仮令たとい貴方でも
 まだ一杯目の、キンキンに冷えたビールで乾杯したばかりだというのに。酔いも回っていないはずの悪友の一人である坂本が、きな臭いどころか胡散臭すぎる与太話を高杉と桂に話し始めた。
 基本、坂本の話は真意が掴めない。要領も掴めないし、何が言いたいのかヒートアップすると聞き取ることさえ困難になり、手に負えなくなる。桂はクソ真面目な性格ゆえ、聞き取ろうと努力しているようだが、片や高杉は相槌を打ちつつほどほどに聞き流しているのが常だ。
 高杉も桂も、坂本の扱い方を心得ている。卓上の料理に坂本の唾が飛ばぬようメニューを盾にしつつ、箸を動かす手は止めない。
「本当じゃき! わしゃ見たぜよ‼」
「見たって、何を見たンだよ」
「見間違いじゃないのか。第一、あの惑星には何も残っていないはずだぞ」
 高杉は届いたばかりの刺身を、桂は少し冷めてしまった枝豆を食べながら聞き返す。坂本の話は信憑性に欠ける。二人とも真面に取り合わないのは暗黙の了解だ。しかし、坂本は阿呆だが嘘は吐けないし、高杉と桂を騙そうとする男ではない。
 次は何を頼もうかと居酒屋のメニューを眺めていた二人の視線が、──…戸惑いと、大きな坂本の叫び声でぴたりと止まる。
「オロチじゃないバケモノが、あの惑星におったぜよ!」
 高杉の右目が見開き、メニューではなく坂本を見据えて瞬く。
 
「……ばけもの?」
 高杉は違和感を口にするように聞き返した。
 あえて名前を口にせず、言及しなかったあの惑星とは、夜兎の母星である徨安のことだ。大戦の折に惑星連合の総攻撃を受け、多くの同胞と共に数百年前に滅んだ惑星。
 破壊し尽くされた大地。噴出するアルタナ。──枯れた星は、アルタナの影響により異常変異した生物の巣窟になり果て、人が住めなくなってしまったそうだ。
 それは夜兎も例外ではなくて。離れることを拒んだわずかな夜兎の同胞を残して、すべての夜兎族は母星から離脱した。
 中でも徨安を死の星たらしめていたのは、徨安のヌシと呼ばれた惑星寄生種のオロチの存在だ。アルタナを食らい尽くすオロチは星の中枢に根を張り、噴出するアルタナを糧に星に近付くものをすべて排除し続けた。そうなってしまっては、もう成す術はない。
 ゆえに徨安は死の星となり、夜兎は故郷を追われて散り散りとなった。死の惑星となった母星に残った夜兎も、すでに命尽きてしまっているだろう。
 高杉自身、死の星となってしまった徨安の話やオロチの存在も知ってはいるが、訪れたことがないので現実味がなく、未だに寝物語のような存在である。
「バケモノってか、オロチは前から巣くってンだろ?」
「何かの見間違いではないのか、坂本」
「いやいや、そんなんじゃなか! わしゃ見たんぜよ‼」
 ドン!と、坂本は持っていたジョッキを机に叩き置く。ジョッキ内に半分ほど入っていたビールが勢いよく飛び散る。それはテーブル上の枝豆や漬物、刺身や焼き鳥に降り注いだ。
 無論、坂本の隣に座っていた高杉も例外なくビールの飛沫を浴びてしまった。水も滴るというが、高杉に降り注いだのは水ではなくビールなので、臭うし勿体ない。
 次同じことをやったら容赦なく殴り飛ばそう。そんな決意を胸に、高杉は隣に座る坂本との距離をとった。
 四人掛けのテーブル席は男三人では狭く、距離はなかなか取れなくて。せめてもの抵抗に体を捩れば、広くなったのをいいことに坂本が悠々と座り直す。……違う、そうじゃないのに。
 苛立って舌打ちをしまくれば、行儀が悪いと桂が高杉の口に枝豆を突っ込んできやがった。行儀云々というか、ビール味になってしまった枝豆を強制的に処理させられたようだ。解せぬ。ビール味にしたのは坂本なんだから、責任取らせて全部坂本に食わせろっての。
 桂は高杉を盾にでもしたのか、ビールの飛沫も坂本の唾も浴びていなかった。次に手洗いで桂が席を立ったら席次を移動しよう。坂本の対面は危険だと思って隣に座ったが、隣も危険だった。たぶん一番安全な場所は、坂本のはす向かいの、いま桂が座っている席だ。
 といっても酒宴は始まったばかりなので、席を変えるタイミングはなかなかに遠そうだ。
(ヅラもそこそこ酒は強いから、酔い潰れたりしねェしなァ……)
 ──…ここで、ふと、悪い企みが浮かぶ。
「そのバケモノはどんな姿だったンだ?」
「し、信じてくれるやか⁉ 晋助!」
「……まだ信じてねェけどな」
「オロチよりちーーっつこくて、人型だったぜよ」
「「人型?」」
 高杉と桂の声が重なる。
 滅んだ惑星で見たという人型。あの惑星が滅んで幾何、かなりの年数が立っている。さすがに同胞が生きているとは思えないが、もしも、──…もし同胞が生き残っているのだとしたら、オロチより強いのも頷けるが。
 しかしここで新たな疑問が浮かぶ。そのオロチより強いというバケモノのような同胞は、なぜオロチを滅ぼさないのだろうか。
 オロチが滅べば夜兎は母星に戻れるというのに。……いや、アルタナが噴出している限り、さすがにそれは無理か。
 熟考している高杉を余所に、坂本はオロチを捩じ伏せる、オロチ以上のバケモノを身振り手振りで説明し続けている。そんなバケモノが棲んでいるなんて話は聞いたことがなかった。
 高杉が聞いたことないくらいだ、桂も聞いたことないだろう。同じ話を聞いている医者で博識な桂も首をひねり、不思議そうな顔をしている。
「この飲み比べに負けたヤツが、そのバケモノを口説くってのはどうだ?」
「──高杉、おぬし正気か?」
「俺は至って正気だ」
「酔っぱらいの戯言にしか聞こえんぞ」
「……さて、どうすンだろうなァ」
 逢ってみないと解らないと、高杉は持っていたお猪口をあおって酒を一気飲みした。
 酒の席で不覚にも酔い潰れてしまった。──記憶は、ない。
 坂本を巻き込んで桂を酔い潰し、あの惑星に送り込む作戦は失敗してしまった。
 しかもなぜか、言い出しっぺの高杉が行くことになってしまうとか、本当にすべてが解せぬ。
 予想外だったのは、
「──チッ、……オロチか」
 死の惑星は、相変わらず死の惑星だった。
 瓦礫と砂漠で埋め尽くされた地面。砂埃の向こうに見える廃墟はなんとか建物としての外観を保ってはいるものの、とても人が住めるような場所じゃない。
 艦の降下した地点が良かったのか、降下中はオロチに襲われることはなかった。
 しかし、坂本の言うオロチ以上のバケモノを探すとなったら話は別だ。土地勘のない惑星を無闇矢鱈と歩けば、惑星のヌシであるオロチに必然的に出くわすことになる。
 ──どこへ行ってもオロチばかりで、人っ子一人見当たらない。
 こんな死の惑星に、人が住めるとは到底思えないとはいえ。
「辰馬にデマ掴まされたかァ?」
 自分の何倍もあるオロチに、正面から挑むのは得策じゃない。
 出くわした瞬間に最速スピードで逆方向へ走り、脱兎のごとく煙に巻いて、姿を晦まして。
 何十体ものオロチから高杉は逃げきっていたが、足元が砂で走りにくい上に、逃げた先でもオロチに出くわしてはまた逃げてを繰り返せば、いやでも体力を消耗していく。
 まだ噂の、オロチ以上のバケモノとやらに出くわしていないのに。
「……?」
 ぱくぱく、と。口を開けて、言葉を紡ごうとしているようだが、声にはならなかった。
 声を聴いただけで、体中の血液が沸騰したような気がした。
 ──予期せぬ昂揚。誰かと殺り合っている時以外でこんな感覚に陥ったのは初めてだった。
 白っぽい外套を着ている。頭どころか顔が見えないぐらい、すっぽりとフードを被っており、大きな番傘を持っているのでどうやら夜兎のようだ。夜兎は日光に弱く、日差し除けの傘を持つのが一般的だ。もっとも、この傘はおそらく機関銃が仕込んであるので戦闘用かもしれないが。
 声から察するに、たぶん男だ。
 低めの声から不快や殺意のような感情は読み取れず、ただ単純に自分以外の人間がいることへの驚きを含んでいた。
 酒の席での与太話だった。
 ──…そう、与太話のはずだったのに。
 悪友らとの悪ふざけのおかげで銀時に出逢えたし、愛に落ちて、死に物狂いで告白をしまくった末に銀時も落とせたのだと言ったら、てめーは怒るだろうか?
 馬鹿力なので殴られたら吹っ飛んでしまうので、勢いのままに殴るのは止めてほしいが。
 文句言ったり、小突かれるぐらいは甘んじて受け入れるつもりだ。
 ……いや、きっと違うな。
 優しい銀時は呆れて溜め息を吐きながらも、苦笑いをしつつ許してくれるだろう。
 それが愛、ってやつなんだろ?
「この飲み比べに負けたヤツが、そのバケモノに会って、ナンパするってのはどうだ?」
「ナンパ? あのバケモノをじゃか⁇」
「オスより強いのはメスだ」
「性がなかったり、メスじゃなかったらどうするんだ?」
「あの惑星にバケモノがいる?」
 ──あの、惑星。
 それは、聞き捨てならない、焦がれて止まぬ母星のことを
   うたかたを抱いて
「あの部屋に入ったのか」
 不機嫌そうな高杉の声が背後から聞こえる。不機嫌なのは今に始まったことではないが、抜刀しようとするのは戴けない。
 万斉は無言で振り返る。
 無視をして通り過ぎるのも、高杉を背後に立たせたまま会話をするのも悪手だと知っているから。──そのまま背後からばっさり斬られてやる趣味はないし、無視をしたらしたで面倒なことになるのは経験済みだ。以前、抜刀していないとはいえ鞘で思いっきり殴られた後頭部が痛んだ気がした。
「まさか。おぬしの声紋認証と指紋認証でしか入れないよう錠が掛かっているあの強固なトリカゴには、何人たりとも入れないでござるよ」
「──…そう、だったな」
 高杉は万斉を一瞥すると、件のトリカゴがある部屋へと歩を進める。
 鳥籠、と形容しているが鳥が入っているわけではない。──鳥ではなく、大人しくなったとはいえ狂暴な鬼がひとり、籠の中には囚われている。
 脱出は出来ず、憐れにも自害出来ぬよう拘束されて。
 捕らえられ、囲われている特別な部屋──。
 当初は部下が世話のために立ち入っていたが手に負えず、負傷者が相次いだので何人の立ち入りも禁止になった。
 今は高杉しか入れない開かずの部屋は、トリカゴと称するに相応しい。
 昔の誼で懐かしく思って捕らえたのか、はたまた飼い殺すつもりなのか。高杉の心中は複雑すぎて理解に苦しむ。
「カワイイ約束をしたンだ」
「……約束、でござるか」
「てめーが俺の衝動を昇華してくれンなら、先生の愛していた世界を壊さない、ってなァ」
 クククッ、と高杉は嗤いながら続ける。
「先生は死んだ」
「先生はもういない」
「先生が死んだ、先生亡き世界は腐っている。──なら、壊しても問題ねェだろ?」
「世界が壊れるのが先か、銀時が壊れるのが先か。……見物だなァ」
 痛くて泣いたら殴られた。
 ──そうだ、この痛みは俺が享受しないといけないんだった。
 高杉はもっと痛かったのに。
 俺がこんな生温い痛みで痛がってどうする。
 もっともっと、鋭い痛みがほしい。
「──もっと、ヒドくして」
 かごめ かごめ
 籠の中の鬼は いついつ出やる
 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった
 うしろの正面だれ?
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仮令貴方でも
初公開日: 2024年08月07日
最終更新日: 2025年02月17日
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高誕にするつもりで。
夜兎パロで、銀時に出会う前の高杉を書く。