あっ今回の配信は途中からやるんですが
この話の前の部分は以前別の配信でやってますんで
良ければそちらもどうぞ
ピチョンと雫の滴る音が、静まり返った部屋に響く。窓の外で朝露が落ちたようだ。そう考えられる程度にセラの思考には余裕があった。動揺の類は微塵も無かった。問いかけの途端真剣な物へと変じた青年の眼差しにも、ほんの少しも怯んでいなかった。
「ずっと、思っていたんです。ボクを助けて、一体貴女に何の得があるんだろうか。あなたはボクに、一体何を求めているんだろうかって・・・」
その問いは警戒や疑心から生まれたものではなかった。寧ろ彼は自分の領域に居座られている事に不快感や恐怖を覚えない程度には、セラの事を信用していた。そしてそれと同時に、自分を助け介抱してくれる彼女に深い感謝を抱いてもいた。
だからこそ知りたい。彼女が何のために自分といるのか。自分は何を彼女に返す事が出来るのか。どうしたら、自分は彼女の助けになれるのかを。
「・・・答えてもいいけど」
セラが小さく溜息をつく。セラは黙秘権は行使するが、必要のない嘘はつかない。故に答える気があるという意思自体には何ら偽りはなかった。その上で答えるのを躊躇う。その理由は、今その問いをかけている青年自身にあった。
「それは、私が貴方の事情に深入りする事と同義よ。それでもいいの?」
「——っ!」
思わぬ言葉に、青年は息を呑んだ。先程までの真っ直ぐな瞳が、迷いに揺らぎ逸らされる。彼自身すら忘れていた”事情”に気付かれていた事への驚愕と、言われて思いだした”事情”に介入される恐怖とで、青年はかなり動揺していた。
「・・・すみません。今のは、聞かなかった事に」
「それがいいと思うわ。でも、そうね。面倒を見てる理由自体は言ってもいいわ。それは私しか関係しない所だし」
質問が撤回された事で話題が無くなってしまった事に気付いたセラが、質問を半分だけ拾い直してそう提案する。青年は再度呆気に取られた様子でいたが、程無く頷いた。セラの話に興味があるらしく、子供のような目で見つめられる。
「ふふっ、話聞く準備万端ね。じゃあちょっと長いけど、理由ついでに昔話でもしましょうか」
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セラフィーナ・ベッセルという少女が育ったのは、まだヘイトリッド領として統制される前に郊外の山の麓に建っていた孤児院であった。セラは生まれてすぐにその孤児院の前に捨てられ、10年に満たない年月をそこで生きて来た。
孤児院の環境は地獄そのものだった。院長が国からの支援金を着服して子供に殆ど還元していなかったばかりか、子供を各所に売り飛ばして金儲けをしていたのだ。衛生どころか食事すら真面に提供されない環境で、セラは飢えながら、そして怯えながら生きてきた。
親の顔も愛も知らず、大人からの真面な扱いも無かった。それにも拘らずセラが腐らなかったのは、その地獄を共に生きて来た子供達の存在があったからだ。
大人に面倒を診て貰えないなら、自分達で何とかするしかない。子供達は少ない物資を皆で話し合って分け合い、誰かが売られそうになったら皆で作戦を考えて回避を試み、病気になったら皆で看病した。失敗して共倒れになる事も何度かあったが、それでもその姿勢を止めようとする者はいなかった。
そういう状況が当たり前だったので、赤ん坊の頃から院にいたセラも年長の子供達に当然の如く面倒を見られていた。その姿勢を見て育ったセラもまた、当たり前のように子供達の面倒を見ていた。それでも天国若しくは生き地獄に旅立っていった子供達は少なくなく、その度にセラは無力感で咽び泣いた。
傷ついた青年を放っておけなかったのは、セラのこうした過去の部分が大きい。あの時は間違いなく無力だった。でも今は、助けられるだけの力と知識がある。だから、見てみぬふりなどできなかった。死なせたくないと思った。利害の部分を完全に除くのなら、理由はそれだけだった。
無論、当時のセラもただしてやられている訳ではなかった。一人脱出の計画を何度も考え、実験をするかの如く何度も実行に移した。失敗すれば激しい折檻を受ける羽目になったが、何度折檻を受けてもセラはめげなかった。その執念は仲間に心配される程だったが、何よりもその仲間の為にセラは諦めなかった。
何度目かの挑戦で安定的に成功できるようになると、セラは町へ繰り出して大人に現状を訴えてみたり、証拠を差し出したりしてみた。だが誰もセラ達を助けようとはしなかった。統治されていないヘイトリッド領には、孤児の味方が出来る程余裕と良心のある人はいなかった。
セラは大人に頼る事を早々に諦めて、書店に居座るようになった。書店にある魔法の本を読み漁っていたのだ。幸い院の子供に教わって文字は読めたので、道具が必要な魔法以外は可能な限り沢山覚えた。いつか。いつかこれを使ってあいつらを倒し、皆を自由にする。その後は、皆が幸せに生きていく為に使う。その為に。
そんな日々を数年過ごして、遂にセラが売りに出される時が来てしまった。仲間達は嫌がって泣いたが、セラはもう気にしなかった。恐れなど無かった。例え娼館に飛ばされて身体を売る羽目になろうが、諦めるつもりなど微塵も無かった。最期まで抗うだけだと覚悟を決めていた。いつも通り書店に通って魔法の練習をし、その日を大人しく待った。
運命の日は、セラが売りに出されるほんの3日ほど前の事だった。書店で火魔法の本を読むセラに、一人の男が話しかけてきたのだ。
「こんにちは」
そうにこやかに話しかけてきた男への第一印象は、「胡散臭い」だった。見目こそいいが汚い身なりのセラには、店主も客も気味悪がって一切話しかけない。院の外で声をかけて来た人ともなれば、元々大人に疑心を抱いているセラに怪しまれるのは当然だった。
「君は、あっちの孤児院の子かな」
「そうだけど。でも残念ね、もうちょっとで売られる予定なの」
セラの言葉に、店主の露骨な安堵の溜息が聞こえた。汚い疫病神がいなくなって清々する、と言った所か。そう呆れながらセラも違う意味の溜息をつく。
「・・・ほう」
男はそれだけ言って、セラと別れた。一体何だったのだろう。穏やかな風が吹き去っていったかのようなその出会いがまさか己の運命を変えてしまうとは、この時のセラは思ってもみなかった。
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セラが彼と再び相まみえることになったのは、その夜の事だった。就寝の準備をしさて寝ようとなった時に、孤児院の窓を叩いて来たのだ。夜に窓の外に立つメガネで長髪の男に子供達は恐怖で悲鳴を上げたが、只一人昼間の邂逅を覚えていたセラが窓を開けた。
「こんばんは」
「こんばんは。何の用?」
「君のような逸材が売女になるなんて嫌ですから。皆さんも纏めてお迎えに上がりました」
男は脱走の誘いをしに来たのだ。それもセラだけではなく園の全員に。他の子供達はその理由が分からず混乱していたが、セラには思い当たる節があった。
この男は恐らくセラの魔法の才を欲している。しかしセラは一人では絶対に脱走しない。何故なら、家族が大事だから。これまで単独の脱走に成功しても孤児院に戻ってきていたのは、彼等を見捨てられなかったから。全員を脱走させなかったのは、脱走ルートを使用できない程幼いか病弱な者達がいるからだ。これは他の子供達も同様だった。
つまり、ここで家族を置いて行く選択を強いた所で、セラは絶対に頷かない。この男は何でかその事を理解しているのだ。だから、共に連れて行こうとしている。そうセラは考えた。
だからセラはその話に乗った。自分をどうするつもりかは分からないが、魔法を鍛えられるなら好都合。加えて自分を引き抜く為に子供達を人質に取らなかった所から、恐らく彼等に手荒な真似はしないだろうと考えた為だ。正直かなりの賭けではあったが、院に残った所で待つのは死という地獄か人身売買という地獄だけだと、他の子供達も承諾した。
子供達はそれぞれで協力し合い、そして男の手も借りながら、院の窓から脱出した。いつもなら見張りがいてすぐ見つかってしまう場所だが、ここまで男が侵入できている以上見張りは無力化されている事は明白だった。
「これで全員ですか?」
男の確認にセラは今一度周りを見回し、こくんと頷く。子供は全部で20と少し。院の大きさからすれば少ない。その事に男は小さく舌打ちする。
「老害が」
直後、激しい熱気がセラ達の背中を襲った。間髪入れず、一人の子供が悲鳴を上げる。——火災で両親を失い、院に来た子だった。
燃えている。セラ達の地獄が。木造の、見目だけが絢爛なそれが轟々と燃え盛っている。中から悲鳴と怒号と、それから走る音にドアを叩く音が聞こえて来た。——まだ、院長夫妻が中に。その事に気付いたある子どもは恐怖に震え、ある子どもは呆然としながらどこか、胸がすく感情を覚えていた。
「子どもには刺激が強かったですねえ」
男が先程悲鳴を上げた子供に近寄り、額を指で突いた。途端、その子供はふらりと男の方へ倒れ込む。
「な、なにすんのよ!」
年長の子どもの一人が直ぐに駆け寄って、男から子供を奪い取った。慌てた様子で顔を見ると、子供は寝息を立てていた。眠らされただけだと気付き、その場にへたり込む。
その直後、大きく木が弾ける音がした。それと同時に、建物の中から二つの炎の塊が飛び出してきた。肉と脂が燃える臭いに、セラ達は思わず鼻を塞ぐ。
「臭いなあ」
男はそれだけ言って、指をピンと弾いた。途端、院と院長を覆っていた炎が姿を消す。後にはよく肥えた黒い塊が二つ横たわっているだけだった。皮膚がくっついてしまったのか、声を発そうとしているようだが言葉にならない。
「豚の割には美味しそうな匂いしませんねえ。ああ、質が悪いんですね。肉と油の。いや、それでもないな。こいつらが豚以下だからですね。うん」
男が黒い笑顔を浮かべながら、そう露骨に院長夫妻を嘲った。聞こえているのかいないのか、また二人が何かしら喚く。男はそれを全く意に介さず、言葉を続けた。
「ああ、安心して下さい。ちゃんと死なない程度に加減してあげましたから。でも死んだほうが良かったでしょうね」
あまりにも人道から逸れた恐ろしい発言に、子供達は震える。流石のセラもこの倫理観の無さには恐怖と同時に引いていた。だがそれすらも、男は一切意に介していなかった。全員のぐちゃぐちゃになった感情を放置したまま、懐から何かを取り出す。それは、紋章だった。
「申し遅れました、私イスミンスール国公認調査官、カーティス・メンターと申します。以後お見知りおきを」
院長夫妻はもう目が見えていないだろうに、見せつけるように紋章を掲げる彼に、セラは猶の事恐怖を覚えた。文言が聞こえていたのかいないのか、院長夫妻は呻き交じりの鳴き声のようなものを漏らしていた。
――この恐ろしく倫理観に欠け、嫌悪する人間を存分に虐め倒す残虐な男は、後にセラの魔法の師となるカーティスその人であった。
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本日はここまでです!きりいいとこまで行けた!
お付き合いいただきましてありがとうございました!
途中で書き換えたのとかばっちり映ってますよねwお恥ずかしい限りです
また今後もお付き合い頂けますと幸いです。それでは。