蛍というのは、死者の魂が浮き立つものと言われておる。人魂のようなものなのじゃよ。
妖怪退治の仕事を請け負うようになってから水木は人の形に戻ったゲゲ郎に背負われることが多くなった。つまり、危ない目に遭って一人では歩いて帰れなくなることがままあるのだ。その日も水木は着流しの裾をいっさい乱すことなく妖怪退治をやってのけたゲゲ郎に背負われて(しかも水木の頭、肩、足からダラダラと血を滴らせて)妖怪退治の帰り道。川縁で無数の蛍の光を眺めていた。
ゲゲ郎がひたひたと歩くとその足下からふわりふわりと儚げな光が飛び立つ。
「人魂?」
妖怪というものを信じていなかった、認識していなかった以前の水木だったらそのゲゲ郎の言葉を鼻で笑った事だろう。蛍というのは雄が求婚のために尻を光らせる虫。ただそれだけだと。
だが、今は違う。奇しくも時期は旧盆の時期である。あの世から死者が舞い戻ってくる様子とふわりふわりと宙を漂う蛍の様子が美しく重なるような奇妙な感覚。それがストンと水木の中で素直に繋がってしまうような気がしたのだ。
日中はうだるような暑さだった日陰のない川縁も月が高く上がるこんな時分ではもうすっかりひんやりとしている。僅かに残る湿気に誘われるように浮かび上がる無数の蛍たちを見ながら、水木はふと思うことがあった。
「幽霊族も死んだら蛍になるのか?」
つい口を突いて出た言葉にゲゲ郎は振り向かない。珍しくムッと押し黙り、そうして、暫くするとゆらゆらと頭を左右に振っていた。それが否定を表すものなのか、それともただ歩きに合わせて揺れているだけなのか? どちらとも取れるリズムの緩やかさに水木もムッと静かにゲゲ郎の返事を待った。
「そもそも、幽霊族は死なぬ生き物じゃったのじゃ・・・・・・」
消え入るように呟かれた言葉に胸が押しつぶされる。
人間に狩られる。そんなことが無ければゲゲ郎の妻を始め多くの幽霊族がこの世で穏やかに過ごしているはずだったのだ。あのおぞましいMという血液製剤をありがたがっていた頃の自分を水木は恥じた。
哭倉村での事件をすっかり思い出し、人間の姿のゲゲ郎と再会したのは数年前。それから鬼太郎とゲゲ郎の食い扶持を稼ぐためにと始めたのが夜の家業。妖怪退治だった。人間と妖怪の間に生じるいざこざは意外と無数にあった。その多くが傲慢さに拍車をかけている人間達が妖怪達の領域を侵す事が原因で始まるものばかりだが、妖怪からの仕返しがあまりにも度が過ぎる事もある。そういう時は水木やゲゲ郎が間に入り、話し合い、時には実力行使で妖怪達を鎮める。それらのことを手っ取り早く水木は『妖怪退治』と言い表していた。
だが、元々の元凶はと言えば人間が全て悪いのである。その事も今回の依頼主にも話す予定だ。
「すまない・・・・・・」
「水木が謝ることではないよ」
ゲゲ郎の首から肩に巻き付けた腕をギュッと強く引き結んでしまう。しかしそれは彼の自由を奪いたいが為ではないのだ。背負われていることを良いことに、背後から抱きかかえるようにゲゲ郎にしがみついた。スーツの裂けた左肩がじわりと痛む。その傷は人間である水木が受けて当然の仕打ち。だからきっと、この傷が癒えないうちに依頼人に会って話をする必要があるだろう。
「水木が謝ることではない。じゃから、毎回こんなに傷付かんでくれ」
背負って帰る事に関してはたいしたことではないが。
付け足したゲゲ郎が、よっと水木を背負い直す。左腕に巻かれた組紐が揺れて水木の怪我した足にふわりと触れていた。ほんわりと温かい。
「帰ったらまた鬼太郎に小言を言われるな」
「まったくじゃ。もっと水木さんをかばって下さいと息子に言われるワシの身にもなってみてくれ。いつだって真っ先に危ないところに突っ込んでいきおって・・・・・・」
小学生ぐらいの背格好になってからピタリと成長が止まってしまった養い子の鬼太郎は最近、嫌に水木の怪我に関してゲゲ郎の責任だと言うようになり始めていた。確かにゲゲ郎は目を見張るほど強い。しかし、妖怪でも何でも無いただの兵隊上がりの一般人(しかも武器なども持ち合わせていない)を守りながら妖怪達に対峙するのは容易なことではない。だからいつだって水木は自分の身は自分で守るつもりで妖怪達に相対している。時には自ら危ないギリギリの所まで突っ込んでいくことで隙を作らせ、ゲゲ郎に勝機を見いださせる役だって買って出るのだ。
「でも、俺のそういう所があるから今日だってお前が自由に飛び回れるんだろ?」
「まぁ、そういう面もあるが・・・・・・」
だから、ばつが悪そうにうつむくゲゲ郎の後頭部を見ながら下草を撫でていく風の声を聴く。死なない程度のところで水木が上手く妖怪達をかわす術を身につけつつある事を共に妖怪退治をするゲゲ郎が一番良く解っているはずだ。
「不満があるなら、相棒解消しようか?」
「それはならん」
打てば響くように返ってきた言葉に水木はふふんと軽く鼻を鳴らす。家で留守番をしている鬼太郎には悪いが、心配されるのを承知で今後も水木は妖怪達に積極的に関わって、時には、突っ込んでいく予定だ。それが水木のスタイルであり、それあってこそのゲゲ郎の戦闘スタイルになりつつあるのだ。
「俺が死んで蛍になったら酒でも供えてくれ」
「ちゃんと供え物をされたいと思うならせいぜい長生きするんじゃな」
よっこいしょ、ともう一度ゲゲ郎が水木を背負い直す。大した怪力の男なのだ。きっと、水木の重みくらい大したことがないだろうに。水木に恩を着せるかのごとく「背負ってやるのも大変じゃ」と愚痴を漏らす。
「100まで生きるよ。少しでも長くお前らとこうして馬鹿やってたいからな」
もう一度、水木はゲゲ郎にぎゅっと抱きつく。そうしてそっとその耳にそうささやきかけた。
どこに向かうとも解らない蛍がふわふわと不規則な点滅を繰り返しながら二人の周りを飛び交っていた。
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執筆鍛錬デー3回目
初公開日: 2024年08月17日
最終更新日: 2024年08月17日
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