※大幅に変更される可能性があります。
天秤の図書館へ行くために変装をすることになった俺とマルフィクは、別室でエスカマリさんに女装をさせられた。
「はい、これでおしまいです!」
やっと解放された。桶に張られた水面の前に案内されて顔を見てみる。たしかに、まったく違う雰囲気の顔がそこにある。
「えっと……」
「かわいいでしょ~! やっぱり絵師を連れてきて残しておくべきかしら!?」
「忍ばなきゃいけねェのに目立つことしようとすンな」
すでに同じようにゆったりとした神官の服を着ているマルフィクが、息の荒くなったエスカマリさんへ制止の言葉を投げた。
マルフィクの方を見る。髪は軽くウェーブがかかったエクステと呼ばれる長いつけ毛をつけてて、雰囲気がまるで違う。白い小さなリボンが髪留めとして使われていて上品さがあったし、化粧で整えられた顔は美人と言っても良かった。むすっとして腕組をしているのは普段と変わらないせいか、面影はある。
一方俺は地毛の赤毛の下にまったく色が違う深紅のエクステをつけて、なぜか赤い宝石が散りばめられた髪留めをつけられた。化粧もされたけど、自分ではあまり変わらない気がしたし、マルフィクみたく綺麗という感じではなかった。
「まあ、それなりに女には見えるンじゃねェか? もっとお前の彼女に似るかと思ッた」
「ヘレは違うし!」
「オレはそいつだッて言ってねェけどな?」
口端を上げて愉しそうに言うマルフィクに、ぐっと喉を詰まらせた。気にしてたのがバレたみたいでものすごく恥ずかしい。
「はあはあ、女装男子同士のいちゃつき倒錯した世界っ……!」
「……寒気がする。無性に殴りてェ」
「え、ダメだよマルフィク!」
エスカマリさんがなんかよくわからない興奮をしているのを見てマルフィクが舌打ちをした。剣呑な雰囲気に俺は止めに入る。
「はあ、もういいから戻るぞ」
「そうだね、だいぶ時間も経っちゃってるし」
「いってらっしゃい、二人きりの世界へ!」
「うるせェ、てめェも来ンだよ」
「わかりました、私は空気ですね」
マルフィクは舌打ちを再度すると部屋から出ていく。俺が慌てて追いかけると、なぜかにまにました怪しい表情でエスカマリさんがついてくる。なぜかエスカマリさんの足音が聞こえなくて、存在感も薄い。ちょっと怖い……。
みんなが待っている部屋までくると、中からはヘレやスピカの声が聞こえてくる。マルフィクが先に行くように促すも、俺は扉の前で足を止めた。
俺は着替えさせられた服を見下ろしてから、不安でエスカマリさんの顔を見た。なぜか壁にくっついている。部屋の声でも聞こうとしているのだろうか。
「いえ、恋バナの残り香を感じまして」
「……本当に大丈夫?」
「そいつの頭がか?」
「そんな酷いこと言ってないよ!?」
「いえ、いえ、そんなに褒めないでください」
「褒めてねェ」
「何をしているんだ……?」
ぎゃいぎゃいとしていたら、いつの間にか扉が開いてスピカが顔を出していた。
「う、ああ……」
「ああ、準備が終わったのか」
「はい、見てください、二人もかわいいでしょ~!」
エスカマリさんはさっきまで崩れていた表情が嘘のように、にっこりと笑ってスピカに俺が見やすいように背中を押してくる。緊張して身体が固まった。
「ああ、驚いた。雰囲気がまるで違うな」
スピカに上から下まで見られて、急激に体温が上がる。顔が熱い。
「ふむ、なかなか決まっておるのぅ」
さらにスピカの肩口から顔を出した蠍――シャウラが褒めてくれる。思った以上に恥ずかしい。
「ですよね! アスクさんはまだ幼さの残る顔立ちでしたから、可愛い感じにしてみたんです。素材の良さを引き出してたくて、あえて同じ色ではないエクステで地毛の可愛さを引き出しました! 白い服に赤は映えますよね! でも牡羊の星の雰囲気は消さないといけないですし、お化粧は~」
エスカマリさんが嬉々として自分のこだわりを説明し始めた、長い、止まらない。スピカは困ったように頬を掻く。
エスカマリさんの語りに、頭の熱が下がるとヘレがなかなか顔を出さないことに気づいた。どうしたんだろう。
「アスク、早く中に入るのじゃ!」
そわそわしてると、シャウラが声をかけてくれた。シャウラはスピカの肩から降りると、俺の足元まで来て、器用に裾を引っ張らる。流されて部屋の中へと入った。
ヘレはベッドに腰かけたままだった。目が合ってしまって慌てて逸らした。心臓がどきどきと大きく鳴っている。これはあれだ。さっきマルフィクにからかわれたせいだ。
ヘレにどう接するべきかわからない。
「…………」
「…………」
ヘレも何も言わない。目を逸らしたことでかえってヘレに変な風に思われたらどうしよう。
「二人して顔を逸らして何しとるんじゃ?」
指摘されて、びくっと身体がこわばる。
このまま弱気になっても話ができるわけじゃない。俺は意を決してヘレに話しかけた。
「……えっと、変じゃない?」
「う、うん。かわいいと思う……」
お互いにぎこちなさを感じる。俺もあまりヘレに視線を向けられないけど、ヘレもこっちをちらっとしか見ない。
「……すごく似合っててちょっと複雑」
「えぇ? 俺のが複雑なんだけど……」
ヘレが口を尖らせて呟いた言葉に、思わず返した。変じゃなかったのはいいけど、似合っててもだいぶ複雑だ。
ヘレが目を瞬いて俺を見てから笑った。さっきまでの表情と打って変わった表情にドキっとして、固まってしまう。
「はは、そうだよね。でもそんなに似合うなら私が着たお役目の白い衣装も似合うかも」
「あれはヘレ用だっただろ。その年々で役目に選ばれた人用に作るんだから」
冗談めかして牡羊の星での祭事を口にするヘレに、今度は俺が口を尖らせて返した。さっきまでうるさかった心臓は、少し緩やかになって、安心感が広がる。
「オイ、見た目で印象が変わッてるッて言うなら、問題ねェだろ。さッさと図書館に案内しろ」
マルフィクが、いまだに続いているエスカマリさんのこだわり話に業を煮やして横やりをいれたようだ。
「あら、そんなに急がなくてもいいじゃないですか」
「はァ? 女装させといて今すぐ行かないッつーのか?」
「女装を仕上げたのは、お二人に万が一似合わないものしかなかった時に買い出しにいけるようにですよ。中途半端ではバレてしまいますしね」
「…………」
マルフィクはエスカマリさんの言葉に押されている。エスカマリさんは反論がないことを確認するとふふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「私の従者として連れて行くことは可能です。しかし、それには条件があります」
「いまさら条件だと?」
「はい。スピカさんのよしみで連れて行っても良いのですが、私、実は皆さんにお願いしたいことがあるんです。だから、お互い助け合いということでどうですか?」
いきなりの提案にマルフィクだけではなく、みんながエスカマリさんに視線を集中させる。
「助け合うのは構わない。しかし、内容によっては私たちにできないこともあると思うのだが」
「詳しく内容を聞きたいかな」
「お願いとは、私の質問にいくつか答えてほしい。それだけです」
スピカと俺の言葉にエスカマリさんはにっこりと笑う。みんながそれならと頷くと、エスカマリさんは咳払い一つしてから、重苦しく言葉を紡いだ。
「……今、天秤の星で神に世代交代をしろという声が高まっている。と言ったらどうします?」
エスカマリさんの言葉が上手く飲み込めない。世代交代ってどういうこと?
「私の星であればその話の出所を探すな」
エスカマリさんの話を理解して、一番に返答したのはスピカだ。困惑と疑念が声から滲み出ている。俺はまだ状況がわからなくて、黙って話を聞くことにした。
エスカマリさんは、先ほどまでのテンションが嘘のように鋭い表情をしていていた。
「粛清するのですか?」
「神への反逆罪は重罪だ。同盟星の天秤の星の役割は”裁き”を担っているのだから、秩序を乱した者を罰するのは天秤の星では当たり前のことなのではないか?」
「ええ――」
「問題はそこか? 民から声が上がッてンなら、神の考え方が民に合ッてねェッて話じゃねェのか?」
スピカの言葉にエスカマリさんが肯定しようと頷くも、そこにそれまで傍観していたマルフィクが口を挟む。
俺はマルフィクの言葉に話してもらった過去を思い出した。民の声を聞かなかった魚の神はマルフィクの手によって葬られたと話していた。マルフィクからすれば当然、天秤の神は退くべきなんだって考えてるのかな。
だけど、自分とは正反対の意見にスピカが納得しない気がする。
「合っていないからと言って、反逆をしていいわけではない」
「程度によるだろ。俺は、神のルールで人が死ぬのなら世代交代はすべきことだと思うぜ」
「ふぅ……貴様は、人を見殺しにするならば神を殺すことも厭わなかったのだろう?」
「アア。明日の未来もないどん底を経験したこともないお優しい騎士様と違ッてな。正直、もッと早くに行動しておけばよかッたと後悔してンだ」
「貴様っ」
「あーあー、俺は! 天秤の星をもっと知った方がいいと思うんだけどな!」
人が口を挟む暇もないくらいに口論していたが、ぴりついた空気が張り詰めてスピカがマルフィクに一歩踏み出したので俺は慌てて間に入った。
「ヘレ、あいつは誰なんじゃ? スピカとは随分相容れぬようじゃが?」
「マルフィクさんはスピカさんが敵対しているオフィウクスの加護の一員で――」
後ろでシャウラがヘレにマルフィクのことを聞いている。マルフィクとスピカは立場も意見も正反対だ。だから、敵対するのは仕方ないんだけど。
スピカとマルフィクは、お互いから視線を外して俺を見る。
「アスクの意見を詳しく聞かせてくれないか?」
「天秤の星を知ッてどうなンだよ」
止まってはくれたけど、二人して話を促してくる。そんなぴりついた空気のまま言われると、ちょっと怖い。
「だって、エスカマリさんの言葉だけじゃ状況わからなくない? ここは俺が住んでた牡羊の星とは違いすぎるから、俺には判断できないなって思うんだ」
天秤の星の状況はちらっと見ただけだ。来た時に見た町は栄えていたし、警備兵もしっかりとしていた。牡羊の星で得た天秤の星に対するイメージは秩序、平等、それが人々を支え繁栄しているという簡単なもの。それ以上の情報も知識もないから、俺にはエスカマリさんがどういう意図でその質問をしているのかの方が疑問だった。
「ああ、何も知らない外部がやンややンや言ッたところでどうしようもねェな」
「そうだよ、だからもっと話を聞いてから考えないと」
「助けるつもりか? 頭お花畑だな。知らねぇヤツが関わると余計ややこしくなンだよ。そういうのは」
「だから知ってからだってば!」
マルフィクは口端を上げて笑っているから、からかってきていることはわかってたけど、言い返した。言い返さないと負けたような気分になりそうだったし。
「……たしかに乙女の星とも神の在り方が違う。一方的に言うべきではなかったな」
スピカはしばらく考えた後、結論を出した。「またやってしまった」と小声でこぼしてるのが聞こえたけど、葛藤があるんだろうか。
落ち着いた二人にちょっとほっとした。
俺は聞きたかった疑問をエスカマリさんに投げかけた。
「エスカマリさんはその質問で何を知りたかったの?」
「そうですね、あることを話しても大丈夫そうか気になってまして。試すような真似をして申し訳ありません」
「いいけど、話せそう?」
「ええ。冷静に話し合えそうですので」
エスカマリさんはにこっと笑ってから、静かに告げた。
「私、天秤の神に反対する勢力のリーダーなんです」
その一言にその場の誰も言葉がでなかった。しーんとした室内に、にこにこしたエスカマリさんが話を続ける。
「私たちは、革命軍と自称しています。革命軍は、民に寄り添い、天秤の星の繁栄を目標に掲げ天秤の神の世代交代を目指しています」
奇異の目が集中していても、明確に堂々と自分の意見を主張するエスカマリさんは、正しいように見えてきた。
「……世代交代とは。神殺しをするわけではないということか?」
スピカは困惑しながらも今度は詳しく話を聞こうとしている。その声色の中には、警戒心も見え隠れしていた。天秤の星と乙女の星は同盟星として親しいし、同じ加護持ちの相手として信頼もしていたはずだから、反対勢力のリーダーとなっているエスカマリさんに警戒するのは、もっともな話だ。
「穏便に交代していただけるのであれば、それに越したことはありません。天秤の神は他の同盟星と違い、古来よりの神です。そのため、他の星よりも人間の道理や、情勢の変化についていけていない。古い考えをお持ちなのです。そこが我々民との確執……故に近代的な新しい神が必要なのです」
エスカマリさんは表情をさっと変えて、悲しそうな顔をしながらスピカを見た。
「乙女の星や他の星を見ていれば、どれほど違うか身に沁みます。世代交代なら乙女の星もしてますよね、我々は同盟星と同じような形にしたいのです」
「…………」
乙女の星のことを出されると、スピカは考え込んでしまった。
乙女の星は加護を与えた人間が力をつけて次の神になる、いわゆる世代交代の方法がとられてる。だから、世代交代自体に抵抗はないはずだけど……。
「スピカ?」
「ああ、いや。何が正しいのか、判断がつかなくてな。乙女の星の神は数百年前に変わったと聞いている。彼女は民の話を好き好んで聞くような神で、私も幾度か話をしたことがある。親しみのある神だったからな、エスカマリが言う天秤の神の現状が上手く飲み込めないんだ」
俺は神様と親しくする方がよくわからないけど、でもスピカの話からスピカが乙女の神と良い関係を結べていたのがわかる。
「スピカは乙女の神と信頼関係を結べていたんだね」
「……ああ。私は、な」
スピカは驚いたあと、表情を綻ばせて少し微笑んだ。そのあと、視線を落とす。どうしたんだろう?
「しかし、乙女の星でも神殺しを望む者が出たんだ、果たして同盟星と同じやり方に舵を切ったとして、天秤の星が良い方向に行くかどうかはわからん」
「なンでオマエが事態を重く受け止めてンだよ。良い悪いを決めンのは天秤のヤツ等だろ」
「だからと言って、無責任に肯定はできん」
「ならそれでイイんじゃねェの」
「……できるなら正しいと思えることを伝えたいだろう?」
「正しいと思ッてンだろ?」
「思ってた。だ。貴様やレーピオス、ザヴィヤヴァのせいで今は……わからなくなっている」
「オマエ、面倒くさいな」
先ほどまでの剣呑とした雰囲気じゃなかったから、話を止めなかったけどマルフィクが投げやりになり始めた。お互いに考え方が違い過ぎて共感とかはできないのかな?
スピカは悩んでるのに……。
「マルフィク、途中で会話を投げるなよ」
「はー? 正しいかどうか気にしてるみてェだが、そンなン誰もわかンねェ。過去、正しいとされたヤツらの伝聞が正しくなかッたのはテメェ等が身を持ッて知ッてンだろ」
たしかに牡羊の星にあった文献や伝聞と俺が各星を回って得た情報はあまりにも違っていた。
「マルフィクは正しいって思わないわけ?」
「オレはオレが決めた正しさがあンだよ」
「それでは、正しいと言った者勝ちではないか?」
「スピカの言う通りだよ。話が平行線になっちゃうじゃん」
「だから争いが生まれンだろ。どッちが正しいか戦ッて決めンだよ」
「正しいと言えるのは勝者の特権ですよね」
会話にエスカマリさんが入ってきた。
「天秤の星ではすべての事柄を記録されています。争いの記憶も、その後の歴史も……情報を統制するのはいつだって生き残った方です。皆さんが知らない情報もたくさんあるので、よくわかります。正しいとされる秩序を決めたのは誰か、それさえわかれば歴然でしょう?」
天秤の星の正しいと言われる秩序を決めたのは、もちろん天秤の神なんだろうな。
「でも、秩序は必要です。皆が好き勝手してしまえば争いが絶えませんから。秩序が時代の変化に対応していかないと人々が命を落とすことになるのです。それが、我が星の現状です。皆さんにはぜひ我が星をたくさん知っていただいて、それからまたご意見を聞かせてくださいね」
エスカマリさんが話を戻して、まとめてしまった。
と言っても、俺からはこれ以上言うこともないし、スピカは考え込んじゃってるし、マルフィクは肩をすくめるだけで口は開かない。ヘレの方をちらっと見るも、シャウラと何やら話し込んでいる。
誰もこの話しをしないことで、この話はエスカマリさんによって終わらせられたことがわかった。なんでか終わらせられたことにもやっとするけど、どうしてなのかわからない。
「では、次はヘレさんをかっこかわいい男の子に仕上げましょうね!」
エスカマリさんは待ってましたとばかりに立ち上がり、はあはあ興奮し始めた。ヘレが頬を引きつらせてドン引いているけど、おかまいなしにヘレの腕をとる。
「そうだ、エスカマリ。先ほど”ヒア”と言う子が来たんだが、知っているか?」
「まあ! ヒアさんが来たんですか!? タルフさんのお迎えをお願いしたのに……仕方ないですね、ヒアさんを探してタルフさんを迎えに行ってきますね。少々お待ちください」
エスカマリさんはヘレの手を離すと、眉尻を下げて頭を下げる。そうして、早々に部屋を後にした。
「……タルフ大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。そンな弱かねェよ」
マルフィクが言うなら大丈夫だろう。山羊の星でタルフのこともマルフィクは稽古をつけていたし、実力は俺よりわかってるんだから。
「アスク、話をしたいんだが……」
スピカが俺の肩を軽く叩いた。視線でマルフィクを一瞥するからマルフィクには聞かれたくないのかな。
「マルフィクに席外してもらう?」
「そうだな、レーピオスに情報が渡るのは避けたい」
「なんじゃ? 置いてかれたんじゃろ、あの小童」
いつの間にかヘレがシャウラを肩に乗せてこちらに来ていた。ヘレは頬を掻いて苦笑う。来るつもりはなかったようで、シャウラに連れて行くように言われたのだろう。
「あの小僧の立ち位置をアスクにも聞こうと思ったんじゃ」
「マルフィクはレーピオスの弟子で、彼のことは師匠って慕ってるよ。俺のこと監視するように言われてるみたいだけど、一緒にいた感想は悪いヤツじゃないかな」
「うーん、結局アスクに話したことは筒抜けになりそうだね」
「なんでじゃ?」
「だって、アスクはマルフィクさんに聞かれたら答えちゃうでしょ?」
「…………」
俺より先にシャウラに返答したヘレの答えが俺の心に刺さる。いや、うん。聞かれたら答えちゃいそう。だって
「マルフィクなら、言わないでって言えば大丈夫だと思うし」
「いや、しかしあいつの弟子なのだろう? レーピオスに味方をするのではないか?」
「うーん、どうかなぁ」
山羊の星を脱出する時、置いてかれたことに驚いてたし、双子の星でのこともあんまりレーピオスに伝わってる気もしないんだよなぁ。
「友達だし、大丈夫だよ」
「誰が友達だ」
割り込んできたマルフィクの声に彼の方を向く。びっくりした。
「丸聞こえなンだよ、甘ちゃんどもが。秘密の話すンなら別の部屋行ッてするべきだろうが」
呆れたようにため息を吐いて、マルフィクはスピカが口を開くよりも先に言葉を続けた。
「オレは師匠にオマエたちから聞いたことは話すつもりは毛頭ねェよ」
「何故じゃ?」
「あのな、師匠は別に組織を率いているわけじゃねェ。目的の共有はしてるし、必要なら知識も分ける。それだけだ。後は個人の好きにさせてるだけで、神殺しの命令とかはしてねェ。オレにはついでにアスクのことを調べてほしいッて言われただけで、他はオレの判断に任されてる。つまり、オレが話さねェと決めたンなら話さなくてもイイんだよ」
双子の星の時は師匠の言うことは絶対みたいな感じだったのに、今はまるで信用していないとでも言うような口ぶりだ。マルフィクはレーピオスに違和感を覚えているのだろうか?
ただ、その変化は嬉しい。
「つまり、俺たちを少しは信用してくれてるってこと?」
「ンなこと言ッてねェ。てめェの女装について細かく説明はしてやるよ」
「それ、マルフィクの女装の話もすることになるんじゃ?」
「ぐっ……」
まあ、できないよね。俺はマルフィクを黙らせることができて勝った気分だ。スピカに視線をもどして話を促す。
「女装話すくらいだって言うから大丈夫じゃない?」
「アスク……」
冗談をそのままスピカに言ったら、眉を顰められた。いや、別に冗談だけじゃなくて、俺はマルフィクは絶対に言わないと”確信”してるんだけど……。どうやって説得したものか。
「アスク、お主はその小童を信じておるのだな?」
「うん。マルフィクは言わないよ」
「であれば、わしは話しても良い」
「シャウラ様っ!」
「スピカ、落ち着くといい。わしは何を話すかはわかっているつもりじゃ。あのオナゴの話であればむしろ話しておいた方が良いじゃろう。あの小童、魚の加護も持っておるようじゃしな」
「え? マルフィクって魚の加護持ってるの!?」
「さすがに神には隠せねェわけか」
「誰経由の力なのかはよっぽど鈍い神以外なら感じるはずじゃぞ」
「フーン」
「それと小童。情報を渡してやるんじゃ、そっちも情報をよこすのが筋よのう?」
「師匠の情報なら今話しただろ」
「それで対価になるかどうかはお主が考えるんじゃな」
「別にいいぜ、足りなかッたら他の話もしてやるさ」
シャウラとマルフィクの間で話がついたようだ。俺が話した時はからかってきたくせに。
「そういうことじゃ、スピカ。アスクとそこの小童に話をしてやるがよいぞ」
「わかりました」
シャウラの指示にスピカは眉根を寄せたが反論はしないで頷いた。納得は微妙にしてないんだろうな、マルフィクとスピカがもう少し仲良くなってくれるといいんだけど、考え方が平行線だからなぁ。
スピカが、俺の方を向いて話を切り出した。
「……実はアルディが此処まで来た」
「アルディさんが? なんで? スピカと戦ってなかった?」
たしか山羊の星でアルディさんは向こう側にいて、サダルとレーピオスと一緒に行ってしまったはずだ。
「あれはな、アルディと事前に打ち合わせしていた。敵対する場合は全力で戦おうと」
「打合せ……?」
あれ? スピカはアルディさんと行き違いしてたよね? それがなんでこうなったの?
「アスクに悩みを聞いてもらったあと、カプリコルヌス様に相談したんだ。アルディとサダルについては敵対する可能性があると教えてもらった。そして、アルディが味方になるには私が彼女と話をする必要があると諭された。私は敵対する可能性を打破するためにアルディと話をしたんだ」
「仲直りできたの?」
「いや、保留にされた。しかし、こちらにも可能性を残してくれた。情報の共有をすることにしたんだ」
「だからアルディさん来たんだね」
やっと合点がいった。アルディさんもスピカのことは好きだって言ってたし、切り捨てることはしなかったみたいだ。
「アルディからある提案をもらった。私はこれに賛成だ」
スピカは俺に紙を手渡した。報告書と書かれた紙には、レーピオスの行動などが書かれている。その下にアルディさんからの提案が記載されていた。
「”アスクさんに加護の帰属をしませんか?” 帰属って、たしかスピカと会った時に説明してくれたような?」
「覚えていたのか。共に同志として契約することでほんの少しだが加護を与えられるのが帰属だ。加護を得るには神から加護をもらうか、加護を持つ者と従属か帰属の契りを交わすことだ。つまり、アスクに加護を集中させておこうという話になる」
「なるほどな。ソイツを12の神の器にしようッてわけか」
「私たちに何かあってもアスクに加護が集まっていれば、蛇使いの星に行くことが可能だからな」
「フーン。いいじゃねェか。オレも魚の加護を帰属してやるよ」
「ふむ、期待通りの答えじゃ」
「シャウラ様はこれを見越していたのですね」
「そうじゃ。それに、向こう側にも良いことずくめじゃろ。アスクがおれば他の星の加護持ちを仲間にしなくても済むのじゃからな」
「よく解りました。しかし……」
スピカは少し顔を曇らせて俺を見た。良い案だと思うけど、不安があるんだろうか?
「アスクには負担をかけて悪いが、どうだろうか?」
俺の心配だった。でも、俺の心は決まってる。
「俺も賛成! 加護の帰属、受けるよ!」
だって他の星の加護ももらえるなんて、ラッキーじゃん。乙女の加護って回復とかできるみたいだし、便利そうだし! 魚の加護はマルフィク使ってるの見たことないんだけど、どういう力なんだろう? めちゃくちゃわくわくするっ。
「よかった。では、私から帰属を行わせてもらう」
スピカは他のみんなに下がるように言って、俺の目の前に立った。帰属ってどうやるんだろう? 契約書って言ってたし、何かにサインすればいいのかな?
スピカが俺に自分の剣を鞘から抜いて手渡してくる。
「私が誓いをしたら、この剣を肩に添えてくれ」
「う、うん?」
俺が剣を受け取ると、スピカは俺の前に跪いた。何? って思ってると剣を持っていない方の俺の手を取って自分の額に触れさせる。
「私スピカは、乙女の騎士の名において誓う。いかなる時もアスクと共に寄り添い、支えあうことを」
手の甲に口づけをすると、スピカは顔を上げて微笑んだ。金色の髪は靡き、青い瞳は吸い込まれそうで綺麗だった。見惚れてしまう。
かっこいい……うん、いやかっこよすぎない!?
きょどって俺は横に避けたヘレに助けを求めた。ヘレは俺の代わってほしいという気持ちを察して、ぶんぶんと首を横に振る。俺と同じように少し顔が赤い気がする。
「アスク?」
「あ、うん」
スピカに声をかけられて、慌てて乱れた心を落ち着かせる。そうだ、剣をスピカの肩に添えなきゃ。俺はスピカから手を引くと剣を両手で持ちあげた。思ったよりも重い。こんな重いものでスピカは戦ってるのか。
慎重にスピカの肩に剣を添える。手から汗が出て滑ってしまいそうだ。
「俺も誓うよ」
添えたのを確認してゆっくりと剣を下ろす。スピカが立ち上がって剣を回収してくれて、やっと緊張の糸が切れた。
まだ心臓がドッドとうるさい。
「これで終わり?」
「ああ、契約はきちんと成された。乙女の加護はアスクと共にある」
やり切った後だからか、スピカの笑顔は爽やかだ。
俺は胸に手を当てて、自分の加護について感じてみる。かすかだけど、いままでの加護とは別の力があるように感じた。
「帰属と隷属は、相手の居場所や状況をお互いに感じることができる。残念ながら契約初期の精度は低いがな。ただアスクに何かあれば、感じることくらいはできるはずだ」
「へえ、お互いってことはスピカに何かあった時もわかるの?」
「ああ、何かしら感じるはずだ」
どんな風に感じるのかな。スピカともっと近づけたようでちょっと嬉しい。何かあったら絶対駆けつけよう。
「じゃあ、今度はオレの番だな」
「あ、マルフィクもスピカみたいにするの?」
そういえばマルフィクも魚の加護をくれるって言ってた。毎回こんな誓いのやり方されてたら恥ずかしくて心が持ちそうにないんだけどっ。
「……こッち来い」
マルフィクが呼ぶので、おっかなびっくり近づいた。いや、マルフィクだししないよな……?
「オレはお前を認めて魚の加護を貸す。オマエが頷けば契約成立だ」
「え、うん。終わり……?」
「口約束でも問題ねェ。帰属ッつーのは相手を支配してやろうとか、利用してやろうとか、そういう気持ちがなければ勝手に加護が移動して契約を成立させる」
マルフィクが信頼して帰属をしてくれたのは嬉しかった。
「乙女のヤツのは単にその星の儀式だろ。そっちをやってほしかったのか?」
「マルフィクにはしてほしくないよ!」
俺はぶんぶんと首を横に振った。スピカだけで十分だ。
「私のは乙女の星で騎士として認められる際に行う行事を模したものだ。新たに、剣に誓いたかったのだ、アスクと共に戦うことと、みんなを守ることをな」
「すごいスピカさんかっこよかった!」
「騎士もいいものじゃな」
スピカが恥ずかしそうに頭を掻けば、ヘレとシャウラが俺の言葉をとった。俺は何度も頷いて同意しておく。
「あれ、アルディさんたちのはどうするの?」
「アルディは隷属の契約書を置いていったのでな。破り捨てておいた。獅子の加護、水瓶の加護をアルディの方で話をつけて契約書を送ってくる際に、きちんとした牡牛の契約書も一緒に送ってくるだろう」
「アルディさんに隷属するのはレグルスで十分だよね」
「ああ」
「お前ら、獅子のヤツには厳しいよな……」
レグルスだからね。という気持ちを込めて、マルフィクにはわざとらしく視線をそらしておいた。スピカは俺とマルフィクのやり取りに苦笑をする。そして、ひと段落下したとばかりに伸びをして椅子へと腰かけた。
「エスカマリにも話をしておかなくてはな」
「……情報交換としては足りなさそうだから一つだけ忠告しとくが、アイツも師匠には会ッてるのを見たことがある」
マルフィクが爆弾発言を落とした。エスカマリさんが絶対の味方ではないことに、俺がさっき感じていた違和感が腑に落ちた気がした。
スピカが椅子をガタっと音をさせて半分立ち上がりながら固まっている。
「オレは会話の内容は聞いちゃいねェ。オマエたちと同様断ッていた可能性もある」
「神殺しについて聞いた可能性はないのか?」
「あの話しぶりなら、やり方を聞いただろうな」
「…………」
「しかし、聞いたからと言うても神殺しをすると決めつけるのは早計ではないかのう?」
スピカの動揺する様子にシャウラが落ち着けと言葉をかけた。スピカも頷いて椅子に座りなおすと手で頭を抱える。
「エスカマリに聞いた方が良いのだろうか……」
「本人に確認すンのはススメねェな」
スピカの落ち込みようはひどい。エスカマリさんとまだ接点がそこまでない俺にできることはないかな。
「そうだ、俺とマルフィクでそれとなく調べてみるよ」
「なんでオレまで……」
「だってこの後、俺とマルフィクとエスカマリさんで図書館行くんだし、他のみんなより機会ありそうじゃない?」
マルフィクはなんだかんだで面倒見がいいし、少し押せばきっと流されてくれる。俺も山羊の星で学んだ。
「調べてもらうのはありがたいが……無理はするんじゃないぞ」
「スピカ、心配しないで。マルフィクが止めてくれるから大丈夫」
「オマエはオレを巻き込まないと気が済まねェのか?」
「ええー? じゃあほっとかれるのか、俺」
「……知らねェ」
マルフィクははあと息を吐いてから顔を背けてしまった。否定はされなかったから、やっぱり何かあったら助けてくれると思う。
「何か、何か重大なシーンを見逃した予感!!」
大きく扉が開かれたかと思うと、エスカマリさんが肩で息をしながらも大声で入ってきた。言ってる内容がよくわからない……。
「エスカマリさんお帰りなさい」
「ただいま戻りました。その後はご飯にする、お風呂にする、それとも――を言ってほしいところですが、視線が痛いので辞めましょう」
こほんと咳ばらいをして、テンション高いのを止めるエスカマリさん。出て行った時と様子に変わりはないけど、ひとりだけ……?
「エスカマリさん、タルフは?」
「それが、ちょっと予想外のことがありまして、養生するために他の施設に行ってもらいました」
「怪我でもしたの!?」
「命に別状はありませんから、心配いりません。しばらくしたら合流できますよ。さあ、待ちに待ったヘレさんの男装に移りましょう!」
エスカマリさんはタルフのことを早々に切り替えて、ヘレを手招きした。
強引な話題替えに違和感を覚えるけど、ここでわざわざ切り込むとこの後の図書館に行く目的がどんどん遅れちゃうだろうし。
俺が悩んでるうちに、ヘレがおそるおそるエスカマリさんの後をついて行き、二人はあっという間に扉を出ていくのだった。
※
エスカマリの内容を少し変更
手伝ってほしいこと→お願いしてほしいこと