいくらいつも薄暗いとはいえ、昼の薄暗さと夜の月しかない時間は流石にわかりやすい。
前にフリンズさんが、旅人さんが灯台を直してくれたと言っていた。そのおかげで、以前よりかは、安全にここへ来れるようになった。
光に導かれているみたいといった私を、フリンズさんはなんて言ってたっけな。
灯台を目指して、そこから道なりに歩いて、坂を下って、海を見る。炎にも照らされて、温かくて、明るい。
そこで、ぼーっとして、穏やかに過ぎていく。砂を蹴って、寄せては返る波を追う。そのまま、波に追われて、靴が濡れた。
「おや、また波と遊んでいたのですか?」
「うん、今日は負けちゃった」
「……今日もですね」
私の濡れた靴を見て、そうつぶやく。海と砂浜の境界線は、夜になると一等あいまいになる。濡れた波の後に惑わされて。
「それでフリンズさんは、今帰ってきたの?」
自業自得の濡れた靴で砂を踏む。砂はきっと、靴底についている。
「ええ、戻ってきて丁度、海を見たら貴女がいたので」
「うん、お邪魔しちゃった。気分も晴れたし、帰るね」
離れる前に、月明かりを映す水面を見る。穏やかな海面にやわらかな月明かりが道を作る。
手を引かれた。踏鞴を踏んで、転びそうになって、背中が何かにぶつかる。硬い装飾が当たって痛い。
「フリンズさん?」
上を見あげる。じっと私をみる月が少し怖い。
「いえ、また海に向かっていかれるのかと」
「もう帰るよ……フリンズさんにそう言うこと言われると本当に怖いし、なんだか月に魅入られそうだし」
「ええ、せっかくですからお送りいたしますよ」
「それは頼もしいね、紳士なライトキーパーさんおねがいしますね」
軽口ひとつ、安全な帰路。近くの月は安全をくれる。遠くの月はきっと海へ。
カット
Latest / 164:27
カットモードOFF